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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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55/1089

敵中の突破

 がん、がん、がん、とひっきりなしにタワーシールドの表面を叩く攻撃にもめげず、ハザマたち盾兵は前に進み続ける。

 もう川の半ばも過ぎた頃であろうか。

 首まで川の水に浸かり、頭上にタワーシールドを掲げている今の状態では周囲の状況がよく把握できない。

 ただ、ひたすら、前に進むだけだ。

 前に進むほど、タワーシールドを打ちつける打撃音の密度は濃くなる。

 硬質の雨だれ音は、今や、耳を聾せんばかりの騒音になっていた。

 それでも、前に進む。

 攻撃の密度はあがってきたが、水深は徐々に浅くなってきた。

 タワーシールドの角度をうまく調整しながら、さらに前へ。

 進むにつれ、肩が、腰が、水面の上に出てくるようになった。

 ハザマは、素早く視線を走らせて周囲の様子を窺う。

 タワーシールドを構えているため、前方は見えないわけだが……ハザマに少し遅れただけで、リンザ、ハヌン、トエスの三人がしっかりと食らいついてきている。

 他の盾兵たちは、まだ頭上にタワーシールドを掲げて首まで水に浸かっていた。

 別に先を急ごうとしていたわけでもないのだが、ハザマら四人の身体能力はそれなりに底上げされているので、差が出るのはしかたがないのか。

 特に足並みを揃えよ、ということもいわれていなかったので、ハザマは足を運ぶ速度をさらに早める。

 水の抵抗が少なくなった分、歩きやすくなったため、そうと意識せずとも自然と速度が増していく。

 そのかわり、敵兵からの攻撃は、突出しているハザマたちに集中した。

 石が、矢が、これでもかというほどにタワーシールドにぶち当たる。

 距離が近くなったせいか、衝撃もそれだけ大きくなっていた。

 横目で確認すると、リンザたち三人も追突の衝撃でよろめいている。

 両手に一つずつタワーシールドを構えているハザマは、シールドの重量分、安定が増している感じだった。

 ハザマはさらに進む。

 工兵たちも、無事にハザマの背後についてきているようだった。

 岸にあがった。

 ハザマは、川岸から三メートルほどの距離を置いた場所にふたつのタワーシールドを置き、両手でそれを支える。

 山岳民からの攻撃は、この頃には喧しいほどになっている。支えていないと、タワーシールドはすぐにでもうしろに倒れこんでしまうだろう。

 三人の工兵たちが、早速作業を開始する。

 一人は、持っていた綱を引きはじめ、あとの二人は地面にいくつもの杭を打つ。

 リンザ、ハヌン、トエスの三人も、ハザマから少し遅れて到着した。

 ハザマのタワーシールドに隣接させ、それぞれに持っていたタワーシールドを地面上に安置する。

 その三人の背後にいた工兵たちも上陸し、黙々と作業を開始した。

 この頃になると、他の盾兵たちも、ぼちぼち岸に近づいてきた者が現れる。

 ただし、山岳民の攻撃をうまく相殺できず、その場で後転する者も少なくはないようだった。

 最初に作業を開始した、ハザマの背後にいた工兵たちは、必要な杭を打ち終え、今では三人総出で綱を引いている。

 綱の先についているのは、丸太の両端を綱で繋いだような浮き橋だ。

 こちらの岸に引き寄せた浮き橋の端の綱を、地面に打った杭にしっかりと繋ぎ止める。

「ひとつ、完成しました!」

 工兵が、ハザマに告げる。

 幅約一メートルほどの浮き橋が、水面上に固定されていた。

 工兵たちは、すぐにその隣の綱を引きはじめた。

 遅れていた盾兵たちも、ぼちぼち上陸しはじめたようだ。

『……来い!』

 と、ハザマは心話を通じて犬頭人たちに呼びかける。

 向こう岸には、五十匹の犬頭人たちを待機させていた。

「それじゃあ……」

 ハザマは、両手にタワーシールドを掲げながら、再び前進する。

「……ぼちぼち、行きますかぁ!」


 ムヒライヒ・アルマヌニアは自分の命令を待たずに一斉に駆けだした犬頭人たちを冷静に見送った。

 この場の指揮権はムヒライヒにあり、犬頭人たちの行動は明らかにムヒライヒの権限を侵しているわけだが、相手はヒトならぬ犬頭人どもである。必ずしもヒトの道理で縛れるものとも限らない。

 それに……。

『いい頃合いでもありますしね……』

 一つ目の浮き橋が、無事にかかった。これは、よい。

 しかし、それだけでこの作戦の成功が保証されたわけでもない。

 むしろ、このせっかくかけた浮き橋を守り、対岸の一部を占有できるかどうかが、鍵なのだ。

 そのためにも……。

『彼らには、斬り込み役をやって貰いましょう』

 先行して接敵する者たちは、一番苛烈な攻撃にさらされることになる。

 その、一番犠牲がでやすい役割を率先してやってくれるのなら、ムヒライヒとしても異存はないのであった。

 当の犬頭人たちは……速い。

 もう、全員が対岸まで渡りきっていた。

「残りの部隊も、急ぎ、彼らに続きなさい!」

 ムヒライヒは、号令をかけた。

「洞窟衆だけに、手柄を独占させることのないように!」


 ハザマたちが苦労して水中を走踏した距離を、犬頭人たちはあっという間に駆け抜けた。

 対岸についた犬頭人の何匹かは、リンザ、ハヌン、トエスと交替してタワーシールドを支える。

 犬頭人と入れ替わった三人は、残りの犬頭人たちとともにハザマのあとを追った。

 ハザマは、ふたつのタワーシールドを構えたまままっすぐに進み、すぐそのあとに犬頭人の群が続いている。

 そのハザマは、今、かなり急な傾斜を駆けあがっているところだった。

 川岸のすぐそばから急な傾斜になっていて、そこを登りきった場所に、川と並行して走っている山道がある。

 そこに、山岳民の兵士たちが並び、川のある方向に絶え間ない攻撃を行っていた。

 移動速度が極端に落ちる川が第一の、そしてこの急斜面が第二の防衛ラインなのだろう。

 移動する速度が落ちれば、攻撃を当てるのもそれだけ容易となる。攻撃する側は、効率的に迎撃をできる……はず、だった。

 ただし、ハザマは例外となったようだが。

 川を横断する際の機敏さも、斜面を駆けあがる速度も、山岳民の想定する範疇を明らかに超えていた。

 それだけではなく……。

 ハザマが、山道に近寄ると、途端に山岳民からの攻撃が途絶えた。

 今、ハザマの肩にしがみついてるバジルの能力の、有効範囲内に入ったのだった。

 ハザマの近くにいなかった山岳民たちは、なぜ突然攻撃の手が止んだのか訝しんだものだ。

 が……その解答を見いだすための時間は、与えられなかった。

 その前に、犬頭人の群が襲いかかってきたのだ。


「……よっ、と」

 ハザマは、難なく急斜面を登りきった。

 そのあと、すぐあとについて来た犬頭人たちに、ふたつのタワーシールドを託す。

「そいつを持って、お前らは左右に展開しろ。

 無理に殺す必要はないぞ。

 適度に傷をつけ、とにかく戦闘不能者をふやせ」

 そして、犬頭人たちに、そう指示をした。

 左右に分かれ、先頭にタワーシールドをもって進む犬頭人たちは、山岳民たちをあっけなく突き崩した。

 横合いからの遠距離射撃はタワーシールドに阻まれ、そして、懐に入った犬頭人は、ドワーフの手による刀剣類を持って山岳民に襲いかかる。

 元々、その山道に集められていたのは、普段は狩猟や放牧を生業とする者たちがほとんどであった。

 この山道は、補給路としてさほど重要視されておらず、また、過去の例からいっても川と急斜面の二重の防衛ラインを突破できる者は、ほどんどいなかった。

 そのため、対人戦に慣れた人材は配備されず……そのため、なおさらたやすく犬頭人たちの餌食になった。


「……続け!

 洞窟衆に続け!」

「洞窟衆に遅れを取るな!」

 ムヒライヒの号令を受け、かかったばかりの浮き橋を駆ける者たちがいた。

 その多くは、領地を持たない下級貴族や傭兵であった。彼らは、総じて武勲をたてる機会に飢えていた。

 功績をたてればそれだけ恩賞も増え、場合によっては領地を受領できる可能性さえでてくる。

 そのため、彼らはいくさについても真剣にならざるを得なかった。


「……攻撃が……やんだ?」

 盾兵の長、ブシェラムヒ・アルマヌニアは、それまでしつこくタワーシールドを打っていた攻撃が不意に止まったことを、不審に思った。

「なんでだ?」

 疑問に感じたまま、ブシェラムヒ・アルマヌニアはタワーシールドの縁から顔を出し、前方を確認した。

 軽挙といえば軽挙であったが、根が単純なブシェラムヒ・アルマヌニアは、自分が危険な真似をしているという自覚がない。

「……なんと!」

 ブシェラムヒ・アルマヌニアは、叫んだ。

「犬頭人どもが……洞窟衆が先に山岳民どもを駆逐しかけているではないか!」

 そのブシェラムヒから少し距離をあけた場所では、対岸から駆けてきた新手の兵士たちが到着したところだった。

「洞窟衆に続け!」

「遅れを取るな!」

 などと口々に叫びながら、斜面を駆け上っていく。

「……ええい!

 われら、盾兵もやつらに続けぇ!」

 ブシェラムヒが、叫ぶ。

「しかし、ブシャラヒム様。

 われら盾兵の役目は、工兵を守ることでは……」

 隣にいた盾兵が、ブシャラヒムに異を唱える。

「誰から、工兵を守るというのか!」

 ブシャラヒムは、再び叫んだ。

「このままでは、武功を横取りされるぞ!」

 そして、自分のタワーシールドを前に投げ捨て、ブシャラヒムは抜剣して前に走り出す。

「盾兵、続けぇっ!」


「……よっ。

 ほっ。

 ほっ」

 その頃、ハザマたちは、山道ならぬ山の中を駆けあがっている最中だった。 

 鬱蒼と生い茂る木立の中を走っている。

 途中、川と併走する山道と同じような幅の道をいくつか横切ったが、ハザマは意識にも留めず、足も止めなかった。

 通過する際に、たまたまその場にいた敵兵を硬直させはしたが……それも、通りすがりの駄賃のようなものだ。

「……本当にこっちの方向でいいんですか?」

 少し遅れてついてきてたリンザが、ハザマに問いかける。

「いいの、いいの。

 こっちの方向で」

 そう答えるハザマは、息すら弾ませていなかった。

「バジルが、こっちの方向にうまそうなやつらが揃っているっていってんだからっ!」

 そう。

 ハザマの目的は、山岳民の高官を拘束、誘拐してくること、だった。

 ハザマは、そもそもこの戦争に参加することに、あまり乗り気ではない。

 だが、今後の洞窟衆の立ち位置を考えると、地元の勢力とある程度癒着するのは不可欠でもある。

 そして、そのためには、手っ取り早く誰でも否定ができない戦功をたてる必要があった。

 そこで、思いついたのが……敵の司令官か、それに準ずる重要人物を誘拐してくること、であった。

 一見、無謀な思いつきに見えて、バジルの能力を前提とすれば、これほど効率のよい点数の稼ぎ方もなかろう。

 おまけに、うまく身代金を取ることができれば、現金収入にもなる。

 そんな思惑から、ハザマは山の中を縦断していた。


「……陣、か」

 何本かの山道を縦断した結果、唐突に段幕が張ってある場所にいきついた。

 バジルも、目指すべき獲物がすぐ近くにいると、ハザマに告げている。

 ここで初めてハザマは腰の剣を抜き、段幕を切り裂いてその中に侵入した。

 ハザマたちを見咎める者は、いない。

 なぜならば、近くにいる者たちはバジルの能力によって凍りつき、遠くにいる者たちは突如現れたハザマたちが何者なのか判断がつかず、あっけにとられて棒立ちになっていたからだ。

 彼らの認識によれば、前線があるのは、遙か遠く。

 こんな場所に突然現れた若者と小娘三人が敵兵であるという可能性は、ついぞ思いつかなかった。

 常識で考えれば……今、この時期に、こんな場所に敵兵が侵入できる道理がないのだ。


「ええっと……お前ら三人は、そいつと、そいつとそいつ、な」

 ハザマは、周囲の視線を気にとめることもなく、リンザたちに三人に、運ぶべき人物を指示していく。

 そして、本人は、床几椅子に腰掛けていた恰幅のいい中年男と、そのうしろに控えていたひどくやせ細った老人とを、無造作に両肩に担いだ。

「ドン・デラからこっち、こんなことばかりやってるわねっ!」

 同じように、硬直した男性を肩に担いだハヌンが、そんな不平をいった。

「ぼやくな、ぼやくな」

 ハザマは、ひときわ立派な旗竿を剣で斬りとばしながら、軽くいなす。

「なにしろこれが、一番手っ取り早いんだから、さ……。

 それよりも……逃げるぞ!」

 四人が遁走したあと、この事態に気がついた者たちが慌てて動き出したが……不思議なことに、その四人が近づいていくと、誰もが動きを止めるのだった。

「……弓を持て!」

「馬鹿!

 閣下に当たったらどうする!」

 そんな声を聞きながら、ハザマたちは、ひたすら走り続けた。

 今度は、山の中ではなく、多くの者の動きを止めながら、山道を下っていった。


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