長い一日
魔蜘蛛たちは茶羽魔蠧を全て喰らってしまうわけではなく、中身を吸い取られた残骸が何万と山になって積み重なっている。
その中で呆然となったフェルナンデスが真っ青な顔で椅子に座ったままだった。
聖魔法属性使いのソフィアが光魔法を持っているかどうか、などという問題ですらなかった。ソフィアは聖、氷、時空、そして、先程ソフィアは魔蠧に火炎魔法を放った。そしてフェルナンデスの眷属を一気に食い散らかしてしまった闇魔法。全部で五つの属性持ちである事が証明された。
「つ、強い……何なんだ! 八つやそこらで五つの属性持ちだと! 化け物か?」
フェルナンデスは叫んだ。
もはや勝ち目はない、さらに弟の遺児であるエリオットが魔蠧を手づかみで食べているのを見た。ローガン、ワルドも不快な瘴気を纏っており、彼らは魔物になってしまったに違いなかった。
フェルナンデスはがっくりと肩を落とした。
魔法力の強い者が勝つ、それだけの世界だ。
権力も金も、強い魔力が無ければ到底手に入らない。
「今はソフィアに逆らわない方がいいか……私にはまだ魔法庁の国家魔術師軍団がいる。やつらが出てくれば……」
とフェルナンデスは呟いた。
「ソフィア様、お疲れでしょう。そろそろお休みになられますか」
と声をかけたのはワルドだった。
ソフィアはげっそりとした顔でワルドを振り返り、
「全くだわ。こちとら八才だっつうの」
と言いながら大きく伸びをした。
「これ、誰が片付けるの?」
一歩踏み出して、ジャリジャリと茶羽魔蠧の死骸を踏むのも嫌な顔をした。
「まあエリオット様が片付けて下さるでしょう。茶羽魔蠧が好物のようですから」
とワルドが言い、エリオットはぎょっとした顔になった。
「蜘蛛、お前ら! 逃げとけよ、エリオットに喰われるぞ!」
ソフィアが笑いながら言うと、部屋中にいた数万匹が一気にさあっと姿を消した。
ローガンとエリオットが結界を解くと、そこは見慣れたダイニングルームに戻った。
エリオットがせっせと魔法で茶羽魔蠧の死骸を片付け、メアリとマイアも姿を見せてそれを手伝い始めた。
フェルナンデスは及び腰になりながらそろそろと部屋を出て行った。
扉を閉める前に一同を振り返って、じろっと睨みつけ、
「王家の呪いを解く約束を忘れるな!」
と偉そうに言ってからさっと姿を消した。
「あー長い一日だった」
とソフィアが椅子に座りながら言った。
「そうですね。学院は崩壊してしばらく休校になるようですが、公的な行事では聖女選定試験は続行されるようですよ」
とローガンは答えた。
「聖女選抜試験、レイラで決まりでしょ?」
「多分ね。学院崩壊に巻き込まれて多くの候補生達が怪我をし、最大有力者のレミリア様は命には別状ありませんが顔に酷い火傷をなさったそうです。聖女候補からは外れるでしょう」
「えー、どんな火傷か知らないけど、聖女候補なのに治せないの? 治癒とか奇跡とかの専門じゃないの? 聖女って」
ソフィアはケッケッケと笑った。
「レミリア様は聖女候補ではありましたし、多少の治癒魔法も使えたようですが、彼女を聖女候補に押し上げたのは四大公爵家令嬢という立場ですからね」
「あっそ」
ソフィアは興味なさそうにふわーとあくびをした。
「もう退屈してるようだよ?」
とエリオットが言い、ワルドが肩をすくめた。
「早急に王家の呪いでも解きに行くって楽しみを実現させなくちゃね」
「そうですね。しかし、ヘンデル伯爵家の名は伏せるんですよね。我々もそれなりに準備がいりますよ。王家お抱えの魔術師を差し置いて匿名希望の魔術師が乗り込むのですから」




