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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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絶望の包囲網

「……なんか、大きめの蜘蛛が、平気でこっちに近寄ってくるんですけど!」

 トエスが、悲鳴に近い叫び声をあげた。

「位階とやらが、バジルより上なんだろうな!」

 叫び返して、ハザマはトエスの前に出て飛び上がり、そこに張っていた蜘蛛の糸を手で掴む。

 ベタベタとした感触であったが、ハザマの体重を支えきれずに、蜘蛛の糸が下方にたわんだ。

 その上にいた蜘蛛たちも、ハザマを目指して近寄ってくる。

「……おい!」

 ブシャラヒムが、動揺した声をあげた。

「こっちには、構うな!」

 ハザマは、そう声をあげる。

「そっちは、魔法使いたちを守ってくれ!」

 いいながら、ハザマは、近寄ってきた蜘蛛の脚を無造作に掴み、渾身の力を込めて、地面に叩きつけた。

 ハザマが握っていた脚が、根本からちぎれる。

 その蜘蛛の腹部を、ハザマは、強く踏みつけた。

 蜘蛛の口から、粘度が高そうな体液がドロリと大量に吹き出す。

「毒を持っているかもしれねーからな。

 噛まれるなよ!」

 いいながら、ハザマは、その蜘蛛を素早く何度も踏みつけた。

 その背に襲いかかろうと、他の蜘蛛が迫ってくる。

 背後に近寄ってきた蜘蛛の脚を両手でしっかりと掴み、ハザマは、振り返りざまに別の蜘蛛に叩きつけた。

 叩きつけられた蜘蛛はひしゃげ、上に乗っていた糸を切断しながら地面に激突する。

 二度三度と、ハザマはそのまま脚を持った蜘蛛を、蜘蛛の体に叩き続けた。

 どちらの蜘蛛もすぐに原型を留めないほどにひしゃげ、潰れていく。

「……力任せかよ……」

 アジャスが、呆れたような声を出した。

「まともな戦い方をおぼえる暇もなかったんでな」

 いいながら、ハザマは、次々と近寄ってくる蜘蛛を力押しで潰していった。


 ようやく詠唱を終え、エルシムとゼスチャラの攻撃魔法が、大蜘蛛に炸裂した。

 エルシムが放った光条は、大蜘蛛の脚を何本か根本から切断したのだが……。

「……おい!

 おれの魔法が……弾かれたぞ!」

 ゼスチャラが、戸惑った声をあげる。

「体表に、魔法を弾くような効果があるのか……」

 エルシムが、不機嫌な口調で告げた。

「そんなことがあり得るのか?

 それに、あんたの魔法は効いているだろう!」

 ゼスチャラが、興奮した様子で訊き返す。

「ヒトとエルフとでは、使用できる魔力量の桁が違うわ!」

 エルシムが、怒鳴り返した。

「そんなことより、今焼き切った脚の根本を狙って再度魔法を放って!」

「くそ!」

 悪態をつきながら、ゼスチャラは再び呪文を詠唱しはじめた。


「なんだ、こいつらぁ!」

 アジャスも、悪態をついていた。

「矢が突き刺さっても、平気でこっちにむかって来やがる!」

「相手は虫ですよ、虫!」

 イリーナが、叫び返した。

「体の半分が潰れたってしばらくは動き回るような連中です!

 矢の一本や二本命中したところで、すぐに動かなくなるわけがないでしょう!」

「なら、どうすんだよ!」

「動きたくても動けないようにするまでです!」

 いいながら、イリーナは剣を抜き、ちょうど近寄ってきた蜘蛛にむかい、無造作に近寄る。

 そのまま、蜘蛛の脚を根本から斬り飛ばした。

 続いて、蜘蛛にむかって、何度も剣を叩きつける。

 蜘蛛の脚が何本も飛び散り、蜘蛛の体液が周囲に舞った。

 その蜘蛛の体がおおかた潰れかけたところで、イリーナはその体を強く蹴り飛ばす。

「……おらぁ!」

 死角からイリーナに近寄ってきた蜘蛛にむけて、アジャスは山刀を振るった。

 山刀は蜘蛛の頭部に命中、その刃が、頭部を縦二つに分断する。

 ピクピクと痙攣する蜘蛛の体を、アジャスは無造作に蹴り飛ばした。

 続けて近寄ってきた蜘蛛の脚を片手で掴み、山刀を首のつけ根に叩き込む。

 そのまま、山刀をこじるように使い、力任せに蜘蛛の頭部を引きちぎった。

「要は……動けなくなるまで叩けってこったろうぅ!」

 アジャスが、叫ぶ。

「一匹二匹ならともかく……キリがないぞ、こいつらはぁ!」


『ゼスチャラ!

 標的を変更だ!

 おぬしは、周囲の小蜘蛛どもを焼き払え!』

 呪文を詠唱しつつ、エルシムは心話でそう指示を伝える。

『蜘蛛の数が多すぎる!

 ひとまず、小蜘蛛を一掃する!』

 エルシムは「小蜘蛛」と称していたが、それでも胴体部が一メートル以上はある。あくまで、親玉の「大蜘蛛」と比較して、「小蜘蛛」と呼んでいるのに過ぎない。

『……おお。

 わかった』

 ゼスチャラは心話でそう返答したあと、ちょうど呪文を詠唱し終えた魔法を解き放ち、近寄ってきた「小蜘蛛」たちを焼き払った。

 実のところ、そういわれた方が、気分的にもぐっと楽になる。

 威力の大きな魔法を使おうとすれば詠唱時間も長くなる。

「小蜘蛛」を相手にするのが前提ならば、詠唱時間も短くて済む。

「大蜘蛛」を相手に効果があるのかないのか、実際にやってみなければ確認できない魔法を使うよりは、「小蜘蛛」を相手に確実に効果があるとわかっている魔法をちまちまと使用する方が、ゼスチャラの性分には合っている……ような、気がする。

 もともと小心なところがあるとの自覚があるゼスチャラは、博打じみた行為を好まないのだ。

 ゼスチャラは短時間で詠唱を終える魔法を連発して、少し遠い位置にいる小蜘蛛たちを次々と始末していった。

 至近距離の小蜘蛛たちは他の仲間たちが総出で対応中だったから、下手に手を出すのは憚られた。

『蜘蛛の前に、周囲の糸を焼き払え!』

 ゼスチャラの脳裏に、ハザマの声が響きわたる。

『頭の上から際限なく降ってくるよりは、地上を這いずり回るやつらだけを相手にする方が気が楽だ!』

 蜘蛛たちがこちらへやってくる経路をある程度限定しよう、ということらしかった。

 無論、ゼスチャラにしても異論があるわけはない。

 第一、無数にいる小蜘蛛たちと一緒くたに周囲に火種をばら撒くのであれば、精密に狙いをつける必要もないので、かえってゼスチャラの負担は減るのだ。

 ゼスチャラは、気兼ねすることなく魔法による火種を節操なくばら撒いた。


「……ふん!」

 ブシャラヒムは蜘蛛の頭部めがけて剣を突き出した。

 剣の切っ先は蜘蛛の口からそのまま直進し、そのまま蜘蛛の体を串刺しする。

 剣の半ばほどまでが蜘蛛の内部に潜り込んだところで、ブシャラヒムはそのまま蜘蛛の体躯を持ち上げ、力任せに別の蜘蛛に叩きつけた。

 片手に盾を構えているブシャラヒムは、当然のことながら、剣を片手で扱っている。

 それでも、脚の端から端まで勘定すれば、三メートル前後はありそうな蜘蛛を突き刺したままの蜘蛛を、軽々と振り回していた。

「このぉ!」

 一方で、手近な別の蜘蛛に盾を叩きつけることも忘れない。

 帷子や盾など、高性能な防具に身を固めているブシャラヒムは、他の連中よりは心理的な余裕が持てた。

「せいっ!」

 気合いを入れて、ガズリムが蜘蛛にむかって剣を叩き込む。

 ブシャラヒムの物ほど高級品ではないものの、ガズリムはそこそこ実用的な装備に身を固めていた。

 膂力に自信があるブシャラヒムとは違い、ガズリムはもう少し堅実な戦い方をしている。

 蜘蛛の脚のつけ根を狙い、何度でも剣を振るって、着実に身動きが取れない状態にしていった。

 多少、時間はかかるものの、手足を奪えば実質的な驚異度は格段に下がると、そのように判断したのである。

 無数の蜘蛛に囲まれている現在、その時間が、かなり貴重だったりするのだが……。

「せいっ!」

 ガズリムは、魔法使いに近づいてきた蜘蛛を、また一匹、盾で弾き飛ばした。

 続いて、ニ匹目、三匹目も。

 ……今は、魔法使いから蜘蛛を遠ざけることを最重視しつつ、多少なりとも余裕があるときを見計らって、一匹でも多くの蜘蛛を片づけていけばよい。

「ガズリム卿!

 吹っ切れたか!」

 手を休めないまま、ブシャラヒムガ訊ねて来た。

「今は考えている余裕がありません!

 悩むのはあとにしておきます!」

「いい答えだ!」


「……上!」

「”みこみこびぃぃぃぃぃむ”!」

 リンザが叫ぶのと、エルシムが魔法を放つのは、ほぼ同時だった。

 真上から迫ってきた大蜘蛛の脚が高温の光線に触れて炭化、一本の脚の先端部分が焼き切られた形で地面に落ちた。

「ちっ!

 なかなか、本体に直撃できんな!」

 吐き捨てるように、エルシムがいった。

 エルシムはそのまま光条を操作して大蜘蛛の直下周囲を一閃させる。

 その場にあった糸がまとめて切れ、大蜘蛛の巨大な体躯が、がくんと下がった。

「お、おい!」

 ゼスチャラが、呪文の詠唱を中断して悲鳴をあげる。

「あんなデカいのがこの近くに落ちてきたら……」

「そうすれば、全員で攻撃をしやすくなるな!」

 エルシムが、吠える。

「どのみち、このままでは埒があかん!

 そうなった方が、いっそ都合がいい!」

 多少、数を減らしたとはいえ、小蜘蛛たちはいぜん、仲間を包囲してこの場を埋め尽くしている。

 そのすべてを始末するよりも、あの大蜘蛛を先に沈黙させる方が、まだしも容易い……という判断であるらしかった。

「なんだよ、その無茶な選択!」

 ゼスチャラが、絶叫する。

「つべこべいわずに、おぬしは魔法を使わぬか!」

 エルシムも、負けずに叫んだ。

「おぬしが気張らぬと、この場も切り抜けられぬぞ!」

 このゼスチャラという男、魔法使いとしての腕はヒト族にしてみればそこそこ、ではあるのだが、いかんせん、絶対的に精神修養が足りていない。

 ひとことでいって、小心なのだ。

 胆力がなく、ちょいとしたことで簡単に動揺しすぎる。

「その通りだ!」

 意外とすぐ近くで、ハザマの声がした。

「そのまま、あの大蜘蛛をこちらに誘導してくれ!

 直接、引導渡してやる!」

 ゼスチャラが振り返ると、そこには全身を蜘蛛の体液で濡らしたハザマが立っていた。

「……あはははははははは……」

 どこからか、女の声が聞こえる。

「甘い甘い、甘いなぁ。

 あの大蜘蛛が、なぜ蠱術のルシアナと呼ばれているのか?

 その理由を考えてみた方がいい。

 あんまりあれに近寄ると、ほら……」

 いつの間にか、ブシャラヒム、アジャス、それにガズリムが動きを止め、棒立ちになっていた。

「……ルシアナの蠱術に、絡め取られちゃうぞぉ!」

 三人は、それぞれの得物を構え直し、体の向きを変えてエルシムやゼスチャラにむかって来た。

「洗脳……いや、魅了か!」

 ハザマが、叫ぶ。

 任意の相手を強制的に味方にして従わせる、いわゆる、ファンタジー系のゲームでいう、「チャーム」的な能力なのだろう。

 もちろん、叫ぶと同時に、バジルの能力を三人にむけて解放し、一時的に動きを封じるのだが……それで直接的な被害を受けることは避けられるにせよ、三人分の戦力が実質的に無効化されたことになる。

 今の状況では、その影響はかなり大きかった。

 三人分、味方の手数が減り、同時に、守らねばならない人数が一気に三人も増えたのだ。

 ハザマたちの側が実質的に大きく削減されたことによって、それまで拮抗していた戦力比は、敵側の方に大きく傾いた。

 にわかにハザマたちを包囲していた小蜘蛛たちが活気づき、ハザマたちに押し寄せてくる。

 エルシムやゼスチャラが交互に魔法を使用して、一時的にかなり数を沈黙させるのだが……それでも小蜘蛛たちの勢いは衰えることはなかった。

 どこからともなく際限なく湧いてくる、蜘蛛の軍団。

 それに対処するだけでも、十分に神経をすり減らされるというのに……。

「……危ない!」

 トエルが小柄なエルシムの体を突き飛ばし、その立ち位置を強制的に変更する。

 さっきまでエルシムがいた場所に、太い丸太のような大蜘蛛の脚がものすごい勢いで降ってきて、その爪先が地面に突き刺さった。

 その衝撃で、エルシムは詠唱していた呪文を強制的に中断させられている。

「このぉっ!」

 イリーナが素早く大蜘蛛の脚に剣による一撃を敢行するのだが……。

 ギン、と、という金属音にも似た音を響かせるばかりで、イリーナの剣はむなしく弾き返された。

「……こんなやつに、やつらに……どうやって対抗しようっていうんだよぉ……」

 詠唱していた呪文を中断し、ゼスチャラが力なく呟く。

「この程度で諦めるな、馬鹿!」

 叫んで、ハザマは大蜘蛛の脚に取りついた。

「突破口なら、これから無理にこじ開けてやる!」

 ハザマはその腕に、エルシムの魔法によって焼き切られた大蜘蛛の脚先を抱えていた。


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