役人の流儀
一方、三人の役人たちは村長の屋敷内にある空き部屋で宿泊する準備をしていた。
本来であれば、しかるべき来客用の部屋が割り当てられるはずであったが、なにしろ今は非常時だ。獣害のため破損された建物が多く、村長の屋敷へも相当数の村人たちが寝起きしている。寝具も部屋も足りない。
そんなわけで三人が案内されたのも、確かに空き部屋ではあったが、その実、普段は倉庫代わりに使われているようなほこり臭い一角であった。
役人たちも村の窮状を知っているし、なによりこれでも野宿よりはずっとマシだと思っていたので、特に文句をいうことはない。
「……この度の獣害も、どうやらこの地が終着点らしく」
三人の中で一番若い役人がいった。
「だと、よいのだがな」
サイレル・ファレルが呟く。
「これより北の村は、六つも消失していた」
流石に、若干の疲れの色が見えた。
ワニに荒らされた村人たちも十分に同情に値するのだが……これは、六つの開拓村から上納される税収が丸々消し飛んでしまった、ということを意味する。この「六つ」という数は、巡視官サイレルが担当する地区内で確認された村だけの数である。
あるいは、木登りワニがやって来たもっと北の地域では、もっと大規模な被害があったのかも知れず……。
サイレルのキャリアにとっては、この村よりも、そちらの事情の方がよほど深刻といえた。
「それで、巡視官。
この村の税を、物納ではなく現金に代えると提案は呑むおつもりですか?」
補佐官のうち、年嵩の方が、サイレルに訊ねる。
「子細はまだわかりませんが、例年のごとく、もうすぐ山岳民どもが攻めてくるかも知れないという情報も入ってきております。
六つの村が消えたこともありますし……今後、穀物は不足し、そうなれば、穀物の値もぐんと上がるはずですが……」
「……思案のしどころでは、あるなあ」
サイレルは、天井を睨む。
「現金での納税を許せば、われらは確実に損をする。
しかし、物納に拘れば、この村の復興が立ち遅れる。
……長い目でみれば、ここはあえて損を取って、村の支援をするのが上策であろう」
原則に拘りすぎて締め付けを厳しくしすぎれば、村人たちが逃散するおそれさえあった。
それでなくても、現状で六つの開拓村が消えている。
ここは村を支援して、ひいては来年以降の増収を望むべきであろう。
確かにこの村はかなりの被害を受けてはいるが、村人たちの表情は不思議と明るい。
この村の人々は、この村の将来についてまだ希望を持っているのだ。
何年かの時間は必要だろうが、これ以上の不運に見回れでもしない限り、この村はいずれ完全に復興するだろう。
「しかし、それでは……巡視官のお立場が……」
「これだけ大規模な獣害があったのだ。
もとより、わたしの立場も無事ではすむまい」
その言葉に影はない。
平民から官吏に登用されたサイレルは、まだ家庭を持っていなかった。
失脚しても独り身、という気軽さはある。
「今はわたしなどの保身よりも、領民のことを案じる時期だろう。
それが、将来の税収増にも繋がる」
「お志は大変に立派だとは思いますが……」
若い方の補佐官が、サイレルにいった。
「……あの洞窟衆とかいう胡散臭い連中、どのように遇するおつもりで?」
「どうも、こうも……そのまま中央に報告し、それで終いよ。
あれは、型どおりに税を納めさせるよりも手駒として使いたがる者が多かろう」
「面倒なのは、上に押しつける……ですか」
年嵩の補佐官がそっと嘆息する。
「確かにあんな得体の知れない者たちには、あまり関わり合いにならない方が身のためだと思いますが……」
翌朝にも、ハザマたちと役人たちとの会談は続いた。
昨日の会談が、ハザマや洞窟衆などの込み入った説明に時間を取られすぎてしまったからだ。
昨日と同じく、ハザマたちだけではなく、村長や隣村の村長の息子も同席している。フラハというその青年は、この村の復興援助という名目で、数名の若者を引き連れて長期滞在しているらしい。
近隣の村にしてみれば、次代の村長として、災害時の対処法を学ぶいい機会なのかも知れなかった。
「……昨夜、これまでに聴取した事柄を検討してみたのですが……」
サイレル巡視官は、そう切り出した。
「今回の納税は、特例として現金での取り扱いを認めることにいたします」
「そうして貰えると、助かります」
ザバル村の村長は、丁重に謝辞を述べる。
続いて、すぐに試算を書きつけた紙を提示した。
「現在の相場ですと、これくらいの金額になると思うのですが……」
「順当な値であるとは思うが、これからの季節、穀物の相場はあがるのが通例だ。
もう少し色をつけて貰えればありがたい」
「特例を認めていただいている以上、ご期待には応えたいところですが……この村もご覧の通りの惨状でございまして……。
では、これに、これだけ加算させていただいて……」
「この分だと、この村の来年の収穫量は例年の半分以下になることだろう。
そのことも踏まえると……」
村長も巡視官も、それぞれに背負っているものがあるから、当然のように交渉は長引く。
「……あちらは今しばらく時間がかかるでしょうから……少し、よろしいでしょうか?
わたしはサイレル巡視官の補佐を務めさせております、ミスクと申します」
二人の補佐官のうち、年嵩の方がハザマに向き直る。
「はい。
どのようなご用件でしょうか?」
とりあえず、ハザマは返答してみた。
「聞くところによると、貴君らは狂賊のヴァンクレスを捕らえているとか……」
「ええ、一応。
なんなら、呼んできましょうか?」
ヴァンクレスは今、まだ傷も治りきっていないというのに、切り出した丸太の運搬を手伝っているという。
体力が有り余っているのだろうな、と、ハザマは思った。
「いえ、それには及びません」
ミスクはかぶりを振った。
「今後、彼を、どうするおつもりですか?」
「どうするも、なにも……」
ハザマは、「お前は何をいっているんだ?」といったニュアンスを籠めて、ミスクの顔をまじまじと見つめた。
「……やつの首には、賞金がかかっているんでしょう?
素直に、このままお役人様に引き渡すのが筋かと思いますが……」
「そうしたいのは山々ですが、我らも徴税任務の途中にあります。
最低限の護衛しか連れてきていませんし……さらに正直にいえば、あんな大物を中央まで無事に護送できるのか、大いに疑問です」
「今、仲間に賊たちを尋問させているところですが……賊たちが取り返しに来るという線は、もうなさそうですよ?」
実際には、かつて盗賊だった者たちはかなりエグい「おしおき」を経てすっかり心が折られ、ヴァンクレス以外、全員の奴隷契約が完了している上、必要な尋問もすべて終了している。
奴隷状態にある者は、問われたことに対して嘘もつけないので、隠し事も不可能だったから、かなり効率的な情報収集を行うことができた。
「でも、やつには……赤鬼のヴァンクレスは、あらゆる状態異常の魔法を無効化する体質だ。
あれに本気で暴れられたりしたら、こちらだってなす術がない」
そういって、ミスクは肩をすくめる。
彼らにとってヴァンクレスとは、いつ爆発するかわからない不発弾のようなものなのだろう。
「そのように、いわれましてもねえ……」
ハザマは、空惚けた。
「……おれたちは、領民の義務として賞金首を差し出すだけでして、それ以上のことは致しかねます」
ハザマとしては、賞金なんていらないからさっさと誰かに引き取ってほしかった。
「そこで、です」
ずい、と、ミスクが身を乗り出してくる。
「しばらく、やつの身柄をそちらで預かっては貰えませんかね?」
「預かる……ですか?」
ハザマは、ゆっくりと首を振った。
「なんで、わたしたちがそんなことを。
あんな凶状持ちを……」
「……もちろん、タダでとはいいません。
あの狂賊も、あなた方の元ではおとなしくしているそうですし……」
「タダではない……ですかあ?」
ハザマは、あさっての方向に顔を背けた。
「あいつ、大食らいですから多少の飯代をいただくくらいでは、かえって赤字になるくらいなんですが……」
「迷惑料と管理費込みで……」
「……あ、具体的な金額の交渉は、うちの財務担当にお願いします。
エルシムさん。
タマルを呼び出して」
エルシムが心話でタマルを呼び出し、具体的な金額についてはそちらに任せることにした。
どの道、こちらの世界についてはひどく疎いハザマでは、順当な金額の判断がつかない。
「……少し、よろしいでしょうか?」
今度はハザマの方が、もう一人残っていた若い役人にはなしかける。
「はい。
なんでしょう?」
サイレス巡視官の、若い方の補佐官は、もう一人よりはよほど柔和な印象を受けた。
「お役人様に、お聞きしたいことがあります」
ハザマは、すぐに本題を切り出した。
「今回捕らえた盗賊たちは、打ち捨てられてひさしい開拓村にたむろしておりました。
そうした廃村に手を入れ、再入植をすることに、なんらかの許可を取る必要があるのでしょうか?
必要な手続きなどがあれば、お教えいただきたい」
「……え……お……」
予想外の質問をぶつけられ、若い補佐官は、しばらく、目を白黒させていた。
「も、もちろん、再入植は可能です。
むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。
届け出なども、特に必要とはしません」
若い補佐官は、素早く思考を加速させる。
この、洞窟衆という輩……流民の寄せ集めと思っていたが……。
「ですが、わが国は目下財政難にあり、官からの援助は一切望めないものと思ってください」
「援助はなしでも、無事に村として体裁が整うようになってきたら、こうして税を集めに来るわけですね?」
ハザマが、薄く笑いを浮かべながら、そんな皮肉をいう。
「もちろん、援助は最初から考慮しておりません。
まずは、この村の復興を助けるのが先決ですが……その後、おそらくわれわれは、どこかに自分たちの村を造営することになるでしょう」
今は、洞窟に残っている女たちを扶養するので精一杯で、開拓事業にまで手を伸ばす余裕などないのだが……。
いつまでも、このザバル村を「外部との通商口」として利用し続けるわけにもいかない。
数多くの犬頭人を抱えていることもあり、洞窟衆の本拠地とでもいうべき場所を早めに確保しておいた方がよい、と……昨夜の話し合いの結果、「いずれ、そうなるだろう」という結論に達したのだ。
「それに、村といっても……こちらのザバル村のような普通の開拓村ではなく、もっと独特な形態の村になりそうですが……」
「独特な形態の、村……ですか?」
ハザマの意図を探るような目つきで、若い補佐官は聞き返してきた。
「どうもよく、想像できないのですが……それは、楽しそうだ」
それから、その補佐官は、
「わたしは、メグログと申します。
以後、お見知りおきを」
はじめて、そう名乗った。
驚いたことに、ヴァンクレスの賞金額はザバル村が納める一年分の税額とほぼ同じだった。
そのことを知ったとき、ハザマなどは、
「……どんだけ暴れ回ったんだよ」
などとかなり呆れたものだが、ヴァンクレスとその兄を頭目とする一味は貴族でも関係なしに襲ったのであっという間に賞金額が跳ね上がったという。
それに、「どうせ捕らえられる者なぞおるまい」という諦観混じりの判断も加わって、非常識な金額になってしまったようだ。
狂化持ちの体力バカな弟と特殊な魔法を使う策士タイプの兄は、それくらい「捕まえにくい」相手と見られていた。
笑ってしまうのは、ザバル村が役人に支払った現金は、村の貯蔵庫に眠る穀物を担保にハザマたち洞窟衆が貸しつけたもので、それがほぼ全額、ヴァンクレスを捕らえた恩賞として洞窟衆に戻ってきたことである。
ザバル村が洞窟衆に借金をしているという事実だけが残ったわけだが、これも実は、洞窟衆が村の土地を借りている代金などでかなり相殺してしまっている。
若干、足が出た分と利息を併せても、ザバル村の負担は、一年分の税と引き替えと考えればさほど重くはない、という結果になった。
それに、帳簿の上はどうあれ、ザバル村の蔵には種籾にも食料にもなる穀物が山積みになっており、数年は村人たちが飢える心配がない。
この場では、なによりもその事実が、一番、重要だった。




