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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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敗残の女

 水妖の操作者たちと知り合ってからまだ日も浅いわけだが、他愛ないおしゃべりには、それなりに長い時間を費やしてきたつもりだ。

 だから、ハザマは水妖の性質について、いくつかの知識を得ていた。

 その威力もさることながら、まず最初に指摘すべき特徴は有効射程範囲の驚異的な長さ。

 操作者の視界の範囲外にある水でも問題なく遠隔操作が可能であるという点も、特筆に値する。

 これまでの会話から判明したいくつかの特徴を聞き出したあと、ハザマは、

「長距離型のスタンドみたいだな」

 という感想を持った。

 なによりハザマが関心したのは、水の操作のみに特化しているためか、詠唱を必要とせずに即時に発動できる……という利点であった。


「二号、三号、四号!

 やつの……伝令師の体内の水を、ひっかき回せ!」


 ハザマがそう叫んだあと、四人はほぼ同時に反応した。

 二号、三号、四号の三人は、ハザマの声に反射的に反応してクツイルの体内にある水分を操作する。

 伝令師のクツイルは、即座に転移魔法を発動させ、その場から逃げた。

 何事かを考えて、というよりは、漠然とした危機感に突き動かされて、クツイルの能力の及ぶ限り遠くまで跳躍し、そこからさらに何度も長距離転移魔法を連続で発動させる。

 クツイルの転移魔法も無詠唱で実行することが可能であり、また、長年修羅場を潜ってきた経験により磨かれた勘も、即座にこの場から遁走するという判断を択一に告げている。

「……ぐっ……」

 何度も跳躍を繰り返す途中で、クツイルは吐血した。

 歯茎や鼻など、粘膜や内圧の高まりに弱い、脆弱な場所から出血していく。

 この時点ではまだ自覚がなかったが、体中の毛細血管が破裂して、体表のそこここが内出血して全身の皮膚がまだらになっていた。

 これほどまでに距離を置いても、水妖使いたちの能力は確かに発動していたのだ。

 こうなれば、クツイルの生命力が尽きるのが先か、それとも水妖の有効射程範囲から逃れるのが先かという勝負になってくる。

 体内で各種体液が暴れまわる感覚をあえて無視し、クツイルは何度となく跳躍を繰り返した。

 そして、ようやく、体内の違和感から解放される。

 そこは、見渡すばかりになにもない雪原であったが……クツイルはその場にどうっと体を投げ出し、荒い息をつく。

「……なんとか、助かったか……」

 ぽつりと、そういった。

 まさか、あの男が……あの水妖使いたちをあれほど短時間に手懐けているとは……と、クツイルは関心した。

 水妖使いたちはなにかと気まぐれで、あのルシアナでさえ制御するのに手こずっていた、と聞かされていたからだ。

 結局、肝心のときには、つきっきりで魅了の能力を全開にして、精神支配しないと使い物にならなかったそうだが……。

「これは……あの男の評価も、改めないといけませんね……」

 そういって、クツイルはよろよろとした足取りで、なんとか立ちあがる。

 だいぶ出血しているし、体の節々も、痛む。

 だが、早めにどこか安全なところへ移動し、十分な治療を受けなければ、自分の生命が危ぶまれる気がした。

 今回、なんとか生き延びられたのは、あくまで僥倖であるとはクツイルも自覚するところだった。


「殺せたか?」

「逃がしたー」

「逃がしたー」

「逃がしたー」

「そっか。

 惜しいといえば惜しいが……まあ、追い払えただけでマシ、ってことにしておこう」 

 クツイルが去ったあとの鍾乳洞で、ハザマは息を吐いた。

 どちらかといえば、安堵の吐息だ。

 ハザマが知る限り、いわゆる「異能物」に登場してくるテレポーターはかなり強いのだった。

 自分自身だけではなくて他者も強制的に瞬間移動させられるのなら、なにもない空中や大海の真ん中に敵を送り込むことだって可能なはずである。

 その他にも応用が利きやすい、したがって使い勝手がいい能力のはずであった。

 事実、あの男は単独で行動していながら、あれほど自身満々な態度を崩さずにいたわけだし……やはり、こちらの人数を承知していた上で、なおかつ、それを意に介さないでいれれるほど、自分の能力に自信があったのだろう。

 しかし、それも……水妖使い、という切り札があったおかげで、呆気なく撃退できたわけだが。

「ようやく大蜘蛛を退治したばかりなのに、連続で強敵とやりあいたくねーしな……」

 ともあれ、この場は無事にやり過ごせたことを慶賀すべきだった。

「……メシでも食うか……」


「……まずくはないんだが……もう少し塩気が。

 欲をいえば、醤油が欲しいかな」

「……しょうゆ? なんだ、それは?」

「あー。

 豆を発酵させて作る、調味料だ」

「わざと腐らせるのか?

 豆ではないが、小魚や蟹を一緒くたに腐らせて作る魚醤なら、割とあちこちで作られているぞ」

「魚醤かあ、それでもいいかな」

 火を通した蜘蛛の肉は、普通にうまかった。

 予想した通り、蟹の味に近い。

 しかし、ハザマが知る蟹よりも淡泊で旨味が少なく、少し味をつけたいと思ってしまった。

 水妖使いの三人組やゼスチャラ、ブシャラヒム、ガズリム、アジャスらも無言で蜘蛛に食らいついている。

 殻から肉をほじくり出す必要があるから、必然的に言葉が少なくなった。

 蟹と蜘蛛は、人から言葉を奪う。

 ルゥ・フェイの爺さんも、サーベルタイガーの姿で大きめの蜘蛛に直接牙を立てて噛み砕いていた。

「それで、こやつらの名前のことなのだが……」

「ああ、そうか。

 まだ決めていなかったな」

 ハザマは、頷いた。

「ふい、ふう、み、よ。

 ワン、ツゥ、スリィ、フォー。

 イィ、アァ、サン、スゥ。

 アン、ドゥ、トロワ、キャトル。

 こん中で、どれがいい?」

「なんだ、それは?」

「おれの世界での、一から四までいろいろな呼び方」

 水妖使いたち自身に選ばせて、彼女らの名前は二号から四号まで順番に、

「ドゥ、トロワ、キャトル」

 と決まった。


「あとは……こいつの扱いなんだが……」

 ハザマは、ルシアナの代弁者であった女を見据えた。

「な……なに?」

 ちなみに、その女には、まだ食事が与えられていない。

「いや、どうすっかなー……と思って。

 おれ、ここに来るとき、ルシアナってやつの尻を叩くと誓ってきたんだよねー。

 とはいえ、本体の大蜘蛛はめでたくバジルの餌になっているし、もう一人の片割れはどうすっかなぁーって……」

「かかか片割れといっても、自分、問答無用で操られていただけですから!」

「……ふーん。

 なー。

 エルシムさんよ。

 おれが居たところでは、蜘蛛って生物はあまり知能が発達していなくて、頭が良くないということになっていたんだが……」

「こちらでも、同じだな。

 一般的にいって、虫類はあまり複雑な思考をしないことになっている」

「それは、大きさに関係なくか?」

「一般的にいって、大きさと知能には相関関係は見られないな。

 なんらかの原因で長寿を全うし、巨大に育つ個体はいないこともないのだが……だからといって、たかが虫が知能を持つことはない」

「……でも、そりゃあおかしいなあ。

 ここのルシアナは、毒を使ったり魔法を使ったりと、割と頭を使っているし……」

「おおかた、合作であろう。

 本体は大蜘蛛であっても、使役したヒトを媒介として知識を受け継ぎ、蓄え、外部の人間と接触して影響を及ぼしてきた。

 寿命の関係で、仲間となるヒトの方は何代か代替わりしているようであるが……ルシアナとは、すなわち他者を魅了する大蜘蛛とその大蜘蛛に囚われたヒトとが協力した姿の名よ」

 ハザマが漠然と予測していたのと同じ結論を、エルシムが述べた。

 目の前の女ような人間は、ルゥ・フェイの言によればこれまでにも何人かいたようであるが……その役割には、大蜘蛛に代わって知識を蓄え、場合によっては複雑な思考を担当することも含まれていたに違いない。

 いわば、外づけのハードディスクのようなもんだろうな、と、ハザマは思った。

 それ以外にも、人間の姿をしていた方が、山岳民たちとの交渉などにもなにかと便利ではあったのだろうが……。

 歴代の代弁者と大蜘蛛とは、一種の知的共生体なのではなかったのか、というのが、ハザマの予想だった。

「ってことは、大魔女ルシアナが持っていたという知識も、この女がかなりの部分、把握しているわけだ」

「……そ、そいつは!」

 それまで蜘蛛の脚に夢中で食らいついていたゼスチャラが、立ちあがった。

「すっげぇ、価値があるぞ!

 はは。

 大魔女ルシアナの秘術をこの小娘が握っているってのか!

 そりゃあ、拷問をしてでも洗いざらい吐き出させなけりゃな!」

 ゼスチャラの口から「拷問」という言葉が出ると、その女は、

「ひっ!」

 と短く悲鳴をあげて身を強ばらせた。

「まあ、待て」

 ガズリムが、冷静な声で介入してきた。

「その前に……こちらとしては、母上の真実を是非ともお聞かせ願いたいところだ」

 ガズリムは、割と真剣な顔をしていた。

 その横で、ルゥ・フェイがその女を睨んで低く唸りなじめた。

 ルシアナの代弁者だった女は、顔色をなくしてガタガタと震えはじめている。

「どうした、女。

 つい先ほどまであれほど威勢良く吼えていたではないか。

 あのときの調子で、ちょいと知っていることをしゃべって貰えばいい」

 ガズリムは、淡々と女を即した。

「……まあ、まあ」

 ハザマは、先を急ぐガズリムを、あえて制止した。

「ガズリムさんもそうだろうけど、ルゥ・フェイの爺さんもこの女には聞きたいことが山ほどあるだろうし、そいつを確かめることも別に止めやしませんがね。

 幸い、その女は戦意を喪失している様子ですし……詳細は、復路でゆっくりと順番に聞き出していきましょうや。

 その前に……ドゥ! トロワ! キャトル!」

「はい」

「なにー」

「うん」

「お前ら、順番にこいつの尻を叩けや。

 飽きるまで。

 生体実験の材料にされた仲間のためにも、お前らにはそれくらいのことをする権利がある。

 あ、素手でやると手が痛くなるからな。

 適当な蜘蛛の脚でも拾って来て、そいつで叩いとけ」

「あいあいー」

「らじゃー」

「よーそろー」

「……いやーっ!」

 しばらくおもちゃにさせておけば、反抗する気もすっかり削がれてしまうことだろう。

 下処理としてそれくらいのことをしておけば、あとの尋問もより円滑になるはずだった。

「……あのぉ」

 遠慮がちに、リンザが片手をあげた。

「尻叩きをするのは別にいいんですが……その前に、この人の財産を没収しませんか?

 その人もここで暮らしていた以上、どこかに寝泊まりしていたはずですし、貴重品とか貴重な資料とかも隠しているかも知れませんし……」

「……それもそうだな。

 そっちを先に吐かせるか。

 で……ルシアナの外の人。

 その場所、素直に吐くかい?

 それとも痛い目にあってから吐くかい?

 なんなら、そこのトエスに尻叩きなんか目じゃない拷問法を考えて貰ってもいいんだが……」

「吐きます吐きます案内します!

 どこへなりともぉっ!」


 女は案外素直に別室まで案内してくれた。

 しばらくあるいたところにある岩壁をくり抜いて、かなり大きな部屋が設えてあった。

 そこに、木造の衣裳箱や鏡台、寝台、食卓など、どれも割と立派な造作の家具が置いてある。

 十分に長期間の生活が可能な設備が、一通り整っていた。

「……思ったよりも荷物があるなあ」

 ハザマが、呟く。

「人手があれば、全部持ち帰りたいくらいだ。

 なあ、あんた。

 人間は、あんた一人なのか?」

「ひ、必要があるときは……そのたびに、呼び寄せていましたが……普段は……」

「食事の用意とかも一人でしてたのか?」

「食材は、調達してくれましたから。

 あとはそれを煮炊きするだけですし」

「風呂やトイレは?」

「……水場には困らない場所ですから……」

 ハザマは女に衣裳箱を開けさせて、女たちに中身を改めさせた。

 それなりに豪奢な衣裳や化粧品に混ざって、曰くありげな巻物もいくつか出てくる。

 エルシムが巻物の中身を確認し、それが魔法関連の覚え書きであることを確認した。

「しかし、帰りは本当にどうすっかなあ。

 蜘蛛の殻も、それなりに金になりそうだし……」

 ハザマは、頭を掻く。

 質量を伴った戦利品がこうまで多いとは、想定していなかったのだ。

 それでなくても、往路に較べて人数が四人ほど増えている。

 それだけでもカヌーには乗せきれないので、筏かなにかを組むつもりではあったのだが……。



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