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殺人鬼転生 鏖の令嬢  作者: 猫又


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もっと絶望が必要

  夫人は本来ならばあるべき自分の右腕を見て、それからソフィアを見た。

「ソフィア……お前……」

 みるみるうちに顔色が抜けて青白くなっていく。

「食事中にピシピシうるせえんだよ」

 とソフィアは言って立ち上がった。

 ゆっくりと歩き出し、夫人の方へ近寄る。

 伯爵は大きな目を見開き、ソフィアの動きを見ている。

 ソフィアは夫人の横までやってきたが、側にいた若い執事のライリーが夫人の腕を拾って食っていた。

「ちょっと!」

 ライリーは口の周りを血で真っ赤にしながら囓っていたがはっと我に返り、

「も、申し訳ありません、ソフィア様……」

 と言った。

 目の前で噴き出した血の匂いと人間の肉に我を失って貪り付いてしまったようだった。

 ギザギザの歯で骨ごとぼりぼりと喰らっているライリーだが耳まで口が裂け、肌は黒くなり、背中にはコウモリの様な羽は飛び出してきて、人間に変化していた術が解けかかっていた。最後に右手の指を一本だけポキンと折って喰らい、ソフィアに短くなった腕を返した。

 使用人の監督は執事長の任務であり、ワルドがちっと舌打ちをした。

 ワルドが何か言う前にソフィアが、

「床に落ちたもんを拾って食うなんてダメじゃん」

 と言った。

「い、痛いわ……あなた……助け……」

 夫人は隣にいる伯爵の方へ手を伸ばした。

 ソフィアは凍りついた肩の氷を解いてやり、その傷口へ短くなった腕をくっつけた。

「聖魔法っての使うけどいい? あんたらには毒なんでしょ? やべえって奴はどっか行っちゃってよ」

 と使用人達に向かって言った。

 途端にメイドや執事達はさーっといなくなったが、ローガンにエリオット、ワルドだけは笑いながら残った。

「むきになってやっちゃったけど、治してさしあげますわ。だって、怪我した身体でこれからの長い馬小屋生活は辛いでしょう?」

 とソフィアは言い、聖なる治癒魔法で夫人の右腕は元通りにくっついた。

 しかしライリーに囓られて短い腕は戻っておらず、左腕の半分くらいの長さしかない。

「バランスが悪いですから、揃えて差し上げますわ」

 夫人が気を失う前にソフィアはその左腕を肘の部分で切断した。

「消毒もしなくっちゃ、馬小屋でバイ菌でも入ったら大変ですもの」

 手の平に発現した小さな炎を切断された傷口に押し当てると、ジュウと焼ける音に肉の焦げる匂いがダイニングルームに漂った。

「ギャアアああああ!」

 痛みとショックに夫人は悲鳴を上げて、それから気を失った。

「都合良く、気ぃ失ってんじゃねえよ、ワルド、起こしてやってくんない?」

「承知いたしましたた」

 ワルドが側へよりテーブルの上の酒を夫人の口に流しこんだ。

「ゲボッ」と喉に詰まった酒を吐き出しながら、夫人が目を開けた。

「右腕は短くなったけど指が四本は残ってるからスプーンくらいは持てるだろ? スープくらいは出してやっから。虫入りとか? ゴミ入りとか? ソフィアと同じもんを食わせてやっからな? ミランダが過ごした馬小屋でな!」

「いやあアアアアアアアアア!」

 自分の両腕を見て、夫人は悲鳴を上げた。

「た、助けて……お願いよ……あなた」

 夫人は伯爵と子供達を見たが、伯爵は目を反らし、マルクとケイトは俯いて動けなかった。

 ローガンとエリオットはにやにやとして、肉を切り分けでフォークで口に運んでいる。

「ワルド、お母様を立たせてあげて」

「かしこまりました」

 ワルドがひょいと夫人を両脇に手を入れて力任せに立ち上がらせた。

「ソ、ソフィア……お願い……もうやめて」

「きっとね、ミランダもそう言ったと思うの。でも夫人はやめなかったんでしょ? なら同じですわ。私もやめません。泣いて懇願しても無駄ですわ。そうでしょう? ならいっそ殺して欲しい? もちろんいつか気が向いたら殺してさしあげますわ。でもね、あなたにはもっと絶望が必要なんですのよ」

 ソフィアは立ったままの夫人のドレスの足下に火をつけた。炎はゆっくりとドレスを舐めながら身体を這い上り、全身を包んで火だるまになっても勢いを止めなかった。肉を焼く匂いとバチバチと焦げる音、苦しげに泣き叫びながら転がり回る夫人。

 伯爵や子供達はそれを止められずに俯いて耳を塞ぐしかなく、ローガン達魔族は楽しい見世物のようにワインを片手にくつろいでいる。

 パチンとソフィアが指を鳴らすと火が消えた。

 真っ黒に皮膚が爛れて赤黒くなった夫人は命の火も消えかかっていたが、もう一度ソフィアが指を鳴らした。

 一瞬にして黒焦げも火傷も切り傷も治癒している。

 夫人は目を開いたが、その視線はもう誰も見ていなかった。

「ワルド、誰か呼んで、夫人を馬小屋に入れてあげて。残念だけど、もう宮殿も馬小屋も分からないだろうけどね」

「はい、ソフィア様、すぐに」

 とワルドが返事をした。

 夫人が運び出されるとソフィアはこれ以上もない残酷な美しい笑顔で彼女を見送った。

 その笑顔にローガンもエリオットもワルドも釘付けだった。

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