盗賊ギルドの首領
「……こっちは、もう、放置しておいても勝手に回りそうだな……」
ハザマは眼下の光景を見下ろして、そう呟く。
ハザマは今、商会の最上階に与えられた自室の窓から、地上を見下ろしていた。
夕刻の風景は意外に忙しなく、今日一日だけでこの商会がずいぶんと「形」になってきたことを証明している。
「あと、この町でやり残した事はといえば……」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「ハザマ様。
今、よろしいでしょうか?」
ゴグスの声だった。
今、多忙を極めているはずのゴグスが直々に来るということは……それなりの用件なのであろう。
そう考えたハザマは、すぐに返答する。
「入ってくれ」
「失礼します」
ゴグスは、衛士の制服を着た若者を伴って部屋に入ってきた。
「こちらは?」
ハザマが、ゴグスに訊ねる。
「衛士の、ズグワスラといいます!」
直立不動で、その衛士が名乗る。
「本日は、ハザマ様にお願いしたいことがあって参りました!」
……お役人のお願いってのは、たいていは命令と同義語だからなあ……とか思いつつ、念のため、ハザマは聞き返す。
「それで……衛士の方が、おれみたいな者にいったいなんのご用事でございましょう?」
「はっ!
ハザマ様のおかげを持ちまして、統括屯所の牢獄は目下凶悪犯で溢れかえっているところであります!」
皮肉だろうか?
と、ハザマは思ったものだが、ズグワスラの表情はいたって真面目そうな仏頂面だった。
「百名ほどの凶悪犯を急遽、戦地に送ることが決定いたしました!
しかし、その凶悪犯の中には、契約魔法で縛ることができない例外的な者が存在します!
護送途中で逃亡などをされたら、衛士隊の沽券に関わります!
聞けば、ハザマ様の一行もこれより出陣なさる予定とか!
つきましてはハザマ様にも、囚人護送の際にご協力していただきたく!
些少で失礼ながら、礼金も用意させていただきました!」
なにかと思えば……例のヴァンクレスの対策として、ハザマたちにも護送に同道せよ……ということらしかった。
「どうせおれたちも戦地にいくから、同道すること自体には反対はしませんが……」
ハザマは、慎重に言葉を選ぶ。
「おれたち、明日にもここを発つ予定ですよ。
そちらの準備は、整っているのでございましょうか?」
「こちらはいつでも出発できる体制になっております!
出発時刻は、そちらの予定に合わせます!」
いちいち無駄に元気な男だな、と、ハザマは妙な所に感心した。
「ええっと……ご用件は、承りました。
詳しいことは、そこのゴグスさんとかとはなして決めてください」
そういって、ハザマはその衛士を見送った。
軽く夕食を済ませたあと、ハザマはゴグスと連れだって外出する。
いつもはついて来るリンザも、今回ばかりは置いてきた。
面談する相手が、余分な者との接触をひどく嫌っているからだ。
だから、当事者であるハザマと紹介者であるゴグスとの二人連れで試作品の提灯を下げ、商会をあとにする。
「忙しいところ、すいませんねー」
ハザマはそう、ゴグスに声をかけた。
ゴグスを多忙にしている一因は、ハザマにもあるからだ。
「いえいえ。
わたしは、少し忙しすぎるくらいでちょうどいいくらいです」
そういってゴグスは軽く頭を振った。
「それに、今の仕事ほどやり甲斐のある仕事もそうそうありませんしね」
「楽しそうで、なによりだ」
そんな会話をしながら、二人は歩み続ける。
「本当に、こっちで間違いはないのか?」
しばらく歩いたあと、ハザマが訊ねた。
「だんだん、うらぶれた雰囲気になってきているけど……」
どんどん、道が細く、汚くなっている。
路上のたむろしている連中の服装もぼろぼろで、全体に荒廃した気配が強くなってきた。
「ええ、こちらで間違いはありません」
ゴグスは、涼しい顔をしてそう答えた。
「もうすぐ、着きます」
さらにしばらく歩いてから、ようやくゴグスは足を止めた。
「こちらです。
しばらくお待ちください」
ハザマに対してそう断ってから、足下にうずくまっていた浮浪者に声をかけた。
「ズワイニの爺さんに会いたいんだが」
「……なんだ。
誰かと思えば……しばらく、顔を見なかったようだが?」
年齢も性別も判別できないくらいに汚れた格好の人物が顔をあげ、しわがれ声で囁く。
「ちょいとドン・デラを離れていてね」
ゴグスは銅貨を投げ渡した。
「使いだてして悪いが、よろしく頼むよ」
「爺さんなら、今時分は釣り糸を垂らしているよ。
もっと詳しく知りたいのなら、もう一枚だな」
ゴグスは銅貨をもう一枚、放った。
「すぐそこだ。
通りを三ついったところにある運河。
ナタタリ橋ってちんけな橋がある。そのたもとで釣り糸を垂らしているよ」
「ありがとよ」
ゴグスはハザマを即して歩き出した。
「……釣れますか?」
ナタタリ橋の下に腰掛けていた小さな人影に、ゴグスは声をかける。
「……なんじゃ。
あんたか」
水面から視線も離さず、その老人は声だけで答える。
「ここ数日、ずいぶんと派手に動いておるようじゃが」
「すでに耳に入っておりますか」
うなずいて、グゴスは背後にいたハザマを老人に紹介した。
「こちらが、新しいあるじのハザマ氏です」
「……どーも」
こんな時にどういう顔をしていいのかわからないハザマは、無難に挨拶をしておいた。
「ほう、お前さんがの」
老人は、チラリとハザマの方に視線を走らせただけで、またすぐに釣り糸が垂れている水面へと顔を戻す。
「とても二晩で百人からの賞金首を捕まえたようには見えんの。
で、何用じゃ?
わざわざここまで来るという事は、この老いぼれにそれなりの用事があるということじゃろう」
「お見通しですか」
ゴグスはハザマに目線をやった。
「爺さん。
実は、盗賊を動かしたくてな。
それも大勢、数が多ければ多いほどいい」
「……盗賊?
盗賊、か……」
老人は、水面を見たまま、ぼんやりと呟く。
「おぬし……それで、なにをする?」
「軍の兵糧を、買い取る。
かなり高めに、だ」
「……軍の……だと?」
はじめて、老人はハザマの顔を見据えた。
「おぬし、それでなんとする」
「山岳民に売り飛ばす」
一瞬、老人は目を見開き、それからしばらく声をあげて笑った。
「……それはまた……大胆なことを考える男じゃ。
愉快愉快」
「で……繋ぎは、取れるのか?」
老人の態度には頓着せず、ハザマははなしを先に進めようとする。
「取れはするが、その前にまず……おぬしの腹のうちをぶちまけて貰いたいかの。
その方が、はなしが早い」
「……ふむ。
そういうことか」
一通りの説明を聞いた老人は、少し考え込む顔になった。
「まず最初にいっておく。
知り合い連中にはなしを伝えることはできるが、成功を保証することはできんな。
そもそも、噂にあるような盗賊ギルドなぞ、どこにもないのじゃよ」
「でも、爺さんは顔役なんだろう?」
「なに。
長く生きておる分、それなりに顔が広いというだけのことよ。
おぬしの要望を聞く耳を持っていそうな者たちに伝えることはできる。
それ以上のことは保証できん」
「なるほどな」
ハザマも、うなずく。
そういえば、ゴグスも「あるといえばある。ないといえばない」とか、いっていた。
「それで十分だ。
早急に、このはなしを広めてくれ。
軍から奪った兵糧を、ハザマ商会なり洞窟衆なりが買い取ると……。
もちろん、爺さんにも相応の礼は用意する」
「ただ……盗賊を使うとなると、それなりに危ない橋も渡ることになるぞ。
内通や裏切りは、必ずあると思っておった方がええ」
「まあ、それは……とりあえず、この戦争が終わるまで保てばいい」
ハザマの側も、別に清廉潔白であるわけではない。
最終的には、洞窟衆が軍の輸送隊を襲った分の罪状も、雇った盗賊たちに負って貰うつもりでいるくらいだ。
「心得ておるのなら、それで結構。
わしへの礼は……そうさな。
これからのつき合いも考えて、二本で負けておこう」
「……二本?」
「金貨二百枚ということです」
首を傾げたハザマの耳元に、ゴグスが囁く。
「それって高いの? 安いの?」
「もろもろの要素を考慮すれば、むしろ安い方かと」
「あ、そ」
勢いで確認してみたものの、どちらにせよハザマはこの老人を頼るつもりであった。
「じゃあ、この爺さんに頼むことにしよう。
礼金の手配を頼む」
ゴグスが紹介してくれたのだから、それなりに頼りになる人物ではあるのだろう。それを信用できなければ、そもそもこれからの洞窟衆も、まともに動きが取れなくなるのだ。
だから前提として、信用するしかない。
「それにしても、おぬし。
ハザマといったか。
よくもまあ、大胆な真似をしてくれたものよ。
一度に百名からの無法者を掃除してくれたおかげで、この町も、この先どうなるか……」
「なんかヤバいんすか?」
「ヤバいもなにも……ドンめの息子たちは、頼りにしていた連中を一度に失っておるのだ。
今頃どこぞに閉じこもって震えていることだろう」
「……へー……」
ハザマは、素直に感心してみせる。
ハザマ自身がすべての元凶であるわけだが、そのせいでこの町がどうなろうがハザマは関心が持てなかった。
「用心棒と威圧をかねて集めていた連中だからのう。
一度に防壁を失って丸裸にされたような気分じゃろうて。
昨夜はまだしもそちらにちょっかいをかける気概も残っていたようだが、今となってはちょいとした刺激で誰が暴発しても不思議ではない情勢じゃ。
しばらくは震えて閉じこもっているじゃろうが……」
「ドンさんところの跡目争いも、なかなか熾烈ですな」
ハザマは、涼しい顔でそういった。
盗賊との連絡方法とか荷や報酬などの受け渡し方法など、具体的な詳細に関しては後日、ゴグスを通して詰めることにして貰い、ハザマたちは商会に帰還した。
翌朝、まず商会の前にズレベスラ家の馬車が到着し、二人分の荷物を降ろして去っていった。
着替えや日用品など、いずれも他愛のない物品であったが、カレニライナとクリフへ向けた餞別であるらしい。
リンザたちが手分けして荷物を箱馬車に積み込み、カレニライナとクリフも客席に乗せる。
続いて、三台の馬車に分乗した囚人たちが到着した。
囚人たちは脱走防止のため残らず目立つ囚人服を着せられ、両手を鎖で繋がれている。
……いや、こうして平馬車に乗せて護送しているのは、見せしめの意味もあるのか……と、ハザマは思い直した。
ハザマの顔を見ると、囚人たちは罵声を飛ばして威嚇してきた。そのほとんどが、ハザマのお陰でこうして捕らわれているわけである。
当然、恨みは買っていよう。
当のハザマ自身は、どのように罵られようがいっこうに堪えた様子を見せなかったが。
「ハザマ・シゲル様ですね?」
馬に乗った衛士が鞭を振るって囚人たちを大人しくさせたあと、そう挨拶してきた。
「馬上から失礼します。
自分は、ガニニラス・ロシャ。
今回の護送任務の責任者になります。短いおつきあいになるかと思いますが、よろしくお願いします」
「ご丁寧に、どうも」
ハザマも気持ちよく挨拶した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ガニニラス・ロシャは若い衛士だった。
それだけに融通がきかなさそうだったが、逆に世間ずれしすぎているやつよりは扱いやすい。
「おい!
大将、大将!」
ハザマが箱馬車に乗り込もうとすると、聞き慣れた声に呼び止められた。
「どうせ行く先は一緒だ。
大将からも、こいつを外すようにいってくれよ!」
「……あのなあ、ヴァンクレス……」
ハザマはゆっくりとかぶりを振った。
「おれにそんなことをする権限があるわけないだろう?
ガニニラス殿にでも頼め」
普通に考えれば……あらゆる契約魔法を無効化する能力を持つヴァンクレスは、他の囚人以上に警戒され、厳重に戒められるはずだ。
「だってよぉ!
今さら逃げようって気なんざ、さらさらないんだぜ、おれ……」
「……相変わらず馬鹿だなあ、お前……」
ハザマは呆れたような声を出してから、箱馬車に乗り込んだ。
「お前の馬と装備はそのまま用意してある」




