水上の語らい
一艘目が、リンザ、トエス、イリーナ、ブシャラヒム。
ニ艘目が、エルシム、ゼスチャラ、ガズリム。
三艘目が、アジャス、ルゥ・フェイ、そして、ハザマ。
このような振り分けとなった。
重量バランスを考慮した上、イマイチ信頼のおけないアジャスとルゥ・フェイをハザマが直接監視できるように配置した形だった。
「洞窟衆はともかく、大貴族に貴族、軍属の魔法使いに敵軍の捕虜、押し掛けてきた得体の知れない爺さん、か」
ハザマは、誰に聞かせるでもなく呟く。
「呉越同舟もいいところだな」
よくよく考えてみると、かなり混沌として構成だった。
「しかし、実際に乗ってみると本当に頼りないな、この舟は」
「いきなり立ち上がったりするなよ。
ちょいとしたことですぐに転覆するからな、この手の舟は」
などと騒ぎながら、全員で三艘のカヌーに分乗した。
平地民はもとより、アジャスやルゥ・フェイら山岳民も、この手の小舟に乗った経験はないらしい。
ひょっとすると、この中でまともに泳げるのはおれくらいなのかも知れないな、と、ハザマは思った。
「帆か櫂はないのか?」
ブシャラヒムが、訊ねてくる。
「なんに使うんだ? そんなもん」
そういいながら、ハザマは持参した桶の中身を川の水面にぶちまけた。
「こいつらが、水中で舟を押して案内してくれるってよ」
そういいながら、ハザマは三艘を繋留していた綱をほどき、三艘目に乗り込んだ。
「よし、いいぞ。
水妖ども。
出してくれ」
ハザマの言葉がいい終えるよりも早く、三艘のカヌーは弾かれたように水面を走り出した。
かなり、速い。
ハザマの体感で……高速を飛ばしているときくらいは、出ているような気がする。
とはいえ、今は日が落ちた夜であり、ここにはろくな光源もないし、で、その体感もあまりあてにはならないのかも知れないが……少なく見積もっても、時速八十キロ以上は出ているのではないだろうか?
「お、おい!」
アジャスが、叫んだ。
「大丈夫なのか、こいつは?」
声が、硬い。
「さあな。
ひょっとしたらなにかの罠かも知れないが……なに。
そのときは、そのときさ」
「そういうことではなくて、だなあ。
この舟の速さは……」
「なんだ? 水妖が信用できないってのか?
もしなにかおかしな動きがあったら、おれがこいつらの動きを止めるし、こちらには魔法使いが二人もいるんだ。
滅多なことは、まずできないだろう」
ハザマの声は、あくまで落ち着いている。
「それよりも、あまり動揺して舟から落ちるなよ」
一艘目では、先頭にまずイリーナが座った。
男性恐怖症の気がある彼女は、ブシャラヒムからも可能な限り距離を取ることを選択したのだ。
そのあとに、リンザ、トエスと続き、最後に、一番体重が重いブシャラヒムが続く。
「すると貴様らは、あのハザマとのつき合いが一番長いのか?」
そのブシャラヒムは、トエスと世間話をはじめていた。
「長いといえるほど、深いつき合いをしているわけではありませんが……」
トエスは、相手が大貴族の御曹司であろうとも臆することなく答えている。
「……あの人がはじめてこちらで出会った人間が、わたしらみたいでして……。
なんだかんだで、濃い時間を過ごしていますね。
いろいろやったし、やらされました」
「いろいろ、な。
いや、あの通りの男であるから、おれたちが想像だにできないことも経験してきているとは思うが……」
「そうですねえ。
みんなで犬頭人を八つ裂きにしたり、ドン・デラで賞金首を狩り集めたりとかは、他ではできない経験でしょう」
「……犬頭人を?
ちょっと待て。
やつらはお前らの仲間なのではないか?」
「いや、だから、仲間になる前のはなしですよ。
わたしらが捕まってしばらく閉じこめられてて、そのときにあの人が現れて、傭兵たちもやってきて……なんだかんだやって、それ以降、犬頭人たちがこちらに完全服従するようになったんです」
「……む。む。
なんだかよくわからんが、お前らも若いのに似ず、苦労しているのだな」
ニ艘目には、軍属魔法使いのゼスチャラが先頭に乗り、そのあとにエルシムとガズリムが続く。
エルシムは、性根の座っていないゼスチャラから目を離すつもりがなかったので、ゼスチャラのうしろに座ることを望んだ。
ガズリムを間に挟んで最後に座ることも考えたのだが、エルシムよりは確実に体が大きいガズリムを間に置くとゼスチャラの様子を監視することが不可能になるので、結局はこの順番に落ち着いた。
このガズリム・バルムスクとかいう貴族も、ハザマから「どことなく、怪しい」と伝えられているのであるが、少なくとも水中を移動中は手を出して来ないだろうとエルシムは推測している。
こんなところで騒動を起こせば、下手をすれば自分も溺死してしまうからである。
今、三艘のカヌーは上流へとむかっている。
水深は、さほど深くはない……と、聞いてはいるが、この暗闇でいきなり水の中に放り出されたら、冷静に行動をできる保証はない。
「しかし、こんなところでエルフの巫女殿と同道できるとは思いませんでしたよ」
そのガズリムは、機嫌のいい声でそんなことをいいはじめた。
「エルフなんて、昔語りの中でしか出会えない存在だと思っていました」
「そう思うのなら、残って丸太運びでも手伝っておればよかろうに。
あのファンタルは、おぬしら軍人の中では伝説中の人物だというはなしではないか」
「それは、そうなんですけどね。
ファンタルさんも悪くはないが、おれにとってはどうにもそつがなさすぎて近寄りがたい」
「おぬし……ひょっとして、幼児愛好者ではなかろうな?」
「滅相もない!
いや、興味といってもこの場合はそういった方面ではなく……」
ハザマが乗っていた三艘目では、出立した直後は元気に騒いでいたアジャスがやけに静かになっていた。
「……おい。
吐くのは構わないが、うしろに飛沫が飛ばないように気をつけろよ」
ハザマが、声をかける。
アジャスは、どうやら船酔いになったらしかった。
先ほどから青い顔をして舟縁から顔を出している。
「……おぅ」
アジャスは、力なく片手を持ち上げて答えただけであった。
「そんで、爺さん。
蠱術のルシアナっていってたっけ?
時間もあることだし、そいつについて知っていることを洗いざらい吐いて貰おうか」
「……蠱術のルシアナだって!」
アジャスが叫んで顔をあげ、次の瞬間にはまた顔を伏せて吐きはじめる。
「……おえ……。
蠱術のルシアナっていったら、お前……やたらおっかねー性悪魔女のことじゃねーか」
アジャスは、嘔吐で言葉を区切りつつ、弱々しくそういった。
「性悪?」
ハザマが、訊き返す。
「何十年だか何百年だか前から……生体実験を繰り返しているってはなしだ。
なんだかんだで、実験がてらにいくさで貢献してくれるから……部族民連合の上層部にはおぼえが目出度いってはなしだが……」
「へー……なるほどなあ。
山岳民の中では、そういう風に認識されているわけか……」
ハザマは、ひとり頷く。
「……で?
その蠱術のルシアナが、どうしたって?」
「なんだ、あんた知らなかったのか?
おれたちは、そのルシアナとやらを討伐にむかっているところなんだが……」
「……降ろせぇー!
引き返せ!
おれはまだ死にたくねー!」
「騒ぐな、慌てるな。
舟が転覆するだろう。
それに、もう手遅れだ。
どうしても引き返したかったら、自分だけでそのまま舟から降りて泳いで帰るんだな」
「おれは泳げねーんだよ!」
「だったら、諦めろ」
ハザマの返答は、冷淡なものだった。
「お前、一応勇猛で知られた……あー、ガグラダ族っていったっけ?
とにかく、その一員なんだろう?」
「優秀な戦士だから、勝てる相手とそうでない相手を見切るのも早いんだよ!」
ガグラダ族のアジャスが叫ぶ。
「生き残ってナンボの世界だ!
おれは、見栄を張って死にたくねー!」
「知らんがな。
そんなお前の都合なんか。
いっておくがな、今のお前さんは奴隷も同然の捕虜なんだ。
お前さんに拒否権はない」
なおも、「騙された騙された」とわめき続けるアジャスは放置しておいて、ハザマはルゥ・フェイの方に向き直る。
「で、爺さん。
はなす気にはならんか?」
「はなすのはいいのだが……しばし、長いことになるぞ」
「いったろう。
時間はたっぷりある。
好きなところからはなしはじめな」
ルゥ・フェイは、山岳民の中でも珍しい体質を持つ種族に産まれた。
特に身体能力に恵まれた種族だったので、戦争になると引く手もあまたの状態であり、その種族は常に豊かだった。
あるとき、その豊かさに目をつけた他の部族たちは共謀して、珍しい体質を持っていたルゥ・フェイの種族を言葉巧みに誘い出し、蠱術のルシアナに引き渡してしまう。
蠱術のルシアナとその配下は、頑強で知られたルゥ・フェイの種族よりも強く、加えて、ルシアナは奇妙な術も使った。
「蠱術、と、呼ばれていたが……あの女は近寄った者の意志を奪い、無条件に支配下に置くのだ。
気づいたときには、わしの妻子も親族も、あの女のいうがままの傀儡になっておった。
同族が身の毛もよだつ魔法実験に給されようとも、眉ひとつ動かさずに協力する有様だ」
ルゥ・フェイは、そう説明する。
「なら……なんで、爺さんひとりが逃げてこられたんだ?」
ハザマは、疑問を口にする。
「わしはもともと、同族の中でも本来の性質を色濃く残しいての。
そのせいか、わしにはルシアナの術がいささか効きが弱かったようじゃ。
最後まで自分の意志を手放さずにすみ……しかし、同族は誰ひとり助けることができんかった。
はは。
情けないことに、自分ひとりで逃げ出すのが精一杯じゃったよ」
「……そんで、今になって敵討ち、か……。
爺さん。
その逃げ出したときから、いったい何年経っているんだ?
今の今まで、そのルシアナってのに接触する機会はなかったのか?」
「何年……もう、何十年も前になろうかの。
記憶さえ、定かでなくなるほど昔……。
その間、わしも遊んでいたわけではない。
その所在を厳重に秘匿されたルシアナの居所を掴むため、部族民連合の中枢部に近づいた。
わが同族を陥れ、財貨を没収した奴らだ。
最初のうちこそわしの存在を煙たがり、訝しがり、警戒していたものだったが……長い長い時間をかけてやつらのために手を汚し、信用させ、ルシアナの居所を探り続けた。
そしてとうとう、格好の機会が目の前に訪れた」
「こういっちゃあなんだが……仮にこれからそのルシアナってのを倒したところで、爺さんの同族は帰って来ないんだぜ」
「はは。
そうじゃな。そのとおりじゃ。
そんなことは、このわしとてここ何十年間で何度も考えたもんじゃ。
だがな、若いの。
今でも、目を閉じれば知った顔が浮かんでくる。
なぜ見捨てた、なぜおれたちを助けなかったと……よく知った同族の者たちが、毎晩夢枕に立ってわしをさいなむ。
わしも、いい年齢じゃ。
永遠に眠る前に、もう一度くらいは安らかな眠りにつきたくての……」
ハザマには、その老人が偽りをいっているようには思えなかった。
いずれにせよ……。
「そのルシアナってやつをぶちのめすって目的は、おれたちと一致しているしな」
ハザマは、そう呟く。
ルゥ・フェイというこの老人は、少なくとも当面は役に立ってくれるだろう。
三艘のカヌーは速度を変えずにまっすぐに上流へとつき進む。
夜が明け、日が昇り、再び夜になっても進み続けた。
途中、一行は何度か舟を岸につけて休憩を取ったが、それ以外は睡眠や食事も極力舟の中で摂った。
時間も惜しかったが、なにより敵軍に見つかる前に目的地に到着したかったのだ。
これ以上舟では進めないという地点に到着したのは、出発してからちょうど一昼夜経過した時分のことであった。




