ヴァンクレスの同乗者
「……そいつらも、決死隊だってのか?」
その日、二度目の出撃を終えて帰還したヴァンクレスを待っていたのは、見慣れない一団だった。
「どうみても、おれたちのような罪人には見えないんだが」
「罪人といえばわれらも罪人のうち。
なに、政治犯というやつでしてな」
いかにも育ちが良さそうな、血色の悪い顔をした青年が、ヴァンクレスに答えた。
「政争に破れれば昨日の貴族も今日の罪人。
われら一族を追い落とした連中は、われら全員が戦死してくれるのを望んでいるのですよ」
「……ふん」
ヴァンクレスは、盛大に鼻を鳴らした。
「お偉いさんの事情なんて、こっちは知ったこっちゃないね。
それで……その今日の罪人さんとやらが、こんなむさ苦しいところまでいったいなんのご用事で?」
まさか、同じ決死隊のよしみで、わざわざ挨拶に来たというわけでもあるまい。
「ええ、それなのですがね……。
ほら、スセリセス」
血色の悪い青年が、背後に隠れていた十五、六の子どもを、前に押し出す。
「ヴァンクレス殿。
このスセリセスは魔法の才に恵まれておりましてな。
わが一門の最後の光明として、この子を戦場に案内して貰いたい」
「あんたらは……ガキを戦場に押し出すってのか?」
「わたくしどもの命運は、すでに尽きております。
遅いか早いかの違いはあっても、おそらくこの戦場で命を散らすことになりましょう」
血色の悪い顔色をした青年は、懇々と説明を続ける。
「特にわたくしなどは、政争やらいくさやらがなくても長生きはできないと医者に匙を投げられた口でしてな。
ははは。
いや。
ですが……この子は、違います。
年少とはいえ、この子には本物の天賦の才というものがある。
家門は断絶してもいいが、この子の才能を活かす道は閉ざしたくはない」
「それで……このおれに、子守をさせようってことか?」
「どうか、頼みます」
その青年をはじめとして、ついてきた者たちが深々と頭をさげる。
「財産は没収されていますから、貴殿に与えられる謝礼をなにも用意できませんが……」
「あんた方の事情は、正直、どうでもいい」
ヴァンクレスは、平坦な口調で答える。
「おい、坊主。
お前自身は、どうなんだ?
本当に、やるつもりはあるのか?
戦場に出るとなりゃあ……殺されることだってあるだろうし、逆に、誰かを殺す覚悟だって必要となる。
お前は、ちゃんと腹を括ってんのか?」
「……やれますよ、ちゃんと」
その少年は、挑発的な目つきでヴァンクレスの顔を睨みつける。
「どうせ、このままでは戦場で無駄に殺されるだけだ。
それよりは、最後まで足掻いてみせた方がいい」
「そうかい」
ヴァンクレスは、つまらなそうな顔をして頷く。
「坊主……スセリセス、とかいったな。
姓は、なんという?」
「ない。
ついこの間まであったけど、今は没収されて名乗ることを禁じられている」
「じゃあ、スセリセス。
本当にやる気があるっていうんなら……今から、おれのうしろについて来い」
「この時期に、昼餐会を開催するだと?」
アルマヌニア公が、呟く。
「これは……和議の申し込みか、それとも時間稼ぎか」
「兵たちの意見を総合するに、どうも、敵軍から多数の異族や獣が抜け落ちているようですな」
ブラズニア公が、情報を補足した。
「どちらもあり得るとして、両者に対応できるように構えておいた方が得策というものです」
「こちらの間者どもも、そのような報告をよこしておる。
まず、敵軍に大幅な欠落が生じておることには間違いはない」
ベレンティア公が、重々しく頷いた。
王国軍、総司令部での会話であった。
「……わが軍の情況はどうなっておるのか?」
総司令官であるベレンティア公が、確認を求めた。
「それなりに損害はあるものの、おおむねは、予想の範囲を超えていませんな」
輜重を預かるブラズニア公は、即答する。
「一時は危ぶまれた各種軍需物資も、今ではわが領地から定期的に供給されるようになり、その欠損を回復しつつあります。
兵士の士気が極端に落ちることでもない限り、たっぷりあと半年くらいは粘ることが可能かと」
「できれば、長期戦は避けたいものだあ、おい」
アルマヌニア公は、両手を軽く広げた。
「戦利品としては得るものが少ない防衛戦だ。
戦費を抑えられるのなら、その方がいい」
「そちらの軍は、敵地の一部分を事実上切り取り、占拠しているではないですか」
「とはいえ……あんな森ばかりの山地では、領地としての旨味はない」
ブラズニア公の言葉を、アルマヌニア公は冷静に返した。
「あの土地になんらかの価値があるとすれば、こたびのいくさの間だけであろうよ」
「戦略的な価値、か」
ベレンティア公が、空中を睨む。
「その、占拠した場所の情況は?」
「目下、砦を急造しておるところですなあ。
未完成ながらも、それなりの代物にはしあがっているようです。現に、ここ数日、敵軍も攻めあぐねている」
アルマヌニア公が、淡々と答える。
「それから……うちの次男が、砦の建設を平行して攻城兵器を作らせているようです」
「攻城兵器、ですか?」
ブラズニア公が、疑問の声をあげた。
「このいくさで?」
「ええ。
うちの次男がいうことには……こう、投石機で、ですな。
遠距離から、本格的に敵本陣を叩くつもりのようです」
「……いいな、その案は」
ベレンティア公が、ぽつりと呟く。
「それ、急がせてくれ。
不足している人手や物資などがあれば、優先的にそちらに回すよう、手配も頼む」
「それはよろしいのですが……ベレンティア公」
ブラズニア公が、確認してきた。
「そのような作戦が、今後必要になると?」
「当然であろう」
ベレンティア公は、平静な声で答える。
「敵軍が弱りはじめた今、積極的に叩かないでどうする?
あの橋がなかなか抜けないのであれば、陸側から攻めるより他、方策もあるまい」
戦場となったボバタタス橋の中で、蠢く者たちがいた。
ドン・デラの決死隊、と呼ばれた、死刑囚たち。
当初こそ、百名以上を数えたが、その半数以上が初日のうちに戦死し、その後も日に十名以上、脱落し続け、いまではわずか十名を残すのみとなっている。
その十名は、なぜかしぶとく生き残り続けた。
なぜか?
原因はいくつかあるのだが……まずは、ヴァンクレスの存在が、大きかった。
自前の装備と馬を最初から与えられていたとはいえ、実質的にはただ一人で戦績を叩き出し、結果、決死隊への贈答品が増えた。
食料や酒、身の回りの世話をする奴隷などだが、以前の、十分な食料さえ与えられなかったときと比較すれば、その待遇の差は、あまりにも大きい。
いわば、ヴァンクレス一人のおこぼれにこの場にいる全員が世話になっている形であったが、彼らがそのことに関する感謝の念を持つことはなかった。
なにしろ、ヴァンクレスというやつは……決死隊の他の人員と交わることを、極端に避けている節があったからだ。
以前は、ある盗賊の一団の頭領格に収まっていたというはなしだったが、今のヴァンクレスはいつも不機嫌で無愛想で、とにかく、とりつく島のない男になってしまっている。
護送中まではそれなりに会話もあったのだが、この戦場に着いたとたん、極端に口が重くなった。
その変化が、いったいどこに由来するものなのか、決死隊の面々はまるで予想できなかった。
急に戦死者が減ったのには、戦場に出るようになってから何日目かに与えられたタワーシールドの存在も大きい。
別の戦場で使用されていたとかいう、身の丈よりも高く大きく重い代物が、用済みになったとかでこちらに贈られてきたものだ。
大の男が両手で持って渾身の力を込め、ようやく持ち上がるような大層な重量であった。
むしろ、この非実用的な重量のタワーシールドが役にたつ局面を知りたいものだ、などと、当初の決死隊の面々ははなし合ったものだが……これが、実際に戦場に立つとなると、予想外に役に立った。
なにしろ、重量が重量であるから、のろのろとしか移動できなくなる。
その代わり、このタワーシールドは、敵軍のたいていの攻撃をはねのけることが可能であった。
ヴァンクレスのような例外を除き、決死隊の主な仕事は、戦場に散らばる障害物を取りのけて正規軍が移動しやすくすることである。
戦場に出るとはいえ、勇ましく敵兵と戦うことは稀であり、むしろ、地味で面白味のない肉体労働が作業の大半を占める。
この、危険が多い割に面白味のない作業のとき、タワーシールドの防御力は、大いに役立つことになった。
分厚い金属片で覆われた全面を敵軍にむけて立てかけておけば、その陰で楽々と作業をすることが可能だったからだ。
多少の余裕がでてきたおかげで、決死隊の面々は戦場に転がっていた敵味方の将兵の装備を勝手に拾い、自分の体にあった装備を選んでつけ替えることさえ可能となった。何日か戦場に出るうちに、全身の武装をすっかり刷新してしまった者も少なくはない。
これらの要素も、決死隊の死亡率が急速に改善されたことの原因のひとつではあろう。
「……おい、あれ……」
その決死隊の面々が、ある光景を見て口々に騒ぎはじめた。
「ヴァンクレスじゃねーのか?」
「誰か、うしろに乗せているぞ!」
「なんだって?
あのヴァンクレスがか?」
「本当だ!
細っこいガキを背中に乗せていやがる!」
騒ぎはじめた決死隊の面々を横目に、ヴァンクレスが乗る黒い馬は、速度を緩めもせずにそのまま駆け抜けた。
「カタパルトによる攻撃を急げ、ですか」
タバス川を挟んで対岸にある建造中の王国軍の砦では、伝令が持ってきた書状に目を通したムヒライヒ・アルマヌニアが軽く眉根を寄せていた。
「随分、簡単にいってくれるものですねえ。
……総司令部は」
カタパルトに限らず、大規模な攻城兵器は、通常、その図面のみを持参して、現地で材料を調達して製造する。
その方が、完成品を運搬するよりもずっと安価で確実であるからだ。
この時代、巨大な重量物を遠くまでに運ぶ行為は費用もかかりすぎると考えられていた。
途中で故障し、それを直せないリスクなども考慮すると、現地で直に製造した方がよっぽど確実なのである。
しかし……。
「現時点での、投石機の製造工程は?」
「現在、三機まで完成しております」
ムヒライヒの問いに、その場にいた係員が即答する。
「製造途中のものが、あと六機」
「急がせてください」
ムヒライヒは、簡潔に伝えた。
……単なる「人手」が欲しいのであれば、奴隷でも兵士でも連れてきて協力させればよい。
しかし、ある程度信頼できる腕前の職人となると、必要になったからといって、その場で即座に用意できるわけではない。
特に、「投石機」などという、それなりに繊細な攻城兵器を一から作るとなると、それなりに経験のある職人に任せないと、飛距離や命中精度の差が出てしまう。
一度こちからか攻撃を開始してしまえば、今度は敵軍が投石機を破壊するために動き出すことは容易に推測できた。
だからこそ、ムヒライヒは多数の投石機を揃えてから一斉に攻撃を開始し、短時間のうちに大きな成果をあげるつもりで準備をしているところだった。
現状でも、職人たちにはかなりの無理を強いているというのに……さらにこれ以上急がせろ、というのは、長期的な視点から見るとむしろ、自軍に不利になってくるのではないか……と、ムヒライヒは思う。
しかし、総司令部の意向に逆らう権利は、ムヒライヒにはないのであった。
「……本当に、簡単にいってくれる……」
他人の耳には入らないような小声で、ムヒライヒはぼそぼそと呟いた。
「坊主!」
「スセリセスといいます!」
「じゃあ、スセリセス!
振り落とされないように、しっかりとしがみついていろよ!
それから、呪文の詠唱も、もうはじめておけ!
すぐに、敵のど真ん中に出る!」
「……ど真ん中に、ですって?」
「ああ、そうだ!
舌を噛むから、呪文を唱えるのも慎重にな!
多少の時間は稼いでやれるが……お前の魔法が失敗したら、そのときは揃ってなぶり殺しになるからな!
そのつもりで覚悟を決めとけ!」
背に乗せたスセリセスが、ヴァンクレスの腰に両腕を回してしがみついていた。
ヴァンクレスは、背後のスセリセアには配慮したようにも見えず、いつもと同じ調子で愛馬を駆る。
速かった。
スセリセスが知る、どんな馬よりも。
感心するいとますら与えられず、ヴァンクレスの馬は敵軍と衝突……すると思ったら、すぐに通過した。
一瞬、大きな濁音が響いたと思ったが、そのときのスセリセアは目を閉じて詠唱中の魔法に意識を集中していたため、実際になにが起こったのかは確認していない。
ただ、こうして無事に通過できているということは……このヴァンクレスという男が、一撃のもとに敵の前線に打撃を与え、無事に突破した、ということなのであろう。
何度かそうして敵の集団を突っ切って、その人馬は、いつしか敵の集団の真ん中に躍り出た。
「ほらよ!
痩せっぽっちの魔法使い!」
そういって、ヴァンクレスという粗野な男は笑い声をあげた。
「ここなら、どこに魔法をぶち込んでも、大手柄は間違いなしだ!」




