友人
フェルナンデスとの戦いから一週間ほど過ぎ、ソフィアらは王家の呪いを解くイベント開催待ちだった。
崩壊した再建の為に学院は全ての講義、講座が休院、生徒達は長期休暇としてそれぞれ屋敷や領地、郷里に戻ったりしていた。
しかし以前より王城の敷地内に新聖女の為の国教会が建設されていた為、聖女認定試験だけは続行される事になり、それなりに学院の教師達は忙しかった。
「ケイト姉様」
とソフィアが朝食の席で呼びかけた。
「は、はい」
ケイトはカチャンとナイフを落とし、震えた声で返事をした。
食卓にはマルク、ケイト、ローガンにエリオット、そしてソフィアが席についていた。
ヘンデル伯爵とマーガレット夫人が小屋で引きこもっているのはソフィアに近づきたくないからだった。毎朝ソフィアは「お父様とマーガレット夫人を朝食へ」と招待するが、彼らは恐れて出てこない。
「聖女認定試験がもうすぐだそうですけど? お姉様も候補でしたね?」
「え、ええ、でも私はオルボン侯爵家へ嫁ぎますので辞退申し上げております」
「あっそ」
ソフィアの声にケイトはビクビクとなっている。
「聖女はレイラで決まりでしょ? レミリア・ハウエル先輩も大怪我したらしいじゃない? 不幸でしたね。あんな災害が降りかかるなんて」
とソフィアは言った。
もちろんソフィアの仕業だが、世間的には魔法学院付近にだけ未曾有の大災害が起きたという認識だ。
「さ、災害ではないという噂もありますが……」
「何? 人為的って事ですか? 姉様」
「え、人為的というか……魔族の襲来とかの噂も」
「魔族? 魔王が倒されて数百年、魔物はうろうろしてるけど、人間に戦争を仕掛けるなんて無謀なことする? ねえローガン兄様、どう思います?」
ソフィアに問いかけられ、ローガンはグラスを置いた。
「そうですねぇ、フェルナンデス叔父様も仰ってたとおり、魔王が討伐された時、その四肢は切断され逃走した。それが生き延びているからこそ王家の呪いも続いているらしい。という事は四肢が生きていれば、力を取り戻し次第、復讐に来るかも、かな」
続いてエリオットが、
「あるある」と笑った。
「ねえ、魔王の四肢とやらは誰に復讐にくるの? 王家? それとも勇者とか聖女とか? レイラが巻き込まれるのは嫌だわ。お友達だから」
とソフィアは聞いた。
「どうですかね。四肢の目的にもよるんじゃないですか? 王家を滅ぼすのか、勇者や聖女を仇とするのか。全ての人間を奴隷にして魔族の国を作るのか。さあて、魔物の考えてる事なんか分からないな」
ローガンの言葉に給仕をしていたワルドが笑った。
「まあいっか。この国の魔術師は優秀なんでしょ。魔物が襲ってきても返り討ちよね」
ソフィアも笑った。
「あの、ソフィア」
とケイトがおずおずとソフィアの名を呼んだ。
「何?」
「お願いが……」
「え? お願い?」
「お願い。レミリア様を治していただけないかしら!」
ソフィアに何か言われる前に、ケイトは一気に言葉を続けた。
一瞬、間が空き、ソフィアはまじまじとケイトを見た。
「レミリアを?」
「ええ、火傷が酷くて、その」
「ケイト姉様、そんな友情に厚い人だった? 実の両親があんな目にあっても自分は関係無いって顔してたのに。治すなら芋虫の父様が先じゃない?」
ソフィアに睨まれてケイトは唇を噛んだ。
「レミリア様は皇太子妃候補ですから……ですが、今現在、レミリア様のお怪我を治す魔術師がおりません。高等な聖魔術師が挑んでも、どうしてもお顔の傷が取り除けないのです。火傷は治りました。身体もすっかり健康です。この一週間ほど静養して体力も魔力も戻りました。ご自分でも治癒魔法を使われました。それにレイラ嬢にも助力を願いましたが、駄目なのです。どうしてもお顔の醜い傷が治らないのです……まるで……まるで呪いのようだと」
ケイトはそう言ってから顔を伏せた。
「呪い? じゃ、解呪すればいいじゃない」
ケイトは俯いたまま首を振った。
「それも試しました。でも消えないのです」
「かけた本人じゃなきゃ解けない呪いもありますねしね」
とワルドが言った。
「何、それ。あたしがレミリアに呪いをかけたっていいたいわけ?」
ワルドは肩をすくめ、ローガン、エリオットはすまして食事を進めている。
「違うの、ソフィア、そんな風に言ってないわ。でも、あなたほどの魔術師なら解けるんじゃないかと……レミリア様は皇太子妃候補……あのご容姿ではそれが」
「ああ、皇太子妃になれないって事?」
ケイトはうんうんとうなずいた。
「知らんがな」
とソフィアは呟いた。
ケイトは困ったような顔をしてソフィアを見た。
「ケイト姉様、ご自分が酷い目に遭わされ、両親も半死半生の状態。それさえ目を瞑って口を出さずじっと我慢してきて、もうすぐオルボン家へ嫁いで次期侯爵夫人となれる。なのに、今、どうしてレミリアの事で余計な口を挟むの?」
ケイトはひっと言い、唇を噛んだ。
「き、気に障ったならごめんなさい」
「そうじゃなくて、どうして沈黙を破ってお願いにくるのかってその理由を聞いてるんですのよ? 何か事情がおありなのかしら? 弱みでも握られてるの?」
ソフィアにすれば至極当然の質問だったが、ケイトは唇を噛んで、
「友人なんです……」と細い声で言った。




