連行
折り悪く、ローガン、エリオット、執事長のワルドまで留守にしていた一瞬だった。
ヘンデル伯爵家はフェルナンデス率いる騎士団に包囲され、屋敷中の使用人は捕らえられ一室へ集められた。
もちろん、使用人の皮を被った知恵のある魔族達はいっせいに姿をくらまし、我先にローガンらをめがけて逃げ去っている。
残ったのは古くから伯爵家に仕えてきた心優しい人間の使用人達。
倉庫の片隅においやられ、屋敷内をうろつく騎士団を震えながら見上げているだけだった。
マルクとケイトは自室で謹慎、伯爵と夫人は屋敷内の主人の部屋へ移されたが、夫人は何も理解していない顔で、伯爵は弟の名を呼んで涙を流すばかりだった。
怒り心頭なフェルナンデスは自らの部下を総動員させて、今すぐソフィアを目の前に引き連れて来いと命令を下した。
王宮や王族の警備、国の有事や災害に矢面に立ち国民を守るのが騎士の中でも選ばれたエリートの聖騎士団だが、それ以外に貴族は各々に自分の領地を守る騎士団を持っている。
そして四大公爵であるフェルナンデスは国軍である聖騎士団よりも数多くの手練れの騎士を有していた。騎士を名乗るにおいて、王族へ向かうはずの忠誠は全てそのフェルナンデスがその身に集めていると言ってもいいほど忠実で勇猛な私兵だった。
有能で忠犬のようなレインディング公爵家騎士団がソフィアの居所を探りだすのは簡単で八歳の幼女の身柄を押さえるのに、そう時間はかからなかった。
魔法学院のダンジョンの森入り口の大きなブナの木の枝に座り、華奢で儚げな美しい少女は騎士団が彼女の捕縛に来るのを待っているようだった。
樹木の元に騎士団が詰めた時も驚きも焦りもせずに、ただふふっと笑った。
敵対する相手に容赦なく、大公閣下の命とあれば生死を問わない乱暴な騎士団だが、目の前の美しい少女には躊躇し、大人しく捕まるようにソフィアに告げた。
ソフィアは可愛らしく小首を傾げてから、木の枝から飛び降りた。
白いドレスのスカート部分がふわりと広がり、細い滑らかな白い足をちらりと見せた。
その可憐な少女の行動に少しも興味が沸かない者もいたが、なかには美しいソフィアを天使か、と呟く嗜好の者もいた。
騎士の中には無表情ではやくこの任務を終えたいと考える者や、あの天使に触れてみたいと舌舐めずりする者や、中にはソフィアがヘンデル伯爵夫妻へしでかした事はあまりにも残酷で、美しすぎる幼女は魔族ではないかと、それぞれ様々に考えを巡らせた。
騎士団はソフィアに縄をかける事はしなかったが、四方を依頼していた宮廷の上級魔術師で取り囲んだ。
魔術師達はソフィアを見て、彼女の魔力を探ろうとしたが、完全に隠蔽されたソフィアの魔力を計りきることは出来なかった。
(このような幼子を捕獲してこいとは、大公閣下も如何したものか)と魔術師たちも騎士達もそれぞれに首を傾げたりした。
ソフィアは始終ニコニコとし、無邪気で無垢な笑顔を振りまいていたので、とても彼女が魔力によって実の親を拷問した邪悪な魔術師だとは信じられなかった。
「では、閣下の元へ連行するぞ!」
号令と共に騎士団は動き出したが、ソフィアを囲んでいた魔術師の一人が気がかりそうにダンジョンの森を振り返った。
魔法学院の生徒の為に人工的に作られた魔法ダンジョンで、出世した宮廷魔道士達も若かりし頃にはここで学んだ懐かしい場所だった。
レベルの低いモンスターを産みだし、それを討伐することで訓練となる。
(これほどの濃い瘴気を持っていたか? これではまるで本物の魔族が纏う濃い魔力……)
学生の勉学の為に作られたはずのダンジョンだが、何やらぞっとするような瘴気が漂っているように感じ、魔道士は首を傾げた。
騎士団によって連行されるソフィアを森の奥からいくつもの目が見送っていた。
気配を殺し、騎士団に気取られないよう、極限にまで闇に隠れたローガン達魔族だった。
そこにはエリオットもワルドもいたし、メアリやマイアもいた。
メアリとマイアは連行されるソフィアの跡を密かに追おうとしたが、
「ソフィア様に止められているだろう。行くな」
とメアリを止めたのはワルドだった。
「でもぉ」
メアリは渋々行動を止めたが、マイアはダンジョンの森入り口近くまで這っていき、遠ざかるソフィアを見送った。
「一体、何を考えて! 報告が来た時点でどこへでも逃げられたものを! まだ息を吹き返した魔族が少ないとは言え、あの数の人間どもと戦うのはわけない! わざわざ捕まるとはどういうつもりで!」
ローガンが拳で大木の幹をずどん!と殴った。




