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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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錯綜の交渉

「後は……そうそう。

 黒旗傭兵団の使者さんがいたな。

 イリイチさんといったか?」

「へいっ!」

 ハザマが確認すると、すかさず小男の使者が立ちあがる。

「ここまでの話、黒旗傭兵団としては承知できるのかい?」

「実に、面白そうなお話で。

 やつがれのような小者に決定権はありませんが、うちの頭領ならば喜びそうなご提案でございます。

 十中八九、そちらの案に沿って動くことになりましょう」

 この使者は、話し合いの最初から巻紙と筆を出して長々と書き物をし続けていた。

 単身で使者として派遣されるだけあって、それなりに目端は利くらしい。

「そちらからは、どれだけ人を出せそうかね?

 森の中までならばこちらでなんとかするが、その、山岳国とやらに入ってから以降のルートについてはこちらでは保証できない」

「食料を欲しがっている部族はいくらでも居ます。

 王国の連中にはまず気づかれないような搬入口も無数に思いつきますし、それに、山岳の民ならば山道は自分の家の庭みたいなもんでして。

 山の際、こちらが指定する地点にまで荷を運んでいただければ、後はこちらで手配させていただきます」

「代金と引き替えに、な。

 特に今回の構想では、盗賊たちにも相応の報酬をバラ撒く必要がある。

 当面の資金はこちらで工面するにしても、資金の方も用意しないと後が続かないぞ」

「そちらの方も、ご心配には及びません。

 金銀はもとより、銅や鉄も含めて、金物関係はすべて山岳で産出しております」

「……そうか。

 じゃあ、山岳には、腕の良い鍛冶も多いのか?」

「それは、もう。

 平地の鍛冶屋とは、比べものになりません」

「では……代金の一部を、良質な武器で払って貰うというのもアリだなあ」

 ハザマが悪い意味で感心し続けているのは、こちらの金属加工技術の未熟さだった。

 ただの鉄器がそれなりに高価であることは、まあよい。それ以上に、脆弱な物が多いのには、日頃から参っていたのだ。

 鋳物がほとんどで、鍛造の技術が未熟だからだろう。

 刀剣の類でも、すぐに曲がる。折れる。欠ける。しばらく使えば、すぐに刃物ではなく鈍器と化す。

 実は、金属を加工するために必要な高熱を得るためには膨大な燃料を必要とし、その燃料を贅沢に使える場面が極端に少ないため庶民の身の回りに関しては十分に発達した加工品が回ってこないだけであり、平地であっても十分な資金さえ確保できればそれなりに上等な製品が得られるのであるが……まだまだこちらの世界の状況に疎いハザマは、これまでそうした事情を知る機会に恵まれていなかった。

「それでしたら、ドワーフの名工の手による逸品を集めさせましょう」

「……ドワーフがいるのか?」

「そりゃあもう、うじゃうじゃと。

 山に入れば、石を投げればドワーフに当たるってもんでして……」

「まあ……エルフがいるくらいだしな。不思議ではないか……」

 ハザマは、顔を上に向けてひとりごとを呟いた。

「……で、使者さん。

 返答は、どれくらいで持ってこられる?

 あ、いや。

 エルシムさんかファンタルさんにいって、使い魔の手配をさせた方が早いか……」

「使い魔を手配して頂けるのならば幸いというものですが……やつがれが本隊に合流するまで、十日ほどの猶予を頂ければ」

「……早いな」

 ハザマは、宿場町のドン・デラまで、馬で二十日前後と聞いている。

「今、そちらの本隊は近くにいるのか?」

「本隊がどこにいるのかは、ちょっと勘弁してください。

 こうみえてもこのやつがれ、人呼んで早馬のイリイチと発します。

 足の速さにはちょちばかし自信がありまして……」

「いずれにせよ、返事が返ってくる時には、おれたちはドン・デラに向かっている計算になるな……。

 使者さん。

 ここを経つ前に、ファンタルさんのところにいって、使い魔を預かっていってくれ」

 エルシムが急遽構築するという通信網もあるし、使い魔さえ手配しておけば、黒旗傭兵団との繋ぎはどうにかなるだろう。


「最後に、お役人のメグログさんだけど……」

 ハザマが、メグログに向き直る。

「……両軍に加勢をするのはまだしも……王国の戦略物資を奪取するのは、立派な犯罪です!」

「ですよねー……」

 メグログの反応は、役人としては実に順当なものだった。

「でも、メグログさん。

 さっき、戦争も略奪の一形態でしかない、みたいなことをいっていたじゃあないですか?

 なんで他国から略奪するのがよくて、自国から略奪するのがいけないんですか?」

 こちらの世界の常識を知らないハザマは、時として根源的な質問をする。

「……うっ……」

「それに、王国だなんだといっても、おれたち辺境の田舎者には正直、あまりピンと来ませんものでね。

 その戦略物資とやらも、どこかの村人が汗水垂らして働いた成果なわけでしょう?

 お役人さんが税としてそれを納めるのと、おれたちがそれを横取りするのと、いったいどこが違うんですかね?」

「ぜ、税は……この国の運営のために……」

「戦争をするのが、この国のためになるのですか?

 聞けば、山岳では食料が不足しているという。

 なおかつ、むこうには金属資源が有り余っている。

 こういう状態で、なんだって通常の交易などを通じて互いの欠損を埋めあうことができないか、おれは不思議でなりません。

 どちらかが、鎖国でもしているのですか?」

「さ、鎖国……とは?」

「国外との商売を閉ざすことです」

「い、いや……。

 平時でも戦時でも、そのような制限をしたとは聞いていない。

 貿易が振興すれば、関税収入があがって国も潤うはずだし……」

「では、なんだって、今回の戦争は起こっているんですか?」

 この世界の部外者であるハザマの疑問は、実に素朴なものであった。

 それだけに、役人であるメグログにとっては「怖い」。

「そ、それは……山岳民が、わが国の食料を略奪しようとするから……」

「そのように、山岳民側が声明でも出しているんですか?」

「い、いや……声明は……」

「……そこまでっ!」

 大声を出してハザマとメグログのやりとりを遮った者がいた。

「メグログさんはお疲れのようです。

 今夜はここまでにしておきましょう」

 カレニライナ・ズレベスラ嬢であった。


「……あーんーたーねー……」

 カレニライナの声が震えていた。

「強気に出ればいいってもんじゃないでしょっ!」

「強気にもなにも、おれはわからないことを質問していただけで……」

 ぶつくさと言い訳しはじめるハザマを、

「子どもじゃないんだから、素直に質問すればいいってもんじゃないでしょ!」

 カレニライナが一喝した。

「なによ、なんで戦争が起こるんですか?

 ってっ!

 そんなことがわかっていたら、そもそも戦争なんて起こりやしないわよっ!」

 これはこれで、正論ではある。

 会議をいったんお開きにした後、ハザマは自分にあてがわれた仮設小屋に戻っていた。

 いや、カレニライナに引きずり込まれるようにして、連れ込まれた。

「カレニライナさん、もっといってやってください」

 リンザが、カレニライナを応援する。

「だいたいこの人は、普段からいろいろと非常識なんです」

「ええ! さっきの様子で、わたくしもこいつの非常識さを思い知らされました」

 なにこの状況。

 せいぜい小学生高学年のくらいの少女になじられ、中学生くらいの少女に駄目だしを出されている。

 ……元の世界にいた塚越くんなら「われわれの世界ならご褒美です!」程度のことはいいそうな気もするが、おれはそんな趣味はないぞ……などと、ハザマは呑気なことを考えている。

「交渉するにしても、もう少しやりようってものがあるでしょうに!

 さっきの場合は、あくまで下手にでてお役人様にお目こぼしを願い出ればそれですんだの!」

「……目こぼし……。

 見逃せ、ってことか?」

「そうそう。

 あのお役人さんだって、別に自分の仕事に関係する訳でもなし、頭を下げながらこの場限りのことなんで、どうか見て見ぬ振りをしてくださいねー……とでもいっておけば、案外目を瞑ってくれるもんよ!

 なんだったら、袖の下を渡してもいいし!

 あんたのところ、その程度のお金はあるんでしょ?」

「ああ、はい。

 ……たぶん。

 そういうのはタマルに任せているんで、おれはよく知らないけど……」

 カレニライナは深々と息を吐いた。

「……部下を信用するのはいいけど、放任ってのは無責任と一緒よ。

 最低限のチェックはしておきなさい。

 ……ったく。

 想像以上に、滅茶苦茶な男ねえ……。

 他人の使い方がなっていないというか……。

 リンザさん。

 あなたも苦労しているでしょう?」

「それは、もう」

「……お前らなあ……いいたい放題いいやがって……」

 いい加減、つき合うのに飽きてきたので、ハザマは立ちあがった。

「あ。

 ちょっとあんた、どこ行くのよ!」

「爺さんのところ」


「……なんじゃ、お主か?」

「やあ、どうも。

 すいませんねえ、こんな粗末な小屋しか用意してあげられなくて……」

 ハザマは、ナナフ老人に与えた小屋に入るなり、頭を下げた。

「なに、仕事ができて横になれる空間さえあればそれでよい。

 それよりも、試作品ができたぞ」

 ナナフ老人は、ハザマに小さな物体を渡した。

「なに、それ?」

 ハザマのうしろをついて来たカレニライナが、ハザマの手元を覗き込む。

「ライター……の、試作品」

「らいたぁ、とやらは、無理だ。

 気化して燃えるとかいう燃料のあてがない。

 それは、さしずめ着火器とでも称すべきものだな。

 小さな火打ち石に持ち手と目の細かい歯車を仕込んだものだ」

「旅先では、火を起こすのが一苦労ですからねえ」

 ハザマがこちら来てうんざりしたものの一つに、この「着火の手間」がある。

 この世界には、ガスはおろかマッチもライターもないのだ。

 火打ち石を打ちつけてまず燃えやすい枯れ草などに火を起こし、それを枯れた枝などに移して大きくしていく。あるいは簡単な器具を利用して摩擦熱を発生させる方法もあるのだが、どちらにせよ、特に慣れてないと、予想外に手間を取られる。

 火を起こす苦労を誰もが知っているから、人が定住している場所では火種を絶やさないようにしている。

 しかし、移動中の旅先では、そういうわけにもいかない。

 こちらに来た当初のハザマは、たまたまポケットの中に百円ライターを持っていたためその恩恵に預かることができたわけだが、その燃料が切れてからの苦労は筆舌に尽くしがたい。

 余裕ができたらもっと簡単に火を起こす方法を模索しようと、前々からハザマは思っていた。

 そんなところで出会ったのが、この指物師の老人、ナナフであった。

「ええっと……ここ、ですか?」

「そう。

 そこの歯車を勢いよく回すと、火花が出るようになっている」

「……よ!

 おお、出た出た!」

 ハザマが勢いよく親指で歯車を回すと、予想以上の勢いで火花が散った。

「いいよ、いいよ。

 これでも、焚きつけが随分楽になる」

「なに、お前さんから預かった、この『ひゃくえんらいたぁ』とかいうものを再現しようとしただけだ」

「それで、これ、量産できそうですか?」

「材料は、だいたいこの村で調達できるからな。

 歯車はこちらで加工するにしても、その元となる金属部分は鍛冶屋に発注をせねばならぬし……」

「タマルにいってくれれば、すぐにでも融通させます」

 即座に、ハザマは答えた。

「おそらくこいつは、あればあるだけ売れる商品になる。

 なんでしたら、弟子でも手下でも雇って、そいつらに量産させてください」

「わしも、こいつは売れると思う。

 まだまだ改良が必要だとは思うが、そいつは作りつつ模索していけばいい。

 だが……ふむ。

 弟子か」

「なにか、都合が悪いですか?」

「都合が悪いわけではないが、この年齢でまた弟子を取ることになるとはな。

 ……人の斡旋については、そちらに任せる。

 どうせ、あのタマルとかいう小娘が手配するのであろう?」

「おそらく、そうなるかと。

 おれも、もう少し準備を整えたらまたこの村を離れてしまうので……」

「……そうか。また旅にでるか」

「今度は、二月以上の、この村を離れることになるかと思います」

 ドン・デラまで二十日前後。戦場となる場所は、さらにその先にあるという。

「なにをしでかすつもりかは知らんが、若いうちにせいぜい足掻くがよい。

 わしはこの村で、着火器の改良と増産、それにお主に頼まれた他の器具の開発をしていることにしよう」

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