アルマヌニア公爵との交渉
「それは」
ハザマは少し考え込んだ。
「造営中の街道周辺だけでよろしいのでしょうか?」
このアルマヌニア公爵は実直な性格の人物であることは、事前にマヌダルク姫から聞いていた。
そのアルマヌニア公爵がここまで断言をするのならば、戦費の支払いを渋るということはないだろう。
ただ、こちらで請け負う範囲を明確に定めておかないと、際限なくこき使われる可能性もあるわけで、最初に洞窟衆が担当する範囲を明確に定めておくべきだと判断をしたのだ。
そうしておかないと、あの広大な森全域から敵を完全に駆逐するまで、こき使われてることにもなりかねない。
契約を締結する前に、その完遂条件を明瞭にしておくことは、特に今回のような大きな契約ではかなり大事だった。
『街道の周辺だけでいい』
アルマヌニア公爵は即答をする。
『他の地域のことまでそちらを頼っていては、こちらの面目も立たない。
森東地域とこちらとを結ぶあの街道は、これからのうちの領地と王国とにとって重要な物になるはずだ。
こんなところで工事を遅延させるわけにはいかない』
おやまあ。
と、ハザマは感心をする。
仮にも公爵家の当主になるほどだから愚物であるとは思っていなかったが、なかなか先のことまで見通しているじゃないか。
確かにあの街道が無事に開通すれば、あの街道を持つアルマヌニア公爵領は重要な交通の要衝地になる。
森東地域と王国側の関係が深くなればなるほど、文物の行き来は盛んになるはずであり、アルマヌニア公爵家にとっても継続的な税源になるはずなのだった。
まだ開通していないとはいうものの、こんな状況下でも工事が遅れることを心配するほど、アルマヌニア公爵はあの街道の重要性を認識している、ということになる。
「おそらく、ですが」
ハザマは慎重な口ぶりでいった。
「こちらの犬頭人は、かなり人数が余るものと予想されています。
その余剰の人員をそちらの街道方面に差し向けましょう」
ここでハザマが明確な人数を提示しなかったのは、この時点で現地の状況に不明な点が多いからだった。
なにしろ森方面から詳細な状況がほとんどこちらに伝えられていない。
今のところ、洞窟衆が関係している開拓村の周辺は平静な様子であるようだったが、それもこの先どのように変わるか誰にも断言できなかった。
ましてや、この状況下で工事中の街道全域の安全を保証できるわけもない。
『感謝する』
アルマヌニア公爵は即座に素直を述べた。
『報酬については、請求があり次第、可能な限り迅速に支払うつもりだ。
とはいえ、正直にいえばわが領地はさほど豊かではないので、すぐに全額を精算することは無理だと思うが。
支払いが遅れた分に関しては、相応の金利も含めて完済するので、それで勘弁をして貰いたい』
「では、こちらもそのつもりで動くことにしましょう」
ハザマはいった。
「通常の報酬以外に、欲しいものがあります」
『なんだ?』
アルマヌニア公爵は疑問の声をあげる。
『洞窟衆が欲しがるものなど、わが領地にはあまりないはずだが』
「ありますよ」
ハザマはいった。
「今回攻め込んで来た連中、その動向とかについて、そちらが把握していることを出来るだけ詳細に書き記してこちらの送ってください。
あまりにも情報がなくてこちらも困っていたところです」
『道理だな』
アルマヌニア公爵はあっさりと頷く。
『すぐにまとめさせて伝令に持たせよう。
ハザマ領に直接持ち込めばいいのか?』
「最寄りの洞窟衆関係の施設に渡して貰えば結構です」
ハザマは即答した。
「それだけで、その情報はすぐにこちらの関係者全員に広まるはずですので」
『そうか』
その返答に、アルマヌニア公爵は納得してくれたようだった。
『それでは、そのように手配をしよう』
報酬など、契約の具体的な条件などについてはまた後日、改めて会談の場を設けて決めることにした。
なにぶん、この時点で敵の全貌が明瞭になっておらず、こちらもどれほどの苦労を強いられるのか予想がつかなかったからである。
この時点で報酬の具体的な金額を決めてしまうと、ハザマたち洞窟衆の側が大きな損害をかぶる可能性もかなり大きい。
アルマヌニア公爵自身もまだ敵軍の全貌は掴めておらず、詳細は相変わらず不明のようだった。
そのため、具体的な条件を詰めるのはまた後日、ということになった。
「開拓村方面になにか動きはあったか?」
アルマヌニア公爵の通信が終わると、誰にともなくハザマが確認をする。
「今のところ、なにも変化はありません」
オットル・オラが即答をする。
「転移魔法で先行させた森歩きたちに村の周囲を巡回させていますが、敵らしき存在はその痕跡も含めて発見できておりません」
「そうか」
その言葉に、ハザマは頷いた。
「森といってもかなり広いからな」
敵軍の進軍ルート上に洞窟衆が関係する開拓村がないのならば、それでいい。
ただ、敵の実態が不明なこの時点でそうした村々に敵襲がないことを前提として動くほど、油断をするつもりもなかったが。
「現在、手すきの者を集めて村の周辺に囲いを作っています」
オットル・オラは説明を続ける。
「獣避けの柵のようなものはどこの村でも設置しているわけですが、悪意のある者が相手ですとそれだけでは心許ない。
武装した兵士が来てもある程度は持ちこたえられるように補強をさせております」
「結構なことだ」
これにも、ハザマは頷く。
「こちらからも支援するが、現地の人間にも頑張って貰わないとな」
そうした村々が実際に敵軍の襲撃を受けた場合、村の中の人たちは自分たちで籠城して自衛をするしかない。
そのための防備を固めておいてくれるのは、なにもやらずになにかが起こるのを待つよりは遙かにましといえた。
多分、先に転移魔法で送り込んだ森歩きたちが指導をして、あれやこれやの準備をさせているのだろう。
「もしもそうした村に敵が攻め込んできたら、即座に知らせてくれ」
ハザマはオットル・オラに向かってそういった。
「そのときはおれが直接現地に乗り込む」
「男爵ご自身が、ですか?」
ハザマの言葉を聞くと、オットル・オラは反射的に顔をしかめていた。
「あ、いや。
ですが、それが一番被害を少なくする方法なのかも知れませんな」
バジルの能力、つまり、確実かつ無差別に敵兵を無力化する能力は、このような場合にはとても効果的だった。
ハザマ自身が出るまでもなく、などと出し惜しみをするよりは、なんらかの兆候があり次第ハザマが現地に赴いて敵全員の動きを止める。
被害を最小に止める一番確実な、方法といえた。
その合理性の前では、ハザマ自身の地位や立場などに対する配慮など、自然と薄れてしまう。
「街道周辺の地図を持ってきました」
一度退室していたリンザが、そういって戻ってきた。
「見せてくれ」
ハザマはそういってリンザを手招きする。
リンザから丸められた、かなり大きな紙を受け取り、それを机の上に広げる。
「うーん」
一瞥して、ハザマはそう結論した。
「この街道からうちが関係した村があるあたりまでは、かなり離れているんだな」
「とはいえ、森の中に入った敵勢力が単数か複数かもまだ確認できておりませんので」
「ああ、わかっている」
すかさず口を挟んだオットル・オラに向けて、ハザマは軽く手を振った。
「この時点で油断をするつもりはないから。
で、これが、作りかけの街道っと」
ハザマはそういって地図の上を指先で辿る。
「縮尺まではわからんが、想像していたよりも伸びているんだな」
「現在、どうにか切り拓けた長さがだいたい五万ヒロ。
そのすべての整地が終わっているわけでないので、街道として使用可能なのはそのうちの半分にも満たないとのことです」
ええと。
ハザマは慌てて頭の中で暗算をした。
一ヒロが約三十センチほどだから、五万ヒロっていうと……十五キロほど、っていうことか。
着工してから今までの時間、それにこの世界ではこの手の工事はだいたい人力しか頼れないっていうことを考慮すると、早いのか遅いのか。
その判断はつかなかったが、それでもそれの全域が防衛しなければならない場所となると。
「五万ヒロ、か」
ハザマはそう呟く。
「防衛ラインとしては、長いなあ」
街道であるから、自然と細長くなるのは仕方がない。
しかし、その周辺を警戒して守りきるとなると、これはかなり苦労しそうな気がした。
「犬頭人は、かなり余るんだよな?」
ハザマは地図から顔をあげて、オットル・オラに確認をした。
「このまま開拓村方面に異変が及ばない、という前提でしたら」
オットル・オラは即答する。
「各村にせいぜい五百匹ずつを配置しておけば問題はないかと。
このまま情勢に変化がなかったら、その街道の方にも万単位の犬頭人を差し向けることが可能なはずです」
洞窟衆が支援をしている開拓村は三十あまり。
そのそれぞれに五百匹の犬頭人を駐留させても、せいぜい一万五千程度にしかならない。
相手の数や出方次第ではあるが。
と、ハザマは考える。
どうにか、送り出す予定の犬頭人だけでも戦力として十分かな。
その相手についての詳細がわからない今、いたずらに気を揉んでも仕方がなかった。




