燃やす
その日の授業が終了し、生徒達はそれぞれ屋敷や寮へ戻るのが常だが、その日は初等科主事とクラス担任、さらに高等科から進学した高等魔法科の責任者が現れた。
「皆、まだ帰らないでくれ、聞きたい事がある」
担任の教師アルトンが面倒くさそうな声で言った。
「今日、午前の部の魔法学は先生の都合で自習になったはずだが、その時間にこの教室で素晴らしい量の魔力が観測されてた。クラス長のアダム君は早退したから副クラス長のオスカー君、何が起こったのか説明しなさい」
名指しをされてオスカーの顔は青くなった。
放出された魔力はソフィアの物だが、それを口に出していいのか分からないからだ。
「今日の事を言ったら殺すなんて制約はしない。好きなだけおしゃべりしなよ。そしたらもっと殺る気が出るから」
というセリフだけは覚えていた。
一言でもソフィアの事を話したらもっと恐ろしい目に合うような気がして話したくなかった。アダムとローラはあの後すぐ、体調不良を訴えて帰宅してしまったので、自分も帰れば良かったと後悔した。
「わ、わかりません……」
それだけ言って、オスカーは俯いた。
「分からない? そんなはずはないだろう。あれだけの魔力の放出だぞ? 気がつかないはずがない。他に気がついた者は?」
クラスはザワザワとしたが、誰も明確な答えを持っている者はいなかった。
眠っていて何も知らないと言えば、自習時間に居眠りとは、と怒られるのは間違いないからだ。
ソフィアはさっさと机の上を片づけて、すぐにでも帰れるように準備していたが、初等部主事の顔を見て手を止めた。
「あいつ……」
ソフィアは手を挙げた。
「あの、私、知ってます」
オスカーははっとソフィアを見た。
ソフィアはオスカーを視界に捕らえてにっと笑った。
「君……ソフィア・ヘンデルか」
担任教師がソフィアを見たが、普段からクラスののけ者のソフィアには期待出来ないという表情だった。
「よし、ソフィア・ヘンデル、君から話を聞こう。他の者は帰ってもよろしい」
と言ったのは主事の男だった。
「先生方、これから私があの生徒に事情を聞きますから今日の所はここまででよろしいですか」
主事がそう言い、魔法科の教授と担任教師はうなずいた。
「では何か分かったら報告してください」
魔法科の教授の言葉に主事はえへらと薄ら笑いをした。
「もちろんです。明日にでもお知らせに伺います」
魔法科教授と担任教師は揃って教室を出て、生徒達も帰宅するために席をたった。
ソフィアは自分の席に座ったままだった。
皆が教室から出て誰もいなくなると主事はソフィアの側に来て、
「じっくり話を聞かせてもらおうか」
と耳元で囁いた。そしてソフィアの小さな手に触れた。
「小さな白い手だね、先生は君の手が可愛くて大好きだよ。さあ、その手でいつものようにさ、先生に触れてくれるかな?」
ソフィアの手を取り、湿ったシワだらけの手でさする。
ソフィアの脳内には何度も何度も繰り返し受けた主事からの悪戯が蘇る。
恐ろしさに震えながら言うことを聞くしか出来なかったソフィア。
だがその瞬間、
「うわあああ!」
主事の指先が燃えた。
ソフィアの唱えた呪文で発動した火炎系の魔法が指先から衣服に着火した。
「痛っ、熱い! 消してくれ! 早く! 火を!」
思わぬ火炎に主事は慌ててぱんぱんと自分の身体をたたいた。
「熱い! 熱い!」
主事の男は初等科をまとめる立ち場にあり自らも教壇に立つ日もあるが、自分へ向けられた敵意にはすぐに対抗できなかった。
「気色悪いロリコンのカス野郎死ねよな」
ゴオオッと火炎が激しく燃え上がり、主事の肌や髪の毛までがチリチリ燃えている。
「た、たすけ……あついぃいいい……」
しゃべった拍子に喉まで炎が入り込み、その痛みで主事が喉を押さえ、床に転げた。
「発現した魔力の出所はあたしさ。分かった?」
燃えながら苦しみもだえ転げ回る主事を見下ろしながらソフィアはそう言った。
「あつぃぃぃぃ……たすけ……」
ソフィアは焼かれながら転げ回る主事をそのままにして、ばんっと魔力で扉を開いた。
「あ」
扉の向こうでオスカーが聞き耳を立てていた。
一瞬で怯えたような顔になるオスカー。
「あんた、何なの? 死ぬ順番を早めてもらいたいの?」
真顔のソフィアの目が光り、オスカーは、
「うわああああ」
と言って逃げて行った。




