学園都市の構想
「普通に怖いんじゃないかな」
ハザマはそんなことをいい出した。
「うち。
潤沢な資金調達能力と軍事力、それに帝国の後ろ盾まで揃っているとなると」
「今さらですね」
マヌダルク姫は冷静な態度で応じる。
「控えめにいっても、とても警戒されています。
この事情は、男爵にまったく野心がないことが知れ渡っていても変わることがありません。
大きな力は、持っているだけで羨望と恐怖を呼びます」
「そうなんだろうな」
ハザマは、他人事のようにいって、頷く。
「そこに、王国が自分で大改革を行う、と」
「各公爵領が独立するとなると、それだけでもいろいろと変わってくるのですが」
マヌダルク姫は説明を続ける。
「中でも一番注目されているのが、このハザマ領になります。
ベレンティア公爵家の家門を王国から送られようとしていることも、すでに噂として広まっています。
ベレンティア公爵家は平地諸国と山地の民にとって大きな意味を持つ家名なのですが、それ以外にハザマ領のあり方は他の公爵家とは大いに違っていますから、自然と目を引いてしまうようです」
「内部的には、今までとたいしてかわらんのだけどなあ」
ハザマは、のんびりとした声を出す。
「変化は常にしているんだが、そいつは別に王国とか帝国のせいってわけでもなくて……」
「どちかというと、内発的な要因の方が大きい」
マヌダルク姫は、ハザマの言葉に頷く。
「外からの要因、たとえば今、森東地域のように大きな戦争に介入するときは洞窟衆の組織としても拡大をする必要に迫られるわけですが、それは必ずしもどこかの一勢力のせいというわけではなく……」
「強いていえば、関係性が変化して、それに対応をしようとしている結果、だな」
ハザマはマヌダルク姫の言葉を引き取った。
「うちが外界の変化にどうにか対応しようとすると、そのたびに組織として巨大化をして、周辺の諸国に警戒心を与えている。
そういう構図になっている、と」
理解は出来る。
しかし、だからといって洞窟衆にその動きをセーブせよとはいいたくはない。
その意味で、面倒な問題だよなあ、と、ハザマは思う。
ハザマの存在がこの世界に影響を与えはじめてようやく一年と少々になる。
その短い期間に洞窟衆が周辺に与えた、政治的、経済的、文化的、工業的な影響は、公平に見ても極めて甚大であると、そう断言することが出来る。
周辺諸国の有識者にしてみれば、洞窟衆が存在することによるメリットを甘受している反面、その変化の早さと大きさに戦々恐々としている面もあるのだろう。
その恐怖感に対して過剰に反応してしまった実例が、グラウデウス公爵ということになる。
グラウデウス公爵は以前からそれなりの野心を抱いていて、洞窟衆の存在はもともとくすぶっていた反逆心を煽ってさらに火をつけたような役割を果たしたらしかったが。
ともかく、そうした感情面での反発は、ともすると短絡的な行動を招きやすい。
森東地域で、ハザマがテロの発生を危惧しているのと同じような構図が、こちらでも存在をしている形である。
そしてこの構図は、洞窟衆がこれまでと同じように活動している限り解消されない、本質的な問題でもあった。
「融和、懐柔……なんでもいいが、出来るだけ穏やかにこちらへの反発を和らげる方法はないもんかなあ」
ハザマは、そう呟く。
「そういう方法が、まったくないわけでもないのですが」
マヌダルク姫が、困惑顔でそういった。
「ただ、男爵様はこういった方法を好まないと思います」
マヌダルク姫がこんな表情をするのは珍しい。
「試しに、いってみてください」
ハザマは、訊ねてみた。
結果的に拒否をするにしても、まったく耳を傾けようともしないで拒絶をするよりは、きちんと聞いてからその提案を撥ねるのとでは意味が違う。
「あえて周辺諸国の内部に取り込まれることですね」
しぶしぶ、といった形で、マヌダルク姫はいった。
「男爵が諸国の王族の姫様を順番に娶っていけば、洞窟衆がもたらす変化もその国に取っては内発的な物であると受け止めることが出来るようになります。
なにせ、王家の娘婿がやっていることなのですから」
「ええと」
ハザマは数秒困惑してから、こういった。
「つまり、心理的な緩衝材を作るために、おれにハーレムを作ってどんどん他国の王族をそこに放り込め、と」
別段、珍しい発想というわけでもない。
この世界や、ハザマの世界の過去でならば、こうした事例はいくらでもあるのだろう。
ただそれと、ハザマ自身がそれをよしとすることとでは、まったく別の判断になるわけだが。
「外部の誰かがやった」
というよりは、
「身内の誰それがやった」
という風に認識した方が受け入れやすい。
そういう心理があることは、ハザマも認識している。
「効果があることは理解出来ますが、却下します」
ハザマはいった。
「帝国じゃあるまいし、周囲を自分の血縁で固めてどうするんですか。
おれは別に洞窟衆で周辺諸国を平定したいわけじゃありません」
覇権主義に走るつもりならば、そうした方法論も融和策として、それなりに有効なのかも知れなかった。
しかしハザマは、洞窟衆の勢力をこれ以上に拡大したいわけではない。
現在だって、組織としての洞窟衆は拡大中であるわけだが、これは別にハザマら内部の者が企図した結果ではなく、どちらかというと外部の環境に合わせて変化をする過程で、結果としてそうなっているだけなのである。
さらにいえば、ハザマとしてはこれ以上に責任を持つ範囲が広がることは避けたいという心理もあった。
現状の洞窟衆でさえ、かなり持て余し気味なのである。
今この場に居る者たちにある程度責務を分散しているから、どうにか組織としての体を維持していられるわけだが、仮にこれほどの人材が揃えられなかったとしたら、洞窟衆もここまで大きな組織にはなることはなかっただろう。
謙虚とか謙遜とかではなく、ごく客観的に考えて、ハザマはそう判断をしている。
人に恵まれた、というのはハザマ自身に属する能力ではなく、あくまで運の問題であり、その幸運がこの先も続いていくとは限らない。
ハザマとしては、これほどまでに育った洞窟衆という組織を、今後も運任せで運営をしていくつもりはなかった。
人材の育成に力を入れているのも、そうした方針の一環でもある。
有力者の血縁者と婚姻をすることにより周囲の勢力との融和を図る、というのは、そうした洞窟衆の自立主義と相反する方針でもあった。
だからハザマとしては、即座に明確に、その方針に反対することが出来る。
「そうでしょうねえ」
マヌダルク姫はため息混じりにハザマの拒絶を受け入れる。
「男爵ならば、そうおっしゃるものと思っていました。
では別の方法で、周辺諸国を心理的に落ち着かせる方策を考える必要が出てくると思います。
今すぐに必要、とはいいませんが、長期的なことを考えると外せない要素です」
「それは理解出来る」
この言葉に、ハザマは即座に頷いた。
「第二、第三のグラウデウス公爵を生まないためにも。
向こうが勝手に恐怖に駆られたんだと、そういい切ることは出来るけど、でもなにもやらないでいると、最悪の事態になった際の損害が大きすぎる」
ハザマにそういわせるほど、グラウデウス公爵の件はハザマの心に重くのし掛かっていた。
グラウデウス公爵個人がどうこう、ということではなく、グラウデウス公爵の行動の結果もたらせた被害の大きさが、ハザマの中で強く印象に残っている。
あんな無駄な被害は、出さないで済むならば出さない方がいい。
というのが、ハザマの本音である。
「そこで男爵に提案がございます」
マヌダルク姫はそう続ける。
「先ほどの、ルシアニアの学園都市化構想とも重なるのですが、そこで比較的高度な行政や政治的な判断を行える人材を育む教程を構築し、広く諸外国にも門戸を開き、高貴な身分の方々を誘致するというのはいかがでしょうか?」
「……構想としては面白いと思うけど」
その提案について数秒検討した結果、ハザマはそう反応する。
「それって、現実に実行可能なのかな?
行政の実際はともかく、政治的な判断とかは授業や講義をやって教えるような物ではないように思うけど。
それと、こちらで用意をしたカリキュラムについて、諸外国のお偉いさんたちが価値があると認めて貰えるのかどうかというのも、おれには判断できない」
「そのような懸念を持つことは理解出来ますが、まずは任せては貰えませんか?」
今度はルアが、ハザマにいった。
「それなりの講師を招聘するため、多少の散財を許してくださればすぐに準備を開始します。
それに、行政についてはもともと代官などを養成するための課程は用意をするつもりでしたので、さらにその上の政治的な指導者向けの教程は、いずれは周囲に求められることと思います。
また、各国の次世代を担う身分の方々が一定期間集まり、毎日のように顔を合わせてともに同じ内容を学ぶような場所があれば、それなりに重宝されるかと。
ハザマ領が独立領となれば、そうした場を設けるには最適の場所になるはずです」
「顔つなぎをする場所も兼ねて、か」
ハザマは、ルアの言葉に頷いた。
もともとハザマ領は、今の時点でも独立色が強く、王国の色にはほとんど染まっていない。
独立領となることには、帝国の後ろ盾があることも公示され、ますます「独特の場所」としての性質は強まるだろう。
さらにいえば、通信網が発達していて、諸国の動向があまり時差がなく把握できる、という利点もある。
指摘をされてみれば、次世代の指導者の見識を高めるために、これほどの利便性がある場所も他にはないのであった。




