茶羽魔蠧
「ソフィア様!」
ローガンは焦った様子だった。
エリオットも何千匹も茶羽の魔蠧が飛び交う中、近寄ってきて首を傾げた。
「もしかして、蠧嫌いとか?」
ソフィアは結界の中で頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
二重結界に守られソフィア自身の身体には魔蠧はくっついてないがフェルナンデスの指示はソフィアを喰い殺す事なので、結界の外側には次々と魔蠧がくっつき重なりその山は大きくなるばかりだ。
「兄様、どうするの?」
エリオットは集ってくる魔蠧をがしっとその小さな手で数匹掴み、口へ放り込んだ。
ムシャムシャと咀嚼し、ゴクンと飲む込む。
「闇魔のエキスがたっぷりで美味いよね」
とげとげのついた細い足とうっすら茶色い羽が口の周りに張り付いているのをペッと吐き出しながらエリオットが言った。
「あーエリオット様ぁ、我々も~」
魔蠧の絨毯からマイアとメアリが顔を覗かせた。
「ああ、遠慮なく喰ってもいいよ。ソフィア様はこれが嫌いらしいから早くかたづけてあげなくちゃ」
エリオットの言葉にマイアとメアリは大喜びで、さっそく魔蠧に手を伸ばした。
メアリは鋭い鉤爪で何十もの虫を捕まえバリバリと喰う。
マイアの人間型は崩れ、黒くおぞましい姿を露わにし、柔らかい皮膚を伸ばし大きな口を開いた。
辺りで蠢いていた魔蠧が一斉に浚われ、ほんの一瞬元の床が見えたが、魔蠧はまたどこからともなく現れ増えて行く。
「この内臓の苦みがたまんない」
とマイアは言い、
「エリオット様、贅沢ですねぇ」
とメアリが言ってエリオットを見た。
エリオットはバリバリと喰うのはやめて、一匹づつ触覚と足を引き抜いて、さらに羽もむしって食べていた。
「お前達、魔蠧を喰ってるところをソフィア様に見られたら、きっと嫌われるぞ」
「え、嘘! だって人間をおやつに喰ってもいいんだよ? 魔蠧なんか」
「善悪じゃないんだよ。嫌悪感のある物を素手で掴む、喰うってとこだよ」
「えー、ソフィア様に嫌われるのは困るなぁ」
「だったらやめとけ」
「じゃあ、こいつらどうする?」
そう言いながらもエリオットは両手で魔蠧を掴み、口に放り込んでいる。
ムシャムシャと音を立てながら美味そうに喰らう。
魔蠧は己らを喰らう魔族に警戒をする知能さえなく、次々とエリオットの足に這い上り、ブーンと飛んできては頭や顔に止まる。マイアやメアリに喰われても逃げる様子もなく、仲間が喰われている事すら理解していない。
エリオットはバリバリとそれを喰らうが、魔蠧に集られ茶色い人型になっていた。
ローガンは魔蠧を好まないのか、それを喰らう事はしなかった。
自らに結界を張り魔蠧を避けていた。
「焼き払うか。それにしても、さすがはフェルナンデス叔父上だな、これだけの魔蠧を操るなんてな」
二人はフェルナンデスを見返した。
椅子に座って魔蠧を呼ぶ闇魔法の術式を展開しているが、顔色は悪く汗をかいてる。
数千、数万の魔蠧を呼び寄せるのにかなりの魔力を消費している様子だった。
闇魔法は闇魔の力を用いて展開する特殊な魔法だ。
それは通常魔法を使える者が持つ魔力とは違う種類だった。
だから闇魔法を使う者は闇魔法しか使えず、特殊な魔力を身体に宿した者だけが闇魔法を使える。それは光魔法にも言える事で、光魔法を使うには特殊な光魔力がなければならず、それは稀に生まれる聖女にしか与えられないはず。
闇魔に対抗するのは光魔法しかなく、全属性魔法を使えるソフィアの存在の方が異常だった。
「ソフィア様はご自分の手で始末なさるのを好まれる。我々が手を出していいものか」
ローガンは思案顔だが、エリオットは相変わらずムシャムシャと手当たり次第の茶色く蠢く蠧を喰らっていた。
「でも蠧が嫌いなら、自分の手でとか言ってる場合じゃないじゃん」
とエリオットは肩をすくめるような動作をしたが、全身茶羽魔蠧に集られているので大きな茶色い人型にしか見えなかった。
「そうだな、魔蠧だけでも始末するか。火炎で焼き尽くしてしまえば」
とローガンが言った。
ソフィアは結界の中にいて、その結界は茶羽魔蠧に覆い尽くされていた。
まるで大きな茶羽魔蠧の卵のように丸い形に囲われていた。
魔蠧達はぎっしりと分厚く結界に張り付き、お互いが邪魔をして足で蹴落としあったり、仰向けに落ちてもがいたりしていた。
ローガンとエリオットが話している間に、ぼうっと結界が光った。
重なり合った茶羽魔蠧が照らされ、うっすらと光を通す。
光はだんだんと濃く、まばゆく、そして大きくなっていった。
「え、なんか、ちょっとやばくない?」
「エリオット! 逃げ……」
四人が姿を消したか消さぬか、きわどい瞬間に結界が膨張し、そして大爆発を起こした。
結界の塊は吹き飛ばされた。部屋中に舞う何千、何万という魔蠧も爆発のさいに引火し、そこら蠧が燃えている。地に落ち、足を縮め、触覚を揺らしながら「キイキイ」と鳴いている声が合唱のように揺れている。
爆発の影響で部屋の中は大嵐のように荒れて、暴風が吹き荒れ、火がついた焼けた魔蠧が狂ったように旋回し、羽が焼け落ちその身もぼたぼたと落ちてくる。
ローガンとエリオットが張った一番外側の結界のおかげでヘンデル伯爵家は爆発に巻き込まれずに済み、ただ屋敷全体がどうんと揺れただけに終わった。
その爆発の中でソフィアがゆらりと立ち上がった。




