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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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十人の潜行者

 それからメキャムリムは先の攻防戦時に多数捕獲した敵軍の軍馬についても相談してきたのだが、ハザマがすぐにタマルを呼び出し、

「そちらで好きに相談してください」

 と、下駄を預けることにした。

 どのみち、具体的な商品価値などはハザマ自身には判断できないのである。

 ブラズニアとしては、今すぐに現金が欲しいところなんだろうな……とか思いつつ、ハザマはメキャムリムに一言断ってから席を外し、少し離れた場所に移動してから心話通信でファンタルを呼び出してガグラダ族の捕虜について相談してみる。

 わざわざ席を外したのは、この心話通信の効能について、まだまだ外部には伏せておきたいからだった。

 現代人であるハザマは、正確な情報を時差なく遠隔地に送受信することの重要性を認識しているわけが、エルシムらによるとこの心話通信の原理は既存の魔法知識で難なく再現できるものであるらしい。

 だとしたら、いずれ普及するにせよ、できるかぎりその時期を遅らせて洞窟衆だけで独占する時間をできるだけ延ばすようにしておきたかった。

『ガグラダ族か。

 ああ、いいぞ。

 問題ない。

 こちらで、身柄を預かることにしよう。

 どのみち、生きて捕虜になったのは二十名程度の少人数、そのうち半数以上がなんらかの形で負傷している。

 こちらでしっかり首根っこを押さえて、せいぜいこき使ってやるさ』

 ファンタルはそういって、あっさりと捕虜を預かることを受諾した。

『ただし……あの長は、少し油断ならないな。

 あれだけは、こちらで預かるよりはそちらに同行させた方がいいと思うが……』

 続けて、今度はそんなことをいいだす。

「ガグラダ族の長……アジャスっていいましたっけ?」

 ハザマにとっては、ついさっき、大貴族たちに呼ばれた際に、一度だけ顔を合わせた男である。

「でもあの人……ファンタルさんのこと、かなり恐れていましたから、心配しなくてもそちらの膝元に置いておけば反抗はしないと思いますが……」

『それはそれで、鬱陶しい』

 ファンタルの口調には、げんなりとした雰囲気が濃厚に漂っている。

『長く戦場を渡り歩いていると、無駄に名が高まっていかんな。

 なにかというと持ち上げられ、やれ指南な一手手合わせだとせっつかれて、軽く手合わせをしてやれば今度は崇め奉らんばかりの勢いで持ち上げられ……。

 もっとこう、普通の扱いが気楽でいいのだが……』

 詳しく聞き返すと、どうやらファンタルは、ここ数日の間に、傭兵たちなどから決して少なくはない崇拝者を集めてしてしまったらしかった。

「はぁ……モテモテで、結構なことで」

『全然、結構ではない』

 ファンタルの口調は、憮然としている。

『純真な子犬か子どものような目をしたゴツいおっさんたちに囲まれる身にもなってみろ』

「よりどりみどりで結構なことじゃないですか」

『最初からその気になっているを漁ってなにが面白い。

 あまり乗り気ではない者を、徐々にこちらの思うように動かし落としていく楽しみがないではないか』

「いや、ファンタルさんの趣味はそれとして……」

 しばらく軽口を叩いてから、通信を終える。


 メキャムリム・ブラズニアとタマルが会談している部屋に戻ると、ちょうど話題の区切りがついたところなのか、お茶を飲んで歓談していた。

「ええ。

 今、確認してきたんですが、ガグラダ族の受け入れについては、問題ないそうで……」

「もう確認なさってくれたんですか?」

 メキャムリムは、感心してくれた。

「ええ、まあ。

 おれ自身は、ちょうど今暇だったもんで……」

 ハザマは、曖昧に言葉を濁しておく。

「暇だなんて。

 ハザマ様は、これから少人数で敵中に潜入するとか予定でいらっしゃるとか……お父様から、そのように聞いていますけど」

 そちらはそちらで、情報の伝達が早いなあ……と、ハザマは感心する。

「まあ、気になることができたので……ちょっこらいってこようかな、と」

「まるで近所に散策にでもいってくるような、気軽な物言いですね」

「気張って危険が少なくなるのなら、いくらでも気張るのですが……。

 あ。

 そうだ。

 そちらのブラズニア家に縁のある、ガズリム・バルムスクさんって人も志願して同行することになりましたよ。

 メキャムリム様がご存じかどうかは知りませんが……」

 大貴族ともなれば、配下の者ひとりひとりの姓名をいちいち記憶してもいられないだろう、と思いつつも、ハザマはその名をあげてみる。

「ガズリム・バルムスク様ですか。

 ええ、存じ上げております。

 そうですか、彼が……」

 メキャムリムは、少し物思いにふける顔つきになった。

「有名な人なんですか?」

「有名、というわけではないですけど……若手の中では、出世頭のひとりになっていますわね。

 不思議と、功績に恵まれているようで……」

「……不思議と?」

「不思議と、というのは、少々語弊があるでしょうか。

 戦功をたてているのは事実ですから。

 ただ、その……彼が属する部隊が、不思議と敵が弱っている場に居合わせることが多くて……。

 わたくしたちの間では、強運のガズリムと呼ばれはじめています」

「へえ」

 今度はハザマが、考え込む顔になった。

「強運のガズリム、ねえ。

 その人と行動をともにすると、叩きやすい敵と遭遇する確率があがるってわけか……。

 そいつは、縁起がいい」

 そういいながらも、ハザマの脳裏では「本当にそうなのか?」という疑問が渦巻いている。


「一応、舟の準備ができましたけど……」

 メキャムリム・ブラズニアとその侍女が去ってからいくらも経っていない頃合いに、リンザが帰ってきた。

「革張りの、カヌーっていうんですか?

 少し頼りない感じの小舟が三艘、調達できました」

「上等上等」

 ハザマは、頷く。

「どうせ、そんなに長い時間、世話にはならないし……」

「でも……本当に信用できるんですか?

 その水妖って……」

「水妖の操作者、な。

 はなしてみると、無邪気なやつらだったよ」

 無邪気を通り越して、幼稚ですらあったのだが……。

 どれくらい幼いかというと、心話で少し話し込んだハザマが、

「あ。

 こいつら、善悪の判断どころか生死の区別さえ教えられていない」

 と納得したくらい、やつらはなにも知らなかった。

 なんの能力もない白痴ならば無害なのだろうが、やつらの持っている能力のことを考慮すると……このまま放置しておくのは、あまりにも危うい。

 ハザマが今回の敵中潜行を思いついたのも、その危惧が大きな動機となっている。

「それで、結局……総勢で、何名になるんですか?」

「ええっと……おれ、リンザ、トエス、イリーナ、エルシムさんにゼスチャラ、ブシャラヒムにガズリム。

 確定なのが、この八名。

 あと、ひょっとしたら、ガグラダ族のアジャスもか」

「食料は、軍標準の兵糧でいいですね」

「ああ。

 例の、硬くてまずいパン、な。

 タンパク質は、現地調達でいこう」

 バジルがいれば、なんらかの生物を捕獲することはかなり容易である。

「日数は、どれくらい見ておますか?」

「日数、か。

 ……水妖のアレらは、確か一日も進めば目的地に着くとかいっていたが……。

 往復と余裕をみて、三日分……いや、念のため、五日分用意しておいてくれ」

「はい。

 九人の、五日分ですね」

 リンザが確認してきた、そのとき、

「いいや。

 できれば、十人分用意していただきたい」

 唐突に、嗄れた声がした。

「……あのなあ、爺さん」

 ハザマが、軽くため息をついた。

「せっかくここまで見逃してきたんだから、空気読んで最後まで乱入してくるなよ……」

「ほ、ほ、ほ……」

 小柄な、痩せこけた老人だった。

「あの……この人は?」

 リンザが、ハザマに確認してくる。

「おぼえてないか?

 架橋作戦のとき、真っ先に捕虜にした中にこの爺さんも含まれていたはずなんだけど……」

「……ああ!

 グゲララ族の部族長といっしょに、ハザマさんが担いでいた!」

「そ。

 バジルによると……あの中で、一番喰いたがっていたのがこの爺さんだ。

 グゲララ族の部族長を差し置いて、な」

「ということは……あの人よりも……」

「手強い、って、バジルが認めたことになるな。

 どんな特技を隠し持っているのか知らないが、おとなしくしている限りはそのまま放置しておこう思ったんだが……。

 面倒くさいから、この場でバジルの餌にしちまおうかな?」

「あっさりと怖いことを口にするでない。

 これだから、近頃の若いもんは、年長者への礼を欠いておるというのじゃ……」

 老人が、ぶつくさと小声で呟きはじめる。

「で、爺さん。

 なんで、今になって……いきなり声をかけて来たんだ?」

「おう、それなのだがな。

 わしもその潜伏行に連れて行って貰おうと思っての」

「……はぁ?」

 ハザマは、声を大きくした。

「許可できるわけねーだろ!

 思いっきり、胡散臭い……」

「いいのかな? 若造。

 それならば……その奇っ怪なトカゲが留守のおり、この陣中で暴れまくるぞ」

 この老人の動きをバジルの能力で封じることができることは、すでに実証されている。

「わし自身はグゲララ族の者ではないのだが……わしの能力はあのとき捕虜になった中で一番だと、お主の奇っ怪なトカゲも告げておるのであろう」

「今度は脅すかい、じじい」

 ハザマが、怒気をはらんだ笑顔になる。

「なにが目的だ」

「なに。

 ……蠱術のルシアナ。

 お主、この名に聞きおぼえはあるか?」

「いいや。

 初耳だ」

「その水妖とやらを製造した女の名よ」

「じじい。

 あんた、何者だ?

 なんだって、そんなことを知っている?」

「名は、ルゥ・フェイ。

 何者かといわれれば……山岳民連合の中枢にも、それなりの信望を得ている者だというしかないの。

 具体的な役職はなかったが、つい先頃まではグゲララ族の監視役を勤めておった。

 一緒に王国の捕虜になった時点で、実質的にはお役ごめんであるがの」

「……やっぱり、今のうちにバジルの餌にしておいた方が後腐れがなくていいかなあ……」

「だから!

 もう少し年長者を敬えというに!

 わしを生かしておけば、それ、ルシアナのこととかその他の山岳民連合のこととかも教えてやらんこともない」

「……いっそのこと、拷問でもしますか?」

 それまでふたりの会話を黙って聞いていたリンザが、ぽつりとそんなことをいう。

「そうだな。

 そいつが手っ取り早い。

 リンザ。

 トエスを呼んで思いっきりエゲツない尋問方法を考えて貰ってくれ」

「……お主ら、少しは人のはなしを聞け!」

「……ああ?」

「……ああ?」

 目つきが悪くなったハザマとリンザが、同時にルゥ・フェイを睨む。

「爺さん。

 あんたもう少し、身の程ってやつを知った方がいいんじゃないか?」

「捕虜には捕虜に相応しい扱いというものがありますよね、ええ」 

「そうだな。

 このままふん縛って、そのまま司令部にでも献上しよう」

「山岳民の事情にも随分と詳しいそうですし、そうするのが一番のような気がします」

「なに、暴れたらバジルに身動きを封じさせるから……」

「……お願い!

 聞いて!

 はなしを聞いてください!」

「……おう。

 最初からそういう殊勝な態度でくればいいんだ。

 で、爺さん。

 あんたの目的はなんだ?」

「あんたがたに、同行したいのよ。

 蠱術のルシアナは、わが一族の敵。

 わしらは少々、珍しい体質を持った一族でな。

 そのおかげであの女に……いいように食い散らかされた。

 生き残っているのは……はは。

 もはや、わしひとりかの」


 数時間後。

 タバス川に数名の男女が集合していた。

 昨夜のうちに破壊された浮き橋はより頑強なものとして再度架け直され、対岸では大規模な陣地……というよりは、砦の建造がはじまっている。

 森から木材を伐採して、そのまま使用しているようだった。

 それだけではなく、王国側の川岸にも物々しい防御壁が築かれつつあった。

 第一の防御壁が対岸の砦、間に堀の役割をするタバス川を挟んで、王国側にも頑丈な防御陣地を建造し、容易に侵攻されないようにしようという意図であろう。

 もちろん、それらの造成はまだまだ手を着けたばかりで未完成なものであったわけだが、昨夜から朝方にかけて大規模な攻勢を受けた直後に、これだけ大規模な工事を立案し実行できるのは、意外にたいしたことではないのか……と、ハザマでさえ、そう思う。

 集合した男女は、なにかと忙しないそれらの建造現場から少し距離を置き、ひっそりした場所に集合している。

 そこに、三艘の小舟が繋がれていた。

「随分とまた、頼りなさそうな舟だな」

 情けない口調でそうぼやいたのは、軍属魔法使いのゼスチャラだった。

「せいぜい、一日くらいしか乗らないで済むってはなしだ。

 これで充分だろう」

 桶を手にしたハザマが、そう応じた。

「……おーい!

 こっちに行けって、おっかねえエルフにいわれて来たんだが……」

 バシャバシャと川の水を跳ねあげてこちらに渡りながら、ガグラダ族のアジャスが声をかけてくる。

 その背後に、旅装をしたイリーナが続いていた。 

「……これで、十人揃ったか」

 ハザマが、呟く。

 洞窟衆以外に、大貴族の三男坊やらいわくありげな貴族とか、本来なら捕虜のはずである者まで含んだ、なんとも奇妙な混成部隊だった。

 この面子で敵地深くまで潜行しようというのは……。

「おれらしいといえば、おれらしいか」


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