山岳地の混乱
毎度おなじみの会議室でのことである。
「領内の整備に関する諸問題や人事関連など、報告や討議を必要とする案件は多々あるのですが……」
ハザマが到着するやいなや、バツキヤは口を開いた。
「……まずは、実質的に内乱状態にある山岳部への対処、ですね。
問題が問題ですから長期戦になりますし、それだけにしっかりとした戦略に則って動かないと大きな損失を生みかねません」
一種の防衛戦というわけか、ハザマは思う。
とはいえ……。
「現状がよくわからないからなあ」
ハザマはぼやいた。
「とりあえず、こっちの方へはまだ飛び火して来てないの?」
「獣の気性が、総じて荒くなっている。
そう報告は受けている」
エルシムが即答した。
「犬頭人を投入し、狩人も増やすことで対処している。
毛皮にせよ食肉にせよ、現状、いくらあっても余るということがないからな」
仕事を求めて流入してくる人数が際限なく増え続けているので、食料その他生活必需品はいくらあっても足りないのだ。
「それで間に合う程度なんですか?」
ハザマは確認してみた。
「今のところは、どうにかなっている」
エルシムはそう説明してくれた。
「今後のことまでは保証できんがな」
と、いうことは……こちらもそれなりに、消耗を強いられているということか。
「こちらの損害は?」
すかさず、ハザマは確認した。
「人間に関しては、特に問題するまでもない」
今度はファンタルが報告してきた。
「初期には多少も死傷者は出しているのだが、それは敵との戦闘によるものというより、本人の判断ミスや不注意に起因するものがほとんどだ。
つまりは、員数合わせで練度が足りてない者を動員した結果ということになるな。
現在では、かなり余裕を持った判断をするように徹底しているので、まだ仕上がっていない兵士を森の中に入れることはまずない」
歴史が浅いだけあって、洞窟衆には熟練した下士官や指揮官タイプの人材がまだまだ少ない。
代わりに、場数を踏んでいる前線兵士として通用する人員は比較的多いわけだが……部下の能力を見極めて適切な場所に投入する、とかそういう判断力を持つ者が圧倒的に少なかった。
判断力など、経験によって培われる素養は一朝一夕に開花できるものでもなく、こればかりは、すぐに解消できるものでもないのだった。
「今は、慎重を期して人を投入している、ということですね?」
ハザマは確認する。
「ああ」
ファンタルは頷いた。
「こんな騒ぎで損耗を強いられるのは馬鹿馬鹿しいからな。
それに、ルシアナが居なくなったのが原因というのならば、この騒ぎもすぐには収まらないだろう。
だとすれば、現在のこの環境にわれらの方が適応していくしかない」
そのためには、人員の消耗を最低限に抑え、人員の育成に力を入れるしかない……というのがファンタルの意見だった。
「森の中で自由に動ける人員を増やそうと思っていたところだから、ちょうどいいといえばちょうどいいのだが」
とも、つけ加える。
「人間に関しては、わかりました」
ハザマも頷いた。
「それでは、犬頭人の方は?
この騒ぎで、どれくらいの損害が出ていますか?」
「……詳しいことはわからないのだが……」
エルシムが答えた。
「ここルシアナ亡きあとからこっち、狩りの最中に返り討ちにあう数が飛躍的に増えたらしいな。
ただ、やつらもすぐに学習して、容易にやられないような狩りの方法を考案し、今では損害もかなり抑えられているらしい」
「それは、具体的に、どれくいらいの損害なのですか?」
ハザマは訊ねた。
「あんまり数を減らして貰っても、困るんですが……」
「犬頭人の全体全体数に影響を与えるほどの損害ではない」
エルシムは即答する。
「狩りに参加するのは、犬頭人でもごく一部の者だけだしな。
それに、今、やつらは調子にのっている最中だ。
多少は淘汰されるくらいでちょうどいい」
「調子にのっている……ですか?」
ハザマは首を捻った。
「それは、具体的にどういうことですか?」
「ドワーフの手による高性能な武器を与えられ、幾つもの群れを糾合した結果、それまでなら考えられないほど大人数での狩りを効率よく行えるようになった」
エルシムはハザマに犬頭人の現状についての説明をする。
「それに、お主の影響を受けて強化された者も含め、それまで隔絶した場所に居た犬頭人たちが混血しはじめている。
やつらの繁殖力は旺盛だからな。
半年もすれば、今の犬頭人よりも高い能力を持った新生代が生まれてくるだろう。
だから、ここいらで多少、淘汰されるくらいでちょうどいいくらいだ」
この犬頭人らをうまく活用するのが、この事態を打開する鍵になる……と、エルシムは告げた。
「どのみち、やつらにしても、増えすぎた仲間を養うため、森の中に散って狩りに勤しまなければならないという事情があるわけでな。
こちらが指示を出さずとも、森の奥へと進んでいくだろう」
その進む先を、多少、こちらで指定してやるだけのことだ……と、エルシムはいう。
「……なるほど」
ハザマはそう相槌を打つ。
「では、犬頭人たちには、森の中の荒ぶる獣を適当に間引いて貰う、と」
「少なくとも、領内に関してはそうして貰った方がいいだろうな」
エルシムも、頷いた。
「やつらにも手に負えないやつに関しては、こちらで引き受ければいい」
まずは、領内の安定から……というわけだった。
「確かに、工事が無駄に延期しても困りもんですしね」
ハザマは呟く。
野生動物が原因でスケジュールが立たない……などということが頻繁に起こるようなら、人件費はいくらあっても足りなくなるだろう。
「領内のことに関しては、当面、それでやってみるとして……」
ハザマは、そこで次の議題に移ることにした。
「……部族連合の方は、どうよ?」
と、バツキヤに振る。
「かなり混乱している様子ですね」
バツキヤはいった。
「こちらに伝わってくる情報があまりにも少ないので、正確なことはなにもいえません。
中央委員でも、把握していない被害がかなり多そうなので……」
「その混乱に乗じて、異族を操ってなにか企んでいるやつも多そうだしなあ」
ハザマは、マムダラ砦での騒ぎを思い返していた。
「猪頭人を操っていたやつら、あれは結局なんだったんだ?」
猪頭人やゴーレムを操ってマムダラ砦を包囲していた連中の親玉らしき人物は、むこうのお偉いさんに突き出していた。
ハザマにしてみれば、部族連合の内部闘争にまで首を突っ込むつもりもなかったし、あの件は料金分の働きをすればそれでよし。
それ以外の余計なしがらみまで引き受けたくなかったのだ。
まだ確たる証拠を押さえたわけではないのですが……と、前置きして、バツキヤは説明してくれる。
「どうやら、分離主義者の一派が関わっていたようですね。
マムダラ砦を陥落すれば、当面の活動資金には困りませんし、拠点にもできます」
「その分離主義者、ってのはなによ?」
ハザマは訊ねた。
前にも、そんな単語を耳に挟んだような気がするのだが……。
そのときには、あまりこちらには関係してこないだろうと思って軽く聞き流している。
「部族連合という形ではなく、各部族がもっと自主的な裁量権を持って動くべきだ、と考える人たちです。
かくいうわたしも、最近ではそちらの考えに傾きはじめているところですが……」
バツキヤはいった。
「その分離主義者も、あくまで心情的にはそう思っている、という程度の軽いものから狂信的な武装勢力まで、振り幅がかなり大きい。
分離主義者だからどうこうって、一括りにすることはできません」
「要は、政治の問題なんだな?」
ハザマは確認した。
「だったら、仕事として頼まれない限りは、洞窟衆としてはできるだけ中立を保ちたいと思う」
「部族民の政争に巻き込まれたくはありませんか?」
すかさず、バツキヤが問いただしてくる。
「正直、それもある」
ハザマは頷いた。
「だけど、それ以上に、だな……。
その手の争いってのは、たいがいが不毛な結果に終わるからなあ」
さて、どう説明するかな……と、ハザマは少し考えてから、口を開いた。
「おれは詳しい事情はなにも知らないんだが……分離主義者っていう不平分子が力を持っているってことは、部族連合の今の体制にだってそれなりの問題があるんだろうよ。
だけど、現在の部族連合の体制が倒れたからといって、すぐにでもすべての問題が解消されるとも思えないんだわ。
少なくとも、新政権の地盤が固まるまでの期間は、かなりの混乱があるはずだ。
おそらく、大勢の人間が死んだり餓えたりする」
「……でしょうね」
バツキヤも、慎重に考えてから、頷く。
「そういったとき、一番被害を受けるのは誰かっていったら……まあ、政治にはまるで関わりを持たない下層の人間だわな。
社会基盤が動揺したときは、弱い立場の者から順番に倒れていく」
「それも……」
バツキヤは、やはり頷く。
「……そうでしょうね」
「そんな混乱に、わざわざおれたちが手を貸す必要がない」
ハザマは、きっぱりといいきった。
「革命ごっこなんざ、やりたいやつがやりゃあいいんだ。
無関係の者を大勢巻き込んで、死人を大量生産して……そこまでして実現したい理想があるっていうんなら、他人に手を借りずに自分の手でやれ」
「なるほど」
バツキヤは、また頷いた。
「ハザマさんは、不干渉の立場を取るわけですか?」
「不干渉、というよりもだな」
ハザマは、どう説明すれば一番わかりやすいだろうかと、また少し考え込んだ。
「……はっきりいって、迷惑だから」
「みなが知っているとおり、おれは異邦人だ。
で、おれが居た世界では、その昔、ソ連っていう超大国があった。
そりゃあもう、一時はどちらがその世界の覇権を握るかってもうひとつの超大国と競い合うほどの勢いでブイブイいわせていたんだけど……あるとき、あっさりと内部から崩壊した。
原因はまあ、いろいろあるんだろうが……。
事実上、その世界の半分を支配していた大国が崩壊したあとになにが起こったかっていうと、これはもう酷い混乱だった。
その大国が次の体制に移行して、それが安定するまでにかなり長い年月を必要としていたし……それ以上に乱れたのは、その大国に頭を抑えられていた属国や周辺国だな。
こちらに至っては、その大国以上に混乱した。
いや、何十年も立った今も、その混乱は収まっていない。
経済、民族、宗教といったややこしい問題が複雑に絡み合って、いつまでも解決の目処が立たないような状態になっている。
長らく支配的だった、巨大な社会体制が倒れたあとの混乱ってのは……」
おそらく、お前らが想像している以上に厄介なもんだぞ……と、ハザマは締めくくった。
この場合、このハザマ領は、その倒れかかった部族連合体制からみたら、位置的な「周辺国」ということになるわけで。
部族連合が健在であるのならともかく、本当に倒れてしまったとしたら、相応の負の影響を覚悟しなければならないのだった。
「つまり、ハザマさんは……」
バツキヤが、訊ねてくる。
「……現行の部族連合体制を支持した方がいい、と?」
「現行の体制がどうこうっていうわけではない」
ハザマは、きっぱりと断言する。
「とりあえず、それなりに安定した社会を維持させている体制があるのなら、それを無駄に動揺させるのは得策ではないと……そう、いっているんだ」
ハザマにいわせれば、「その政体がどのような理想や思想を標榜しているのか」、ということはあまり重要ではないのだ。
それよりも、「本当に、その政体が安定した統治を行うだけの実力を持っているのか」という点の方が重要であり……。
現状、部族連合には、それなりの実績がある。
だから、内情がよくわからない革命勢力よりは、部族連合の方を信用する。
……というのが、ハザマの論法である。
「……ただ、おれは、分離主義者はおろか部族連合についてもまるで知らないからなあ」
と、つけ加えることもハザマは忘れなかった。
「今、おれが持っている情報からだと、そういう判断にしかならない、とうだけのことだな」
「それで、不干渉ですか」
バツキヤは、ハザマの説明に頷いた。
「それなりに筋が通っているし、公平な見方でもありますね」
「公平というか、面倒事に対してこっちから手を突っ込まない方がいいだろう、ってだけなんだがな」
ハザマは、そういう。
「それはそれでいいんですが……」
バツキヤは、続けた。
「……政治的な判断はともかくとして、もっと卑近な話題として、われわれはわれわれの権益を守らなければなりません。
せっかく構築しかけた通商路を保持するためにも、追加の隊商を組織する必要があります」




