悪徳の町
間道に入ってしばらくすると、路上で見かける馬車が目に見えて増えてきた。
まだまだ渋滞するほどでもないのだが、宿場町ドン・デラの盛況を証明するもの……なのだろう。
「ところで、町に入ったらどうするんだ?」
ハザマが、ゴグスに訊ねる。
「この人数と馬車二台に、馬多数。
普通の宿屋では、なかなか受け入れてくれないだろうし……」
「一晩か二晩は不自由をおかけるすることになりましょうが、すぐに建物を買い取ります」
これまでだって、野営をしつつここまで来たのだ。
今更、もう幾晩か野宿することに抵抗は感じないのだが……。
「そんな都合のよい物件、あるもんかなあ」
「それがね、意外と訳あり物件が多いのですよ。
あの町に限っては」
ゴグスがしたり顔でそういった意味を、ハザマは後で思い知ることになる。
「あれが、ドン・デラか」
間道に入ってから一晩野営し、さらに半日ほど進むとドン・デラが見えてきた。
いわゆる、城市、というやつだろう。
外敵を防ぐため、高い城壁でぐるりと囲まれた構造をしている。
異様なのは、その城壁の外にまで、大小さまざまな建物がひしめいていることだ。
「あの城壁の中が、元々あったデラ市。旧市街と呼ばれています。
城壁の外の部分は、ごく最近になってできた新市街になりますな」
ゴグスが、解説してくれた。
「例の、ドンさんのおかげです、ってやつか?」
「そういうことになります」
結局、村を出てからここに着くまで、十二日の期間を要した。
ドン・デラの周辺は、かなり広い範囲で空き地になっていて、間道から近い場所はすでに隙間なく馬車が止まっている。
「市内には、馬の乗り入れが禁止されております。
だからこうして、交通の便がいい場所はすぐに押さえられてしまう訳でして。
ですが、ほとんどの物はここで荷捌きを済ませてまたすぐに離れていきます。
ここいらに止めてある馬車は、ほとんどその順番待ちということになりますな」
ゴグスは、馬車を市の外郭に沿ってもっと遠くまで廻すように指示した。
しばらく進むと馬車が疎らになってきたので、そのあたりで適当に停めて野営の準備をはじめる。
「さて。
わたしは早速、お預かりした財物を換金して活動資金にしてくるつもりですが……」
「おれは……どうするかな。
賞金首狩りをするには、まだまだ日が高いし……。
その前に……」
役所にヴァンクレスの身柄を、この町にいるズレベスラ家の縁戚を訪ねて、姉弟を送り届けなければならない。
「大将!
本当におれを突き出すつもりか!」
「せっかく仲良くなれたのに!」
「いいからわたくしを雇いなさい! 絶対、損はさせないからっ!」
そう告げると、三者三様の抵抗があった。
「あー、もう!
往生際が悪いな、お前ら。
そこのデカ物はもう賞金貰っちまっているし、カレニライナとクリフは爺さんと約束しちまったんだからどうしようもないだろう!」
説得……というよりも、嫌がる半ば無理矢理三人を引っ立てるようにして、ハザマはドン・デラの町に入る。
留守は奴隷契約をした元盗賊たちに任せるとして、リンザ、ハヌン、トエスの三人もその後に着いてくる。
ゴグスは、「古巣の商会に暇乞いも済ませてきます」ということで、一人で行動をしたがった。
うまく捌けばかなりの大金に化けるはずの貴重品を預けてあったが、年期奉公の契約を施している今は持ち逃げされる心配がない。
第一、このままハザマの配下でいれば、商売や相場で、これからかなりの大勝負を張れるのだ。ゴグスの性分として、今の時点でハザマの元を離れる心配はないだろう。
だが、一応貴重品を持ち歩く際には、奴隷契約を結んだ元盗賊たちを護衛として何人か伴うようにはいいつけておいた。
「しかし、どうっすっかな」
ハザマは呟く。
問題は……ゴグスが去った今、誰もこの市についての土地勘がないということだ。
「まずは、ヴァンクレスから、だな。
ええっと……旧市街で、衛士の詰所を訪ねればいいんだっけか」
ハザマは他の連中を引き連れて、城壁の内部へと入っていく。
なかなか珍しい組み合わせかと思うのだが、人の出入りが激しくて余所者が珍しくないのか、ハザマたちに注目する者はいない。
また、市内に入る際に、衛士による検問なども特になかった。
城壁の外の新市街には、かなり雑然とした印象を受けたものだが、一歩城壁の内部に入るとその印象がガラリと変わる。
道も真っ直ぐで、道行く人々の表情も柔和だ。第一、町中が清潔でちっとも埃っぽくない。
こうしてよく整備された空間に入ってみると、ハザマは垢じみた服を着て汗と埃まみれている自分の姿が、急に恥ずかしくなってきた。
ハザマでさえそう感じるのだから、リンザら、年頃の少女たちは自分たちの汚れた姿をもっと強く意識していることだろう。
長旅の直後だから、仕方がないといえば仕方がないのだが……。
ヴァンクレスを送り届けたら、一度全員の身なりを整えよう、とハザマは決意する。
何人かの人に道を聞いて、衛士の詰所までにはあまり迷わずにたどり着くことができた。
だが、最初にたどり着いた詰所で、巡視官から発行して貰った賞金の受領書とヴァンクレスの預かり証を提示して要件を告げると、
「それならば……」
もっと奥にある、統轄詰所へ行ってくれ、といわれた。
ハザマがいた日本で例えれば、さしずめこの詰所が派出所で、その統轄詰所が警察署、といったところか。
詳しい地図も書いてくれたから、盥回しということもないだろう。
「……随分、歩くんだな」
その地図を見ながら、ハザマがぼやく。
「そうですね。
ここからですと、小一時間はかかるかと」
その詰所の門番は、にこにこと笑いながらそう告げた。
おそらく、悪意はないのだろう。
「ええっと……この近くに、軽食……いや、その前に、体を洗える場所はありませんか?
見ての通り、長旅をしてここに着いたばかりでして」
それなら……と、その衛士は近所の宿屋を紹介してくれた。
泊まりではなくても、食事と浴場を提供してくれるという。
リンザに向かって、
「そのくらいの持ち合わせはあるよな?」
と確認してから、ハザマはその宿屋へと向かう。
ハザマは、そもそもこちらで買い物をする機会が滅多にない。
あったとしても、その際の会計はすべてリンザが済ませている。
そのおかげで、いまだにこちらでの物価などには疎いままだった。
小綺麗な宿屋の受付で用件を告げると、すぐに浴室つきの部屋に案内された。
「おれたち、泊まりじゃあないんですけど」
「いいですよ。
そのままそこの浴室をお使いください。
お食事はこちらにお持ちしますか? 食堂にご用意いたしますか?」
「……ええっと……」
「こちらに持ってきてください」
ハザマがいいよどんでいるいると、すぐにリンザが返答する。
「わたしたちが先に入りますから、ハザマさんたちは食事が来たら食べはじめてください」
そういって少女たちは浴室にこもった。
「……こりゃあ、長くなりそうだな」
「そうなのか? 大将」
「そうなんだよ。
女の身支度と買い物は、やたらと時間を食うもんなんだ」
「そういえば、お姉様もそうですね」
野郎二人と少年一人でそんな会話をしていると、すぐに料理が運ばれてくる。
「すまないね。無理いって」
料理を運んできたおばさんに、ハザマは声をかけた。
「いんですよ。
泊まりなしでまず汗を流そうってお客さんも多いですから。
それに、昼間の客室が空いている時間もこうして稼げるわけですから、こちらとしては有り難いくらいです」
そんなものなのかも知れないな、と、ハザマも納得する。
用意された食事は、山盛りのパンと大皿に持った肉と野菜の串焼き、それに煮込みだった。
煮込みは、大きな深皿に並々と注がれていて、おたまで小皿に分けて食べるらしい。
「食うか」
「そうだな」
「はい。食べましょう」
「……意外といけるな」
「これまで、しばらくパサパサの干し肉とかが続いてたからな」
「なにより、いっぱいあるのが嬉しいです!」
そんなことをいいながら、三人でガツガツと食い続ける。
「薄味の煮込みと、塩を振っただけの串焼きが、なかなか」
「こういう、素朴なのがいいんだよ」
「このパンも、いけますよ」
「なにより、たっぷりなのがいいよな。
これだけ食べてもあまり減った気がしない」
しばらく食べ続け、ようやく満腹を感じはじめたところで、連れの少女たちがようやく浴室から出てきた。
「……もうかなり減ってるし」
「先に食ってろといったのはお前たちだろ?」
カレニライナが不満そうな声をあげ、ハザマがそれに答えた。
「まあ、いいや。
お前らが出たんなら、おれも汗を流してくるか」
浴室、とはいっても、排水口のあるタイル張り部屋に水瓶がいくつか置いてあり、棚が設えてあるだけの部屋だった。浴槽もない。
水瓶の中にあるのは、常温の水。
この世界では、体を洗うのにお湯を使う習慣がそもそもないのか、それとも庶民はそんな贅沢からは無縁であるらしい。
そんなことを考えながらハザマは服を手早く脱ぎ、棚の上に置いた。
水瓶の水を頭からかぶっているところに、ヴァンクレスとクリフが入ってきた。
ヴァンクレスは、無骨な武装類は脱ぎ捨てて馬車に置いてきているので、今は埃っぽい着古した服を着用しているだけだ。
ハザマの一点に注視し、ヴァンクレスは「ふふん」と鼻で笑う。
「意外と大したことはないな、大将」
「うるせー。
大きさよりも性能だよ。
ファンタルもいってたぞ。
お前のは成りばかりデカい癖に、柔らかいわ早いわでまるで食い足りないとかなんとか……」
「あ……あの女が異常なんだ!
他の女が相手なら、俺だってなぁ。
いつだってひいひいと泣かせて……」
「ヴァンクレスさん、盗賊を辞めたのに女の人に乱暴しているんですか?」
「……この純朴な笑顔が怖いな……」
「……ああ。
この子の前で、その手のはなしは止めておこう」
「……最初に料金を確認しておくべきでした」
珍しく、リンザが殊勝なことをいっている。
どうやら、先ほどの宿屋で予想外の大金を取られたらしい。
「あんま気にするな。
こういう場所だし、都会だし……観光地料金とか、村と都会では物価が違うってことだってあるだろうし……」
これまた珍しく、ハザマがリンザを慰めている。
まさか、田舎者だと足元を見られたとかは、ないと思うが……。
「そうですね。
以後、気をつけるということで……」
そんな会話をしながら、一同は改めて統轄詰所とやらへ向かう。
まだまだ歩かなければならないはずだが、体を洗って空腹を満たしたせいか、皆の足取りは軽かった。
「……というわけで、賞金首のヴァンクレスをこちらに連行した次第であります」
ようやく到着した統轄詰所で、受付に向かってハザマは説明をしていた。
同じ説明を先ほど別の詰所でしたばかりだから、かなりスムースに説明できたと思う。
「あ……赤鬼のヴァンクレス……ですか?」
受付にいた衛士の声は震えていた。
「おう。
本人だぜ」
ヴァンクレスは傲然と胸を張った。
「不本意ではあるが、この大将たっての頼みだ。
大人しくここに捕らえられてやろうじゃないか」
「……ちょ……ちょっとお待ちください!」
その衛士は、ばたばたと足音をたてて奥に駆けていった。
「……あのー。
賞金はもういただいているんで、おれたちはこいつ置いてさっさと次の用事に向かいたいんですがぁ……って……誰もいねえし」
しばらく待たされて、ハザマたちは奥まった部屋に通された。
「信じがたいことだが……どうやらこの書類は、本物のようだな」
ここの統轄所の所長だと名乗った中年男が、そんなことをいう。
「こんなもん、偽造しておれたちになんの得があるというんですか?
賞金だってすでに貰っちまっているんですよ?
この場で嘘をつかなければならない理由がありません」
「いや、失敬失敬」
所長は、すぐに笑顔になる。
しかし、目が笑っていなかった。
「あのヴァンクレスを捕らえた者がいるから、どんな猛者かと思えば……」
「なんとでもいってください。
とにかく、確かにこいつの身柄はお渡ししましたからね」
「ああ。
確かに、引き受けた。
後はしかるべき処遇をするまで、こちらで丁重に監禁しておくことにしよう」
「ちなみに……こいつはこの後、どんな刑罰を受けるんですか?」
ふと脳裏をよぎった疑問を、ハザマはぶつけてみた。
「縛り首!
……と、いいたいところだが。
なにぶん、大きないくさが近づいておるからな。
他の重罪人たちとともに、すぐに戦地へ、それも激戦区へと送られることになるだろう」




