マルク、起つ
信じるか、信じないか、の二つの選択。
しかし人間は信じるふりをしながら裏切る事も出来る。
信じていなくても、土壇場で「私はずっとあなたを信じていました」とも言える。
魔族達の選択は信じないか、信じるかの二つしなかかった。
魔王の言葉が全てで信じると断言すれば魔王に命を預け、盾になる。
例え魔王の行動が彼らの意に添わなくても、付き従うしかなかった。
だからソフィアの下に付くと決めたなら、ソフィアに従う。
ソフィアは魔族を救い、彼らを根絶やしにしようとする愚かな人間を断罪してくれる、と信じて。
怒りに燃えてフェルナンデスを攻撃しようとしたワルドはソフィアの言葉に耳を疑った。
魔族の奴隷を殺すのが楽しみだと言ったのか?
目の前にいる不様で愚かな人間の甘言に乗って、奴隷として売買されている魔族を嬲り殺しに行く事に賛同したのか?
知能が高く、感情豊かな魔族、勇者に狩られた後、数百年間、人間から逃げまどい、隠れ怯えて生きてきた魔王の左足はソフィアを見返した。
「ソフィアさ……」
ワルドに最後まで言わせず彼を遮ったのはかつての相棒、右足だった。
今は素晴らしく可愛らしい美形の少年だ。
金髪で碧眼、白い肌。全てが愛くるしい天使の様な少年は、
「落ち着きな、左」
と言った。
ワルドはエリオットを見てから、ローガンを見た。
ローガンは微かにうなずき、それは(安心しろ)と言ったように思えた。
「は」
と言ってワルドは身を控えた。
「でも、さあ呪いを解きに行こうっつっても今すぐ行けないんでしょ?」
とソフィアがフェルナンデスを見てそう言った。
フェルナンデスはうなずき、
「それはそうだ。気軽に王城はへ行けん。まずは願いを出し、王へ謁見の許可を頂き、日を決めてから」
ソフィアははあっとため息をついた。
「どうせこちらの手紙が王の元へ届くまで何日もかかるんでしょう?」
「いや、王家にとっては宿願の呪いの解呪の件だ。すぐにでも王の下へ届けよう」
「そう、それは叔父様にお任せしますわ。でも、解呪が出来なかったどうなるのかしら? ヘンデル伯爵家、揃って縛り首かしら? 叔父様だってただでは済まないのでは? それの覚悟は出来てますの? 叔父様の事だから、トカゲの尻尾切りみたいに自分だけ逃げ切る算段がおありなんでしょうけど。お父様、マルク兄様はよろしいんですの? ケイト姉様だってナイト・デ・オルボンとの結婚前に縛り首なんて嫌じゃないのかしら?」
ソフィアが見渡すと、マルクはがたがた震えながら、。
「ソ、ソフィア…君の解呪はどうなんだ? 成功させる自信は……あるの?」
と言った。
「そんなのやってみないと分かりませんわ、兄様。失敗したらごめんなさいね。みんな揃って縛り首になるのかしら。でもナタリー姉様が待っててくださるから、淋しくはないですわね」
とソフィアが言って笑った。
「そんな! 失敗するかもしれないのか?」
「それは分かりませんわ。何百年と続いた呪いなのでしょ? そう簡単に解呪出来るかどうか」
とソフィアは肩をすくめてみせた。
マルクはフェルナンデスを見て、
「叔父上、そんな危険な事をソフィアにやらせるのですか? し、失敗したら爵位返上どころか全員が縛り首になるような事を!?」
と言った。震えてはいるが、大きな声だった。
「まあ、落ち着けマルク、物は試しだ。王とてそれは分かってらしゃる。解呪出来ないからと魔術師を縛り首にしていけば、我が国の優秀な魔術師はいなくなる」
そう言ってからフェルナンデスは顔をしかめた。
エリオットに切られた首の傷は治癒魔法で治っている。
しかし、ワルドに着けられた銀色の首飾りはどうやっても取れなかった。
ワルドの銀の首飾りはふとした拍子にフェルナンデスの首に酷く食い込み、痛みを思い出させる。
「叔父上! そんな……もしソフィアが失敗して、王家の怒りを買ったらどうするんです! 叔父上はレインディング公爵家に守られるかもしれませんが、我々はどうなるのです! よくて爵位返上で伯爵家はお取りつぶし、悪ければ処刑ですよ! 叔父上、その時には助けていただけるのですか!」
マルクが立ち上がって、ばんっとテーブルを叩いた。
「ひゅー、かっけえ」
とソフィアが言った。




