「新領地」の情景
王国軍なり山岳民連合なりがそれぞれの思惑と打算によって動いている中、ムヒライヒ・アルマヌニア率いる一軍もかねてより準備を進めていた作戦を実施直前まで準備し終えることができた。
巨大な投石機数台を同時に運用し、敵軍の本陣を直接攻撃しようという内容の作戦である。
現時点で完成した投石機は八台にものぼり、完成までにあといくらもかからないであろうところまで来ているものもさらに何台か控えている。慎重な性格であるムヒライヒは、投石機が破損、破壊されたときの予備分まで確保してから作戦を実行に移すつもりで投石機の製造を急がせていた。
そんな鋸や槌の音が響く新領地へ、ハザマたちに同道したブシャラヒム・アルマヌニアが総司令部で報告を終えて帰ってきた。
ブシャラヒムはまっすぐに実兄であるムヒライヒの元へと急ぐ。この川むこうの新領地の当面の責任者はムヒライヒであり、ブシャラヒム自身はそのムヒライヒの部下であるため、帰参の報告をする必要があった。
「無事に戻りましたか」
ブシャラヒムの顔をみたムヒライヒは、そういった。
ムヒライヒは連日、無理な突貫仕事をしているせいか、いく分、憔悴しているようにも見受けられた。
「無事なことは確かだが……」
応じるブシャラヒムの心境は、それなりに複雑なものだった。
「あまり目覚ましい働きをすることもできなかった。
結局、洞窟衆のやつらにすべて持って行かれた」
「大魔女ルシアナ……ですか?」
ムヒライヒは、軽く顔をしかめる。
「あれは、お伽噺の領分です。
そんなものを倒すために尽力したとしても、なんの手柄にもなりませんよ。
時間と労力の無駄というものです」
真面目一方で不器用なこの兄なりに、気を使ってくれたのかも知れないな、と、ブシャラヒムは思った。
「ろくな働きをして来なかったおかげで、精気はありあまっている」
ムヒライヒにむけ、ブシャラヒムはそういった。
「なにか仕事をくれ。
なんだったら、今すぐにでも取りかかってみせる」
ブシャラヒムの本心だった。
渡川作戦直後の失態に引き続き、今回の対ルシアナ戦においてもブシャラヒムは大きな役割を果たすことができないままに終わっている。
ブシャラヒムの中で不完全燃焼ななにかがわだかまっており、燃えさかる機会を伺ってくすぶっているような心境だった。
「熱意があるのは結構ですが……」
ムヒライヒは少し思案顔になった。
「そうですね。
今すぐに、というわけにもいきませんが、もう少ししたら、新たな作戦が開始されます。
そのときにでも、前線の陣頭指揮をお願いすることになりますが……」
ムヒライヒが占拠した川むこうの陣地に展開した一軍もまた王国軍の一派ではあるのだが、いくつかの点で通常の王国軍とは異なる特色を有している。
最大の特徴といえば、王国正規軍と傭兵はもとより、人夫や職人までも渾然一体となって立ち働いていることだろう。
この時代、戦闘に必要となる技術に関しては、身分の高い階級の者であるか職業的な傭兵がほぼ独占していた。剣術や槍術、馬術などの技能は習得するまでに多くの時間を費やす必要があり、日々の仕事に追われる庶民階級の者にはとうてい学ぶ暇がない。
歩兵あるいは雑兵として徴用された農民が武器を持って戦場に立つことも決して珍しいことではなかったのだが、この場合でも特殊な戦闘技能を必要としない部署に配置され、指揮官の指示通りに動くことのみしか期待されない。
「戦う術を持つ者」と「持たない者」の意識上の隔たりは大きく、それは普段、身分の差として意識されることになる。
この身分さとは、いいかえれば、「戦うしか能がない者」と「それ以外の仕事をする者」の隔たりでもあった。
通常であれば、この両者は決して混合しないはずなのだが……ここ、「川むこうの新領地」では、手が空いていさえいれば身分の区別無く腕を引かれ、仕事を手伝うように要請される奇妙な熱気に包まれている。
投石機の製造だけではなく、丸木を組んで急増された砦の建造についても多くの人手を必要としたのも、原因の一つであろう。
彼らの中には、先だって山岳民の猛攻からこの「新領地」を死守した将兵がいた。それ以外にあとから増援として送られてきた兵士たちもあり、仕事があるからと声をかけられてやってきた人夫、職人などの非戦闘員もいる。
なによりも異彩を放っていたのは、平然と森の中を行き来する男女と犬頭人からなる異様な集団、洞窟衆の存在であった。
戦場でありながら、女性の比率がやけに多い。ヒトには従わないとされる犬頭人が従容としていうことを聞いている。捕虜にしたばかりの山岳民をすぐに徴用して場合によっては重要な仕事さえ任せてしまう。半ば伝説と化しこのたびのいくさでもすでにいくつかの逸話を残しているファンタルなる女エルフが率いている。
……など、彼ら洞窟衆を「異色」にしている要素を数えあげればきりがないのだが、現在の「新領地」を包む奇妙な熱気は、大半、この集団に端を発しているのではないか。
王国軍においては、女性の比率が極端に少ない。
別に女性兵を忌避する慣習もないのだが、捕虜になった場合、敵兵の慰み者になることがほぼ確定しているため、志願者がほとんどいないのだった。
この条件は山岳民側も同じであったが、そちらの方は部族により、女性兵が多かったり少なかったりであり……要は、そのような側面を重視するかどうかは、文化の違いに左右される、ということなのだろう。
とにかく、王国軍側では、少なくとも前線に出る女性兵は極端に少なかった。
しかし、ここ、「新領地」においては、その貴重なはずの女性兵は、決して珍しい存在ではなかった。
そうなった原因は、洞窟衆の存在が、大きい。
その発端からも推察できるように、洞窟衆という組織は主要な役職のほどんどを女性が占めている。
大の男や犬頭人に対しても臆することなくてきぱきと指示を与える女性の姿は、ここ「新領地」では決して珍しくはなかった。
公然と活躍する彼女らの姿は、王国軍にも静かな波紋を起こすことになる。
まず、仕事を求めて戦場に来た女たちが、洞窟衆の元に集まるようになった。
炊事や洗濯、怪我人の介護、あるいは、春を売る女たち。
直接戦闘に参加しないまでも、戦場に身を投じる女たちは少なくない。
そうした女性たちのうち、身軽に動ける者、すなわち奴隷ではない者が徐々にこの「新領地」へと集まってくるようになっていた。
そもそもの発端を考えてみると皮肉にしか思えないのだが……洞窟衆は、この時代には珍しい、「なんの支障もなく女性が働ける集団」、として認識されてしまったらしい。
女性が多く集まる場所には、当然、男性も集まってくるようになる。
もともと、この「新領地」には、数万単位の軍人、作業員が集まってきていた。
洞窟衆の存在が周知されるようになって人の流入に拍車がかかり、さらに多くの人が集まるようになってきた。
砦や投石機の造営はもとより、一人でも多くの兵員が欲しい時期である。
本人が望みさえすれば、体力や膂力に多少なりとも恵まれていれば傭兵の下働きとして採用されたし、それも勤まらない人材であれば洞窟衆に混じって森の中に入りことができる。
つまり、本人が希望さえすれば、経験や技能がなくとも、非力な女子どもであっても、どこかしらには拾いあげられた。
兵士と非戦闘員の労働者とでは報酬の額も大きく違ってくる。
つまり、この「新領地」は、やる気がある人間にとっては一旗揚げることも夢ではない場所となっていた。
かくて……この「新領地」は、奇妙な熱気に包まれることになる。
戦地である限り、当然、相応のリスクを織り込むことが前提となるわけだが……確かに、この「新領地」には、野心や向上心を持つ者にとっては魅力的な場所となっていたのだった。
『……と、いうわけでな』
ファンタルは現在、心話通信でハザマと会話をしている最中だった。
『こちらはこちらで、それなりに忙しくしている。
用件があるのなら、手短に済ませてくれ』
新兵の指導や矢の作成、王国軍との打ち合わせ……ここに駐在する洞窟衆の責任者として多くの実務を抱えているファンタルは、実は、ハザマなどよりもよっぽど多忙だったりする。
『ああ、うん。
そうですね。
それじゃあ……そっちに帰したばかりでなんなんだけど、ガグラダ族のアジャスをこっちに寄越してください。
なんなら、夫婦揃ってこちらに送ってくれてもいい。というか、そっちの方が都合がいいのか。
あと他に、現在の山岳民連合の内情に詳しい人なんかに心当たりがあったら、その人も……』
『おい、ハザマよ』
ファンタルが、早口に続けようとするハザマの言葉を遮った。
『今度はいったい、どんな悪巧みをはじめるつもりだ?』
『ええ、それなんですがね』
ハザマは、平然とした口調でとんでもないことをいってのけた。
『例のルシアナの子ら対策として、山岳民連合を分裂させることにしました』
山岳民連合、あるいは、山岳民部族連合とも呼ばれる集団は、正確にいうのなら、国家という体制を採用してはいない。
大小あわせて数百からなる部族が緩やかに寄り集まり、大きな方針については、俗に「中央」と呼ばれる主要部族議会が決議するが、その他の細かいことに関しては各部族ごとの決断に委ねられている。
王国など、中央集権的な統治機構の体制を整えつつある周辺諸国と比較すると、随分と輪郭が曖昧でぼんやりとした組織形態といえたが、どこかの有力部族が衰えてもすぐに別の部族が台頭してきてその間隙を埋め合わせるため、総体としてみるとかなりしぶとい、生命力がある組織だった。
『その山岳民連合を、割る……のか』
ファンタルは、薄い笑みを浮かべた。
『聞いてよいか。
どうやって?』
『特定の部族に肩入れして、他の部族を併合しちゃいなよ!
……って、耳元に囁いてやるんですよ。
それだけで、山岳民内部のパワーバランスは容易に崩れます』
ファンタルは、ハザマが行ったごくごく簡単な説明について考えを巡らせはじめる。
『……食料か?』
『正解』
姿が見えないハザマが、確かに頷いた気配が伝わってきた。
『万年食料不足だという山岳民たち。
その中で、特定の部族だけを選んで継続的に食料を供給し続ければどうなるのか?
持てる者と持てない者の差が開けば開くほど、不平不満は蓄積される。
そして、いずれ、暴発する』
現在、ゴグス率いるハザマ商会は、豊富な資金源にまかせて太い穀物輸入ルートを複数、握っている。
この策はまた、ハザマ商会に経常的に大きな商いを行わせることにも繋がり、商売としてもそれなりにうまみがある。
そのハザマ商会と内応できる洞窟衆であればこそ、可能な戦略だった。
『効果がないとはいわないが……結果が出るまで、時間がかかるぞ』
『その他にもいろいろ、手は打つつもりですがね。
要は……』
山岳民連合の中に波乱が起こり、内紛がはじまれば、それでいいのだ……と、ハザマはいいきった。
『やつらの中にも、野心家はいるでしょう。
周辺部族の併呑とか革命とかを、密かに願望しているようなやつが。
そういうのをちょいとつついていい夢をみさせてやって、暴走させてやればいいんですよ』
『焚きつけるだけ焚きつけ、煽るだけ煽っておいて……その結果、成功しようが失敗しようが、こちらは関知しない、というわけか……』
『そうそう。
そうなりゃあ……その騒ぎが静まるまで、やつらも外の国にちょっかいを出す余裕がなくなるはずです。
ついでに……山岳民連合の中でそれなりの地位にいるとかいうルシアナの子らって連中も、当分は、忙しくなっておれたちへの仇討ちどころではなくなるはずですし』
『なんなんだ、その飛躍しすぎた発想は。
わたしなんかでは、とうてい思いつかない』
一通りの説明を聞いたあと、ファンタルはそういった。
ある意味では、本音だった。
戦場の中に身を置くことを選択したファンタルは、一兵士としての発想しか持たない。
『この……悪党め』
悪態でもなく賞賛でもなく、ファンタルはただただ呆れていた。
ハザマは、今日、ルシアナ討伐から帰ってきたばかりだ。
断片的な情報だけを元にして、よくもまあ、こんなことを即座に思いつけるものだ。




