双面の作戦
「まずは、輸送網と通信網を構築できるかどうか、ということだな。
黒旗傭兵団から人を回して貰えるにせよ、それもどこまであてにできるのやら……」
ハザマが提案した概要に沿って、細部を詰めることになった。
「まず、通信網から考えよう。
お前様よ。
お前様がいた場所では、かなり広汎かつ細密な通信網が構築されていた。
以前、そういっていたな」
まず最初に反応したのは、エルシムだった。
「ああ、そうだ。
ネット……文字通り、網、だ。
おれの世界では、世界中に情報を伝える網の目が張り巡らされていて、世界中の人々がそこに接続していいたい放題のことをいいあったりしていた」
ハザマが、答える。
「夢物語のようだな。
だがしかし、ここではそれに近い環境を構築することを目指してみよう。
いずれ、長距離での通信環境を整備することは、以前よりお前様から要望されていたことであるしな」
「……できるのか?」
「無数の使い魔を確保し、森の中に散在させる。
その一体一体に、心話の術式を組み込む。
心話の術式自体はさほど遠くまでは届きはせぬが、使い魔にその心話を順送りに手渡していけば、理論上は使い魔が尽きるまで、心話が届く道理となる」
「中継、か。
理屈の上ではともかく……できるのか?
その、かなりの量の使い魔が必要となるはずだが……」
「今、洞窟に引きこもっているエルフが何人かいる。
それを動員して使い魔の確保をし、同時に、心話を中継するようエンチャントしたアイテムを大量生産して、確保した使い魔につけていく」
「それでいこう。
早速、実行に移ってくれ」
「心得た」
「……後は、輸送についてだが……」
静かな声で、ファンタルがいった。
「多少の増員であるならば、あてがある。
実際にどこまで成果があるか、正直、あまり自信がないのだが……」
「珍しく弱気だなあ、ファンタルさん」
「まあ……雲を掴むようなはなしであるからな」
「ともかく、いってみてくれ。
検討するにしても、実際に聞いてみなくては何にもはじまらない」
「そうだな。
この森には、まだまだ無数の犬頭人がいる。その他の異族がいる。
……ここまでは、よいな?」
「ああ、うん。
それで?」
「今、洞窟衆が従えている犬頭人は、数ある森の中の犬頭人の群の中でも、かなり頭数が多い方だ。
ひょっとすると、一つの群としては、最大頭数になるのかも知れぬ」
「……だから?」
「森の中に散らばっている、他の犬頭人の群を襲って、こちらに併合させる」
「合併吸収ってわけか?
でも……できるのか? そんなことが?」
「犬頭人は、群を作る生物だ。
優秀な個体には、ほぼ無条件に従う。
そのおかげで……お主も洞窟衆の頭領となったのであろう?」
「まあ……それが可能だとしても、だ。
間に合うのか?」
「やってみなければ、わからん。
だが……森の中には、まだまだ多くの犬頭人が存在することは、確かだ。
群の本拠地を一つ一つ襲撃して、こちらに服従させる」
「それと……そいつは、おれたちの今の戦力で可能なのか?」
「犬頭人を百匹と……それに、戦える女たちを連れて行く」
戦える女たち……ハザマが、「不機嫌な女たち」と呼んでいる連中だ。
彼女らは、理不尽を憎み……なにより、自分たちと同じように、異族に捕らわれた者たちへ強い感情移入を行う傾向がある。
適任といえば、適任であろう。
「順調にいけば……成果があがるほど、こちらの人数が増えていくはずだ。
それに、一度か二度、見本を示せば、分かれて別行動していくことになる。
女たちも犬頭人も、お主とトカゲもどきのおかげで、ずんと強くなっている。
ただの犬頭人に遅れを取るわけがない」
森中を駆け回り、増殖していく犬頭人の群。
その指揮を執る、ファンタルと女たち……。
どこまで成功するのかは、今の時点ではなんともいえないが……イメージとしては、面白い。
「……今すぐ取りかかってくれ。
ただ……連絡は、常時、取れるようにしておいてくれ」
「使い魔を増やす。
それと……先ほどの、エルシムの通信網に期待だな」
そういって、ファンタルも去っていった。
「リンザ、ゴグスさん呼んできてくれ。
ちょっと……ドン・デラって宿場町について、それからその他にも、聞きたいことがある」
ハザマはリンザに使いを頼み、役人のメグログに向き直った。
「メグログさん。
おれは行ったことがないんだが、ドン・デラって町はそれなりに大きいと聞いております。
そこなら……当然、ちゃんとしたお役所も構えているのでございましょう?」
「ああ、はい。
もちろん、ありますが……」
話の先行きが予想できず、メグログが当惑した顔をしている。
「ドン・デラにまでいけば……そこにいる賞金首のヴァンクレスも、突き出すことができる。
今は、仕方がなくうちで預かっている体裁になっておりますが……」
「……おい! 大将!」
「ちょっと黙ってろ!」
大声をあげたヴァンクレスを、即座にハザマが制した。
「……そうしていただければ、ありがたいわけですが……」
ハザマの意図が掴めず、メグログがまじまじとハザマの顔を無遠慮に眺めた。
「そうですか、そうですか。
どういう名称かは知りませんが、ドン・デラにまで行けば、このヴァンクレスのような賞金首を受け入れてくれるところがある、と……」
「……ゴグスさんをお連れしました」
リンザが、ゴグスを伴って帰ってきた。
「何かご用ですかな?
ドン・デラについてとお知りになりたいとか……」
「ああ、ゴグスさん。
ご足労くださいまして、ありがとうございます。
用件といえば他でもない。
ドン・デラって宿場町は、たいそう栄えている宿場町と聞いております。
そうした町であれば……当然、闇の部分も大きかろうと……。
いや、なに。
あの町の周辺に、今、どれくらいの賞金首が存在するのかと、そのあたりをお聞きしたいので……」
「……いきなり、ですな」
当然のことながら、ゴグスは瞠目した。
「まずは……そうおっしゃるわけを、お聞かせ願えませんかな?」
「……随分と壮大な構想ですな」
ハザマが一通り、現在の状況を説明すると、ゴグスは深々と息を吐いた。
「ゴグスさんは、不可能とみますか?」
「いえ……あながち、そうとも。
それに、一度は盗賊に捕らわれて未来が閉ざされたこの身。
今更失うものありませんし、そうした賭に乗ってみるのも一興でしょう。
なにより、その作戦……成功すれば、穀物の相場がぐんと跳ね上がります。
割のよい仕手戦ということになりますな、うははははは」
あ。
この人、根っからの商人だ……とハザマは思った。
「それで……その作戦と、賞金首との関係は?」
「いえ、なに。
当座の資金源として、ドン・デラ周辺の賊を片っ端から捕らえて役所に突きだしてやろうと思いましてね。
そこのデカ物みたいに、バジルの能力を無効化できるやつも、そう多くはいないでしょうし、それにゴグスさんは商人だ。
商売の邪魔となる賊の情報には、それなりに詳しかろうと……」
「なるほど、なるほど。
何にしても、金は必要となりますからな。
そういうことならば……」
ゴグスは、べらべらとその場で主要な賞金首の特徴や生息地をしゃべりだす。かなり詳細な情報だった。
リンザが慌ててペンと紙を用意し、読み書きができないハザマの代わりにその内容を筆記しはじめた。
「……わたしが知っているのは、こんなものですが……」
しばししゃべり倒した後、ゴグスはそう締めくくる。
「ゴグスさん。
もう一声」
「もう一声……とは?」
「ゴグスさんが所属していた商会は、かなり手広く商いをしていたと聞いております。
で、あれば……保険というか、保障というか……あるんじゃないですかねえ?
主要な盗賊と繋ぎを取って、しかじかの金銭と引き替えに、うちの荷は襲わないでくださいと……そんな取引をする窓口みたいなのが、あるんじゃないうですか?」
「と……盗賊ギルドのことかっ!」
役人のメグログが突如立ち上がり、叫ぶ。
「あれは……実在が確認されていない……はず……」
「と、お役人様は、このように申しておりますが……ゴグスさん。
実際のところは、いかがなもんでございましょう?」
「ないといえばない。あるといえばある。
そうとしか、申せませんな。
しかし……ハザマさん。
そんなところに、一体どんな用件が?」
「なに、単純なアウトソーシングですよ。
この国がどのような形で兵糧その他を輸送しているのか、おれは知りませんが……いずれにせよ、その輸送網はかなり大規模なものでしょう。
それを襲うっていうわけですから、人手はいくらあっても足りません。
そこで、普段そういう仕事をやりなれている方々に外注してやっていただいて、その対価としてこちらはしかじかの金品を支払う。
そうした交渉を行える窓口をご紹介いただければ、こちらの構想もかなり捗るなあと……そのように思っただけでして……」
「……賞金首を狩って、その賞金で、盗賊どもを雇うと……そのようにおっしゃいますか?」
「ごく単純にいえば、そういうことになりますか」
「これは……はは」
ゴグスは、しばらくの間、大声で哄笑した。
「いや、失礼。
ハザマさん。
あなた様は……随分と、型破りな方のようだ。
いいでしょう。
このゴグス、この件では、全面的にあなた様に協力いたしましょう……」
無論、商人であるゴグスが無償で……というわけもなく、ゴグスは、見返りとしてドン・デラに自分の店を持ちたいといった。
「今のおれたちですと……これからなにかと入り用になりますし、あまり大仰な支援はできかねますが……」
ハザマは、慎重ないい方をする。
「最初の店は、粗末なものでもかまいません。
いずれ……この件が成功すれば、莫大な利益となります。
逆に、うまく行かなければ、あなた様もこのゴグスも破産です。再起不能な打撃を受けることになります。
それと……ドン・デラに店を構えておけば、そこから経由して王国中に、洞窟衆が作った商品を売りさばくことが可能となりますよ」
「洞窟衆の拠点も兼ねて、か……。
いいでしょう。
今の時点では、口約束くらいしかできませんが……それでもよろしければ」
「このような案件を即決されたら、それこそかえって信用を損ないます。
もう少し諸々の要件を吟味した上で、色よいご返事を期待しております」
「……ふぅ」
ゴグスが退出すると、ハザマは息をついた。
「ええっと……後は……」
「……ちょっといいかしら?」
この時、仮設小屋に乱入してきた小さな人影があった。
「……なんだ。ガキが」
「ガキってっ!」
盗賊に捕らわれていたところを救出した、没落中の下級貴族姉妹の姉の方。
名前は、確か……あれ? なんだったけか?
「……君。
名前なんていったっけ?」
「ズレベスラ家の現当主、カレニライナ・ズレベスラよ」
「当主?
当主は、お爺さんになるんじゃないのか?」
「お爺さまはずっと昔にお父様に家督を譲っているし、そのお父様は三年前に戦死。
従って、少なくともクリフが成人するまでは、お父様が残した子どもの中で長子たるわたくしが家長として……」
「はいはい。
で、そのカレニライナちゃんが、いったい何の用?」
「貴族の令嬢をちゃんづけで呼ぶなぁっ!」
「ツンツンするのなら、もっとくぎみーみたいな声でやってくれ」
「くぎみーって誰よっ!」
「説明しても理解できないと思うから説明しない」
「なにそれっー!
……はぁ、はぁ。
なんか、調子が狂う男ね。
こんなあばら屋でかなり重要な会議をはじめちゃうし……。
話し声、外にだだ漏れだし、みんな集まって聞き耳を立ててたわよ」
「そりゃあ、後で説明する手間が省けていいなあ。
どの道、秘密にするつもりもなかったし……そんで、カレニライナちゃん」
「敬称を略すか……それか、カレンと呼んで。
親しい人には、そう呼ばれているから」
「そんじゃあ、カレン。
何の用だ? 今、大人同士の重要な……」
「こっちも、大人同士の重要なお話ってやつをしに来たの。
あなた、わたくしを雇いなさい」
「はいはい」
ハザマはうんうんとわざとらしくうなずいて見せた。
「今は、残念だけど君みたいなお子様と遊んでいる暇がないんだ。
さっさと帰って……」
「わたくしには!」
カレンが叫ぶ。
「お爺さまに仕込まれた、貴族関係の知識があります。
礼法から大小の貴族の家系図、紋章など。
そうした知識は、これからのあなたに必要となるかと思います!」
「いいたいことは理解した。
だが、保護者の許可を取ってから出直してくれ」
「お爺様は……きっと、反対なさるから……」
「反対されるとわかっていて……なぜ君は、ここに来たんだ?」
「だって、だって……。
そうしないと……わたくし、家のために、知らない遠縁のジジイと……」
「……なんとなく、わかった気がする」
ハザマは、目を細めた。
「君のお爺さんは、ドン・デラに居る遠い親戚を頼るといっていたが……それってつまり、身売りに近いことなのか?」
「ええ、そうよ!
どう取り繕ったって、身売り!
顔も知らない五十を越えたおっさんにこの身を捧げて、クリフが成人するまでの後見人になって貰うの!
それここれも、全部、ズレベスラ家再興のため!
クリフだってわたくしの純潔を守るために盗賊なんかに……」
「わかった、わかった。
もういい。いわなくていい。
……まいったなあ。
事情を聞いた以上、どうにかしないとうちの女たちの士気がだだ下がりになるような……。
君の処遇に関しては、前向きに検討する。今のところは、それで引いてくれ。
なにより、君のお爺さんを説得しないと、この場で何かを決定することができない」
「そうね。
それまでは……わたくしが自発的にあなたのそばにいて、適切な時に必要な助言する、というのはどうかしら?」
「……好きにしてくれ。
ただし、必要がない時は黙って控えていてくれ」




