羨ましいお話
「友人?」
ケイトは俯いたまま黙ってしまった。
ソフィアを怒らせるのは怖かったが、精一杯の勇気を振り絞って願いを伝えた。
しかし恐怖から身体中に大量の汗をかき、緊張の為に震えていた。
身体がふらっと揺れて、横倒しに倒れてしまった。
丁度、側にいたワルドがその身体を受け止めた。
「ケイトお嬢様をお部屋にお連れして休ませなさい」
ワルドが命じ、執事補のライリーがケイトを抱えて食堂を出て行った。
「どうしたの? 彼女」
とソフィアが言うと、ワルドが、
「緊張のあまり気を失ったのでしょう。あなたの機嫌如何ではご自分も旦那様のような身体になるやも、もしくは死かもしれないのに、レミリア公爵令嬢の事をお願いせずにはいられなかったのですね」
と答えた。
「え、だからなんで? 気を失うほど怖いのに、なんで?」
「だから、レミリア嬢はケイト様の友達だからですよ」
ソフィアはワルドをじっと見つめてから、顔を歪めた。
「それはこのあたしに芋虫にされるかもしれない、よりも大事な事なの?」
「まあ、ケイト様にとってはそうなんでしょうね。意外ですね。人間界のあの方達のような貴族は己の利のみ動くと理解してましたから」
ワルドはそう言って、ソフィアのカップに湯気の立つ紅茶を注いだ。
ソフィアはそれをゆっくりと飲んでから、ぱっとマルクを見た。
「何? チラッチラ見てるけど、何か言いたい事あるのかしら? マルク兄様」
マルクは一瞬俯いたが、意を決したように顔をあげて話し始めた。
「え、あ、あの。ご、ご存じのとおり、僕たちは両親には愛されてたとは言えない。躾けも厳しかったし、お母様の鞭は躾けというよりも、ただ彼女の暴力の憂さ晴らしみたいだったしね。お母様は特に……その……ケイトにそれを酷くぶつけたんだ。ソフィアにも酷かったと思うよ? でも……恨みや愚痴を言い聞かせるにのにはケイトが一番だった。毎日、毎日、お母様はケイトに何時間も正座させて言い聞かせていたよ。ソフィアのお母様、ミランダ夫人の愚痴を。ソフィアが生まれた時、僕は十二才だったけど、ミランダ夫人の事は覚えてる。彼女が元気にメイドをやっていた頃の美しさはとてもお母様は敵わない。働き者で優しい人だった。ソフィアが生まれた頃にはがりがりに痩せて、気の毒な容姿になっていたけど……でも生まれたソフィアも輝くような綺麗な赤ちゃんだった。それでミランダ夫人は亡くなったけど、お母様はソフィアを標的にして、また僕たちに酷く八つ当たりをし始めた。ケイトは今のソフィアくらいの年で……ケイトがフレデリック叔父様に懐いて甘えたのもしょうがない。彼だけはケイトを可愛がって甘やかしてくれたから……」
「ああそう、それで?」
ソフィアの声が不機嫌になり、その場にいた者は(昔話をして、ソフィア様の機嫌を損ねるなんて……馬鹿じゃないのか)と思っていたが、黙っていた。
「は、八才でケイトは魔法学院初等部に通い始め、ようやく少しだけ家から離れられるようになったんだ。そこで知り合ったのがレミリア様だ……事情を知ったレミリア様はケイトに酷く同情して、優しくしてくれたようだ。学院は平等を謳っているが、伯爵家は公爵家の取り巻きにすらなれない低い地位だ。それでもレミリア様はケイトに優しく、対等の友人扱いをしてくれて、何度もお屋敷に呼んでもらい、時には泊まらせていただく事も……その時は、僕かナタリーが一晩中、お母様の愚痴を聞くんだけどね。レミリア様はケイトの唯一の友達だったんだ。学院へ行き彼女に会うことだけが楽しみだった。だから……」
「へーーーーーー、羨ましい。学院にそんな信頼できるお友達がいらしたなんて。私なんて毎日家でも学校でも虐められて、友達なんかひとっりもいませんけど? それもぜーんぶケイト姉様とナタリー姉様のせいですのよ? どうして私がケイト姉様のお友達を助けてあげなければならないの? あの女の口に両手突っ込んで引き裂いてやりたいくらい羨ましいお話ですわね」
とソフィアが言った。
「あ、ごめん、余計な事を言った。ただ、レミリア様はケイトの大事な友達だって事を言いたかっただけで……申し訳ない……」
マルクはごもごもと謝罪したがソフィアは、
「ローガン兄様、エリオット様、お聞きになりました? あんまりじゃありません? この私がレミリア先輩に呪いをかけたように言われるなんて……」
としくしくと泣きだした。
マルクの顔が顔面蒼白になり、
「あ、ごめんなさい……そんな意味ではなくて、ただ……友達って事を説明したかっただけで」
と言い訳をした。
その時にはローガンとエリオットが立ち上がり、
「ソフィア様、そろそろこの者の中身も入れ替えた方が?」
と言った。
「それよりもレミリア嬢の中身を入れ替えて、公爵家を取り込むのは? 彼女が皇太子妃になればこの国もそっくりそのままソフィア様のもんさ」
とエリオットが言った。
「良いアイデアです、エリオット様。オルボン侯爵はすでに手中にしてますし、その上のハウエル公爵家も配下にすれば」
とワルドも、相棒! 良い事言うな、みたいな顔をした。
「侯、公爵家を配下にしてどーすんのよ? 何か物騒なことを企んるなら巻き込まないで。でもケイト姉様とマルク兄様はまだ役割があるからそのままでいいわ。言ったよね? 簡単に死なせないって」
ソフィアが言った瞬間に、ワルドがヒクヒクと鼻を動かした。
「何の……」と言いかけて、マルクが漏らしている事に気が付いた。
恐怖のあまり、失禁してしまったようだ。




