利害の確認
「と、いわれましてもねえ……」
ハザマは、ひとしきり、唸る。
「先ほどもいいました通り、細かいことは全部現場の人に丸投げしちゃっているからなあ……。
正直、おれに自身にもよくわかりません」
王国軍の輸送隊を襲った……ことは無論、この場でおおやけにできることではない。
しかし、そのことを除いてもハザマは、穀物の流入経路についてはまるで知らないのだった。
「……別に韜晦しているわけではなさそうだな……」
ベレンティア公はしばらくハザマの反応を観察してから、そのように結論を下した。
「ええ。
おれ、細かいことはすべて、部署ごとの担当者に任せていますので。
なんなら、今からドン・デラへ問い合わせてそちらの案件についての詳しい報告書を送らせてもいいですけど……ここからですと距離もありますし、書類をまとめるのにも時間は必要となるでしょうから、返事が返ってくるのは果たして何日後になることか……」
ハザマは、特に動揺する様子も見せず、涼しい顔をしてそういってのける。
「それでよろしければ、ドン・デラにいる者たちに報告書をまとめさせますが……」
そういわれた現場の者たちは「金にならない無駄な仕事が増えた」と嫌がるかもしれないが、ここでハザマが余計な説明をして馬脚をあらわすよりは遙かにマシというものだろう。
「ずいぶんと部下を信頼しているのだな、ハザマ殿は」
ベレンティア公は、なにかを推し量るかのようにハザマの顔を覗きこんでいる。
「信頼……というか、おれ自身はなんにもできないんで、おのおのの得意なことを、好きなようにやらせているだけですよ」
「ときに、ハザマ殿。
ここ最近、緑の街道周辺の治安は急速に乱れ、軍の物資もろくに戦地まで届かない有様だ。
そのような状況で、どうして貴公らの洞窟衆の馬車のみが襲われないでいられるのか。
その理由について、心当たりはないかな?」
「襲われないわけでもないんですけどね。
実際、うちの馬車を襲おうとした賊を何度か撃退したり、逆に捕らえて奴隷にして使役したりしていますし」
実際は、しばらく協同して働いたあと、相手を見ながら勧誘したり買収したり、あるいは脅迫、恫喝をしたりと態度を使い分け、あの周辺で働いていた盗賊たちはほとんど洞窟衆の内部に取り込んでいる。
口封じの必要もあり、どうしても必要な作業だった。
「そんなことを繰り返すうちに、賊たちの間でうちの馬車を襲ってもリスクばかりが大きくて旨味が少ないって判断されるようになったんじゃないですかね?
うちの商隊、今ではかなり大きな編成で街道を行き来するようになっていますし……」
今では、洞窟衆が荷を動かすときには、十台以上の馬車と、別に替えの馬を数十頭余分につけて動かすようになっていた。
余分な馬を連れて行くということは、その世話や誘導を行う人員も余分に連れて行かねばならない。この余分な人員が、商隊を護衛するための役割も兼任している。
つまりは、それだけ余計に人件費その他のコストが掛かるということを意味するわけだが、一度に動かす荷の量が多いため、実際にはそれらのコストはかなり分散されてしまう。
また、安全保障のためのコストと割り切ってしまえば、そう過大な負担にもならないのであった。
そういったことを説明したあと、ハザマは、
「こういってはなんですが……軍の輸送隊は、護衛のためにどれほどの人員を割いていましたか?
それは、本当に街道のそこここにたむろする賊たちを退けるために必要な人数だったのでしょうか?」
と、批判めいた言辞までつけ加えた。
「……いわれてみれば、確かに……」
王国軍の兵站を担当するブラズニア公は、ハザマに正面から指摘され、しぶしぶその失点を認めないわけにはいかなかった。
「王国軍旗の威光ばかりを頼りにし、実効的な戦力を割かずにいたことは認めねばなりません。
しかし、常識的に考えて、軍の物資と知って襲えばその報復は苛烈なものとなり……」
「いや、でも。
現に、戦地が困るくらいに輸送隊が襲われたわけでしょう?」
ハザマは、そういって肩を竦める。
「賊にしてみれば、将来的な危険よりも目前の獲物を優先したわけでして……。
軍の物資を奪ったやつらは、今頃どこかに高飛びしているか、それともすっかり証拠を隠滅してそしらぬ顔をしてそこいらにいるか……。
いずれにせよ、平然と過ごしていることでありましょう」
少なくとも、ハザマの元には「証拠や証人を取り逃した」という報告は届いていない。
だから、平気な顔をしてそういいきることができた。
「まあ、具体的な証拠がない限り、その辺のことをうだうだいっても詮無きことではあるわなぁ」
今度はアルマヌニア公が、口を挟んでくる。
「先ほどハザマ殿がいっていた、どこからどういう経路で洞窟衆が膨大な穀物を調達したのかという資料は、もちろん提出していただく。
それ以上の詮索は、今の時点ではやるだけ無駄だろう。
こちらとしてはどこの馬鹿が軍の物資に手を着けて私服を肥やそうが知ったことではないのだが……なんなら、今からでもわざわざ兵力を割いて捜索隊を組織し、盗賊狩りでもやってみますかな?」
「無理です!」
ブラズニア公が、悲鳴のような声をあげた。
「ただでさえ手が足りない戦時中に、そんな悠長なことをしている余裕はありません!」
「では……このはなしは、ここまでということだな。
これ以上ハザマ殿を締め上げても、得るところがあるとも思わん」
アルマヌニア公は、そういって大きく頷いた。
「それに、今、洞窟衆を締め上げても……困ったことになるのは、われら王国軍の方なのではないのか?
少なくとも、わしは困る。
せっかく息子が敵地に撃ち込んだ楔が、無防備になる。
森の中を警護できる人員は、王国軍広しといえど、今のところ洞窟衆しかいないのだ。
今ここで洞窟衆の戦力が抜けてしまっては、今後の戦略に支障を来す。
そしてそれは……他の面であっても同様なのではないのか?
なあ、軍の兵站を一手に担うブラズニア家の頭領よ。
今、洞窟衆がこのいくさから手を引いとしたら……保つのか? この軍は?」
「……それは……」
ブラズニア公は、絶句する。
「ならば、そういうことだなあ。おい。
洞窟衆の出現ととも緑の街道に巣くう賊が一斉に活性化し、軍の輸送隊を襲った。
ほぼ同時に、その洞窟衆がどこからともなく大量の穀物を入手して山岳民や王国軍に売りはじめた。
このふたつの動きはなにか関連があるのかも知れないし、ないのかも知れない。
しかし、少なくとも今の時点では、このふたつを関連づけるだけの具体的な証拠は提出されていない。
だとすれば……態度を保留するしかないではないか。
嫌疑だけで排除するには、今の洞窟衆は、王国軍にとっていささか役に立ちすぎている。
嫌疑は嫌疑として、戦力としてあてにできる今は、この洞窟衆をせいぜいコキ使ってやればいいのではないのか?
具体的な証拠の捜索などは、戦後になってもっと余裕ができてから、改めてゆっくりと行えばいい」
アルマヌニア公は、滔々と持論を述べた。
「戦時には戦時の法に従え……と、そういうことですか?」
ブラズニア公が、アルマヌニア公に確認してくる。
「使える者は、敵でも罪人でも使え……と、いうことだ」
アルマヌニア公は、重々しくそういった。
「特に、このような戦場ではな。
戦力の性質にまで贅沢をいって選り好みしている余裕はない。
幸いなことに……このハザマ殿の洞窟衆は、予想外に使えるということを証明しつつある。
だとすれば、もっと彼らにとって相応しい舞台を用意してやるのがわれら司令部の役割なのではないのか?」
「……とのことだが……」
ベレンティア公が、静かな声でハザマに告げる。
「どう思う?
洞窟衆のハザマ殿」
「どう思う、といわれましても……おれは、おれたちは、無理に乞われてこうして戦地に来ていますし、その手助けがいらないということであれば、すぐにでもこちらから引き上げるだけです。
おれたちをどのように遇するのかを決めるのは、むしろ皆様の方なのでは?」
ハザマには、心理的な余裕があった。
アルマヌニア公も指摘したことだが……今、洞窟衆が抜けてしまったら困るのは、むしろ王国軍の方なのだ。
その事実を、ハザマは重々認識している。それゆえの、「心理的余裕」である。
「ふむ。
では、洞窟衆の扱いについては、当面は現状を維持するしかないわけか」
ベレンティア公は、なんの感情もこもっていない、平坦な声でそう続けた。
「それもまた、よかろう。
ときに、ハザマ殿。
ハザマ殿の洞窟衆は、この戦場においてはめざましい活躍をしている。
どこから来たのかも定かではない素人の集団が、曲がりなりにも正味の力量を問われるこのような場で活躍できていること。
その原因について、なにか思い当たることはないか?」
「そういわれましても……」
ハザマは、視線を上に向けてなにやら考え込む顔になった。
「……おれは、本当に丸投げしかしていないからなあ……。
強いていえば、たまたま集まってきた人たちが優秀だったんじゃないでしょうか?」
「……ほう」
ベレンティア公は、少し興味を引かれた顔つきになる。
「ハザマ殿は、奇妙な技を使って敵の動きを止めると、そのように聞いておるが……」
「ああ。
あんなのは……小手先だけのことだしなあ。
いや、それでずいぶんと助かってきているのも事実ですが、例えば合戦の場でどれだけあてにできるかというと、これはかなり怪しい。
なんといっても、欠点というか死角が多すぎます」
「その、死角とは?」
「まず……敵を硬直させる範囲が限られていること。
一定以上の距離を置いた相手には、影響を及ぼせません。
遠くから狙撃なり魔法なりで攻撃されたときの脆弱さは、普通の兵士とまったくかわりありません。
だから、この能力を有効に活用するためには、かなり条件を絞らなければなりませんし……従って、いつでもどこでも活用できる能力でもありませんね。
例えば、この能力をあてにして、見通しのいい場所で正面から敵に向かって突撃する……なんてことをしても、他の兵に混ざって射殺されるのがオチです」
「つまり……完全に、奇襲や夜襲向けの能力ということか?」
「そうですね。
現実的なことをいえば、それがおれの能力を戦場で活用するための、一番の方法かと。
さらにいえば、相手がおれの能力についてまるで知らないときにこそ、最大の効果が発揮できる。
だから……今回の戦場では、もうおれが正面から出張る機会もあまりないかなあ……という気もします」
「敵軍が、ハザマ殿の存在と能力について知ったからか?」
先ほどから、ベレンティア公はハザマの発言するところを正確に理解して次の発言を誘導している。
基本的に、頭が切れる人なんだろうな、と、ハザマは判断した。
「そうです。
おれの能力を敵軍が目の当たりにした機会は、これまでに二度ほどありました。
一回目は、飛竜に乗った三竜編隊の斥候隊。
こいつの生き残り、一匹の飛竜が、無事に逃げ延びています。
二回目は、グゲララ族を捕虜にしたおり、おれたちを追跡してきたやつらにも目撃されています。
これだけの目撃者がいれば、おれの能力についてもそれなりに分析し、対策をたててくるやつも出てくるでしょう。
おれが敵だったら、絶対になんらかの対策を講じようとしますね。
だから、今までのように無防備で出撃していったら、足元を掬われる公算が高いし……これ以上、公然とおれの能力を見せつけ、つけいる隙を大きくしない方がいいと思います」
ハザマは、長々と説明したあと、こんなことを言いだした。
「と、いうことで……おれ、この戦場をしばらく抜けさせて貰っていいっすか?
なに、他の洞窟衆の連中は大半置いていきますので、どうぞ王国軍でご自由に使ってやってください。
ま……あくまで、やつらが素直に従えばのはなしですが」




