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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ルシアナの正体

 今の光源だけでは全貌が見渡せない、ずいぶんと広い空間であるようだった。

 そこに、ひとりの女の姿が、ぼうっと浮かび上がっている。

「そうね、ルシアナ」

 くふ、くふ、くふ、と、女が笑う。

「そのような名で呼ばれることが、多い。

 あなたは、だあれ?」

「ハザマ・シゲル。

 よそ者だ」

「よそ者?

 異邦人、か。

 そうか、なるほど。

 トカゲが、わざわざ喚んだのか……」

 くふ、くふ、くふ、と、笑いを含ませながら、女の声が告げる。

「……なんのはなしだ?」

 ハザマは、軽く眉根を寄せた。

「ともかく……ここへは、あんたをぶっ飛ばしにきたんだ。

 あんたのやり口が、どうにも気にくわないからな」

「あらあら、まあまあ」

 ふふふふふふふふ、と、女はしばらく笑い声をあげた。

「自力でここまで来たと、そんな風に思いこんでいるわけ?

 実際にはぜんぜん、そんなことはないんだけどね」

 笑い声をあげながら、女はルゥ・フェイを指さした。

「例えば、そこのお爺さん。

 大昔に自力で抜け出したと信じ込んでいるけど、真相はぜんぜん違っていて、本当はある人物をここに連れてくるように深い暗示をかけてあえて解放されたんだけどね」

「嘘だ!」

 ルゥ・フェイが、叫ぶ。

「第一……そいつは、わしが知るルシアナではない!

 まったくの別人だ!」

 あはははははは、と、女は笑った。

「まだまだ、あるのよ。

 そこの男」

 今度は、女はガズリムを指さす。

「二十年か三十年くらい前にやはり深い暗示をかけて放り出した女がいたんだけど、そいつ、平地民の貴族に見初められたってはなしでねー。

 何年かしてからお手つきになって懐妊したから、正室たちを追い落とすいい方法を教えてくださいって便りが来てねー。

 そんで、そちらの貴族にもちょうど手蔓が欲しかったところだから、絶対にばれない毒薬を贈ってやったんだけどぉー……。

 あんた、そのときの女にそっくりだねー」

「貴様!」

 ガズリムが、叫ぶ。

「いうに事欠いて、わが母を愚弄するのか!」

 あははははははー、と、女は笑い声をあげる。

「愚弄? 本当に愚弄なの?

 妾の一人でしかなかったあなたのお母様。

 他の正室側女をさしおいて、仮にも世継ぎの母になったのが、本当に偶然だとでも?

 あれほどいたあなたの腹違いの兄弟たちは、今、いったいどこにいらっしゃるのか?」

 おほほほほほほ、と、女は喉を仰けそらして嘲笑した。


「……気をつけろ、ハザマ」

 女がルゥ・フェイやガズリムを挑発している隙に、エルシムが、小声でハザマにはなしかける。

「あの女……どうも、様子がおかしい」

「あの女がおかしいのは、見てればわかる」

「いや、そういうことではなくてな……どうにも、しっくりと来ない」

「しっくりと来ない?」

「あれのすぐ近くに、なにやら酷く禍々しい気配を感じるのだが……あの女自体は、たいした相手ではない。

 ごく普通のヒト族の位階だ」

「その……酷く禍々しい気配とかいうやつの位階は?」

「……すっごく、高い。

 これまでに出会った誰よりも、高い位階だ」

「……いつでもぶっ放せるよう、呪文を詠唱しておけ」

 早口で、小声でそんな会話をやりとりしてから、ハザマは軽く顔をしかめた。

 どうにも、理解できない。

 エルシムが指摘したことも、だが……それ以上に、この期におよんであの女が無駄話を長々と続けている理由が、だ。

 助けが来るのを待っているのか……とも思いかけたが、よくよく考えてみれば、ここにバジルがいる以上、仮に増援が来たとしても、状況に大きな変化はない。

 あの女が、エルシムの見立てが正しく「普通のヒト」であるというのなら、おそらくはバジルの能力も有効なはずであった。

 ならば……おれが仕掛けて様子を見てみるか、と、ハザマは決断する。

 ハザマは、何歩か前に進み、今にも女に飛びかからんばかりに身を乗り出しているルゥ・フェイとガズリムを手で制する。

 そして、そのまま歩調を変えることなく進み続けた。

『……動きがあったら、禍々しい気配とやらに魔法をぶち込め』

 心話で、エルシムにそう指示を出す。

『了解した。

 ゼスチャラにも、それを追わせる』

 呪文を詠唱しながら、エルシムは即座に応じる。

『イリーナ、リンザ、トエルは魔法使いたちの護衛を頼む』

 そう伝えておけば、残りの連中は各自の判断で勝手に動いてくれるだろう。


「……あらあら、異邦人のハザマさん。

 今度はなんのご用かしら?」

 近寄ってくるハザマに向かって、その女は、からかうような口調でそういった。

「あんたが何者かは知らないが、尻のひとつもぶっ叩きたくなってな」

 ハザマは、平静な口調を崩さずにそう答える。

「あら、怖い」

 んふふふふふ、と、女は笑う。

「でも……ここまで、たどり着けるかしらぁ?」

 ハザマの目測によれば、ハザマの位置から女までの距離は、三十メートルもない。

 一気に距離を詰めてもいいのだが、この暗さではどんな罠があるのか見分けがつかないから、ここは慎重に動くことにする。

「そこまで行くのは、別に問題ないと思いますけど……ねっ!」

 ぞく、っと背筋に走った悪寒を信じて、ハザマはその場で横に転げた。

 ハザマの肩に乗っていたバジルが、必死に服の生地に爪を立てる。

 ついさっきまでハザマが占めていた空間に、真上から、なにか細長い物体がものすごい勢いで降ってきた。

「……”みこみこびぃぃぃぃぃむっ!”」

 その物体にむかって、詠唱を終えたエルシムの攻撃魔法が突き刺さる。

 エルシムが放った光条は、その細長い物体を貫き、途中から分散した。

「上だ!」

 ブシャラヒムが、叫んだ。

「なにかデカいのが、上に張り付いているぞ!」

「うひゃぁあっ!」

 情けない声を張りあげながら、やはり詠唱を完了したゼスチャラが、火球をその上にむかって放る。

 火球に照らされて、そいつの全貌がはじめてあきらかになった。

「……大蜘蛛……かよ」

 グゲラダ族のアジャスが、呆然と呟く。

 呆れ半分、感心半分といった心境なのだろう。

 水で濡れる地面を転がったハザマも、首を起こして上をみあげる。


 そこに、全長が三十メートルはあるだろうという大蜘蛛が、張りついていた。

 いや、蜘蛛の大きさを測るとき、どこからどこまでを計測して「全長」というのか、ハザマは知らなかったのだが、脚の長さは十メートル以上あり、胴体や頭部もそれに相応しい大きさである。

 その途方もない大きさに、ハザマはしばらくポカンと口を開いてしまった。

 なにより、胴体だけを見ても、元いた世界のニトントラック、こちらの世界でいうならば、ちょいとした小屋よりも大きい。

 そんな巨大な胴体から、細長い脚が八本も伸びている。

 一見すると空中に浮かんでいるようにも見えたが、よくよく見ると、白い糸が幾筋も空中に巡らされていて、そこを足場にしているようだった。

 こんな巨体がハザマたちからみて上空に浮かんでいられるのだから、周囲が暗いせいで今まで気づかなかっただけで、この空間もかなり広大な場所だったのだろう。


 ゼスチャラが放った火球が大蜘蛛に直撃して、弾ける。

 体表を焦がす程度で、あまり深刻なダメージはなさそうだった。

 エルシムが放った光条の方が、一本の脚の爪先を確実に焼き切っていて、視認できる打撃を与えているように見える。


「……あー、あー。

 ばれちゃったぁ……」

 女の声が、けらけらと笑いながら、そんなことをいっていた。

「その蜘蛛が、ルシアナと呼ばれているものの正体でぇーす!

 あたしはぁ……んー。

 代弁者ぁ? みたいなもんかなぁ。

 喋れないその蜘蛛の代わりに、その蜘蛛と繋がって必要なやり取りをするだけの下っ端でぇーす」

 女は、笑い続ける。

「ここにはそのルシアナちゃんだけじゃあなくってぇ、お腹を空かせた眷属たちもいーっぱいいるからねえぇ!

 さて、はるばるここまでやってきた皆さんは、果たしてどこまで持ちこたえることができるでしょうかぁっ!」

 あははははははー、と、女は、さらに笑い声を張りあげた。

 

 大蜘蛛の体表に弾けたゼスチャラの火球が、周囲を照らし出す。

 地面といわず、天井といわず、大量の蜘蛛がひしめき合っていた。

 小さいものは十センチくらいから、大きいものは差し渡し、一メートル以上のものまで存在する。

 大小さまざまな大きさの蜘蛛が、ぎっしりとその場に密集していた。

「どうすんだよ、これぇっ!」

 アジャスが、悲鳴にも似た叫び声をあげる。

「いくらなんでも、数が多すぎるだろう!

 手持ちの矢を全部使い切っても、このうちのいくらも減らねーぞ!」

 そういいつつ、自分の得物を引き抜いて構えた。

 アジャスの得物は、肉厚、片刃の鉈のような山刀である。

「ハザマの側へ集まれ!」

 ブシャラヒムも、叫んだ。

「あいつの側にいれば、少なくとも直接攻撃は避けられる!」

「当面、そうするより他に方法がないみたいですね」

 イリーナが、いまだ地面にうずくまっているハザマに素早く近寄り、手を差し出した。

 ハザマは、差し出されたイリーナの手を掴み、イリーナに引っ張られる形で立ちあがる。

 そして、叫んだ。

「……危ない!」

 ぶん、と、音をたてて、大蜘蛛の脚による一撃……を、すんでのところで、ガズリムが盾で弾く。

 反動でガズリムは転んだが、大蜘蛛の脚も軌跡を逸らし、本来の目標であったゼスチャラのすぐ横の地面に爪を突きたてる。

「……うひぃっ!」

 ゼスチャラが、気の抜ける声をあげた。

「このぉっ!」

 ぶん、と、風切音をたて、ブシャラヒムがその脚に斬りつける。

 カン、と、乾いた音をたて、ブシャラヒムの剣は脚の表面で阻まれた。

「硬い! 刃が入っていかない!」

「蜘蛛が……空中を、飛んで……」

 槍を振るいながら、トエスがそんなことをいっていた。

「飛んでいるんじゃない」

 エルシムが、指摘する。

「よく見ろ。

 細い蜘蛛の糸が、そこここに張ってあるのだ。

 小さい蜘蛛たちは、それを伝ってこちらに来ている。

 この場は、丸ごと……とても大きな、蜘蛛の巣だ」

「おれと魔法使いたちを守る形で円陣を組んで」

 ようやくこの場の状況を把握したハザマが、そんな指示を出した。

「味方を守りつつ、着実に敵の数を減らしていく」

 ダメージディーラーである魔法使いふたりと防御の際に要となるハザマ、いいや、バジルを守るのは、当然のことだった。

「円陣といっても、あの上から来る脚は、どうするよ?」

 アジャスが、周囲に目を配りつつ、ハザマに訊ねてくる。

「あれは……ちょいとやそいとじゃ、外せねーぜ」

 大蜘蛛の脚は、ハザマたちの体と比較すると、大きくて、素早くて、力も強い。

 確かに、対処がしにくい相手ではある。

「受け止められないなら……避けるしかないだろ」

 ハザマが、答える。

「そんで、どこからやってくるのかわからない無数の小蜘蛛どもにも注意を払えってか?

 ……そんな神経をすり減らすやり方が、長続きするもんか」

 このアジャスの意見は、それなりに現実を見据えてきた実感から出た言葉であった。

 長期戦を覚悟せざるえない状況であれば、そこまで考えなければならないのだ。

「打開策は、別にまた考える」

 ハザマは、低い声でそう応じる。

「今は、できるだけこちらの被害を出さないよう形で、しばらく持ちこたえてくれ。

 魔法使い組は、大蜘蛛本体に攻撃を集中。

 特に、ゼスチャラ。

 あんた、前に川の水を凍らせてたろ。あの調子で、大蜘蛛を凍らせてみてくれ。

 あれが見た目通りのもんなら、変温動物……とにかく、温度の低下に弱いはずだ。

 他のやつらは、大蜘蛛からの攻撃を警戒しつつ、余裕があったら他の蜘蛛を蹴散らして数を減らしておいてくれ」

「……動かない相手を壊していくのは、わけないですけどね!」

 トエスは手にしていた槍を振るって、手近な蜘蛛を始末しはじめた。

「いくらなんでも、数が多すぎます!」


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