水妖の正体
その後、ハザマとゼスチャラは揃って岸へと向かう。
周囲では、ぼちぼち救助活動が本格化してきてそれなりに騒がしいことになっていなのだが、この二人の関心は別のところにあった。
「……で、なんなんすか? これは?」
「……うーむ。
魔力の流れから察するに……人造的な使い魔、といったところか……。
こいつ自身だけでもある程度自律的な行動が可能で、しかし、これは……か細いが、まだ紐が繋がっているな……」
「紐?」
「操者の、な。
意志を伝達するため魔術的な回路、というか……」
「それって、心話みたいなもんですか?」
「あんた。
心話のことを知っているのか?
……素人にしては、珍しいなあ」
「知っているもなにも、今も使っていますが」
そういってハザマは、常時首から下げている鎖を引っ張って、エンチャントがかかった宝石をゼスチャラに見せた。
「ほぅ……こりゃあ……」
ゼスチャラは、ハザマの首飾りの宝石をしげしげと検分した。
「……エルフの手によるものだな?」
「わかりますか?
そう。
おれの知り合いに、細工を施してもらいました」
「術式の書きように独特の書式を使うからな、エルフは。
しかし、なかなかに面白い仕様だ。
心話の術式をこのように応用するとは……いや。
よくよく考えてみれば、需要はあるのか。
魔法による広範囲で通信とその可能性、か。
ひとつひとつの術式も簡素で、余計な魔力を食わないのも、実用的でよい」
……どうやら、宝石にかけられた術式の内容を、本当に理解しているようだった。
「ま、それはそれとして。
結局、この魚の形をした水の塊って……なんなんですか?」
ハザマが、改めて問いただす。
「なに、って……。
先ほどもいったように、術式的に見れば人造的な使い魔であり、機能としてみれば兵器だろうよ。
見ろよ、この有様を!」
ゼスチャラは、両手を広げて周囲の様子を見るよう、ハザマに動かす。
「ようやく架けた浮き橋はことごとく分断され、死人もたんと出た。
こいつは、水を操作することに特化した仕様だが……水だろうが風だろうが、激しく動けばヒトの肌なんぞすっぱりと斬れる。
なんといっても、やわで壊れやすいからな、ヒトの体というものは。
何十何百という兵隊を動かすよりも、よっぽど効果的に敵にダメージを与えられるだろうよ」
「それは、経済的だ」
ハザマも、頷いた。
「でも、そんなに便利なら……なんで、もっと広く普及していないんですか?
それとも、こういう攻撃方法は、こちらでは一般的なんですか?」
「なんで広まっていないか、っていったら、そら……やり口が、外道だからだろう」
ゼスチャラは、そういって口をへの字型に曲げる。
「……外道?」
ハザマは、眉根を寄せた。
「本気で戦争やっている最中に、外道もなにも……」
「とはいっても、だな。
今ここにいる連中は、なんだかんだいって、自分の意志でここに来ている。
人夫だろうが兵隊だろうが、だ」
「……こいつを操っている奴は、違うんで?」
ハザマは、さらに怪訝な表情になった。
「違うであろうなあ」
ゼスチャラは、嘆息した。
「こうした造化物を創るためには、かなり強い意志の力と、それに操作する者の思考に対し、極端に狭い指向性を与えなければならない。
こいつらがあんなに素早く、自由自在に水の中を動けたってことは、それはもう、操作する者が膨大な時間を、こいつを操るための練習だけに費やしてきたってことになる。
たとえば、お前さんの意識がいきなり鳥の中に閉じこめられたとして、すぐに空を飛べるようになると思うか? あるいは、魚の体の中に閉じこめられたとして……」
「……いきなり、泳げるようになるわけではない、と……」
「ああ、そうだ。
操作に習熟するための時間とは別に……こいつらの体自体が、極めて不自然な代物だ。
おそらく、操作者の魔力で無理矢理この世界に固定化されてるはずで……」
「固定化、ですか?」
「ああ。
固定化、だ。
さっきもいったように、こいつの操作者は、こいつを操る、ただそれだけのために特化している。
おそらく、薬物や暗示などを多用した洗脳に長い期間晒されて、自分の命を魔力に変えながら、今もこの造化物の構造を維持し続けている」
「……ちょっと待って!」
ハザマは、自分の額に掌を当てた。
「今……洗脳といいましたか?」
「洗脳……というのが、正しかろうなあ。
おそらくは、物心ついてからこのかた、こいつを操作することのみに専念するよう条件づけられ、その他の生き方をまるで知らぬ術者が、どこかでひっそりと育てられてきた……ということだ。
そうした状況を説明するに、洗脳と呼ぶのが一番手っ取り早かろう」
「それじゃあ、兵士……でさえ、ない。
兵器だ。
生きた兵器として育てられたやつが……どこかにいるってことですか?」
「おうよ。
だから、先ほどからいっているであろう。
外道、だと。
理論的には既存の魔法だけで誰でも造れるはずだが……実際に造った例は、おれが知る限り、こいつがはじめてということになるなあ」
そこまで会話が進んだとき、
「……大の大人が二人してなにをはなし込んでおるのかぁっ!」
ペシッ! ペシッ! と、続けざまにハザマとゼスチャラの後頭部をはたいた者がいた。
「……あらあら。
せっかく大事に育ててきたお魚が四尾。
一尾は氷づけ、残りは動かない」
タバス川から遙か遠く離れた某所に、女の声が響く。
「駄目になるときは、あっけないものですわね」
「とはいえ、戦果は上々。
当初予定していた浮き橋と前線陣地の破壊工作には、成功している」
平坦な声で答えたのは、伝令師のクツイルだった。
「……この子らは、もう使い物にはならないのかね?」
「さあ?」
女は、肩を竦めた。
「氷づけになったのは、もう駄目だけど……あとの三尾は、どうしてこうなったのか、原因がわからないから……なんともいえませんわ。
生命活動には異常はないし……こんな状態異常を起こす魔法なんて、見たことも聞いたこともありません」
「ふむ。
蠱術のルシアナ殿でも、知らぬことがあるものなのか」
「クツイル様。
このルシアナも浅学な身。
知らない魔法もまだまたくさんございましてよ」
「それはそれとして……」
クルイツは、石像のように動かない娘たちを見下ろす。
「この子らは……どうするつもりかね?」
四人の娘たちが、クルイツの前にうずくまっていた。
床の上に、直接座っており、微動だにしない。
「もうしばらく、様子を見続けるしかありませんわね。
この子たちも、ここまで使えるようになるまで手塩をかけておりますし……」
そういって、ルシアナはころころと笑い声をたてた。
「……ですが、氷ついたのは、もう駄目。
ここまでになってしまったら、蘇生の可能性はありません」
ルシアナがいい終えるか終えないかというとき、ぶぉん、と風切り音がして、なにか太くて長い物体が薙いだ。
一番端にいた娘の体が、その一撃により粉砕される。
「この非常時に、なにをだべっておるのか!
暇なら、救助活動を手伝わんかっ!」
ハザマとゼスチャラを、エルシムが睥睨していた。
「……あ」
「ありゃー……」
後頭部をはたかれたハザマとゼスチャラの注意は、しかしエルシムではなく足元にあった。
さらに詳しく説明するなら、そこの地面に置いてあった水妖……ゼスチャラの言葉を借りるなら、「人造的な使い魔」のひとつが、たった今粉々に砕けたのだ。
「……なんだ、それは?」
エルシムが、ハザマたちが見下ろしていた物体にはじめて興味を示した。
「ついさっき、川で暴れてたやつ。
このゼスチャラさんがいうことによると、敵の兵器だってさ」
「……ずいぶんと、悪趣味な術を使うやつらだ」
エルシムは、とても不機嫌な顔になった。
「これがなにか、わかりますか?」
ハザマは、確認してみる。
「どうやら、水の精霊との親和性を高めるため、幼少時から、これを造ることのみを目的として育てられた子らがいるようだな。
このままだと……」
「……このままだと?」
ハザマは、先をうながす。
「これを操っている子らは、まともな社会生活は送れまい。
生物としてはともかく、社会的な人間として活動できるだけの知識や経験がまるごと欠落しておる。
人語でさえ、教えられているかどうか……」
「……そこまでのもんか……」
ハザマは、呻いた。
「それで、どうするつもりだ?」
今度は、エルシムがハザマに向かって問いかける。
「こやつらのお陰で、多くの人間が死んだことは事実なわけだが。
このまま、放置するのか?」
「いいや、殺そう」
ハザマは、短く答える。
「このまま生かしておいても、あまり意味はなさそうだ。
それに、こいつは戦争なわけだしな。
それで……どうすれば、こいつを操っているやつを殺せるんだ?」
「おそらく、こいつと操作者は、存在の深いところで連動している」
ゼスチャラが、答えた。
「今、氷ついたやつが粉々になったのも、おそらく、操作者の身に異変が起こったことを反映した結果だ。
逆に、今、ここにあるこの人造使い魔を破壊すれば……」
「操作者も、死ぬって寸法か。
よし、わかった」
ハザマは、腰に差していた剣を抜く。
「……待て!」
エルシムが、ハザマを制止した。
「なんだ?」
「今、ここで、末端の操作者を殺めるよりも……その先にいる者たちを辿り、大元の根元を叩く方がよくはないか?
こいつの操作者は、おそらくはなにも知らん。命じられたことを実行するだけの存在だ。
そんな末端を叩くよりは、そうした存在を造りあげた連中に一矢を報いるのが方が、いくらかは有意義だと思うが……」
「根元を、か」
ハザマが、呟く。
「……できるのか?」
「死傷者と行方不明者、あわせておおよそ五百名以上。
今、手の空いた者が総出で救助活動をしておりますが、なにぶん夜間のことゆえ作業効率が悪く、被害状況の確認も思うように進まず……」
「もう、いい。
明日にでも、より詳細な集計が出てから改めて報告してくれ」
「……はっ!」
今は……報告よりも、復旧作業を急がねばならない。
多くの者が、負傷者の救援活動に従事していた。
冷たい川の中に入って、負傷者や死者を岸にあげようと水に入っている者も多かった。
しかし、ムヒライヒはそうした被害状況をつぶさに観察しようとはしない。
それよりも優先すべきことがあったからだ。
ムヒライヒ・アルマヌニアはそう思い、周囲を見渡す。
山道が、すり鉢状に陥没していた。
当然、そのすり陥没していた部分に関しては、山道へと続く急斜面の勾配も変わってくる。
「これは……馬が、使えるな」
ムヒライヒは、呟く。
確かに、防御陣地の構築は大きく後退した。
しかし、急斜面がなだらかに変化した部分をうまく利用すれば、馬を山道に乗せることができる。
軍用馬が使えるようになれば戦術の幅が大きく開ける。それ以外にも、陣地構築の作業効率にも大きく影響してくるのだった。
橋も、今度はもう少し頑丈なものを、新たに架ける必要があるだろう。
ムヒライヒは、今現在の地形をうまく利用した防御陣地の構想を脳裏で素早く組み上げ、その構築に必要な人力や資材の量を大雑把に見積もる。
……多少、無理をする必要はあるが……巻き返しは、どうやら不可能ではなさそうだった。
「……よし!」
小さく呟き、ムヒライヒは救助活動の指揮に戻った。
新たな構想の防御陣地を構築するためには、作業をするのに邪魔な負傷者や死者を、この場から搬出させなければならない。
そのために、一刻でも早くこの場の混乱を収拾させる必要があった。
目前の戦死者よりも、未来への布石に重きを置く……ムヒライヒ・アルマヌニアとは、よくも悪くもそうした性質の男であった。
しかし、そのとき、
「ムヒライヒ・アルマヌニア卿!」
ひとりの伝令が、ムヒライヒのそばに駆け寄り、敬礼をしてきた。
「総司令部よりの伝達!
明朝、総司令部に来られたし!」
その伝令は、これで何度目になるのか、このいくさにおける王国軍の首脳会議が行われることを告げてきた。




