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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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死線の突破

 ヴァンクレスの合図に従って、スセリセスは「力ある言葉」を解放する。

 猛火が、爆風が、複数の場所で起こった。

 その場に居合わせた敵兵たちが、風に切り刻まれ、あるいは炎に包まれて断末魔の悲鳴をあげる。

 何十……いや、何百という単位の人々が、スセリセスの魔法により一瞬のうちに命を失い、負傷したのだった。

 何秒か置いてそのことを実感し、スセリセスの体は小刻みに揺れる。

「はははっ!

 やるじゃねーか。

 魔法というやつは、やっぱ派手なもんだなあ」

 スセリセスの動揺も知らず、ヴァンクレスはそういって呵々大笑した。

「……しっかりつかまっていろ!」

 いうが早いか、ヴァンクレスは馬を駆り、いまだ戦意を失っていない敵兵の群れの中に飛び込んでいく。

 その中でも特定の兵種に狙いをつけていることが、スセリセスの目にもはっきりと識別ができた。

 精神を集中させるために目を閉じ、なにやら小声で唱えている……魔法兵たちだ。自分自身も魔法使いであるから、スセリセスの目にも彼らのことはすぐにそうと判断ができる。

 ヴァンクレスはその魔法兵たちに躍りかかり、途中、行く手を遮ろうとした敵兵もろとも、容赦なく大槌を見舞う。

 人体は、脆い。

 頭部を狙う大槌を受け、魔法兵たちは呪文の詠唱を中断し……それどころか、多くは生命活動まで中断しかねない打撃を受けて、その場に倒れる。

 視界に入る魔法兵をおおかた倒し終わると、ヴァンクレスは周囲の弓兵をざっとなぎ倒し、

「飛ばすぞ!」

 と、大声をあげた。

「え?」

「逃げるんだよ!

 単騎の騎兵なんて、囲まれたら一巻の終わりだ!

 やつら、この惨状を作ったおれたちを血祭りにしたくてたまらないらしい!」

 そういってヴァンクレスは、愛馬の腹に拍車をくれる。

 弾かれたように、ヴァンクレスの馬は走り出した。

 そのうしろにから散発的に矢が追いかけてきたが、組織的な攻撃にはほど遠く、命中することはなかった。


 唐突に、大きな爆音が鳴り響いた。

「……なんだ、ありゃ?」

 土嚢を運んでいたドン・デラ決死隊の面々は手を止め、音がした方向をみる。

 きな臭い匂いがあたりに漂い、上空に火の粉が舞っていた。

「ありゃあ……敵陣のまっただ中じゃないか」

「火事……いいや。

 王国軍の大規模魔法攻撃が、成功したのか?」

「今日、そんな大きな作戦があるって……聞かされてないぞ」

「そもそも、あんな敵陣の奥深くまで行けるやつなんて、そうそういないだろう……」

「いるとすれば、そりゃあ……防柵とか土塁とかを無視して通過していくような、無茶な突破力が……」

「ちょうど、うちのヴァンクレスみたいに、か?」

「ああ。

 あいつに、破壊力のある優秀な魔法使いをエスコートさせれば、ちょうどこんな騒ぎも起こせるんだろうが……」

「はは。

 いや、まさかなあ。

 決死隊には、魔法使いなんてレアスキルの持ち主は配属されないし……」

 決死隊のすぐ横を、王国軍の騎馬隊がまっしぐらに対岸にむけて、隊列を組んで駆け抜ける。

 これほどの戦力を、今までどこに温存していたのかと自分の目を疑うほどの数だった。

 その背後には、騎兵に数倍する数の歩兵隊の旗印も見え、やはり整然と並びつつ、こちらにむかっているようだ。

「おお。

 王国軍の本隊が、流石に動き出したか」

「凄い数だな」

「そりゃ、敵が浮き足立ったこの機会に攻め込まなけりゃ、いくさをやっている甲斐もないだろう」

 決死隊の面々は、まるで他人事であるかのように、口々にそんなことをいい合った。


「おいおいおいおいおい!」

 山岳民連合王国国境方面軍司令官、という肩書きを持つ若者が狼狽した声をあげた。

「今度は、敵の総攻撃だって?」

「とりあえず、敵の重騎兵集団がわが軍をいいようにかき回していますね。

 歩兵集団も、そのあとに続いている模様」

「うちの迎撃体制は?」

「先ほどの大規模魔法攻撃による打撃からまだ回復しておらず……被害状況の確認以前に、指揮系統の再編もまだ済んでいません。

 健在な部隊に声をかけて戦力を集めているところですが……」

「指揮系統だの戦力の再編成だのまどろっこしいまねをチマチマやってる場合か!

 誰でもいい! 手の空いているやつらを総動員して敵を押し返せ!

 このままだと、あっという間にズタズタに引き裂かれて細切れにされちまうぞ!」

「……ごもっともで。

 それでは、全軍になりふり構わず反撃せよと命じます」


 ヴァンクレスの馬は、それからも足を止めることなく走り続ける。

 今度は魔法の詠唱をする必要がなかったこともあって、背に乗ったスセリセスもヴァンクレスがなにを行っているのか、つぶさに観察することができた。

 ヴァンクレスが行っていることは、破壊と殺戮。

 行く手を遮るものすべてを、人であろうが物であろうが、手にした大槌で薙ぎ、たたき壊すことであった。

 ぶん、と、ヴァンクレスが大槌を一振りするたびに血漿が舞い、物が破砕される。

 そして、破壊されたものをつぶさに観察する間もなく、馬は駆け抜け通り過ぎていく。

「わははははは……」

 ときおり、ヴァンクレスは大笑した。

 おそらく、特に意味はないのであろうが……敵に追われている最中に大声で笑うことができる剛胆さに、スセリセスは呆れもし、感心もした。

 途中、ヴァンクレスの左右に分かれて敵軍の方へとむかう味方の王国軍騎兵とすれ違う。

 ヴァンクレスの側も王国軍騎兵も、特に挨拶や合図のようなものを交わすことなく、そのまま黙ってすれ違った。

「……これで、王国軍は大きく前進することになるな」

 面白くなさそうな口調で、ヴァンクレスが呟く。

「下手をすれば、橋のむこう岸まで敵軍を押し返せるかも知れん」

「橋のむこう岸まで?」

「そうだ。

 気づかなかったのか?

 今、お前が派手に魔法をぶっ放したのは、橋を渡りきった先にある敵本陣のど真ん中だ。

 今頃、むこうは蜂の巣をつついたような騒ぎになっているはずだぜ」

 スセリセスは先ほど、ヴァンクレスがいともたやすく倒した敵兵たちの姿を思い起こす。

 同時に、自分の攻撃魔法がもたらした惨状が、今さらながらに脳裏に甦った。

 瘧にかかったかのように、スセリセスの体が小刻みに揺れはじめる。

「……ふん。

 恐ろしくなったのか、自分の所行が」

 そういうヴァンクレスの口調には、嘲りの成分が含まれていなかった。

 どちらかというと……同情しているようだ。

「はじめて他人の命を奪ったんなら、それくらいで普通だ。

 小便を漏らさなかっただけ、まだマシだな」

 あとは無言で、決死隊の駐留地まで馬を走らせる。


 マニュルが軍師のバツキヤを訪ねたとき、山岳民の本陣も、やはり混乱の最中にあった。

「……あんた、何者だ?」

 バツキヤに取り次ぎを頼むと、本陣の衛兵に露骨に警戒をする目つきで睨まれた。

「獣繰りのマニュルと申します」

「獣繰り……ビーストテイマー、なのか?

 そういう割には、なにも連れていないようだが……」

「あたしのところの子たちは、ちょいと特殊でして……普段は、姿を隠しています。

 でも、こうすれば……」

 マニュルと名乗った年端もいかない少女が片手を掲げてなにやら合図をすると、その衛兵は一瞬で驚愕の表情を浮かべる。

「あ……あんた……。

 ルシアナの子らの……」

「ええ。

 その一人です」

 マニュルは、澄ました顔で答える。

「バツキヤのところまで素直に案内してくれないと、そちらが困ったことになると思うんだけど……」


 ボバタタス橋の山岳側は、混乱の最中にあった。

 ヴァンクレスの馬が去ってからいくらもしないうちに、王国軍の騎馬隊が流れ込んできたのだ。

 負傷兵を収容する暇もなく、山岳民兵士たちはなす術もなく蹂躙されていく。なにしろ、前線に立っていた主要な魔法兵と弓兵をまとめて倒された直後のことである。組織的だった抵抗が可能になるほど、体制を立て直す時間が与えられていなかった。

 ヴァンクレスとスセリセスの攻撃による被害を直接受けていない部隊が慌て前線に移動してきたときには、王国軍騎馬隊はすでに去ったあとだった。

 騎馬の真価は突破力にあり、乱戦になればその真価は幾分相殺され、無駄な被害を出しかねない。

 王国軍はその事実を十分に弁えているようだった。

 しかし、騎馬隊が去ってからいくらもしないうちに、今度は騎馬隊の十倍以上はあろうかという兵数の歩兵隊が到着する。歩兵隊は、大盾や長槍で重武装しており、なにより統率が取れた動きをしていて、たやすくつけいる隙を見せなかった。

 彼ら歩兵隊は、大盾を構えて矢を防ぎつつ、大盾の間から長槍を突き出し、横列を組んで着実に進軍する。

 容易なことでは被害を与えづらく、また、多少の兵を倒したとしても、すぐにすぐうしろの兵士が前にせりあがって来て、結局、部隊自体の前進は止まらない。

 王国軍歩兵の多くは、徴用されてきた農民であったとされている。個々の兵士の技量や勇敢さをのみに注目するならば、おそらく、軍事大国と知られ戦い慣れした山岳民連合の兵士たちとは、比較の対象にすらならないだろう。

 しかし、彼ら歩兵たちは指揮官に従順であり、なにより、その数が多かった。

 肥沃な穀倉地帯を持つ王国軍、最大の強味。それは、この時代にしては驚異的な食料生産力と、そこに由来する人口の多さだった。

 そして、たいがいの戦闘というのは、よほどの僥倖に恵まれなければ、だいたい戦力差で決してしまう。

 この「人数の多さ」こそが、弱兵で知られる王国軍本隊の、最大の強味だった。

 つまり山岳民側は、橋を越えてこちらの岸まで、その王国軍本隊の侵入を許してしまったことになる。


「ようこそおいでくださいました、マニュルさん。

 ですが、今、ここではあなたを歓待している余裕もなく……」

「わかっているよ、軍師のバツキヤ。

 見たところ、ずいぶんと苦戦をしているようじゃないか。

 しばらくここに世話になる予定だったし、なんだったら、宿泊の賃料として今から一働きしてきてもいいけど?」

「加勢してくださるのは心強いことですが……しばらく、こちらへ逗留なさるのですか?」

「うん。

 もともと、連合の中枢の意向でこっちに来る予定ではあったし……それ以外の用事もできちゃったし、バツキヤに伝えたいことが山ほどある。

 でもまあ、この司令部がなくなっちゃったら、それも全部元の黙阿弥だしさ。

 軍師のバツキヤの命令があれば、あたしも全力で動けるよ」

 バツキヤは、ひっそりとため息をついた。

「マニュルさんが全力でいくと、たいそう派手なことになりますから……」

「そうはいうけど……もうそんな悠長なことをいっている余裕もなくなってきたんじゃない?

 ほら。

 ここからでもときの声が聞こえてくるくらいだし」

 マニュルの言葉通り、司令部にまで戦場で争う物音が聞こえてきていた。

「ここで出し惜しみしてたら、ここの戦線があとかたもなくなる可能性も……」

「……そうですねえ」

 バツキヤは、弱々しく首を振る。

「それでは、マニュルさん。

 不本意ではありますが、本気で対処をお願いします」

「不本意ではありますが、本気で対処をします」

 マニュルは、おどけた様子で敬礼をしてみせる。

「ところで……軍師のバツキヤ。

 おつきになった王子様の裁可は、必要ではないの?」

「あの方は、もともと飾りですし……それに今は、逃げ出す準備でお忙しい様子ですから、しばらく放っておきましょう」

「……聞きしに勝る……だな」

 マニュルは、自分以外の誰の耳にも入らない小声で呟く。


「……叩け!」

 指揮官の号令とともに、四メートルを超える長槍が振り下ろされる。

 何百本という槍が一斉に振り下ろされるわけだから、それが届く範囲内にいるものはたまったものではない。

 数列分の槍が一斉に頭上に降りてくるわけだから、穂先を避けようがないし、辛くも穂先を逃れたとしても、槍の柄でしたたかに痛打される。

 たたただ数にまかせ、武芸の技量などはまるで無関係な王国軍歩兵の攻撃は、条件さえ整えれば実際にはかなりの猛威を振るった。

 人馬兵種を問わず、王国軍歩兵隊の前にいる山岳兵たちは、なす術もなく潰されていく。

 むろん、山岳民側も蹂躙されるままに座視をしていたわけではなく、矢や魔法などの手段で王国軍に打撃をあたえようとするわけだが、このうちの弓矢は歩兵の盾に阻まれてほとんど効果を現さなかった。

 流石に魔法は通用し、ときおり数十名単位の王国軍歩兵が瞬時に絶命したが、その穴もすぐに左右や後方の歩兵たちが埋め合わせ、全軍の勢いを止めるまでには至らない。

「やつら……恐れを知らぬのか!」

 足音だけを響かせ、どんな損害を受けても平然として歩調を変えず前進する王国軍をみて、山岳民たちは容易く動揺した。

 これは……彼らが知る「いくさ」の様相とは、まるで違っている。

 生身の人間を相手にしているというよりは、まるで人間でできた巨大で無情な機械を相手にしているような感触があり……それが、山岳民将兵に戸惑いを与えていた。


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