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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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襲撃後の夜明け

「……ああ、もう!」

 ムムリムが、叫んでいる。

「なんだってこんなに人数が多いかなぁ……」

 王国軍の将兵や非戦闘員、洞窟衆はもとより、捕虜となったばかりのググゲラ族まで総動員しての救出活動となった。

 水中にいる要救助者を両岸のいずれかに拾いあげる作業と並行して、手が空いている者総出で濡れた体を乾かし、傷口を塞ぐ。

 王国軍の中にも回復魔法を修得している者や傷口を縫う程度の簡単な治療ができる者はそれなりの割合で存在しているのだが、それでも絶対的に数が足りていない。

 治療を必要とする人数が、多すぎるのだ。

 水の中で出血した人の大半は体内の血を失いすぎており、同時に体温も低下して、そのまま手遅れになっている場合が多かった。

 回復魔法を修得したばかりでまだこうした場面に慣れていない者たちは、回復魔法を使いすぎて魔力切れを起こし、次々と失神していった。

 ムムリム自身の余裕があれば、まだしも、そうした初心者に注意をあたえていくことも可能だったはずなのだが、残念なことに今はその余裕が全然ない。

 次々に現れる要救助者をどうにかすることで手一杯であり、周囲に気を配れるほど心理的な余裕は持てなかった。

 要救助者の多くは、まるで鋭利な刃物で斬られたかのように体の一部にすっぱりと切り込みをいれられている。骨を断つほどの威力はないようだが、筋も腱も血管もお構いなしに、ぱっくりと傷口が開いていた。

 切断面は綺麗で、その分、再生も縫合もしやすい傷口ではあったが、だからといって全体的な手間や仕事量が減少するわけでもない。

 ムムリムは黙々と大量の負傷者を治療し続ける。


「……心話で、ねえ……」

 ハザマは、ぼやく。

 エルシムは、

「心話で語りかければ、操作者と意志の疎通ができるかもしれん。

 意志の疎通が可能なら、こんな兵器を作り出した大元の情報も得られるかも知れん」

 などといっていたわけだが……。

「で?

 なんでおれがやるわけ?」

「心話の術式は、今やおぬしが一番使い慣れているはずであるしな」

 ……日常生活を送る上でも欠かせないほど常用しているのは、認めるが……。

「……相手は、人語も常識もわからないかも知れない連中だってんだろ?

 そんな連中の相手が、勤まるかどうか……」

「なにごとも、ものは試しというであろう。

 失敗しても失うものはなにもない」

「試してみる価値はあるな」

 エルシムの言葉に、ゼスチャラも追従する。

 ……このおっさんは……。

「無責任なことばっかいってるんじゃねーぞ、おっさん」

「いや、おれ、実際無関係だし。

 責任もないし」

 ゼスチャラは、にやにやと笑っていい返すばかりであった。

「……この野郎……。

 そんじゃまあ、試してみますか」

 不意に真顔になって、ハザマは魚のような形状をした水の塊を睨む。

『……おい。

 聞こえるか?

 これを操っていたやつら。

 今は、ピクリとも動けないはずだが……聞こえたら、返事をしろ。

 さもないと、この水の塊を片っ端からぶっ壊していくぞ……』


 王国軍の多くの者にとって、眠れない夜が明けた。

 人数はまだ確定していないのだが、この時点でも相当数の戦死者が出ており、上層部では合同埋葬の手配をしはじめていた。

 遺体を放置すればやがて腐敗し、害虫や病原菌の発生源となる。人口が密集している野営地にあっては、早々に埋葬をする必要があったのだ。

 ただ、埋葬以前に、戦死者の身元を確認し、形見を遺す必要がある遺族や縁者がいるのかどうか確認するだけでも相当な手間となる。

 かといってこうした作業を軽々しく省略してしまうと戦死者の尊厳を貶めることになり、生き残った関係者の今後の士気に大きく影響するため手を抜くことは許されず、手配のため奔走する後方要員たちにとってもなかなか悩ましい問題となった。


 一方で、喜んだ……といってしまったら語弊があるのか。

 とにかく、少しばかり不謹慎な安堵の仕方をしたのは、後方支援部隊で重要な地位を占めていたブラズニア公家の令嬢、メキャムリム・ブラズニアであった。

 流石に多くの戦死者が出たことを喜ぶほど悪趣味ではなかったのだが、

「いっぺんに何百人単位で食料を消費する人が減ったら、多少は食料のヤリクリが楽になった……」

 と思ってしまったのは事実であり、その直後に、メキャムリム・ブラズニアは、そんなことを考えてしまう自分の仕事の罪深さに思い当たり、少し後悔した。

 しかし、このメキャムリムの「後ろめたい気分」はあまり長続きしなかった。

 伝令が、ムヒライヒ・エルマヌニアからの書状を携えて到着したためである。

 その書状には、新たな案として、

「単独で敵地深くに先行したブシェラムヒ・アルマヌニアの部隊を救出する」

 ことが提案されていた。

 そのためには、騎兵、歩兵、弓兵からなる二百人規模の混合部隊を編成する必要があり、その作戦のために必要な物資を融通して貰うためには、このいくさの監察役であるブラズニア家の認可が必要となる。

 渡川作戦から一昼夜を過ぎても帰還していないブシェラムヒの部隊は、目下、容易に退けない窮地にあるのか、それともすでに全滅しているのかのいずれかであり、そのどちらにせよ、早急に誰かが確認する必要がある。

 いずれにせよ彼らはあまり予備の食料も携帯していないはずだから、このタイミングで友軍の助けがなければ全滅は必至であろう。

 また、生き残りの将兵たちも貴重な戦力であり、期間後はムヒライヒの部隊と合流し、新たに拠点防衛を担当させるために役立てたい……などの内容が、書かれていた。

 メキャムリム・ブラズニアは、歯噛みしながらもこの作戦案に対して認可を与えなければならなかった。

 ブシェラムヒ・アルマヌニアは、大貴族アルマヌニアの三男であるというだけではなく、メキャムリム・ブラズニアの許嫁でもある。

 メキャムリム自身の本音はどのようなものであれ、世の中には厳然として世間体というものがあった。

 ここでこの作戦案に認可を与えなければ、メキャムリム・ブラズニアの名声は地に落ちることになるだろう。

「……あんにゃろめ……」

 心中でこの作戦案を作成したムヒライヒ・アルマヌニアに悪態を吐きながら、メキャムリムが乱暴な動作でその作戦案に「認可」の印を押した。


 ムヒライヒ・エルマヌニアは、作戦案が認可されたという報せが届いた直後に、すでに編成を終えていた部隊に出立を指示した。

 これで、ムヒライヒはそれなりに危機感を募らせている。

 なにしろ、今、この時点で、ムヒライヒたちタバス川を渡った王国軍の者たちは、ほとんどなんの防備も持たず、丸裸も同然なのである。

 自分が敵なら、今のこの状態を放置するわけがない。

 ムヒライヒが負傷者の救出と戦死者の収容を急がせたのは、そうしなければ場所があかなかったからだ。

 夜を徹した作業の結果、タバス川のこちら側がおおむねきれいになった今、早急に防衛陣地造営の作業を再開し、同時に山岳民たちの襲撃に備えなければならない。

 無駄に戦力を分散させておけるほどの余裕は、今のアルマヌニアの手勢にはないのだった。

 少しでも目減りした戦力を補充しておく必要もあり、これまで遊ばせておいたブシェラムヒの部隊もこちらに合流させておく必要があった。

 二十騎ほどの重装騎兵を先頭に、長鑓を携えた百名ばかりの歩兵が続く。

 弓兵は、ここからは見えないが、森の中を移動しているはずである。

 そう。

 弓兵として、ムヒライヒは、洞窟衆を採用した。

 あの森の中では、人間と犬頭人が混成した部隊が、目的地に向かって移動しているはずであった。

 洞窟衆は、ブシェラムヒの部隊を救出する作戦だけではなく、周辺の森の警護にも当たらせている。

 他の兵種であるのならば代替えは可能なのだが、森の中を自由に移動できる戦力は、今のところ洞窟衆しかいない。

 昨夜の襲撃のことを考えてもわかるように、信用をする、しないという以前に、森からやってくる敵への対処は、洞窟衆に頼るしか方法がないのが現実だった。

 王国軍に参加してからまだ間もない新興勢力を重用しすぎると、それなりの面倒も発生するのだが……この場をしのぐためのよりよい方策を思いつけない以上、ムヒライヒは洞窟衆に頼るしかなかった。


 ハザマの元へ、王国軍総司令部から伝令が到着したのは、ちょうどハザマが水妖の操作者と初めての接触を終えた時だった。

 伝令は、ハザマの肩に乗っていたバジルの姿を確認してから、

「洞窟衆のハザマ様ですね?」

 と、ハザマの身元を確認し、一通の書状を手渡した。

 こちらの世界の文字が読めないハザマは、その書状をすぐに傍らにいたエルシムに手渡す。

「……総司令部から、出頭命令が来ているな」

「おれ、なんかやったっけか?」

「やっているかやっていないかといえば、大いにいろいろやっているかと思うが……。

 なに、渡川作戦と昨夜の襲撃に際して、われら洞窟衆はそれなりに活躍をした。

 そのあたり事情を、直に確かめたいのであろう」

「……ああ、そういうことね」

 エルシムに説明され、一応ハザマは納得をしてみせる。

「で、その呼び出しっていつよ?」

「夜が明けたら、と書いてあるな」

「夜が明けたら、って……やべっ!

 もう空が白みはじめているじゃないかっ!」

「そうだの。

 急げ急げ」

「……ええっと、いったん、おれたちの天幕に帰って着替えて……」

「口を動かす前に、さっさと移動をはじめい。

 リンザにもイリーナにも、すぐあとを追うように伝える」

「リンザはともかく……イリーナって?」

 イリーナといえば、確か、ハザマが密かに「不機嫌な女たち」と名づけた連中の一員で、真面目な顔をして、ハザマに対して「抱いてください」とかふざけた願いをしてきた女だったはずだが……。

「今度の襲撃で、森の中からやって来た敵を防いだ功労者だからな。

 詳しい事情が聞かれるのなら、同行させた方がいいだろう」

 なるほど。

 と、ハザマは思う。

 なにしろ、この時点でのハザマは、昨夜の襲撃についても全体像を把握していない。

 イリーナをはじめとする洞窟衆が、森から来たとかいう敵をどのように相対したのかも、知らない有様だった。

「……わっかりましたっ!

 それじゃあ、おれはそっちに向かいますので!」

 いいながら、ハザマはタバス川の方へと歩いていく。

「おお。

 水妖など、あとのことは任せておけ!」

 エルシムは、そう答えた。

「……さてと、おれは……」

 さり気なく去ろうとするゼスチャラの裾を、エルシムが掴む。

「待て、魔法使い」

「……なにか?」

「なに、他人事のようなそぶりでこの場から撤収しようとしておるのか。

 このようなときにこそ、おのれの魔力を役立てようという殊勝さはないのか?

 ん?

 見よ、この惨状を。

 おぬしとて、いっぱしの魔法使いであるのなら、回復魔法の心得くらいはあるはずであろう?」

「……い、いや……。

 その、おれは、タダ働きはしない主義で……」

「人の生死がかかっているときにタダ働きもクソもあるかあっ!」

 エルシムが、ゼスチャラを一喝した。

「つべこべいわずに負傷者の手当を手伝わんかい!」


 ハザマが自分に与えられていた天幕に帰ると、感心なことにまだ起きていたクリフが出迎えてくれた。

「なんだ、起きてたのか?」

「眠れませんよ。

 あんなことが起こったばかりじゃあ……」

 クリフのはなしによると、姉のカレニライナも他の洞窟衆も、捕虜であるグゲララ族さえもが総出で、夜通し救出活動に行っていたという。

「ググゲラ族の方は、こちらも緊急性の高い食料の生産に携わっていた人たちもいたようですが……」

 ……パン焼き、か。

 と、ハザマは思う。

 それも、重要っちゃ重要な仕事ではあるよな。

 腹が減ったらいくさはできぬ。他の仕事もできない。最悪、死ぬ。

 とにかく、優先度が高いことは否定できない。

「総司令部とやらから呼び出しがかかった。

 これから、そっちに向かわなければならない」

 ハザマは、短くクリフに告げた。

「お前も出かける用意をしろ」

「……え?」

 クリフは、目を見開く。

「ぼくも、ですか?」

「お前はおれの……あー、侍従見習い、っていったっけ?

 とにかく、それなんだろう?

 だったら黙ってついてくればいい」

 ハザマは、危険な場所以外には極力クリフを伴うことにしていた。

 この少年がこれからどのような人生を歩むことになるのか、それは、ハザマにも予想はつかない。

 しかし、見聞を広げておいて悪いってことはないだろう。


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