貴族の遊び
「そこまでにした方がいい」
と教室のドアが開いてローガンが顔を覗かせた。
「ローガン」
ソフィアはローガンを睨んだが、ローガンはそれを無視して、回復魔法を唱えた。
途端に治癒し始める、重傷だったローラとアダムの傷。
「あたしの邪魔をするの?」
「いいや、けど、このままじゃあなたが罪人として捕まるだけ。他にも狙ってる人間がいるならここは穏便にした方がいい。この二人にはあなたの恐ろしさをたっぷり教えたから、もういじめはしないだろうし、初等科で発言力のあるこの二人を手足にすれば何かと過ごしやすくなる」
ソフィアは首を傾げた。
「あんた妖魔なんでしょ。何か内情に詳しくない?」
「そうですけど、この男の記憶が全て流れて来てますから。学院の内情にはあなたよりは詳しいですよ。この男、かなりな数の女を手中にしてますからいろんなの情報を掴んでますよ。中には教師に関するえげつない情報もね」
「あっそ」
「朝にお渡しした冊子、役に立ったでしょう?」
「まあね。あんた不思議ね。魔族なのに知能が高くて」
「私はあなたの味方ですから、あなたの安全を一番に考えて提案します。どうしてもと言うなら、いずれまとめてやればいいのですよ」
「分かったわよ」
ソフィアはつまらなそうに口を尖らせたが、ローガンの案を受け入れた。
「では」
と言ってローガンが出て行くと同時にチャイムが鳴り、授業の終わりを告げた。
そして徐々に目覚める級友達。
ソフィアはローラとアダムに、
「今日の事を言ったら殺すなんて制約はしない。好きなだけおしゃべりしなよ。そしたらもっと殺る気が出るから」
と言い、二人の目をじっと見つめた。
そして席に戻ってまた小冊子を開いた。
ローラとアダムは初めて他人から与えられた恐怖で身体が震えて、すぐには立ち上がれなかった。そして、誰かに助けを求めるという事も考えつかなかった。
それほどに恐ろしい体験だった。
ローラは自分の右目にそっと触れた。
目があり、視界もある。肌もすべすべした若い綺麗な肌だ。
羽ペンが目に刺さり、剣で顔を切り裂かれたあの痛み、衝撃、恐ろしい実体験だった。
その肩に手を置かれて、ローラはびくっと顔を上げた。
「オスカー……」
「大丈夫か? 止められなくてごめん」
「ううん、ソフィアの言ってた事は聞こえてたわ。あの子の言う通り……誰も止めなかったし、あの子が泣いても……私も止めなかった」
オスカーはアダムの方を見た。
呆然としたまま、制服の股間の部分が濡れているのはあまりの恐怖に失禁したからだ。
「アダム、皆がまだ気付かないうちに着替えよう」
オスカーに促されて、アダムは立ち上がった。
アダムは上着を脱ぎ腰に巻いて、オスカーとローラも一緒に教室を出て行った。
初等科は三クラスあるが、その中でローラとアダムは発言力があった。
貴族の優劣は爵位で決まり、オスカーは侯爵家で地位が高く、さらに王家とも縁の深い公爵家のアダムとなれば有名貴族の子息で、誰もむげには出来ない人物だ。
ローラは男爵令嬢で低い地位にいるが、アダムとは幼馴染みで公爵家とも深いつきあいがあり、さらにソフィアの姉ナタリーにも取り入り、気に入られているので学院では強気の立場でいられた。
ナタリーが妹であるソフィアをいじめるので、機嫌を取る為にローラはソフィアに様々な嫌がらせをした。
「死んでも構わないわ。あんな子、死んでもどうにでも出来るし。私やあなたを罪になんか問えないわ。そうでしょう?」
ナタリーが言う事をローラは真に受けていたので、クラスを煽って壮絶ないじめをした。
「フン、命拾いしやがって」
ソフィアはこそこそと出て行く三人の背中を睨みつけたが、意識が少しだけ変化していた。
「確かに学院中の人間を殺して気が治まるとは思えないから、いっそ、みんな奴隷にしてやればいいんじゃん? あいつらがよくやってた奴隷ごっこ。今度は自分が奴隷になる番が来たってわけか」
奴隷ごっこはローラが気まぐれに考えだした遊びで、ソフィアを学院の隅にあるウサギ小屋に何日も閉じ込めて、それを学院中の生徒が見物に来るという遊びだった。
ソフィアが屋敷へ帰らなくても、ナタリーがどうとでもする為、三日も四日もウサギ小屋に閉じ込められる。
そして面白半分にローラがソフィアを売るのだ。
買った生徒は幾ばくかの金を払い、一定時間、ソフィアをおもちゃに出来ると言うシステムだった。
初等科では笑われたり罵られたりするだけだが、中等、高等科になると意地悪も類を超えていた。
綺麗好きで神経質な子息や息女達は汚れたウサギ小屋の藁や糞で汚れたソフィアに四つん這いにさせ、棒で叩きそれを笑う、という惨い仕打ちをした。
「くっそ、思い出したらまた腹が立ってきた、やっぱぶち殺してやれば良かった」




