出立の準備
「……うん。
そういうわけでさ。
ひとつ、そういう感じで信憑性のある報告書を用意して貰いたいんだけど……」
食事が済んだあと、ハザマは、心話による通信でドン・デラにいるゴグスと直接対話をする。
『やはり、そうなりましたか』
ゴグスの方も、ある程度こちらの成り行きを予想していたようだった。
『ちょっと調べただけでは足が出ない、それらしい報告書を用意させましょう。
いや、なに。
資金が潤沢にあるおかげで、多種多様な窓口から穀物を買いあさっている最中でございます。誤魔化すまでもなく、現状でも穀物の入所経路はかなり複雑怪奇なことになっているのですけどね。
ははは。
いや、大貴族の皆様がそうまでして検めたいとおっしゃるのでしたら、腕によりをかけ、元本に輪をかけて複雑な報告書をしあげ、進呈させていただきましょう』
バジルの能力とエルシムらの魔法があれば、たいていの危難は撃破できるだろう。
しかし、行く手を遮るのは強大な敵ばかりであるとは限らない。
様々な局面に対応するためには、武器も扱えて肉体労働も臨機応変にそつなくこなせる、そんな人材が欲しいところだった。
「やっぱ、ファンタルさんあたりに推挙して貰うのが、無難かなぁ……」
ハザマはひとりごとをいったあと、心話通信でファンタルを呼び出して簡潔に用件を告げる。
『そういうことなら、イリーナをむかわせよう』
ハザマから一通りの事情を聞いたファンタルは、即答する。
『こちらも森の警護をする関係で、しばらくここを離れるわけにはいかないようでな。
武術の腕と判断力など、総合的に考えたら、今、動かせる人間の中ではアレが一番マシに仕上がっている』
「これから上流へむかうというのは本当か?」
しばらくして、エルシムが確認してきた。
「ああ。
例の水妖、あれの根源を叩いておきたいんでな。
今、船の準備をさせている」
ハザマは、素っ気なく答える。
「では、二人分、空けておけ」
「ひとりはエルシムさんでいいとして……あともうひとりは?」
「あの飲んだくれの魔法使いよ。
多少、足手まといになる気もするが、攻撃だけを評価するなら、あれでも使いどころはあるだろう」
確かに……魔法が使える人間に同行してもらえると、攻撃力という点での不安はなくなるのだ……。
「それ、本人の意志を確認しているんですか?」
「必要ない」
エルシムは、きっぱりと断言した。
「どうせあやつは、無理にでも働かせなければ日がな一日飲んだくれているような人種だ。
多少の無理をしてでも働かせた方が本人のためでもある」
「……あー、はい。
了解しました」
これは、なにをいっても聞く耳を持たないな、と判断したハザマは、適当に返事をしておく。
「それでは、エルシムさんとゼスチャラの二名は同行、っと……」
「おい、洞窟衆の」
次にハザマを訪ねてきたのは、アルマヌニア家の三男坊である、ブシェラムヒだった。
「またなにか、企んでいるようだな。
おれも、それに同行させろ」
ハザマにしてみれば、このブシェラムヒと顔を合わせるのは架橋作戦以来のこととなる。
時間にしてみればせいぜい一昼夜程度の間隔でしかないのであるが、立て続けにいろいろなことが起こったお陰でずいぶんとご無沙汰しているような気分になった。
「同行するのは構いませんが……いいんですか?
名門アルマヌニア家の人間が、この忙しい時期に戦場を抜け出しても?」
ブシェラムヒにはブシェラムヒなりの立場があるだろうに……と配慮した、ハザマの言葉だった。
「ああ、それなのだがなあ……」
ブシェラムヒは、露骨に視線を逸らした。
「……ここだけのはなしだが、少々下手を打ってしまってな。
ぶちまけてしまえば、今、おれの人望は急激に下落しておる。
正直、陣中に居場所がない」
「はあ、左様で」
としか、ハザマは曖昧な返答できなかった。
下手に同意して無礼討ちにでもされたら、たまったものではない。
「そこで、貴様の酔狂な案に乗ることにした。
聞けば、敵地奥深くまで分け入って、左術使いを成敗するとか……。
それに参加して無事に生還すれば、おれの面目もいくらかは挽回できよう」
貴族社会も、いろいろと面倒なことが多いらしかった。
「参加するのはいいんですが……こちらの指示には従って貰いますよ」
ハザマは、そう念を押しておく。
「この作戦の立案はこちらにあります。
主導権も、こちらです。
そのことを、ゆめゆめ忘れませんように……」
「指揮権のなんたるかを今さら講義して貰う必要はない。
無論、作戦遂行中はそちらの指揮に従う」
ブシェラムヒは意外に素直に頷いている。
「第一、少数精鋭の手勢で敵地に潜入しようなど、心が躍るではないか」
心躍るとか、興味本位で戦争をやって貰ってもなあ……と、内心で苦笑いをしつつ、ハザマはブシェラムヒの参加を認めた。
「ガズリム・バルムスクといいます」
その次にやって来たのは、二十代半ばの精悍な男だった。
ブラズニア家中の貴族だという。
「聞けば、洞窟衆はこの都度……」
うんぬん。
「ハザマたちに同行したい」という、ブシェラムヒと同じ用件だった。
「……大貴族の中で、おれたちを監視するのが流行っているですか?」
思わず、ハザマはそう訊いてしまった。
「監視、という意味も否定はできませんが……」
ガズリムは、苦笑いを浮かべながら答えた。
「……それとは別に、個人的な興味もあります。
洞窟衆とは、従来の軍とは異質な存在であるように見え、それでいて毎回然るべき結果を出していますから……」
「然るべき、ねえ」
ハザマは、軽く鼻を鳴らした。
「そこいらは、おそらく、戦争上手なファンタルさんの功績になるのかなあ。
いや、おれ自身がこの目で確認したわけではないですが。
そのファンタルさんは、今回はおれたちに同行しませんよ」
念のため、そういっておく。
「ええ、聞いています。
なんでも、ムヒライヒ卿に頼まれて、今は対岸部の洞窟衆を取りまとめているとか。
流石は、伝説の武人ですな」
「おれなんかよりは人望があるのは確かでしょうね」
謙遜でもなんでもなく、かなり本気でハザマはそう断言する。
ハザマ自身には、陣頭指揮の知識や経験などあるはずがないのだ。
「それでも、いいんですか?」
「結構です。
いや、ファンタル殿の采配の振りようにも興味はありますが、そちらの方はおおかたの想像がつきます。
しかし、ハザマ殿がどのようにして偉業を成し遂げてきたのか、これから成し遂げるのか、個人的に興味があります。
こういってはなんですが……貴公は、これまでにわたしが見知ってきたどんな類型にも当てはまらない御仁になりますからな」
本人を前にして、軽い口調でそんなことをいってのけた。
ハザマは貴族の気質に関してなにかいえるほど詳しくもないのだが……この男も、一種の変わり者ではあるのだろう。
「秘匿性を重視するため、今回は、少人数で出立する予定でいます。
総勢でも、おそらく十人以下の少勢での移動となるでしょう。
身の回りの世話をする小者も伴うわけにはいかないと思いますが……」
「着の身着のまま、結構。
自分の荷物くらいは自分で運びます。
戦場では、珍しいことでもない」
少なくと、ガズリムとは、尊大なだけの貴族ではないようだ。
「おれと、リンザとトエル。それに、イリーナ。
エルシムさんと、ゼスチャラの野郎。
ブシェラムヒ・アルマヌニアと、ガズリム・バルムスク。
これで、八人か。
エルシムさんたちがいれば攻撃力に不足することはないだろうけど……あとひとりかふたり、腕のたつやつが欲しいかなあ……」
桶の中に、ハザマがはなしかけている。
別にハザマの頭が残念なことになったわけではなく、その桶の中には歴とした話し相手が存在するのだ。
一見してその桶の中には、なんの変哲もない水で満たされているだけのように見える。
しかし、そのなんの変哲もない水は、三体の水妖が変化した姿だった。
水妖には、それぞれ操作者の精神が直結しているらしい。
ハザマは、水妖を通じてその操作者へ語りかけている。
水妖の操作者たちは、人語を理解できるかどうかすら怪しいレベルで、特殊な育てられ方をしているらしかった。
しかし、心話を介してはなす限り、そこまで大きな齟齬を感じずに対話が可能だった。
語彙が極端に少なく、抽象的な概念や複雑な思考を理解する能力には欠けているようだったが……幼児や愛玩動物を相手にするような口調で話しかけてやれば、どうにか、こちらの意図は理解してもらえるみたいだった。
水妖の操作者たちは、今、背後にいる者によって、軟禁されているようだ。
最低限の食事だけ与えられて、あとは放置されているらしい。
そのような境遇におかれることは、別に珍しいことではないようだが……ハザマとしては、その水妖の操作者たちを救出しておきたい、と、思っている。
別に、人道的な見地から憤りを感じた、とかいうヒューマニズムにのっとった動機からではなく、水妖の能力も、敵にしたり無駄に潰したりするよりは味方につけた方が得だろう……という、きわめて利己的な判断からであった。
そのためには、水妖の操作者の背後にいるやつらにしたたかな打撃を与え、可能であるならば壊滅まで追い込むのが、あと腐れがなくて好ましいわけだが……。
ハザマたちは、今まさに、そのための遠征の準備を整えているところであった。
「……少し、よろしいでしょうか?」
今度はメキャムリム・ブラズニアが、侍女を伴ってハザマを訪ねて来た。
「はい。
手は空いておりますが……今度は、なんのご用でしょうか?」
ハザマは、いやな予感を感じつつも、無難な受け答えをしておく。
「本日は、お願いしたいことがあって参りました」
メキャムリムは、いきなり用件を告げてきた。
「先だっての防衛戦のおりに捕虜にしたガグラダ族ですが、グゲララ族と同様に、洞窟衆で面倒をみていただきたいのです。
もちろん、ブラズニア家の方でも後見として様子は見させていただきますが……」
「ぶっちゃけ、捕虜の面倒まで手が回りませんか?」
「ぶっちゃけ、そういうことです。
前線に出る方にはなかなか理解していただけないことですが、後方は後方でそれなりに苦労も多く、なによりも事務処理は意外と人手を取られます。
ただでさえ、まともに読み書き計算ができる人材は限られているというのに……」
あ、これは愚痴が長くなるなー……とか思ったところで、
「……お姫ぃ様……」
メキャムリムの背後に控えていた侍女が、小声で注意を促してくれた。
「とにかく、こちらでは捕虜の管理まで行っている余裕はないのです」
「それで、こちらにお鉢が回ってきたわけですか。
しかし、ガグラダ族っていったら……比較的聞き分けが良かったグゲララ族とは、ちょっと勝手が違いますからねえ。
いきなり身柄を引き渡されても、こちらでも手に余るというか……」
「彼らは、森の種族です」
メキャムリムは、きっぱりと断言する。
「同じ森の種族であるエルフに一任してしまえばいいのではないでしょうか?
聞けば、彼らも防衛戦のおり、エルフたちに苦汁を飲まされたと聞きます。
抑えには、ちょうどいいかと……」
「ああ、なるほど。
それでうちを……うーん。
この件については、森で警護している連中の意志を確認してから、返答させていただきます」
「あら。
ハザマ殿は意外と慎重なのですね」
「慎重というか、実際に動くのはおれじゃあないしなあ。
だとしたら、現場の意志を尊重するのは当然のことかと」
ハザマ自身が重々自覚している通り、洞窟衆は垂直型の命令系統を持った組織ではない。
最低限の連絡は欠かさないが、基本的には各部署の、現場にいる者たちが各々の意志と判断で勝手に動いている。
必要がなければ名目上の頭領であるハザマの意志を確認する必要がなく、その分、末端の動きも早いし、それに……それに、ハザマがいなくなっても、おそらくは各部署の判断で勝手に動き続けるだろう。
ハザマは、実のところかなり意識的に、洞窟衆をそうした柔軟性のある構造を持つ組織として、形作ってきていたつもりだった。




