迎撃の夜
「口入屋、ですか?」
ハザマ商会に帰ると、さっそくゴグスから小言をいわれることになった。
「人材派遣っていってたけどな、おれの国では」
「名称はどうでもいいですが、要するに、人を集めて組織し、その時々、忙しい仕事に廻そうという事ですね?」
「基本的には、その通り。
だけど、この周辺は職なしの浮浪者がいくらでもいるから集める必要がない。
いろいろな仕事を紹介して手に職がつけばそれもまたよし、だ。
第一、これからも世話になるわけだから、ご近所に金が流れていくようにしておくのは悪いことじゃない」
「まあ……そう、ですな。
そちらの業種に関しては、わたしにしてもあまり経験がないので勝手がわからないところもありますが、微力は尽くしましょう」
「そうして貰えると、助かる。
将来的には、自社製品を製造するラインをこっちに作ってもいいし……」
「そうですね。
まずは近場の空き家を借り上げて、木工所として使うことにしましょう。
矢の製造以外にも、例の提灯とか将来的な展望もあることですし……」
「あ。
それから、あと数日中に洞窟衆の中から契約魔法や帳簿づけの技能を習得したのが何名かやってくるはずだから、そっちの世話も頼む」
「そうですね。
そうした方々が来てくださると、こちらとしても有り難い」
そんな会話をしてから裏庭の井戸にでて体を洗い、髭もあたって買ってきたばかりの正装に着替える。
ハザマにしてみれば装飾過多なコスプレ衣装にしか見えないのだが、これがこちらの正装だというのなら文句をいったところでしょうがない。
どのみち、そんなに頻繁に袖を通す衣装でもないし、移動の最中は馬車に乗るわけだから、着用した姿を目撃できる者もそれほど多くはないはずだった。
……元盗賊の奴隷たちや臨時雇いの浮浪者たちにはかなり囃したてられることになったが。
日没前くらいにズレベスラ家からの馬車がハザマ商会に到着した。
「もし襲撃があったら、いったとおりに対応してくれな」
ハザマは、リンザやトエスたちに念を押してからリンザといっしょに馬車に乗り込んだ。
一頭だてと聞いていたが、なるほどこぢんまりとしていて余分な装飾がない。馬車というよりは、人力車の馬車版、みたいな風情だった。それでも流石に、徒歩よりはよほど速かったが。
ズレベスラ家の邸宅まで、数十分ほどで到着した。
速度よりも、道行く人々すべてが馬車を見ると脇に退いて道をあける様子の方が、ハザマにとっては印象的だったが。
ズレベスラ家は下級貴族だとは聞いていたが、それでも貴族である限りそれなりの特権はあるわけだ。
身分の違いというモノについていまだにピンと来ないハザマにしてみても、こういう様子を目の当たりにすると、「ここでは身分差というものが機能しているのだな」と実感せざるを得ない。
初老の御者に扉を開けてもらって馬車から出ると、ホストであるズレベズラ家の当主が出迎えてくれた。
「今宵はようこそおいでくださいました」
五十を超えているとかいうはなしだが、なかなか恰幅のいい中年男性だ。
「時の人であるハザマ様を当家にお迎えできるとは、まことに光栄なことです」
「どうも、お招きに預かりまして」
まあ、礼くらいはいっておくべきだろうな、と、ハザマも一礼する。
「異国出の不調法者ゆえ、不作法な真似をすることがあるかも知れませんが、よろしくお願いいたします」
「いや、なに。
ハザマ氏は不思議な教養をお持ちだと、クリフから伺っております」
その当主に促されて、ハザマとリンザは屋敷の中へと乗り込んでいく。
「さて……」
一方、ハザマ商会はといえば、襲撃に対する警戒を怠ってはいなかった。
「……近所への通達は済んだ?」
「だいたいね」
問うたのはハヌン、答えたのトエル。
ハザマから告げられた作戦に沿って手配をしているだけなのだが、この二人のなんだかんだいって実践慣れしはじめていて、臆するところがない。
「とはいっても、この辺は貧民街みたいなもので、不法占拠をしている浮浪者がほとんどだったわ。
なにか騒ぎが起こったら、安全な場所まで引っ込んで騒ぎが収束するまで出てこないでしょう」
「上等、上等。
見張りは?」
「主要な道にはすべて置いてある。
それらしい一団が来たら伝言してすぐに様子を報せてくれるはず」
「屋根の上は?」
「鏃なしの矢と弓を多数配布。
油壷や石とかも一応、用意はしているけど……そっちは時間がなくてあまり数を揃えられなかった」
「どれくらいの人数かは予想できないけど、そっちはあまり使わないでしょう。たぶん」
そうであってくれるといいな、と、ハヌンは思った。
正当防衛であるとはいえ、町中であまり血腥い真似はしたくはない。
「それで……奴隷たちは、裏庭に詰めて奇襲に備えて貰って……」
「向こうは、こっちが素人だとタカをくくっているはずだから、正面から来るとは思うけど……」
「だと、楽ができるんだけどね……」
ハヌンは、軽く首を振った。
「じゃあ……そろそろ、屋上にあがりましょうか」
正餐の席についたのは、新婚の夫婦とカレニライナ、クリフのズレベズラ家勢と、ハザマとリンザの六名であった。
このたった六名に給仕するための召使いが何人か侍っている。
この屋敷では、どうやら使用人を普通に使っているらしかった。
「凶族ヴァンクレスの捕縛に、昨夜の賞金首一斉捕縛」
追従、なのだろうか。
先ほどからズレベズラ家の当主、オミツカミスは、妙にハザマのことばかり話題にあげている。
「ハザマ様の勇名は、今やこのドン・デラに轟くばかりですな」
「どうも、恐縮です」
さほど恐縮していない風で、ハザマは無難な答え方をした。
「仲間に恵まれただけのことでして、ええ。
おれ自身はあまりたいしたことはしていません」
ハザマは、そんな会話よりも料理の方に気を取られている。
香草を巧妙に使って生臭さを消した魚介料理がメインディッシュだった。オリーブオイル抜きの地中海料理があったとしたら、ちょうどこの料理のような感じになるのではないか。これほど手の込んだ料理を食べるのは、この世界に来てからはじめてのことかも知れない。
ハザマはさほど美食家というわけでもないのだが、料理はやはり、まずいよりはうまい方がいい。
「それにこの度は……従軍なさるとか?」
「ええ。
お役人に勧められましてね。
うまいこと拒否もできないようですし、そんなら、と……しぶしぶ。
まあ、仲間のためにも、この国に恩を売っておくのもいいでしょうし……」
「しぶしぶ、ですか。ご謙遜を。
あのヴァンクレスを豪快に投げ飛ばしたと、そこのクリフに聞きましたぞ」
「ああ、まあ」
ハザマは、曖昧にうなずく。
別に謙遜しているわけではなく、ひとつはあれはあくまでバジルの能力によって得られた身体能力があってのことだと自覚しているからであり、それに、前後の状況からしてそれなりに出たとこまかせの綱渡り的な場面でもあり、素直に自慢する気持ちにはなれなかったからだ。
「そうであれば、ハザマ様は、この度のいくさにおいても目立った戦功をあげることでございましょう」
「さて……そううまくいきますやら」
ハザマは、うっそりと呟く。
「そりゃ、自分としてはうまく立ち回るつもりではいますけどね。
ですが、相手があってのことなわけですし……」
「それで、ですな」
オミツカミスは、身を乗り出した。
「そんなハザマ様を見込んで、一つお願いがあります」
「……一応、聞くだけはお聞きしましょうか?」
ほら来た、と、ハザマは思った。
ハザマたちは、カレニライナとクリフを送ってきただけの人間だ。
改めてこんな場に招待され、煽てあげられるいわれはない。あるとすればそれは、なんらかの魂胆を秘めているものと考えるのが妥当だった。
「そこのクリフを、ハザマ様の侍従見習いとして従軍させて欲しいのです」
「……ほう……」
ハザマは、少し考えた。
「しかし、クリフくんは……少々、若すぎはしませんか?」
「若いことは若いが、若すぎるということはないでしょう」
オミツカミスは、大仰にうなずいて見せた。
「元服まであと五年ほどありますし、そのころにまた都合よく大きないくさが起こってくれるとは限りません。
本格的に参戦する前に、幼少時から戦場の空気に馴染ませておくのはよくあることです」
「……そうなのですか?」
貴族の習俗に詳しくないハザマとしては、まともに反論できない。
「しかし……侍従見習い、でしたか?
直接戦闘に参加しないにせよ、戦場に近寄ればそれだけ危険を伴うことになります。
おれとしては、あまりお勧めできませんが……」
「とはいいましても、このクリフがどうしてもハザマ様の侍従見習いを勤めたいと、そのようにもうしていましてな。
それに、参戦歴があればあるほど、貴族社会では箔がつきますし」
「箔……ねえ」
ハザマは、難しい顔になった。
「当家は、こういってはなんですが、経済的にはともかく、身分という点においては落ちこぼれ寸前でしてな。
いや、わたし自身はいいんだ。このまま爵位を剥奪されても、格別に痛くも痒くもない。
しかし、こちらのカレン……カレニライナとクリフとは、ズレベズラ家の栄達を求めている。
だとすれば、二人の保護者として、このわたしはその後押しをすべき立場にある」
オミツカミスはなかなかに能弁だった。
「新興勢力であるハザマ様、こういってはなんですが、色がついていないという面でも、クリフを預けるのにうってつけです。
他の貴族をあてにするよりは、ずっといい」
「そちらにも思惑があることは理解しました」
ハザマはそういってオミツカミスの言葉を遮った。
「仮にクリフを侍従見習いに取り立てたとして……それでおれに、なんの得がありますか?」
「いいですな、そういうはっきりとした物のいいようは」
オミツカミスは、満足げにうなずいた。
「では、商人としてハザマ様にそれなりのメリットを提示しましょう。
ハザマ商会。
……こちらの商会も、いろいろと興味深い動きをしているようですが……。
こちらのハザマ商会に、このオミツカミスが大口の出資をさせていただきます。
金銭面だけではなく、少なくともこのドン・デラでは、このわたしが特定の商会に出資するということは多大な意味を持ちます」
お分かりになりますか? と、オミツカミスはハザマに問いかけた。
「なんでも、オミツカミス様は、こちらでは名士でいらっしゃるとか……」
うっそりと、ハザマは呟く。
どうやら……ここは、引き受けておいた方がよさそうな案配らしかった。
「……馬鹿正直に、真っ正面から来たね」
「おそらく、堂々と脅しつければどうにでも料理できるとか……そんな風に軽く考えているんでしょう」
ハヌンとトエスは、ハザマ商会の屋上にいた。
眼下の正門前には、御法度の松明をいくつも灯したガラの悪い若者たちが集まっていた。
「飛び道具も持ってないし、人数を分けて裏からと同時に攻撃するとかいう知恵もないみたいだし……」
「奇襲するつもりもない、と。
ようするに……適当に脅せばこちらが竦みあがってくれると、そんな風に考える甘チャンばかりということ」
「……本当……。
馬鹿ばっかり」
命のやり取りを経験しているハヌンやトエスにとっては、目の前にいる荒くれたちも、恵まれた環境の元でのみ粋がることができる、「甘チャン」にすぎない。
「……開門せよ!」
甘チャンの一人が、下の方で吠えていた。
「こちとら、八十人からの兵隊を揃えてきた!
大人しく降伏するのなら、悪いようにはしねえ!」
「……ダンダ。
聞こえる?」
ハヌンが、囁く。
『聞こえるよ!
……って、これ、本当に遠いところでも話せるんだな!』
タンダをはじめとした何名かの浮浪者に、あらかじめ通話用のタグを預けていたのだ。
「タンダ以外の人たちも、聞いて。
確認したいことはただ一つ。
……あいつら、別働隊が近くにいたりしないの?」
『こっちには、いないよ!』
『いない!』
『こっちも!』
『こっちも!』……。
どうやら、今の時点で動いているのは、下に集まっている連中だけらしい。
「トエス、投げて。
……他の人たちも、準備をよろしく」
「……はい!」
ハヌンが合図をするのと同時に、トエスは立ち上がってある物体を投擲した。
ガチャン。
と音をたて、その物体は松明を持った男の頭に命中して破砕する。
「……今投げたのは水が入った壷だけど!」
ハヌンの声が、響きわたった。
「今度は、油が入った壷を投げます!
降伏するか逃げるか、どちらかを選択してください!」
「……ふ……ふざけるなぁ!」
「こんなことで引き下がれるわけがねーだろうー」
どっと、声があがった。
ほとんどが、悪態だった。
「せっかく警告してあげたのに……」
ハヌンは小さく呟き、そのあと、
「……もう遠慮はいらない!
一斉に……やっちゃって!」
と、叫ぶ。




