洞窟衆の立ち位置
「虫……いや、鳥……なのか?」
「ハチドリだな」
「この辺では多いのか?」
「いや、滅多に見かけない。
そのハチドリがどうかしたか」
「いや、珍しく、バジルが興味を持って……あ。
落とした」
ハザマは地面に落ちたその小さな鳥を指先で摘んで、しばらくもてあそぶ。
ハチドリとはその名の通り、親指と人差し指で摘みあげられるほどの、虫と見間違えるほどに小さな鳥であり、それが全部で八羽ほどいた。
「……バジルが喰いたがるにしては、小さすぎるかなあ……」
「本当に喰いたがったのか?」
エルシムが、疑問を口にした。
「その他に、そやつらの動きを止める理由があるのではないのか?」
「そうさなあ」
ハザマは、肩の上の乗っているバジルの鼻先にハチドリを近づける。
バジルは、無造作にハチドリの体をくわえ、咀嚼し、嚥下した。
「……半分は、残しておくか。
ルシアナからもぎ取った新しいスキルの練習台にちょうどいい気もするし……」
「体は小さいが、その分小回りが利く。
使い魔にするにはそれなりに重宝しそうだな」
「……エルシムさんも、何羽か持って行きます?」
「……偵察失敗。
ってか、なんなんだ、あのトカゲ野郎は!
反則もいいところじゃないか!」
「そりゃあ、あんな小さななりをしていても、あのルシアナの同類になるわけですから……」
いきりたつマニュルと、それとなく宥めるバツキヤ。
二人は、バツキヤに与えられた部屋にいた。
「それで、マニュルさん。
使いだてをするようで、大変に申し訳ないのですが……」
「はいはい、お使いでしょ」
おずおずと要望を口にするバツキヤに、マニュルはあっさりと頷いた。
「クツイルのおっさんも、あの様子じゃしばらく身動きが取れないだろうしね。
他の伝令師も、それぞれの持ち場をすぐに離れるわけにもいかないだろうし……」
「さほど時間をかけずに書簡や命令を伝える伝令師は、貴重ですからね」
山岳民連合全域を見渡しても、二十人といやしないのだ。
当然、欠員が出たからといってすぐに補充できるはずもない。
「ま、こっちは伝令師シリーズとは違ってなにかの間違いでできたイレギュラーだし……」
「マニュルさんは、その分身軽に動けるわけですし。
それに唯一無二の能力者というのは、伝令師以上に貴重なものですよ」
「……正確にいうと、あたし自身の能力というわけでもないんだけどね。
それに、唯一無二というのなら、そういうバツキヤこそ……」
「わたしは、もともとルシアナの次の器として開発されました身ですから。
ルシアナが逝去したことで、未来が白紙になってしまいました」
「かえってよかったじゃない。
化け物蜘蛛の分身として後半生を過ごすなんて、ぞっとしないし」
「その件についてはコメントを差し控えさせていただきますが……未来が白紙になってしまった分、わたしはこの場所で自分の地位をより確かなものにしなければならなくなりました。
そのためにも、どうかご協力のほどを……」
「はいはい。
そんなことをいわれなくったって、お使いくらいちゃっちゃと済ましてきますよ。
それで……」
「こちらの書簡を、それぞれ……」
「有力部族への援軍要請、か。
お使いするのはいいけど……今からで間に合うの?」
「こちらは、いわば保険のようなものですから。
もっと確実な援軍は、すでに手配済みです」
「もっと確実な……。
今の山岳民連合に、そんな勢力が……あっ!
ひょっとして……」
「ええ。
おそらくは、今、マニュルさんが思い浮かべた方々かと……」
「あいつらをあてにすると……あとで高くつくよ?」
「お支払いはどうせ、うちの若様がなさるわけですから。
彼らの力を借りずに済めば、もっと安あがりに終えられたと思うのですが……」
「失敗したら上司のせい、成功したら自分の才覚。
怖いなあ……軍師って……」
「いろいろあって、今日から皆さんのお友だちになる、ドゥ、トロワ、キャトルの三人です。
あ、あとオマケのルアもいたか。
はい、四人、挨拶挨拶」
「はいほー」
「いえー」
「やっほー」
「虐める? 虐める?」
「まあなんだ、みての通り、おれよりもずっと常識がない部分があるやつらだから、まずはこいつらに十人並みの常識を教え込むところからはじめなけりゃあなあ。
特にこの三人に関しては、トイレや食器の使い方からなにから、本当に基礎的なところからよろしく頼むわ」
「あんた以上に常識がないって……」
案の定、カレニライナが噛みついてくる。
「……どんだけ絶望的なのよ!
わかった!
あんた、自分で面倒をみるのが面倒くさいから、こっちに丸投げしようって魂胆ね!」
なにげに鋭いカレニライナだった。
「そうかも知れないし、そうでないのかも知れない。
いずれにせよ、これでおれもそれなりに忙しい身の上なわけだし……。
現に、このあともすぐに総司令部に出頭するようにことづけがあったっていうし……。
いやーまいるなー。
つらいわー。忙しすぎてちょーつらいわー……」
「……わざとらしい。
このいくさとはまるで関係がない私用で何日もどこかへ姿を消していた癖に……。
第一、わたしたちだってねえ!
日々運び込まれる重病人の世話とかいろいろとやることがあって……」
「そういうのやりながらでいいから。
いや、むしろ、いっしょにそういう仕事をやらせるぐらいのつもりでちょうどいいくらいだから。
こいつらの今後の生活のために、常識とかを教えるのも重要だけどさ。
それ以前に、こいつらも労働力として扱ってくれてかまわない。
こうみえて、普通の人間よりもずっとタフにできているそうだし、それに、なんといってもこいつらは水を自由に動かせる能力がある。
しばらくは、交代で井戸水の汲みあげ係でもさせといたらどうだ」
「……まるっきりの役立たず、ってわけじゃあないんだ……」
「こいつらがどれくらい使いものになるのかどうかは、これからの仕込み次第だからなあ。
なに、いよいよ扱いに困ったら、ここにいるルゥ・フェイの爺さんに尻拭いさせればいいから……」
「……おい、ハザマよ。
その扱いはあんまりではないのか?」
「だって、爺さん。
あんたが変な匂いをさせているせいで、こいつらが爺さんの近くに近寄ろうとしないから世話係が必要になったんだぜ。
いざというときくらいは役にたって貰わないと……」
「か、加齢臭は自分ではどうにもできんわ!」
「ハザマさん。
まだまだ詳しい報告とかが残っているんですが……」
「あとあと。
総司令部から出頭命令が出ているから、そっちを待たせるわけにもいかんし……。
んー。
今回の随行は、リンザ、クリフ、カレン、それにルアな」
「あと、わたしも同行します」
「ほんじゃあ、イリーナも。
急いで来いってこったから、このまま出るぞ」
「ハザマー」
「こっちはー」
「遊んでていいのー」
「お前ら三人は、とりあえず井戸の場所を聞いてそこへ移動。
そこにいる人たちに、なにか手伝えることはありませんか、って訊ねてそのままお手伝いでもしてろ!」
「はいはいー」
「あいさー」
「よーそろー」
「……ときどき、どこでおぼえたのかよくわからん言葉を使うな、あいつら……」
一度洞窟衆の天幕へ立ち寄っただけで、ハザマはすぐに総司令部へとむかう。
「ああ、面倒くせえ。
はやく終わんねーかなー、この戦争……」
口の中でぶつくさいいながらも、ハザマは早足で進み続ける。
「だいたい、宮仕えなんておれの柄じゃあないんだ。
この戦争が一段落したら、絶対遊び倒してやる……」
移動中、ハザマは周囲の状況をさりげなく観察する。
ここを発つ前と比べると、明らかに負傷者の数が増えている。
通行人のうちかなりの割合が、体のどこかに包帯を巻いているような案配だった。
タマルからも「昨日、十万人規模の犠牲者がでました」的な内容を知らされていたのだが、どうやらそれは誇張ではないらしかった。
……負け戦になったとしても、最低限、洞窟衆の退路は確保しておかなけりゃあな……と、ハザマは思う。
森の中に入ればそれなりになんとかなりそうな気はするのだが、ムムリムを筆頭とした医療班が素直に撤退命令に従うかどうか、この部分がかなり微妙な気がしたが。
やはり負けられないし、負けてはいけないのか……と、そんなことも、思う。
「しかし、デカい鳥だのなんだのって、結局どういうことなのかなあ。
総司令部でなんらかの情報を渡して貰えるといいけど……」
勝つために、とはいわない。
負けないためには、敵に対する正確な情報を把握するのがまず第一だ、と、ハザマは思う。
以前、エルシムに頼んで山岳民の軍隊の近くに使い魔を放って貰ったことがあるのだが、やはりあらかじめそれなりの対策を施してあったらしく、無駄に使い魔を消耗しただけに終わった。
これだけ大規模な軍事行動を行っているぐらいだから、経験則として情報戦の重要さは敵味方を問わず弁えているようだった。
ハザマが以前に知っているその手のフィクションでは、現地人が現代人の浅知恵に太刀打ちできないものが大半であったが、現実にはこの世界の人々もそれなりの年月をかけて鎬を削ってきたわけである。
いくら現代人とはいえ、素人の浅薄な思いつきレベルの浅知恵でまともに対抗できるわけがないのであった。
総司令部に出頭すると、すぐに三大貴族の前に案内された。
これは予想に反していたため拍子抜けしたところだが、ブシャラヒム・アルマヌニアとガズリム・バルムスクからすでに報告を受けていたらしく、ハザマたちが行ったルシアナ討伐について詳細を訊ねられることなかった。
「洞窟衆のハザマよ。
貴殿の口から真実が出てくるとも限らないのに、改めて同じことを聞き返すもの時間の無駄であるし、それ以上に芸がなかろう」
苦笑いを浮かべながら、ベレンティア公はそういった。
「そんな無駄な真似をしているほど、今のわれらは時間に恵まれてはおらぬ」
「昨日、十万規模の損害が出たとか聞きましたが……」
「おう、洞窟衆の。
そのことよ」
アルマヌニア公が、声をあげた。
「おぬしらにとってもまんざら縁がないわけでもない。
やつら、よりによってルシアナの子の一人を出してきよった」
「ルシアナの子……。
例の、人体実験の成果物ってわけですか?」
「そう。
山岳衆の中でも選りすぐりの異能者たちだ」
ブラズニア公が、囁く。
「事前にやつらが介入してくるとわかっていれば……もう少し、対策の立てようもあったものを!」
「過ぎたことをつべこべいっても、詮無きこと。
今は、今後の対策について協議するのが上策である」
ベレンティア公が、話題をもとに戻す。
「そして、これからが本題であるが……洞窟衆のハザマよ。
異能者には異能者を。
敵軍にルシアナの子らなどの異能者が現れた場合、今後の対処は洞窟衆に任せることにしたい」
「……そんな勝手な……」
思わず、ハザマは小さく呟く。
「なに、無事にこの危機を回避できれば、報奨はそれなりに取らせるつもりだぞ。
なんなら、王都にかけあって、現在洞窟衆にかかっている嫌疑すべてを不問にさせてもいい」
ベレンティア公は、堂々たる口調で続ける。
「どの道、あやつらのような化け物をどもを相手に通常の兵で立ち向かっても、損害が増すばかりなのだ。
その点、洞窟衆ならば……」
「新参者の、外様も外様ですからね」
皮肉に口の端を歪めながら、ハザマは言葉尻を引き取った。
「潰されても、皆さんにしてみれば痛くも痒くもないでしょう」
「そういう見方もあるな。
それは、否定はせん」
ベレンティア公は、軽く首を振った。
「だがそれ以上に、おぬしら洞窟衆は、精鋭揃いの、一種の異能集団なのだ。
現在の状況で、洞窟衆という異能集団を遊ばせておくほどの余裕は、現在のわが軍には存在しない。
聞くところによると、今回のルシアナ討伐で水妖使い三名と、それに、ルシアナの異能まで獲得したということではないか」
「水妖使いはともかく、ルシアナの異能については、まだまだ効能や効果範囲などの検証も済んでいない段階です。
いきなり実戦で使用するのは、かなりリスキーかと」
ハザマは、精一杯の抗弁を試みる。
「それでは、その検証とやらを一刻もはやく行うべきであるな」
ベレンティア公は、涼しい顔をしてそう断言した。
「洞窟衆のハザマ。
司令部よりの通達は、以上である。
下がってよろしい」




