山岳地支援のための会議
「要するに、兵站だな」
ファンタルはそういういい方をした。
「山岳地という広大な戦場の隅々にまで食料を行き渡らす……のは事実上、不可能。
だから、近場から順番に継続的に食料を運んでいって、徐々に安全地帯を増やしていく。
迂遠に思えるかも知れないが、これが堅実的な方法になると思う」
「その……そうすると、かなり膨大な食料が必要になるかと思いますが……」
ハザマは質問した。
「そいつ買いつけるための資金は?」
「長期的には山岳地で産出できる資源や産物、あるいは肉体的な労働によって返却して貰うわけですが……初期の分は宝くじの発行回数を増やして、そちらの利潤を当てようかと思っています」
タマルが説明する。
「皆さんご存じの通り、この領地には部族民の人たちも大勢居住しています。
山岳地支援のための資金を集めるために宝くじを発行するとなれば、それなりに買い手はつくでしょう」
「むしろ、宝くじを買うための格好の口実になるわけか」
ハザマも頷く。
「短期的には宝くじによる収益を利用して、長期的には山岳地に居る者たちの取引を増やすことで損失を補填していく、と。
……そんなに大量の穀物を買いつけて、他に影響は出ないのか?
王国内で消費する分が不足してきたり、穀物の値自体が高騰してきたり……」
「そしゃ、多少は値上がりはするでしょうが……」
タマルはそういって肩をすくめる。
「……限度を超えてまで高値で買い取ろうとしなければ、そんなに影響はないと思います。
それに、今ではトンネルを自由に通行できるようになっていますからね。
洞窟衆が穀物を高めに引き取っているという噂が流れていれば、自然と外国の余剰分がこの領地に集まってきますよ」
多くの国々から買い集めるようにすれば、そんなに極端な影響は出てこないはずだ……と、タマルは保証した。
「あと数年は麦の値崩れを心配する必要がない……ということになれば、王国でも周辺諸国でも作つけ面積を増やしてくるでしょうし」
容易に換金できる……ということになれば、穀物をより多くつくるようになるはずだ、と、タマルは読んでいた。
「そうするためにも、山岳地方面の情勢をより早く、より正確に外地にむかって広報をする必要も出てくると思います」
今度は、バツキヤが発言する。
「現在、山岳地にむけて通信網を構築中なわけですが……思っていたよりも、奥地まで届かないものですね」
「……相手が広すぎるんだ」
ハザマは呟いた。
「現在、陸路のいくつかのルートとそれに川沿いに延ばしている最中だから、手堅くそちらの事業を行っていくしかないだろうよ」
この通信網の構築と山岳地方面への支援事業は平行して行う形となる。
確かに、山岳地内の人里と直接対話ができるようになればいろいろと便利なのだが、そうなるためにはまだいくばかの月日が必要となるだろう。
「それで、支援のための隊商の準備の方は?」
「陸路の方は、数日中には出発できるな」
ファンタルがいった。
「百名以下の編成で、以前にも説明したとおりその殆どが身体能力を底上げする付与魔法をおぼえている。
いや、おぼえたて、になるな。
かろうじて使えるが、熟練してはいないという状態の者がほとんどだ。
実際に荷物を運んで習熟して貰う」
「人材の育成に関しては、うちはいつでも促成からすぐに実践投入だからな」
エルシムが頷く。
「いつものこととはいえ、みな、よくついてこれるものだ」
「古参の人にとっては、いつものことなんですけどね」
タマルはいった。
「最近、こちらに合流してきた方たちなどは、そういう意味ではまだまだ柔軟性が足りない。
状況の変化に対応するのが一拍遅れるというか……」
「多少、戸惑っている程度なら実害はないだろう」
ファンタルはいった。
「それなりにフォローはいれているのだ。
それに、現場で指揮を取れる者がいつまで育たなくては今後の展開的にも困る。
自分で判断ができない者ばかりが増えても、足手まといになるばかりだぞ」
「われわれの活動範囲もこれから広がる一方なわけですから……」
リイスはいった。
「……需要を考えると、そうなるわけですけどねえ。
ですが、いつまでもなんの準備も行っていない人材を未知の場所に放り出すだけでは駄目でしょう。
それでは、人材育成の効率が悪すぎます」
「なにか意見があるのか?」
ハザマが、リイスに聞き返す。
「意見というか、そろそろうちの部門から教育や人材育成専門の部門を独立させる時期かな、と思います」
洞窟衆の人事部門責任者であるリイスはいった。
「今までは、個別に……というか、私的な契約に任せて読み書きや様々な技能を広めてきたわけですが……」
「それを洞窟衆で統括するべき、ってか?」
ハザマはそう確認してみる。
「統括、というより管理、ですね」
リイスは慎重な口振りでいった。
「中には詐欺師まがいの口上をもつて、教授料だけを巻きあげて遁走する者なども現れはじめましたから……」
「そいつは捕まえたんだよな?」
「当然です」
リイスは頷く。
「通信で連携した洞窟衆がそんなケチな犯罪者風情に遅れを取ることはありません」
これだけ大勢の人間が集まってくれば、中にはよからぬことを考える者もそれなりの割合で混入してくる。
洞窟衆は、そうした犯罪者に対する専門の部署、というのは、今の時点では組織していなかった。
洞窟衆はその内部に、常人に数倍する身体能力を持った者をかなり高い割合で含んでいる。
そうした者たちが日常的に通信タグを持ち歩いているので、なにかことが起これば手近に居る者たちがすぐに対処してしまうため、現状でも犯罪行為への抑止力としては十分であり、改めて組織する必要がなかったのだ。
ちなみに、捕らえられた犯罪者はその罪科に合わせた罰金刑ないしは強制労働に処せられることになっている。
具体的な損害を生じた場合はその賠償が優先され、そうでない場合は王国法を参考にして罪の軽重を判断していた。
そのための判断をする司法のための部署も、小規模ではあるがすでに発足している。
「……ですから、領内で金銭と引き替えにしてなんらかの知識や技能を教える者は、まずこちらに登録をして貰う形となります。
この際には当然、その者が他者へ教えられるほどの知識や技能を持ち合わせているのかも審査されることになりますね。
そして、登録が済んでからは、一人がある技能をおぼえるたびに洞窟衆の方から報奨金を出すようにします。
このための技能検定も、洞窟衆で行います」
「教授役は、生徒から貰う授業料以外にも収入が増えるわけか」
ハザマは確認した。
「それはいいんだが……それだと、こちらの財政負担が大きくなり過ぎないか?」
「当然、そうした報奨金の金額については、負担以上の利益があるように設定しますよ」
リイスは説明を続ける。
「たとえば、現在は身体能力を強化するための付与魔法の使い手を洞窟衆は増やしたと思っているわけです。
こうした場合、報奨金は多めの設定になる。
逆に、今後、付与魔法の使い手が余ってくるようになれば、報奨金を低くします。
需要に合わせた人材を育成するための仕掛けとしては有効かと思います」
「……ここで説明するということは、そういう機構を実際に稼働させるための準備もだいたい終わっているわけだ」
「そうですね。
上の認可を待っているばかりでは後手に回るばかりですから」
リイスはそういった。
「それに、うちの部門も専門化を進めて合理化していかないと、事態の変化に対応できませんから。
それでなくても、うちは流入してくる人たちの割り振りに苦労しているんですから……」
一刻でも早く、「使える人材」の数を増やす。
リイスの人事部門の使命は、結局のところこの一事に尽きる。
「じゃあ、そっちは任せるわ」
ハザマはいった。
「念のため、かかる経費とかの概要はタマルに見せて許可を取っておいてくれ」
「はい。
じゃあ、これ、お願いします」
リイスは、すぐに手元にあった書類をタマルに手渡す。
「お預かりします」
タマルはその書類を受け取り、パラパラとめくった。
「みた感じ、かなり良さそうな感触はしますが……本格的な返答は、またあとで内容を精査してからで」
「では、その件はそれでいいとして……」
ハザマは話題を元に戻す。
「ええと、山岳地への支援の、実際面についてだったかな?」
「まずは、陸路だな」
ファンタルが応じる。
「百名以下の隊商を、数日の間隔を置いて継続的に山地へ送る。
これは食料などの支援物資を送るということの他に、山地への人的な支援も兼ねている。
移動した先で人手が必要な事態になっていればそのまましばらく逗留して活動して貰う形だな。
物資や食料、それに人はあとから続々と送られていくので、しばらくはかなり柔軟な活動が可能になるはずだ。
特に最初に出立する者たちは、情報収集を行ってこちらに知らせるための先兵としての役割も負うことになる……」
補給線の維持と実働部隊、というわけだった。
「最終的に、どれくらいの人数を動員する予定ですか?」
ハザマは訊ねた。
予算こともあるし、人手の問題もある。
そちらの方にばかり力を入れていたら、肝心のハザマ領内が疎かになりかねない。
「予算については、宝くじの発行である程度、調整が可能です」
タマルは即答した。
「人手に関しては……そうですね。
とりあえず今の時点では、陸路と水路をあわせて、上限五千人で考えています」
リイスはあっさりと答えた。
「今後、山地の状況とかを見て、さらに追加することもありえますが」
「……五千人……」
ハザマはリイスは出した人数を反芻した。
「かなり多いように思えるが……」
「山地の広さを考えると、これでも少ないくらいですね」
リイスは断言する。
「現在、付与魔法を研修中の人たちがおおよそ五百名居ます。
この中には、数日中に出立する予定の人たちも多く含んでいるわけですが。
これからさらに技術教授に力を入れれば、この十倍くらいの人数はあっという間に仕上げてみせますよ。
それに……」
……この領内に流れ込んでくる人数は、遙かに多いんです。
と、リイスはつけ加える。
「今は、建築や土木である程度人を取られているのでなんとか釣り合いが取れていますが……。
それ以外の産業も急いで育成していかないと、そのうちに職にあぶれた人が増えすぎてにっちもさっちもいかなくなります。
そうなるよりは、早めになんらかの専門的な技能を身につけて貰って、どこにいっても職にあぶれないようになって貰わないと……」
身体能力を底上げする付与魔法を使いこなせれば、少なくとも職にあぶれることはない、ということらしかった。
「……多角化、ということだな」
リイスの説明を一通り聞いたハザマは、そんな風に呟いた。
長期的なことを考慮すると、そうした視線も必要なんだろうな……と、ハザマは思った。
「でも……そうした支援をした結果、この領地周辺への洞窟衆の影響力が大きくはなりすぎないか?」
山岳地への支援についての話題が一区切りしたところで、ハザマはそんな感想を漏らす。
「あんまり派手にすぎても、中央委員に睨まれないもんかな?」
「それは、睨まれる……といういい方が悪ければ、警戒はされるでしょう」
なにを今さら……といった顔をして、バツキヤが答えた。
「ですが、なにもしないでいても王国の領土内ということである程度の緊張関係はあるわけですし。
それに……」
「なにもしないでいたら、助かるもんも助からなくなる、か」
ハザマは呟く。
「それもありますし……今の部族連合には、こちらにまで干渉してくるほどの余裕はないでしょう」
バツキヤは断言する。
「むしろ、ごく一部であってもわれわれが山岳地の秩序を回復するための努力をしてくれることを、感謝したいむきの方が多いはずです」
その他にも、支援を必要とする場所が多すぎますからね。
「……それで、これまで議論してきた地道な支援の他に、先日に行ったような即効性のある武力による秩序回復行為について、中央委員からまた依頼が来ているのですが……」
「即効性のある武力による秩序回復行為、ねえ」
ハザマは、呟く。
「例の、少数精鋭を転移魔法で運んで……ってやつか?」
「一度前例を作ってしまいましたから、ああいうのをまたやって欲しい……という依頼が来るのは当然ですね」
バツキヤは答える。
「何カ所か候補を出して、どれに手を着けるのかはこちらの判断に任せてくれるそうですが」
「……領内に他国の武装勢力を引き入れることに、抵抗はないのかなあ?」
ハザマは、疑問を口にした。
少数であれ、まとまった人数を……ということになれば、やはりブラズニアの魔法兵をあてにしないわけにはいかない。
「領地内とはいっても、実際には王国からかなり距離がありますし……それに、なりふり構っていられない状況になっている、ということでもあるでしょう」
バツキヤはいった。
「当然のことながら、王国にとって、戦略的に意味がある場所は外していますし」




