ハザマの判断
魔法使いたちとそんな会話をしながら、ハザマは王城の方角へと進んでいる。
真夜中であるにも関わらず、どこへいっても街路は人が多く騒然としていた。
巨人の進行方向上に住んでいる人たちが、近衛や衛士隊の誘導に従って避難をしている最中なのだ。
そうした避難民の中に成人男子は少なく、ほどんどが女性や子どもで、たまに老人の男性が混ざっている。
貴族たちとしては立場上、外敵である巨人に対して後も見ずに逃げ出す、という選択をすることが難しいのかも知れないな、と、ハザマは想像をした。
ましてやここいら周辺は公館街。
公館は私邸とは違い、領地から貸し出されている公共物扱いとなる。
別に巨人のような非常識な相手と無理に戦う必要もないのだが、そうして貸し出されて住んでいる場所を少しも守ろうともせず逃げ出したとなれば、後で責任問題になるのかも知れない。
そうした責任のある貴族たちとは違い、その家族たちは逃げ出すことを躊躇するべき理由はなにもなかった。
だからといって夜中に突然起こされ、とにかく遠くに逃げろと促された唐突さは変わらず、特に自力で歩くことも難しい小さい子どもを連れた者は大変そうだった。
そうした貴族の家族たちは、流石に近衛や衛士隊の誘導に素直に従って、特に混乱をすることもなく整然と進んでいる。
「ちょっとそこの者!」
そんな人混みを縫うようにして一人別の方向へ進んでいたハザマは、当然のことながらこうした群衆を誘導していた者に何度か呼び止められた。
「この場に残っていては大変に危険だ!
なんの用事があるのか知らないがそんな方にいかず、安全な場所まで移動せよ!」
「近衛のオングドラーデ子爵様に呼ばれておりまして」
そのたびに、ハザマは肩に乗っていたバジルを両手で持って声をかけた者にも見えやすいように高々と掲げて、名乗った。
「おれは洞窟衆のハザマ・シゲル男爵といいます。
怪しい者ではないなどというつもりはありませんが、ここでおれを足止めすると後で大変なことになりかねませんよ。
それでもよろしいのですか?」
「なに!
ハザマ男爵だと!」
声をかけた人物が誰であるのか知ると、だいたいは狼狽してそのまま放免してくれる。
「ならいけ!
オングドラーデ子爵様にはなにか思案がおありなのだろう!」
こうした際に、影響力のある人物の名前を出すことに、ハザマは躊躇する必要を感じなかった。
オングドラーデ子爵に呼ばれているのは事実であるし、その名を出す方が、ハザマ自身が名乗るだけよりはよほど相手の反応がよく、手っ取り早いのだ。
この頃にはすでにハザマの数々の事績も王国内では知れ渡っていたので、オングドラーデ子爵の名を出さなくても同じような反応が返ってくる可能性が高かったのだが、ハザマ自身はそのことをあまり自覚していない。
この時点で洞窟衆や冒険者ギルドが総力を挙げて、先に被害を受けた下町方面の避難誘導と救助活動を行っていることも、少なくともこの公館街周辺で誘導を行っているような人物であれば知っているはずでもあった。
その洞窟衆の首領であるハザマが、オングドラーデ子爵の声がかかって王城を目指していると知れば、それを止めるような者が居るはずもなかった。
公館街の道は基本的に整備が行き届いており、格子状で曲線を描く道がほとんどなく、道幅も広い。
その広い直線上の路上に、夜中に何百人という人々が出てぞろぞろと歩いている様子は、異様といえば異様であった。
あの巨人を放置すればこうなるぞ、という予想通りといえば予想通りなのだが、たかだか権力闘争のために王都の建造物をこれだけ広域に渡って破壊し、何十万単位の人々に不安を与えるような人物が、果たして王族の皆殺しに成功したとしてもこの王国の人々に歓迎されるものなのだろうか。
と、ハザマはそんな疑問を持つ。
王国の主権を得たいだけだったら、もっと穏当な手段がいくつもありそうなものだった。
が、あの巨人を用意した連中はあえてこの無駄に破壊をまき散らす方法を選択している。
これは、単純に愚かで、その後のことを考える想像力が欠落しているのか、それともなにかハザマに理解が出来ないような理由でもあるのか。
どちらにせよ、ハザマとしては巨人の側に身をおくべき理由は一つも思いつかず、その動きを止める側に立つしかなかった。
『彼女たちが到着しました』
そんなことを考えながら走っていると、冒険者ギルドの者から通信が届いた。
「すぐに巨人に向かわせろ」
ハザマは即答をする。
「速ければ早いほどいい。
一応近衛にも、うちの者がそちらに向かいますから邪魔をするなと伝えておけ」
どうやら近衛連隊を統括しているのは、オングドラーデ子爵という人物であるらしかったが、この非常時に平時の命令系統がどこまで活きているのか不明であった。
オングドラーデ子爵に伝えてそこから現場に情報を伝えて貰うよりも、直接前線に出ている近衛たちに通達をした方が、迅速だし確実なのである。
それに。
と、ハザマは思う。
突発的な事態ということで、こちらに無事到着した近衛たちにしても、連隊の全員というわけではないようだし。
連隊の中でも受けてきた訓練や練度などにより、どうしても足の速い遅いという差は出てくる。
先ほど巨人を倒すことに失敗をしたヌフィード伯爵などは、まずは先行して到着をした連中を急遽まとめあげて指揮をしていたらしかった。
それであれだけの攻撃が出来るということは、近衛の人間というのは全般に練度が高い者が揃っているのだろうな、とも、思った。
そうでなければ、ぶっつけ本番で新式の超高速砲撃魔法などを成功させることも出来ないはずなのだ。
「そういや、トエスは付いて来ているのか?」
少し間をおいて、ハザマはその点を確認する。
『あの三人といっしょにこちらに来ています』
冒険者ギルドの者は即答をした。
「引率が居るんなら心配はないな」
ハザマは、そういった。
「やつらにはやるべきことだけを伝えて、後は好きにさせておけ。
やつらならあの巨人くらい、速攻で倒せるはずだ」
その点について、ハザマはつゆほども疑っていなかった。
通常の生物か、それともあの巨人のように体内に体液を持つ生体ベースの被造物が相手であれば、あの三人の敵ではない、と。
強いて気になる点があるとすれば。
「あの巨人に、残機がどれくらい残っているのか、だな」
あの巨人は、ああして動いているのが奇跡に思える、そんな微妙な成立事情を持つ存在だと、洞窟衆側の魔法使いたちは口を揃えて保証している。
数え切れない実験と試行錯誤を繰り返し、ようやくまともに動ける代物が出てくる。
そんな、失敗の山の上に出現した、奇跡に近い産物なのだと。
「あれが出来るまでの手間と費用、それに犠牲にする者の数を想像すると、その大変さに身震いをしてくるね」
といったのは、ゼスチャラである。
「異なる生物の部位を接続し、同一個体であるかのように動かすことが出来る不定形生物。
あれの召喚に成功したことで、たまたま思いついたんだろうが」
「それ以外に、巨人の体を構成する素材となる生物も召喚魔法によって調達したはず」
エルフのトスラタトテは感情の籠もらない口調で説明してくれた。
「こちらには、あのようなヒトに近い形状をした、しかしあんなに巨大な部位を持つ生物は存在しない。
いや、もともとの形状がヒトに近いのかどうかは不明だが、最終的にああいう形に成形可能な生物、ないしは部位を持つ生物を召喚して選別して、加工して。
そして最終的には、あのような形にする」
「とんでもない、気が遠くなるような手数となるな」
ハメラダス師は、呆れたような口調でそういった。
「その各工程でおびただしい失敗をし、それに人死にだってたくさん出していてもおかしくはない。
その過程で必要となる費用を考えたら、いっそ空恐ろしくなるほどな。
それだけ苦労をして多大な金を使うのならば、もっと有用で建設的な用途は別にいくらでもあるであろうに」
とにかく、成功例としてああして動いている実物があること自体が、奇跡のような物なのだ。
だから、容易に予備を作れる代物ではない。
あの巨人が大破した部位を取り替える形で修復をしていることも、その推測の裏付けとなっている。
「またどこかを壊せば、部分的に修復をしようとするはずであるが」
ハメラダス師は、そういった。
「修理用の部位も、もうさほど残ってはいないだろう」
その修理用の部位も、あの巨人を作る過程で出来た試作品をそのまま流用している可能性が高いという。
形状が不揃いで、一定の規格に沿って製造された物には見えないから、というのは、その推測の論拠であった。
試作品のカスタムメイド、か。
と、ハザマは思う。
オンリーワンという点で、ロボット物の主人公機みたいなやつだな。
いずれにせよ、ハザマとしてはあの巨人を壊すにあたり手加減をさせるつもりはなく、中の操縦者ごと見境なく破壊させるつもりであった。
あの巨人はすでに許容範囲を超えた破壊と殺戮を実行しているし、それに、あの三人の場合、微妙な判断が要求される指示を出すよりも、
「徹底的に壊せ」
という単純な命令をする方が、より確実に実行に移せるのである。




