錯綜の会談
そのあと捕虜たちは、別の場所で細かい事情聴取をされるとかで、総司令部から外に出されていった。
残ったのは、大貴族たちとハザマの一行である。
「洞窟衆の、ああ、ハザマ・シゲル殿といったか。珍しい響きの名だな」
「とても遠く……説明しても容易には信じて貰えないくらいに遠い場所から来たものでして」
「そうか。
いきなり森の中に現れたと聞いていたが、そういうことも、別に過去に例がないわけではない。
人前に現れてからここまで短期間に大きな影響力を持った異邦人は、少々珍しいだろうが……」
「異邦人、ですか?」
「君のようにいきなり現れて、とても遠くからやってきたと自称する人たちの総称だよ。
ときおり現れては、珍しい知識や音楽、踊りなどを広めていく。
貴族や王族になった者もいるぞ」
「ははあ。
神隠しの逆、みたいなもんですか?」
「神隠し。
神隠し、か。
君の国にもその手の伝説があるのかね?
いわれてみれば、転移魔法の事故とは、そういうものなのかも知れないね」
ベレンティア公とハザマとの会談は、そんな当たり障りのない話題からはじまった。
「ときに、ハザマ殿。
貴公ら洞窟衆は、架橋作戦とその後の防衛戦においても十分な貢献を果たしたと、そのように伝えられている」
「おれ自身がやったのは、架橋作戦のおりに真っ先に対岸に渡って工兵たちが橋を架ける助けをしたこと、その直後、犬頭人たちに命じて敵兵を蹴散らすように指示したこと、さらにそのあと、部族長を含むグゲララ族多数を硬直化させ、捕虜にしやすくしたこと、くらいでしょうか。
他にも洞窟衆が貢献したことがあったのかも知れませんが、それは他のやつらが各自の判断で勝手に動いた結果であって、おれ自身の働きとはいえません」
「部下の功績を横取りするつもりはない、か。
謙虚なことだな、うん。
それはそれとして……その架橋作戦のおり、ハザマ殿が犬頭人たちに対して、敵兵を傷つけるのはいいが殺してはならない、と訓示したという報告が届いている。
これについて、なにかいうべきことはないかな?」
「ああ、そんなこともいいましたね。確かに」
ハザマは、あっさりと頷く。
「それ、別に敵に手加減しようってわけではなく、逆に敵軍により多くの負担を強いるための作戦なんですけど」
「……詳しく、説明したまえ」
「だって楽に殺しちゃったら、所詮それまで、でしょう?
傷の深さにもよりけりですが、負傷したら出血だの痛みだので戦争だってまともにできやしません。
あと、明白に死んでいる兵は放置されるだけですが、半端に望みを繋いでいる負傷者が目の前にいたら、どうしたって味方の兵はそれを助けようとします。場合によって、むざむざ危ない橋を渡ってでも、助けようとします」
「それだけ、無防備になるということかね?」
「そうです、そうです。
負傷者を多く抱えれば抱えるほど、軍全体でみれば弱体化をします。
死人は、食料や医療品を消費しませんが、負傷者はどちらも消費続けます。
それだけ、兵站にも負担をかけることになり……」
「つまりは……死人を増やすよりも負傷者を増やす方が、敵軍を効果的に弱らせることができる、と……」
今度は、ブラズニア公が言葉を挟んできた。
この軍の兵站を担当している身としては、聞き流せなかったのかも知れない。
「ええ、そういうことです。
こういうのって、おれの国ではむしろ常識的な知識だったんですが……」
三人の大貴族たちは、互いに顔を見合わせた。
「……そういう発想は、こちらにはなかったな……」
三人を代表して、ベレンティア公が発言する。
「だが、理には適っている」
「そうっすか?」
ハザマは、自分の発言のなにが問題になっているの理解できず、きょとんとした顔をしている。
「まあ……その件は、それでよしとしよう」
納得したのか、ベレンティア公は次の議題に移った。
「次に、現在洞窟衆が行っている医療行為についてだが……」
「ああ。
ムムリムさんが中心になってやっている、あれですか。
あれ、なにか問題になるところがありました?」
「いや、問題はない。
むしろ、おおいに助かっているといえる。
しかし、だな。
少々やりすぎというか……」
……やりすぎ?
一体なにをやりすぎたんだろう、と、ハザマは身構えた。
「……一律実費の請求書を渡し、持ち合わせがなく医療費を支払えない者たちに借用書を書かせ、場合によっては労働で支払わせるというのは、少々やりすぎではないかという苦情が来ておる。
これらは主に、傭兵や下級貴族からなのだが……」
「ええっと……おれはそちらの状況についてはあまりよく知りませんのでお聞きますが……。
その請求額ってのは、過大なものになっているのでしょうか?」
「ブラズニア公」
「はっ!
調べましたところ……過大な、どころか、ほぼ実費くらいの……戦場価格で薬品類が総じて値上がりしていることまで計算にいれるのならば、むしろかなり良心的な価格となっており……」
「では……なにも問題ではないのでは?」
ハザマは、肩を竦める。
「こちらの方には、落ち度はないように思えます。
王国軍が借金の踏み倒しを推奨しているようでしたら、はなしは違ってきますが……」
「この件も、ここまでだな。
いや、なに。
この件については、あまりにも寄せられる苦情が多すぎたため、一度は公式に事情を聴取しておかなければならなかっただけのことでな。
形式的なものだと思ってもらいたい」
「そうですか」
ハザマとしては、そのように返事をしておくしかない。
「次に、同じく医療所関係になるのだが……ハザマ殿。
ハザマ殿は、医療所の者たちが無差別に、身動きができない患者たちに対して回復魔法を教え込んでいることを知っているかね?」
「ああ。
そんなことをしていたんですか」
ハザマは、大きく頷いた。
「その件については初耳でしたが……。
いや、それは妙案ですね。
これからだって、どうしたって負傷者は増えていく。
薬品類もどんどん足りなくなっていくそうですし、せめて、回復魔法の使い手が増えてくれれば、少しは楽になるってもんだ。
患者同士で回復魔法を修得して、お互いにかけ合ってさっさと健康体になってくれれば医療所の負担が減る。寝床も空く」
「あ、いや。
その点は、まったくもってその通りなのだが……問題は、無差別に回復魔法を教えている、ということでな」
「ええっと……失礼ながら、なにが問題になっているのか、認識できません。
もう少し噛み砕いてお教え願えませんでしょうか?」
「敵軍の捕虜にまで分け隔てなく魔法知識を教えるのは、利敵行為に当たるのではないか、という者がおる」
「ああ……なるほど」
ハザマは、虚を突かれた表情になった。
「ですが……利敵行為、ですか?
うーん……。
でも、回復魔法を教えているのは、捕虜に対して、でしょ?
その捕虜ってのは、おおかたグゲララ族のことを指すのでしょうけれど……やつらが今回の戦争で、敵戦力として帰り咲く目がありますかねえ?
現実問題として。
やつらを捕虜に取った前後にはなしたことがあったんですが、あれだけの大人数がいっぺんにこちらに捕まって、そんでもってすぐに敵軍に帰っていったら……かえって敵軍の中からなにかしらの嫌疑をかけられ、その行動に大幅な制限がかかりそうなものですが……」
「……まあ、常識的な発想の持ち主ならば、そのような状況になったら寝返りを警戒するであろうな」
「でしょう?
だったら、回復魔法のひとつやふたつおぼえて貰っても、大勢に影響はないと思いませんか?
何年も先とか、そんな将来へ及ぼす影響ならばともかく……この戦争では、一度捕虜になった連中がどんな知識を身につけたところで、それが原因で敵軍に利する結果になるとは、到底、思えませんが」
「なるほど。
了解した。
ハザマ殿の言辞は明瞭で論理だっておる。
いや、なに。
これも、苦情というかタレコミが多くてあえて問いただす必要があった案件でな」
「……はあ。
司令部の方々も、気苦労が多そうで……」
「気苦労。気苦労か。
はは。
否定はせぬがな。
しかし大きな組織を動かすとは、つまりはそうした気苦労とうまくつき合うことであろう」
ベレンティア公は、そういって大きく頷いてみせた。
「ときに、ハザマ殿。
ハザマ殿らの洞窟衆は、このような苦情が司令部に多く寄せられるほど、王国軍の将兵から疎まれているわけであるが……そのことについては、自覚はおありか?」
「……はぁぁぁぁっ!」
ハザマは、そこではじめて大声を出して振り返り、背後に控えていたリンザ、ハヌン、カレニライナ、クリフたちの顔を見た。
「なあ、おい。
おれたちって……疎まれているの?」
リンザは露骨にハザマの視線を避けて明後日の方に顔を背け、ハヌンは小声で「こっち見んな」と呟き、カレニライナは大貴族の目前で堂々と背後を振り返ったハザマの不作法を見て鼻先に皺を寄せ、クリフは小さく手を動かしてハザマに前を向くように促した。
「……その様子では、あまり自覚はないようだな。
ともかくも、首領のハザマ殿は」
咳払いをしてハザマの注意を引いてから、ベレンティア公はそのように続けた。
「考えても見よ。
洞窟衆は架橋作戦の前後、立て続けに功績をあげておる。
誰よりも早く対岸に到着し、その場にいた敵兵のほとんどを戦闘不能にし、千人単位の敵兵を捕らえて、そのあとの防衛戦においては勇猛なガグラダ族を抑えた。
そのうちのどれかひとつだけを取ってみても、他者の羨望を買うのに十分な武勲であるといえる。
そうした功績をいまだにあげることができない者たちにしてみれば、足のひとつも引っ張りたくなるものであろう」
「……ああ。それで……」
ハザマは、なにかが腑に落ちたような顔になった。
「苦情やクレームに繋がるわけっすか……。
いや、そういうことを考える人がいるってことは、もちろん理解できますです、はい」
「まあ、そうした輩は捨ておいて、勝手に踊らせていればよろしい」
ベレンティア公は、そう断言する。
「どうせ、他人をやっかむ以外には能がない連中だ。
それに洞窟衆は武勲以外の面でも存在感を増している。
特に……なあ、ブラズニア公」
「ええ」
片眼鏡に手をかけ、ブラズニア公は平坦な声で答えた。
「物資の補充については、大いに助けられております」
「そう。
戦場といえば前線のことしか頭にない無骨者には想像もできぬのであろうが、どんないくさでも腹が減った兵士が戦い抜けるわけがない。
十分な食料を確保するも、これもまたいくさのうちだ。
それでなあ、ハザマ殿よ。
ハザマ殿の洞窟衆は、ずいぶんと潤沢に穀物を買い込んでいるようであるが……」
「そりゃ、ドン・デラで必死になって買い込んでおりますので」
「ここ最近の穀物相場はあがる一方だ。
よくもまあ、ぱっと出のハザマ殿に膨大な穀物を買い取るだけの資金があるものだ」
「これでも、手広く商いをやらせておりますので。
詳細については商売上の秘密……と、いいたいとことですが、実のところ、部下たちに任せてばかりで、詳しいことはおれ自身も把握しておりません」
「有能な部下が多くてうらやましい限りだ。
ときに、ハザマ殿よ。
わしは、これでも山岳民にそれなりの伝手を持っていてな。
戦時中であっても、それなりの情報がこちらの耳に入ってくる。
それによると、だな。
当初参戦が予定されていた、バイジャス、マダルカ、メスメル、ブヌイらの有力部族が直前になってその予定を変え、不戦の意を表明したらしい。
山岳民の司令部も、予定の兵数が揃わずにだいぶん、慌てているようだ。
なにしろ、予定した兵のうち、五万以上も欠けてしまったわけだからな。
慌てもするだろうさ」
「……はぁ」
ハザマとしては、ベレンティア公がなぜいきなりこんなことをいいだしたのか理解ができないので、軽く相槌を打つことくらいしかできなかった。
「なぜそんなことになったのか、予想がつくかな? ハザマ殿。
なに、調べてみれば単純なことよ。
山岳民はなぜ度々王国の国土を犯すのか?
肥沃な王国の国土がもたらす穀物が欲しいからだ。
では、いくさを得ずしてその穀物を与えられたらどうするか?
それは、戦うべき理由がなくなってしまうからな。
当然、出兵を取りやめてしまうであろう。
バイジャス、マダルカ、メスメル、ブヌイらの諸部族に起こったのは、つまりは、そういうことだ。
何者かが……いや。
今さら伏せることもなかろう。
ハザマ殿の洞窟衆が、膨大な穀物をそれらの部族に対して流したから、やつらは戦うべき理由を失ったのだ。
今、この戦地に送られてくる分と部族民に流した分、これをともに合わせると、ずいぶんと膨大な量になるはずだが……。
これだけ大量の穀物をいったいどこから、どうやって仕入れてきたのか。
是非ともお聞かせ願いたいところだ、ハザマ殿よ」




