多過ぎる課題
リンザの希望としては。
と、ハザマは推測をする。
正妃になりたいとかハザマに嫁ぎたいとかいうよりも、洞窟衆という組織に対する責任感からの発言なのではないか、と。
少なくともハザマは、ハザマもリンザに対して異性を意識したことがないのと同様に、リンザもハザマのことを男性として見ていた気配をこれまで感じたことがない。
「おれはこれまでも好き勝手に動いてきたし、これからもそうするつもりだが、それでいいんだな?」
確認のため、ハザマが訊ねた。
「そうはいっても、男爵は最低限の責任は果たしています」
リンザはまっすぐにハザマの目線を受けて即答する。
「洞窟衆の首領として、あるいは、領主として。
これからもそうし続けるつもりならば、特に問題があるとも思いません」
「その辺の方針については、変える予定はないが」
ハザマはいった。
この時点でハザマがそうした活動から手を引き、判断や責任を放棄すればその後にどんな混乱が待っているのか。
ありありと想像が出来るからこそ、ハザマとしてはそういうしかない。
「仮におれが手を抜かなかったとしても、大変な重荷にはなるぞ。
その、今後もおれの片棒を担ぐということになると」
「それはそうなのかも知れませんが」
リンザは答えた。
「その代わり、わたしは一人ではありませんから。
男爵の妃候補はまだ二人もいらっしゃいますし、それに洞窟衆の仲間も大勢居ます」
相談相手や協力者に困ることはない。
だから、そこまで重く受け止める必要はない、ということか。
リンザの言葉をハザマは、そう解釈をする。
リンザもこれまで、特にハザマの失踪以後に様々な経験をし、そうした仲間たちに助けられても来たのだろう。
その詳細をハザマが直接知ることはなかったが、そのときにどのようなことが起こっていたのか、想像することは容易に出来た。
「今の時点では仕方がないんだが」
ハザマは、そう続けた。
「もう少し責任を持って重要な判断をくだせる人間が増えてきたら、おれとしては徐々にそうした公務から後退していく予定だ。
いつまでも今のようにたった一人の人間に負荷をかけ、重要な判断を任せているシステムは正常ではないと、おれは考えている」
「そのためには、高度な判断が出来る専門家を多数、育てなければなりません」
リンザはいった。
「そのための素地は整いつつあると思いますが、ルシアニアが本格的に稼働しはじめれば徐々に解決していく問題だと思います」
「とはいえ、まともに使える人材が実際に出てくるまでは、少なく見積もっても数年はかかるだろうな」
ハザマは、半ばぼやくような口調でそういった。
「専門教育ってのは、本来それだけの時間がかかるもんだ。
それまでは、今まで通り、使える人材をやりくりしてどうにか誤魔化すしかない」
「大変ですね」
「大変だよ」
リンザとハザマは、そういって頷き合う。
「これまでどうにかやってこれたのが、奇跡みたいなもんだ」
「その奇跡を、もうしばらく継続させる必要があります」
リンザはいった。
「中に居たわたしたちはなにかと忙しくて長く感じていますが、洞窟衆が発足して今の時点でようやく一年と少し。
これは、組織としての体質が固定化されるためには、十分な時間とはいえません」
「しかもうちの体質として、恒常的に新しい人間が流入しているわけで」
ハザマはリンザの言葉に頷いた。
「実際のところは、業種や地方によって様々な価値観やルールが混在している寄り合い所帯を、どうにかこうにかまとめて動かしているってのが実際だ。
どちらかというと今の時点まで、分解もせずによく動いていたというべきだな」
「結局、ひとつの組織、というより、洞窟衆の傘下で動いている方が受ける利益が大きいから、でしょうね。
離反者が少ないのは」
リンザはハザマにそう返した。
「うちが流通とか販路を握っているのが、大きいと思います」
「おれとしては、どんどん独立してくれた方が都合がいいんだがな」
ハザマは、ため息混じりにそういう。
「その方が、おれとしては楽が出来る」
「仕事をおぼえて独立する人も、決して少ないわけではないんですが」
リンザは答えた。
「ただ、独立後も洞窟衆から仕事を斡旋されたり、なんらかの繋がりは残していますし、それに、もっと根本的なことをいえば、そうして分離していく人数よりもさらに多くの、数倍の人数が洞窟衆に流入し続けているわけで」
「仕事をおぼえたプロが離れて、その代わりその数倍の、なにも知らないずぶの素人が入って来る」
ハザマはいった。
「それで、おれたちとしては、そのなにも知らない素人を一から指導して教えながら仕事をさせているってわけだ」
現在の洞窟衆は、流民など身元が不確かな連中の更生と教育を一手に引き受ける組織として機能している。
あくまでまとまった人手を常時必要とする洞窟衆の都合によりそうした事業形態になっているわけだが、これはこれで問題があるのだった。
教育機関として見ると効率が悪いし、仕事を教えるためと考えても、その仕事をおぼえた後に拘束をする規定を作っていないので、洞窟衆側の利益は薄い。
今の時点では、どの業種も洞窟衆が出す賃金の方が多いため、大きな問題とはなっていないのだが、その代わり、そうして集まってきた者たちは洞窟衆という組織への帰属意識も薄い。
この世界のどんな組織よりも、洞窟衆は組織として構成員を束縛する性質が弱かった。
それは、その手の束縛を嫌うハザマがあえてそうなるように仕向けている部分が多かったからだが、こうしたいい意味での緩さも、今後は弊害になってくる可能性が大きかった。
そしてその程度のことは、ハザマにしてもリンザにしても、当然のように認識してはいる。
現状で、洞窟衆に集まってきた構成員の定着率はかなり高いのだが、なにかのきっかけにより現在のバランスが崩れると、手の施しようがなくなるはずだ。
そのときには、洞窟衆は現在のような組織としての形態を保てなくなるだろう。
血縁によらず、地縁にも無関係に人を集めてきた洞窟衆は、他の周辺諸国と比較しても、構成員の動かすための求心力に欠けていた。
これまでは、組織として実績とそれにハザマの名声によってどうにかなって来たわけだが、ハザマが身を固めるとなると、この現在の方式についても見直す必要が出てくる。
ハザマが結婚するということは、今後の洞窟衆なりハザマ領なりの統治形態についても考え直し、場合によっては大きくデザインをし直す必要に迫られるということでもあった。
ハザマはどうやら、洞窟衆という組織とハザマ領とを完全に別個の組織にし、現在ではハザマ自身が兼任している両組織の責任者にも別個の人間に引き継がせることを考えているらしいが、その人選についてもかなり揉めるだろう。
なんといってもその二つともが、多くの利権が関わってくる役職なのである。
いや、ハザマ領の方は、ハザマの血縁者の中から後継者を選ぶような形になるはずだったが、洞窟衆の方は候補者を限定する要素が少ない。
それだけ、揉める要素も多くなるはずだった。
「おれとしては、さっさと誰かに押しつけて隠居でもしたいところなんだがな」
ハザマは、そう呟いた。
「それは、無理でしょう」
リンザは、即答する。
「他の誰を持ってきても、必ずどこかからか物言いがつきます」
結局、洞窟衆にせよ、ハザマ領にせよ、形式上だけのこととはいえ、ハザマというかなり特殊な人間がまとめているから、どうにか今の形を保てているわけで。
その事実を、リンザはハザマが不在だった期間にいやというほど思い知らされていた。
そのときも、リンザがハザマの代行であったから各種の決断についても素直に従ってくれたのだが、そうした名目がないリンザがなんらかの判断を伝えても、それを受けた各部署が必ずその判断に従うとは思えなかった。
「だから、さ」
ハザマはいった。
「結婚だのなんだの、面倒ではあるが、こうした性質を見直して改めるいい機会にはなると思うんだよな。
ただ、周囲の意見調整とかは、死ぬほど面倒くさくなるとは思うんだが」
「そう、なるんでしょうね」
リンザも、ため息混じりに頷いた。
「今の洞窟衆なりハザマ領なりが、周辺諸国のように世襲の首領を素直に喜ぶとも思えませんし」
ハザマの子どもなりにハザマの地位を引き継がせれば、表向きは反対する者は出てこないとは思う。
しかし、かといって全員が心から喜んでくれるのかというと、これもまた微妙なところであった。
そのハザマの子どもが能力的に統治者としての能力を欠いているかも知れないし、そうでなかったとしても、洞窟衆に対して奇妙な期待感を抱いている者は少なくない。
周辺諸国の他の組織と比較して身分の枠組みが緩い洞窟衆に対して、より自由な気風を期待する人間は意外に多かった。
それが、周辺諸国と同じような世襲制を採用することになったら、内部からかなり大きな反発を買うことにもなりかねない。
さらに加えていえば、周辺諸国との関係も、良好に保っていかなければならない。
特に王国は、すでにハザマ領を分離する方針を固めているわけであり、そうなればハザマ領は独立国として独自の外交政策を行っていく必要が出てくる。
考えなければならない要素が多すぎる。
今後の舵取りに対して、リンザは、そう思った。




