最後の大貴族
「頭にトカゲを乗せ、女子どもを連れて軍議に臨む、か。
噂に聞いていたとおり、酔狂な男のようだ」
総司令部とやらに案内される途中で、そんな悪態を何度となく耳にした。
おそらく、ハザマらに聞こえることを承知で、故意に音量を落とさずに陰口を叩いているのだろう。
もちろん、ハザマは涼しい顔をして無視をする。
リンザとハヌン、クリフとカレニライナを引き連れて歩いているのは事実であるし、そんなやっかみをまともに相手にしてもなんの役にも立たない、と思っているからだ。
ハザマが本当に腹を立てていたら洞窟衆を率いてこの野営地から引き上げるだけだし、万が一、そういう事態になったとしたら、洞窟衆よりも王国軍の方が甚大な打撃を受ける。
そういう事実を重々自覚していたため、心理的な余裕もあった。
「しかし……あんたらと、いっしょになるかなあ……」
ハザマは、目前に控えている男たちに視線を走らせる。
飛竜乗りで斥候隊の生き残りであるニブロム。
グゲララ部族長のバジャス。
ガグラダ族のアジャス。
それぞれ、洞窟衆が原因となって王国軍側の捕虜になった、といういきさつを持つ者たちばかりであった。
ニブロムのみが単身であり、バジャスとアジャスは何名か、部下を伴っている。
「尋問とやらをまとめてするそうだ」
この中で一番若いニブロムが、そういった。
「とはいっても、おれが知っていることはほとんどないんだがね」
このニブロムは、回復魔法によりある程度治療が進んでいるものの重体のままであり、今も松葉杖を使用してようやく移動できる有様だった。
「基本的に、戦場での部族連合は、上から下へと指令を伝えるだけだからな」
そういったのは、グゲララ族のバジャスだ。
「わしら前線の者が、戦場の全体像を把握できることは滅多にない」
「……へっ!
それのなにが悪い!」
吐き捨てるようにいったのは、捕らわれたばかりであるガグラダ族のアジャスだった。
「命令なんてのはな、単純なら単純なほど都合がいいんだ。
誰を殺せ、どこを壊せ……そんな命令なら、どうしたって間違いが起きっこない。
おれは好きだね、部族連合のやり方は。
目的だけを明確にして、やり方は現場のおれたちに任せてくれるからな!」
ここは、控え室、みたいな役割を果たす場所のようだ。
なんといってもこの総司令部は何万という将兵が働く王国軍の中枢であり、検討、決議すべき議題は無数にある。
このいくさに参戦している三大貴族たちも、ほぼ一日中ここに詰めて、日々必要な決議を行って王国軍の行く末を決定している、という。
当然、ハザマや捕虜たちのような末端の者たちは、声が掛かるまで待たされるのであった。
「……ですから!」
ムヒライヒ・アルマヌニアは、叫ぶ。
「今この瞬間にも、何百という兵士たちがバタス川のむこうで戦っており……」
「そうりゃあ、いい。もう聞いた」
片眼鏡をかけたバイアデアレル・ブラズニア公が、ムヒライヒの発言を遮った。
「犠牲というのなら、最前線であるボバタタス橋では、それこそ毎日のように数千単位の死傷者を出している。
戦闘の激しさにおいて、そちらの比ではない。
第一、そのバタス川沿岸部を奪取したのは、他でもないムヒライヒ卿の発案ではないか。
架橋作戦が成功したあと、そこを防衛するための犠牲を計算に入れていなかったのかね?
うちの娘からは、あの作戦案を通すに際し、ムヒライヒ卿にはかなり強引に押し切られたと、そのように聞かされているのだがね」
静かな、訥々と語る口調であるがゆえに、誰の耳から聞いても説得力がある。
「犠牲に関しては……昨夜の山岳民の奇襲による被害が、予想外に甚大であり……」
「報告は届いているがなあ、おい」
再度ムヒライヒの言葉を遮ったのは、グレヌステルヌ・アルマヌニア公であった。
「ガグラダ族の精霊使い二人と、新型の、わけがわからん魔法兵器でいいように掻き回されたってことだが……。
ま、魔法使いってやつは厄介な連中で、使い方によっちゃあ、少人数で戦局を変えちまうからなあ。
そのあたりのことについては、同情せんこともない。
しかし、だ。ムヒライヒ。
それを込みでなんとかするってのが、他ならぬ前線指揮官の仕事なんじゃねーのか?
昨夜の奇襲では、五百名からの犠牲が出たそうだが……もう少しこう、なんとかならないもんだったのか?」
実の父親の言葉であるがゆえに、ムヒライヒの耳には重く響いた。
「そう、責めたもんでもなかろう」
三人目の大貴族の声が、響く。
この戦場での、総司令官を勤める、ディグスデオドル・ベレンティア公の声だった。
「功を焦り、血気に逸る。
若い頃には、よくあることではないか。
貴公らにだって、多少は、身におぼえがあるのではないのか?」
そういってベレンティア公は、他の大貴族二人を見渡す。
「ムヒライヒ卿の作戦案を見るに、特に浮き橋を架けてからの計画に関しては、実に無理がない堅実なものであったと判断する。
こういってはなんだが、相手の手際が良すぎたのだ。
他の誰があそこを守っていたとしても、今と同等かそれ以上の被害を受けたことだろう。
本命であるボバタタス橋をさしおいて、勇猛で知られるガグラダ族や新型の魔法兵器を惜しみなく使ってくることを予想できるやつは、そうはおるままい。
今、アルマヌニア公の手勢が死守しているあの沿岸部は、戦略的にはあまり意味がない、失ってもあまり困らない土地だ」
「失礼ながら、ベレンティア公」
ムヒライヒは、抗弁した。
「あの場所が戦略的には意味がない、失ってもあまり困らない土地……であったのは、昨夜までのことです。
今となっては……山道へと続く地面が陥没し、容易に馬が乗り入れられるようになった今となっては、あの場所を敵にわたすわけにはまいりません。
なぜなら、バタス川は、騎乗ならば容易に渡ることができるのですから。
このままあの土地を、対岸を敵を明け渡せば、今度は敵の騎兵がこちらの野営地に侵攻してくることでしょう」
「……ふむ」
ベレンティア公は、しばし、口を閉じた。
「そうか。
若干、地形が変わったのだったな。
その点は、失念していた。
……ブラズニア公。
今すぐに動かせる予備の兵力は、どれほどあるのか?」
「今すぐ……ということなら、騎兵が三百に歩兵八百程度しか……。
いや、しかし、ベレンティア公!
ここでこの予備戦力を吐き出してしまいますと、今後のボバタタス橋攻略に支障を来すかと……」
「後方を脅かされるようでは、あとで支障を来すどころの騒ぎではなくなろう」
ベレンティア公は、総指令としてブラズニア公に命じる。
「まずは、その対岸部を守りきることが先決だ。
少々の時間をかせげば、今度はとりわけ頑強な防衛陣地を築いて貰えるのだろう?
なあ、ムヒライヒ卿よ……」
「それは……この命にかえましても!」
ムヒライヒ・アルマヌニアは姿勢を正してベレンティア公に返答した。
「それでは、ムヒライヒ卿。
そなたは予備戦力を受領ののち、速やかに担当地域に戻り、おのれの職分を果たすこと。
これで、この議題は終わりだ。
ムヒライヒ卿、下がってよろしい」
「さて、次は……ふむ。
洞窟衆、とやらか。
ブラズニア公とアルマヌニア公は、顔合わせを済ませていたのだったな。
報告によると、かなり奇矯な人物のようだが……」
「奇矯というか、軽薄な……年齢の割には重みが足りない人物のように見受けられました。
おそらく、うちの娘とそう違わない年頃だと思うのですが……」
「そうか。
ブラズニア公の娘御と、な。
しかし、報告によると……敵が勝手に動けなくなってくれる、と、あるが……」
「それがどうやら、本当のようです。
うちの巡察官からも同様の報告が届いていますし、架橋作戦のおりにも、それのおかげで千人以上の捕虜を得ているようですし……」
「それよりも、時間が押しております。
洞窟衆のハザマ殿との会談は、捕虜の尋問と同時に行うのがよろしいかと。
この捕虜たちも、ハザマ殿と少なからぬ縁がある連中ですので……」
こうしてハザマたちの一行と捕虜たちは、同時に三大貴族の前に立つことになった。
敵軍の捕虜に尋問する場に、おれなんかがいていいのかなぁ。なんの役にも立たないと思うけど……などと、ハザマは思っている。
「斥候隊のニブロム。グゲララ部族長のバジャス。ガグラダ族のアジャス」
ハザマにとっては初対面の相手となる、貫禄十分なおじさんが、重々しい声で告げる。
この人が、三大貴族の最後のひとり、ベレンティア公なのだろう……と、ハザマはあたりをつける。
「なにか、この場で伝えるべきことがあるか?
場合によっては、貴公らの身柄をわが領地内に迎え入れることも考えているが……」
敵軍……山岳民側の情報をもたらせば、相応の待遇で応じよう、ということらしい。
「なに。
うちの領土は国境がある関係で、帰化して来た民も広く受け入れている。
特に、多くの民を抱えてこちらに下って来たグゲララ族の長よ。
とりわけて部族民連合に恩義を感じている境遇でなければ、このまま当地に留まり、今後は王国の民として暮らすのもまた一興だと思うが……」
「申し出自体は、有り難く。
しかし、わがグゲララ族には祖先から受け継いだ土地に愛着を感じておりますゆえ。
せっかくのお誘いではございますが、このまま捕虜として境遇を受け入れさせていただきとうございます」
「そうか」
ベレンティア公は、あっさとり頷く。
「農耕の民が土地に執着するのも道理。
これは、聞くだけ野暮というものであったか……。
ときに、グゲララ族の。
そちらの部族については、こちらのブラズニア公のご息女から一括して預かりたいとの嘆願書が提出されている。
グゲララ族の幾分かは、すでに奴隷として売られているようだが、それでも残った人数が多すぎるゆえ、ブラズニア公のご息女の元で働くというのも、そなたらにとっても決して悪い扱いにはならないと思うが……」
「その件についても、メキャムリム様から聞き及んでおります」
「そうか。
すでに承知していたか。
では、この件もブラズニア公のご息女にお任せすることにしよう。
次に、飛竜乗りよ。
そなたは、当地にむかう途中のハザマ殿に捕らえられた。
それに、相違ないな?」
「はっ。
間違いはありません」
「……若いな。
一般に、飛竜乗りは重量制限があるため、年端もいかない少年や女性を乗り手として選ぶことがあるが……。
飛竜乗りよ。
そなたは、高地のアブズロム族の者であるか?」
「確かに、わたしはアブズロム族の者ですが……。
アブズロム族を、ご存じなのですか?」
「ああ。
わが妻が、そちらのムクラフク族の出でな。
その伝手で、山岳民のいくつかの部族とも、今も親交が途切れておらぬ。
アブズロムの民のことも、よーく知っておる。
空と竜を愛し、誇り高い一族だ。
しかし、ニブロムとかいったか?
斥候ならば、余計なことは知らされてはおらぬだろう。
こちらに問われたことには素直に答え、知らぬことにも素直に知らぬと答えておけ。それで、問題はない。
ニブロムよ。待遇に、不満はないか?」
「不満は、ありません。
むしろ、よくして貰いすぎているくらいで……」
「ははは。
そうか。
いろいろ存念はあるだろうが、今はまず、自分の体を治すことを考えよ。
最後に……ふむ。
ガグラダ族、か。珍しいな。
ガグラダの民が、おめおめと捕虜になるというのは……。
通常のガグラダの民ならば、差し違えて覚悟で最後まで一人でも多くの敵兵を葬ることをよしとするものなのだが……」
「味方が何人か、生きたまんま捕まっちまったからな」
「……ほう。
ガグラダの民を、生け捕りに、か……」
「エルフだよ、エルフ。
平地の民は、いつの間に森の作法をエルフから仕込まれるようになったんだ?
おかげでおれの仲間が、獣用の罠や落とし穴にはまってこのていたらくだ。
ま。
こっちだって制圧されるまで、さんざん殺してやったがね……」
「そうか。エルフか……」
ベレンティア公は羊皮紙の束を手元に引き寄せ、その内容を改める。
「……ふむ。
確かに、例の洞窟衆の中に、何名かのエルフが属しているようだな。
それにしても……はは。
はぐれエルフのファンタルだと?
わしの若い頃にはすでに伝説中の人物だったぞ!
この年になって、このような形で若い頃のあこがれていた人物にまみえようとはな!」
「なんだってっ!」
ガグラダ族のアジャスが叫ぶ。
「はぐれエルフのファンタルって……そうと知ってりゃあ、むざむざ戦場になんて出ていやしねーよ!
尻尾を巻いて国に帰ってらぁ!」




