近衛連隊の存在意義
ハザマ男爵がオングドラーデ子爵に呼ばれて王城を目指している。
そう聞いたマリエン子爵は複雑な気持ちになった。
今、マリエン子爵率いる部隊がやっている、公館街から貴族たちを逃がすという仕事も、それなりに重要なのであるが。
ただ、その仕事は実質、前例のない災難について大勢の貴族たちに説明をし、その場から逃げるように説得をするという達成感がない作業によって占められている。
「なにか、そんな物がこちらに向かっているというのならば、われらが総出で迎撃し、返り討ちにすればいいではないか!」
巨人について説明をしても、かえってそう息巻く貴族たちは多かった。
まだ目にしていない巨人の能力や巨大さを実感できず、ましてや貴族という者たちは本来、「非常時には武力に訴えてでも自分の利益や権益を守る」という心性が染みついている人種である。
そうした貴族たちに戦っても勝ち目は薄く、益がないと理解させるのはかなり骨が折れる作業だった。
その潮目が変わったのは、ヌフィード伯爵率いる連隊があえなく巨人の前に敗北し、大量の死傷者を出して以降のことになる。
この頃には王都も通信網が整備され、なにかと新しい知見に飢えている貴族たちは互いに連絡先を交換していた。
そんな貴族たちが今回のような異変にあって情報を交換しないわけがなく、巨人の怪光線によって近衛部隊が瞬殺されたことについても、近くの公館内部から目撃した者たちによってあっという間に伝わっている。
そもそも王家直属の近衛は、この王国でも随一の精強であると期待されている兵士たちなのであった。
その近衛連隊が最新式の砲撃魔法を駆使し、しかしそれが通用せず、その直後になす術もなく壊滅に近い打撃を受けた光景は、近衛の性質を知る者にとってはかなりの衝撃といえた。
それだけセンセーショナルな情報であったわけで、その光景については詳細な情景を付随してあっという間に貴族社会の中を駆け巡り、知識として共有されていた。
このことは、無闇に独自の判断によって巨人に突撃を敢行しようとしていた貴族たちに冷や水を浴びせることとなり、結果、マリエン子爵率いる部隊の負担を大きく軽減する結果となった。
「あんな代物に正面から挑んでも、勝ち目はないではないか」
というわけである。
貴族の体面とか権益を守るとかいっても、それ以前に命が惜しいというのが本音であろう。
実際、勝つ目算も立たないような相手に吶喊をするのは、無謀なだけでなんの意味もない。
マリエン子爵も、そう思う。
だから、最初のうち鼻息が荒かった貴族たちがあっという間に静かになって逃げに転じてくれたこと自体は、マリエン子爵に取っては納得が出来る。
それ以上に、「暴走する貴族たちを抑制する」という余計な仕事が発生することを事前に封じることが出来たので、ありがたいという気持ちが強いのだが。
それはともかく、責任上、公館を離れることが出来ない貴族たちは公館内部に籠もり、巨人の進行方向付近の公館からは女性や子どもを中心とした住人たちが粛々と避難を開始している。
それはそれで結構な推移であるのだが、近衛部隊としては、そうした貴族たちのように、どこか安全な場所に引きこもったり逃げたりすることは出来ない。
巨人は疑いようもなく、まっすぐ王城を目指して進んでおり、王家直属の近衛連隊の立場上、その巨人を放置するわけにもいかなかった。
「やれるだけのことは、やるけどな」
と、マリエン子爵は、そんな風に思う。
「損な役割だ」
ハザマ男爵率いる洞窟衆とやらにすべてを任せて放逐でもしてしまえれば気が楽なのだが、それではこれまで高禄を食んでいた意味がない。
ここで巨人の進行を止めようとせずに黙って見守ることは、それこそ近衛連隊の存在理由そのものを自分で否定することになる。
王家直属の近衛連隊はまさしくこんな非常時の備えとして十万近い大人数が確保されている。
それが丸ごと、
「肝心な時には役に立ちませんでした」
では、それこそ今後の進退にも関わってくるのだ。
いや、それ以前に。
「うちの王国、この後もどれだけ保つのか」
マリエン子爵は、そんな風にも思う。
この巨人騒動が無事に決着をしたとしても、その後が無風で済むわけがない。
巨人をどうにも出来なかった貴族や王国の威信は、傍目にもわかるほどに低下するだろう。
王家が最近になって大貴族の切り離しを画策しているという噂はマリエン子爵の耳にも届いていたが、それに反対する立場の大貴族たちの威厳はもっと低下するはずだ。
さらにいえば、あの巨人を仕組んだのがその大貴族であるという証拠などがあがったら、それこそ国を割るような騒ぎになる。
「実際に可能かどうかは試してみないことにはなんともいえんが」
やるだけことをやってみないことには、済みそうもないな。
というのが、マリエン子爵が属する近衛連隊の現在の立ち位置だった。
準備が整った、との報が届いたので、マリエン子爵は冒険者ギルドに通信を繋ぎ、ハザマ男爵との会談を申し込む。
冒険者ギルドとは、あの巨人の情報を共有している関係上、今回の件でそれなりに頻繁に連絡を取り合っていた。
しかしマリエン子爵がハザマ男爵自身に直談判をする機会にはこれまで恵まれず、直接会話をするのはこれがはじめてということになる。
『洞窟衆のハザマ男爵ですが』
通信越しに聞く声は、予想していたよりも落ち着いていた。
「近衛連隊のマリエン子爵という」
マリエン子爵は、前置きもなしに本題を切り出した。
「そちらの手の者が巨人退治の準備を進めているそうだが、それを少し待っては貰えないだろうか?」
『こちらは別に構いませんが』
そういうハザマ男爵の声には、不信感が混ざっているように感じた。
『それにどんな意味があるんですか?
あの巨人を確実に倒す方法があるとでも?』
「確実に倒せるのかどうか。
それは、実際に試してみないことにはなんともいえん」
マリエン子爵は正直な心境を語った。
「ただ、このまますべてをそちら任せにしてしまったら、ぶちまけたことをいえばこちらの立つ瀬がない。
近衛連隊という組織の存在意義が問われかねない、そんな瀬戸際だ。
無理にとはいわぬが、もう一度だけあの巨人を討伐する機会を与えては貰えないだろうか」
実際に会話を交わすことこそこれが初めてであったが、ハザマ男爵の言動やひととなりについては、噂としてマリエン子爵の耳にも届いていた。
尊大な態度を取ればそれだけで相手の不興を買う、という点はまず明らかであったので、丁重に、かつ、こちらの実情も包み隠さずに伝えて理解を求める。
『王都や王城の危機よりも、近衛の存続や浮沈の方が大事だとおっしゃるわけですか』
間髪を入れず、ハザマ男爵は痛いところを突いてきた。
『それって、近衛連隊の目的からしたら、それこそ本末転倒になっていませんか?』
この事態を、冷静に理解しているのだな、と、マリエン子爵は思った。
このハザマ男爵という男は、噂に聞いていた通り、それなりに的確な判断力を持っている人物であるらしい。
「誠に情けない限りだが」
マリエン子爵は特に怒りも感じなかった。
「こちらも近衛兵十万の食い扶持と未来がかかっている。
そのためには、どんな汚名も着よう」
さらにいえば、今回の場合、より確実にあの巨人を始末することができる、洞窟衆が控えとして存在している。
そのことを前提として、ハザマ男爵に対して、
「功績を譲ってくれ」
と直談判している形であった。
マリエン子爵のいいように、それなりに真摯な物を感じ取ったのか。
『……それで、おれたちはいつまで手出しを控えればいいんですか?』
しばらく間をおいて、ハザマ男爵はそういった。
「あの巨人が王城の壁を越えるまで」
マリエン子爵は、即答する。
「こちらの都合により、そこまでやつを引きつけねばならぬのだ」
『……ギリギリもいいところじゃないですか』
またもや間をおいてから、ため息混じりにハザマ男爵が返答をした。
『成功すれば問題はありませんが、万が一失敗したら、それこそ責任問題になりますよ。
おれたちにそれまで手出しをするなと、そうおっしゃるのでしたら。
そうですね。
その内容をしっかりと文書に残してこちらによこしてください』
ハザマ男爵の要求は、むしろ当然だった。
この緊急時に対策をする手を休めろと、近衛連隊の側が洞窟衆側に無理な要求をしている形だ。
「無論、すぐに用意してそちらの手の者に渡そう」
これについても、マリエン子爵は即答する。
ハザマ男爵も指摘をしたように、失敗をすればそれこそ責任問題になるだろう。
単なる口約束では終わらせず、文書にして残してさえいれば、万が一の時は洞窟衆側が責任を負うことを回避することが可能となる。
『急いでください』
ハザマ男爵は、そういった。
『うちの者たちをいつまでも抑えておくのも、これでなかなか骨なもので。
あんまり遅れるようですと、先にこちらが暴発してしまうかも知れません』
文書として言質を取ることを急がせ、同時に、近衛連隊側の行動を急がせるための言葉だった。
マリエン子爵は片手をあげて傍らに控えていた幕僚に合図を送った。
幕僚は大きく頷いてから、小走りにその場から去る。
「今、手配をした。
すぐにでもそちらに届くだろう」
マリエン子爵は、ハザマ男爵に謝意を伝えた。
「こちらの願いを受けてくれたことに感謝する。
これ以降、近衛連隊はハザマ男爵とその一党に恩を感じるだろう」
『そんな社交辞令は、どうでもいいんですけどね』
ハザマ男爵は、マリエン子爵の言葉に対して特に感銘を受けたようにも見えなかった。
『本当に、あの巨人をどうにか出来る方法があるんですか?』




