表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/1089

飛竜乗りの憂鬱

「担架を持ってついて来い。

 それから薬と包帯も用意しておけ」

 ハザマは馬車の中にそう声をかけ、駆け出す。

 最初に墜落した竜については、馬で先行したファンタルに任せておけば間違いはないだろう。

 二番目に墜落してきた飛竜乗りは、途中で竜から投げ出されていた。

 おそらく無事では済まないだろうが、もし生きているのならば情報を収集したいところだった。

 二番目の竜の落下現場へ向けて走りながら、ハザマは、周囲に目を走らせて投げ出された飛竜乗りを探す。

 だいたいの方角は分かっているのだが……いた。

 走る速度をあげ、ハザマは地面に伏せている飛竜乗りの元へと向かう。


 足を止めたハザマは、軽く眉をひそめた。

 間近に見ると……手足が、通常ならばあり得ない方向に曲がっている。

 意外なことに、出血は、さほど酷くはないようだ。

 せいぜい、手足についた擦り傷くらいか。

 内臓が傷ついていないとなれば……助かる可能性も、大きくなるな。

 と、ハザマは思った。

 出血がなくとも頭部を強打したりしていれば致命傷となりうるのだが、外から見ただけでは、そこまでの判断はできない。

 ハザマはその飛竜乗りの肩に手をかけ、仰向けの姿勢に寝かせ直す。

 それからねじ曲がった手足を本来あるべき位置に直した。

 その際に曲がっている部分をさわった感触だと、左の大腿骨は綺麗に折れ、右肩は脱臼しているようだった。

 骨接ぎの技能など持たないハザマには、どうすることもできない。

「……あとは……」

 革製の帽子をむしり取り、胸のボタンをいくつかはずして楽に呼吸をできるようにした。

 あどけない顔立ちの少年だった。


「……そっちはどうだ?」

 いつの間に来たのか、馬に乗ったままのファンタルが声をかけてきた。

「まだ生きているけど……重傷だ。

 おれにはなにもできない」

「どれ、見せてみろ」

 そういって、ファンタルは馬から降りた。

「もう一人は?」

 今、ファンタルがここにいるということは……と思いながらも、一応、ハザマは訊ねてみる。

「駄目だな」

 ファンタルは、短く答えた。

「そうか」

 ハザマとしても、短く頷くしかない。

「意識は……戻っていないか。

 腿のこれは、添え木が必要だ。

 肩は、今すぐ填めるか。

 ハザマ。

 上体を起こして、支えていてくれ」

「お、おう」

 ハザマはファンタルにいわれた通りにその飛竜乗りの上体を起こし、左肩に手をかけて背中を支えた。

「暴れるかも知れないから、もっとしっかり持ってろ」

「はいよ」

 ハザマは、両手で肩を持ち直し、がっしりと掴む。

「……いくぞ……。

 せいっ!」

 ファンタルは飛竜乗りの上腕部を両手で掴み、少し揺らしたあとに一息に肩を填めた。

 肩から、濁音が響く。

「……ぐっ!」

 と、うめき声をあげて、飛竜乗りが目を見開く。

「目がさめたか?」

 ファンタルが、声をかけた。

「あんた、今の自分の状態がわかるか?」

「あ……ああ。

 おれは……」

 軽く頭を振ってから、その飛竜乗りは周囲を見渡す。

「……そうか。

 落ちたのか……」

「ああ。

 落ちた。

 もう一人、先に落ちた者は助からなかった。

 仲間に、つまりお前に、こうなった原因を探れといい残してな。

 最後まで職務に忠実なやつだった」

「そうか……。

 隊長が……」

 ぼんやりと、飛竜乗りが呟く。

「ところで……頭を強く打った記憶はあるか?

 それと、痛いところは?」

「頭を打ったおぼえはない。気を失ってからのことはわからないが。

 痛いところは……体中だ。

 むしろ、痛くないところがない」

「結構だ。

 ハザマ、こいつは生かしておくつもりなんだろう?」

「当然だな」

 ハザマは即答する。

「殺す理由もない。

 このまま捕虜として養生してもらおう。

 詳しいことは……怪我を治療してからだな」

 このときになって、ようやく担架や医療品を持ったリンザたちが到着した。


 担架を解体して、折れた太腿にあてる添え木にした。

「残りの棒も取っておけ。

 あとで松葉杖に作り直す」

 ファンタルが、そう指示をする。

「折れた大腿骨を引っ張って、本来あった場所に戻す。

 痛いとは思うが少々我慢しろ」

 そう、ニブロスに告げる。

 ニブロス……というのが、その飛竜乗りの名前だという。

「ああ。

 やってくれ」

「舌を噛まないように、布かなにかを強く噛んでいた方がいい」

「これを」

 リンザが担架を構成していた布地を素早く短刀で裂いて、ニブロスに渡した。


「……捕虜の治療に関しては、こっちに任せておくことにして……」

 そうした光景に背を向け、ハザマは残った者たちに告げる。

「おれたちは、墜落した竜の死体を回収する。

 これから、バーベキューパーティだ」

 殺した以上、無駄にはしない……というのは、自然の摂理としては当然のことであった。

「ハザマ!」

 ファンタルが、顔もあげずに声をかけて来る。

「例のトカゲもどき、先に落ちた竜に取りついていたぞ!」

「わかった」

 ハザマは、片手をあげてそれに答えた。


「頭と胴体、それに尻尾はバジルに食わせるとして、手羽先と腿くらいはこちでいただくか……」

 ハザマはそういってナイフを手にした。

「翼の部分、鞣して売れませんかね?」

 ハヌンが、そんなことをいう。

「ああ、いいぞ。

 かなりズダボロになっているけど、やれるだけやってみろ。

 利用できるもんは残さず利用しろ」

「脳みそがあると、うまく鞣せるんですが……」

「こっちのは、おおかたバジルがたいらげているな。

 もう一体の方をあたってくれ」

 そのバジルは、飛竜の頭部をおおかた骨にし終わって今は頸部にかじりついている。

「おい! クリフ!

 突っ立ってないで解体して見ろ!

 血に慣れておかないと、立派な貴族になれねーぞ!」

「は、はい!」

 ハザマが一喝すると、クリフは慌てて自分のナイフを取り出して、竜の肉に突き立てようとする。

「あんまり勢いよく刃を立てると、血が飛んでくるからな。

 刃を入れる角度とか、慎重に考えながら……」

「は、はい。

 じゃあ、下から……」

「お頭ぁ!

 こっちの飛竜乗りは!」 

 元盗賊の奴隷から、声をかけられる。

「装備だけ剥がして、あとは鄭重に弔え。

 こっちだって別に恨みがあって殺したわけじゃあねぇ。

 ……あとであの生き残りに、山岳民の弔い方を訊いておかなけりゃあなあ……。

 面倒な儀式とかないといいが……」

 後半は、独り言になっていた。


 手が空いている者全員で、飛竜の体を解体していく。

 飛竜は翼を左右に広げると優に十メートルを超える大きさであったから、もう少し苦労するかと思ったが、案に相違して肉が少ない。

 腿の部分と手羽先を合わせてようやく人間の大人に匹敵する程度の重さになるかならないか、といった感触だった。

 骨はどうやら中空構造になっているらしく、見た目よりもずっと軽かった。

 あまり重くても飛ぶのに苦労するだろうからな……と、ハザマは一人で納得する。

 血を落としながら肉をばらし、切り落としたものから順に起こさせておいた火の近くに運ばせた。

 囚人たちやその護送に携わる者たちも含めて、この場にいるすべての人間に肉を振る舞うつもりだった。

 これは別にご機嫌を取るためではなく、荷物を軽くするためだ。

 衛士たちも、肉の調理を手伝ってくれた。

 囚人たちは、思いがけず肉料理をあてがわれ、歓声をあげて喜んだ。

 捕らえられてからこのかた、最低限の食事しか与えられていないことを考えれば、それも無理もないのだが。

 ハヌン、トエス、リンザたちは奴隷たちに指示をして、飛竜の革を鞣す作業を行っている。

 以前、大量の木登りワニを相手に同様の作業を行った経験があるので、なかなか手慣れていた。

 乾燥させたり、の作業は、移動しながら荷馬車の上で行うことになるだろう。


「……これが、もう一人の飛竜乗りになるわけだが……」

 ハザマは、担架に乗せて運ばせた死体を、ニブロスに示した。

「あんたらは、死者を弔うときに面倒な儀式を必要とするのか?」

「……いいや」

 ニブロムは、しばらくその死体の顔を凝視していたが、すぐになにかを振り払うように首を左右に振った。

「どこか、適当なところに埋めてくれ。

 戦場にでた以上、いつかこうなることを覚悟している身だ」

「そうか」

 ハザマも、素っ気なく頷くだけだった。

「ここいらは、他人の地所だ。

 勝手に埋めるわけにもいかないから、戦場まで運ぶ。

 そこなら……死体の埋め場所に困ることはないだろう」

 笑えない冗談だ、と、ハザマは思った。

「そうだな。

 あそこなら、死体を始末する場所には困らないだろうな」

 ニブロスは、意外に真面目な顔をして頷く。


「……馬車が来るぜ!」

 声をかけられ、ハザマは跳ね起きて街道に立つ。

「戦場からか?」

「いや、ドン・デラの方だ!」

「……なんだ。

 うちの馬車じゃないか……」

 近づいてくる馬車は、特徴のあるシュルエットをしていた。

 幌つきの馬車は、今の時点ではハザマ商会しか所有していない。


「実際に顔を合わせるのは久々になるな、お前様よ」

「や、はは。

 来たよー、ハザマくん」

 真っ先に挨拶してきたのは、エルシムとムムリム、二人のエルフだった。

「どうも、ご苦労さんです」

 とりあえずハザマは、頭を下げてく。

「ちょうど今、飛竜を落としたところでして、よかったらその肉を食べていってください」

「それはいいな。

 今回は、人も多く積んできた」

「……女たち、ですか?」

「女も男も、荷物も、だな。

 例の狩りで、人手が余っている。

 余るくらいなら、こちらで有効に活用した方がいい」

「なるほど」

 ハザマは、頷く。

 いうまでもないことだが、例の狩り、とは、連日の軍の輸送隊襲撃を指す。

「でも……バレませんかね?」

「面が割れそうにない者を選んできた」

「了解しました。

 戦場に入る前に、その人たちにも肉を食わせてやってください」

「ねーねー、ハザマくん」

 エルシムとの会話を遮るように、ムムリムという丸顔のエルフが身を乗り出した。

「なんかヒトの血の匂いがするんだけど、近くに怪我人とかいるのかな? かなかな?」

「ええっと……飛竜乗りを一人、捕虜にしていまして……。

 そいつが、結構重体です。

 ファンタルさんが応急処理をしてくれましたから、大事には至らないと思いますが……」

「おおー! そうかいそうかい!

 そいつは幸先がいい! いや、残念なことだ! まことに遺憾だ! 遺憾の極みだ!

 ……どれ、ちょっと診させておくれ……」

 ハザマの返事も聞かずに、ムムリムは飛ぶような勢いで去っていった。

「……あれ……」

 ハザマが、ムムリムが去っていった方を指さしてエルシムに訊ねる。

「放っておけ。

 あれで、ムムリムは優秀な治療魔法の使い手だ。

 医術の心得もある」

「……はぁ。

 お医者さんでしたか……」

 ハザマがそう呟いたとき、

「……うがぁああぁぁっ!」

 というニブロムの悲鳴が聞こえてきた。

「……前にいったことがあるだろう。

 回復魔法は存在するが、滅多なことでは使わない方がよい、と」

 回復魔法をかけられた者は、この世のものとは思えない苦痛を経験するという。

「……戦場では、身の安全に気をつけます」

「賢明な判断だ」

 エルシムとハザマは、もっともらしい顔をして頷きあった。


「……まあ、これを食いな」

 しばらく経ってから、ハザマはニブロムの前に焼きたての骨つき肉を差し出した。

「あんたが乗っていた竜の肉だ。

 供養になるだろう」

「ありがたくいただこう」

 ニブロムはハザマの手から焼いた骨つき肉を受けとり、かぶりつく。

「……それで、なにが聞きたい?」

 肉を咀嚼する合間に、ニブロムはハザマに問いかけた。

「あんた、自分の身代金を払ってくれそうな知り合いはいるのか?」

「いないな。

 残念ながら」

 ニブロムは首を振った。

「おれの部族は、山岳民の中でも貧しいことで有名なんだ」

「そうか。

 なら、いい」

「……それだけか?」

「他のことを聞いても、はなしてくれそうにもないしな」

 今度は、ハザマの方が首を振る。

「もう一人の飛竜乗りは、息を引き取る直前までこちらの事情を詮索しようとしていたそうだ。

 そいつの仲間から無理になにかを聞き出しても、信用なんかできるわけがない。

 おれがあんたの立場なら、ここぞとばかりに嘘っぱちをならべて混乱させるな」

「そうか」

 ニブロムは難しい顔をして、頷いた。

「この身に治療を施してくれたことには、礼をいう」

「別にいいさ。

 あんたの利用法はこれからゆっくりと考える。

 今は体を治すことに専念してくれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ