座談の余話
「……また、面倒なことは丸投げですか?」
リンザは、不機嫌な表情をしてハザマに抗議をした。
ハザマには以前にも似たようなことをされているので、意外には感じない。
「まあまあ」
ハザマは、なだめるようにいった。
「おれなんかが説明するよりも、お前さんのような華奢な女の子が説明した方が……」
「かえって、信憑性が減りますよ」
ハザマの言葉尻を捉えて、リンザが断言した。
「その……失礼ながら……」
ハザマを取り囲んでいた貴族のひとりが、言葉を挟み込んできた。
「本当に、その少女が……ですか?
疑うわけではありませんが……にわかには信じがたい」
「……あー。
なるほど」
ハザマは、一度頷くと自分のホルスターからトンファーを抜いてリンザに手渡す。
「百聞は一見にしかず。
ぐだぐだ説明するよりは、実演して貰いましょう。
リンザ。
適当にこいつ振り回してさしあげろや」
「はい。
皆様、危険ですので近寄らないでくださいませ」
ハザマの意図を察したリンザは、左手で受け取ったトンファーを闇雲に動かしはじめた。
ぶんぶんぶん……と幾重にも重なった風音が巻き起こる。
リンザの酒杯を手にしたままの右手は、いや、トンファーを振り回している左手以外の部位は微動だにしていない。
しかし、トンファーを扱っている左手は……肩より先が、見えなくなっている。
動きが、早すぎるのだ。
その場に居合わせた貴族たちは、目を丸くしながら、
「……え?」
とか、
「お……おお……」
とか呻き声をあげるばかりだった。
あまりにも予想外の光景であったので、目の前のできごとをどのように解釈すべきなのか、彼らの脳髄がうまい解釈をできないでいた。
少し距離を置いていてさえ、リンザがトンファーを振り回す際に発生する風圧は、周囲の見物客に届いていた。
幻術、などではなく、目前の光景がまぎれもなく現実のできごとであることは、まず間違いがない。
とにかく、なんらかの仕掛けがある大道芸や見せ物などでとは、迫力からして違っている。
なんだ、これは……と、その場に居合わせていた貴族たちは、一様に思っていた。
「……リンザ」
しばらくして、ハザマが声をかける。
「その程度でいいだろう。
皆様も、納得しておいでだ」
「はい」
リンザは素直に返事をし、すぐに左腕の動きを止めて、トンファーをハザマの前に差し出す。
「ちょ……ちょっと、お待ちください!」
ハザマたちから近い位置にいた貴族が、声をかけてきた。
「できるのなら、ですね。
その得物を改めさせていただきたい……のですが……」
「ああ、はいはい」
ハザマは、リンザから受け取ったトンファーをその貴族に差し出した。
「なんの仕掛けもない、無骨な金属の固まりですが。
それでよろしければ、いくらでもご覧になってください」
その貴族は、おずおずとハザマはトンファーを受け取り……その途中で、予想外の重量にトンファーを手から落としかけた。
「……かなり、重いものですな」
トンファーを持ち直してから、その貴族はいう。
「そいつを作らせた鍛冶にいわせると、かなり大型の刀剣とどっこいどっこいの重量になるそうです。
見たとおり、バランスもなにも考えていない形状ですから、余計に重く感じるのでしょう」
ハザマは、澄ました顔で応じた。
「これを……あんなに軽々と」
「なにか仕掛けが」
「いや、無理だろう。
なんの変哲もない、金属の塊だ」
「これだけ単純なものだと、仕掛けを施す余地もないな」
「ひとつ、質問があります」
貴族のうちひとりが、ハザマにむかって質問をしてくる。
「そちらのお嬢さんは……その、やはり、特別な存在なのですよね?」
「……だとさ」
ハザマは、例によってリンザに投げた。
「その件について、どう思う?
リンザ」
「わたし程度の者なら、洞窟衆では珍しくはありませんけど」
軽く首を傾げながら、リンザは答えた。
「膂力などはともかく、わたし自身は普段の仕事が忙しくてまともな戦闘訓練を受ける余裕があまりありません。
実戦の場でわたしよりも強い方は、今の洞窟衆の中には数百人単位でいらっしゃるはずです」
その発言を耳にした貴族たちが、また動きを止めた。
「リンザ」
ハザマは、リンザを促した。
「ルシアナ討伐について、ご説明申しあげろ」
「はい」
リンザは、即座にその件について語りはじめる。
ルシアナ討伐について所望されるのは別にこれがはじめてということもなかったので、要領は心得ていた。
聴衆が内容を信じようが信じまいが、リンザには関係がない。
体験したこと、見聞したことを淡々と語るだけだった。
「……いくさは、なあ。
こういっちゃあなんだが、そんなにたいしたものではなかったぞ」
少し離れた場所で、若い貴婦人たちに囲まれたヴァンクレスは、そんなことをいっている。
「誰も彼もが血塗れで、薄汚れていて、醜態を晒して……耳にするのは、悲鳴や怒号。
あんたたち、小綺麗な女たちが望むようなものは、あんなところにありはしない」
「ですけど!」
貴婦人のひとりが、ヴァンクレスの発言を遮る。
「ヴァンクレス様は、その中で数々の武勲をあげてきたとか……」
「……武勲?」
ヴァンクレスは、露骨に顔をしかめる。
「そんなものは、あれだ。
たまだま、おれの前に来た敵が、弱すぎたってだけだ。
そのおかげでおれは、いくさの最中はもう、退屈で退屈で……。
だってよう。
出撃のたびに、同じことの繰り返しだぜ。
ぶっ叩いてぶっ叩いてぶっ叩いてぶっ叩いて……それでもまだまだ、あとからあとからぞろぞろと出てきやがる。
ありゃあ……そう。
おれがもう少し弱かったら、悪い夢を見てうなされるくらいの退屈さだったな」
当然のことながら、こうしたヴァンクレスの説明ははなはだ不評だった。
どう考えても、若いご婦人方が好むような内容からはかけ離れている。
「ですが……」
貴婦人のひとりが、雰囲気を察して話題を変えてきた。
「……ヴァンクレス様は、最後のベレンティア公とも鞍を並べて戦ったとか?」
「ベレンティア、ベレンティア……ああ!」
ヴァンクレスは、しばらく記憶の中からその名前を探そうと試みる。
基本的にこの男は、関心がない人間の固有名詞を記憶する、という習慣がない。
「……あの、なかなかはなしがわかる爺さんが、たしかベレンティアとかいってたっけかっ!」
しばらく記憶の中を探ったあと、ようやく厩舎であってそしてすぐに戦死したあの老人に思い当たる。
「ああ、あの爺さんは、なかなかに面白そうなやつだったな。
すぐに無謀な突撃をしてあっさりと死んじまったけど。
ありゃあ、なんというか……分かりやすい、自殺行為だったな。
おれがいうこっちゃないが……勇敢というよりは、無謀。
あの爺さん、年季は入っていそうだったし、その手の状況判断が狂っていたようにも見えなかったから……。
うん。
今にして思えば、無茶を承知で、わざと敵軍の中に突っ込んでいったようにしか思えねえ。
敵軍が来たって報せが届くまではなかなか愉快な爺さんだったが……そこに来るまでに、いったいなにがあったのかねえ……」
ヴァンクレスの周囲が、にわかにざわつきはじめた。
「……無茶を承知で……」
「……自殺行為……」
ヴァンクレスが語るベレンティア公爵と、世間に喧伝されているベレンティア公爵像との間にかなりの齟齬がある。
戦場から遠い場所に居て、間接的な形でしかそうした情報に触れることがない人々にとっては、ヴァンクレスが提供するような身も蓋もない体験談は少々刺激が強すぎたようだ。
「でも、ヴァンクレス様は……」
微妙になってきた空気を読んだある貴婦人が、また話題を変えた。
「……戦場では敵なし、でしたのですよね?」
どうにかして、明るい話題に持って行こうとする。
「ああ……そうだな」
ヴァンクレスは、あっさりと頷く。
「まあ、戦場では……なあ。
確かに、たったひとりしか苦戦したのにはぶつからなかったが……」
歯切れが悪いのは、「戦場の外には」ヴァンクレスが太刀打ちできない相手が存在する……という意識があったからである。
「その苦戦した方というのは、どういう方ですか?」
「ええっと……名前は、なんていったかな?
長々しいんで、一々、おぼえていないが……黒ずくめで、一角獣に乗った……ええっと……そう!
皇女!
皇女とかいってた!
今では、どうした加減か洞窟衆に荷担しているんだが……」
「……皇女……様?」
周囲に集まっていた貴婦人たちは、顔を見合わせる。
今、この王国近辺で「公女」ではなく、「皇女」といったら……。
思い当たる答えは、かなり限られている。
「……ひょっとして、シャルファフィアナ帝国縁の方ですか?」
おそるおそる、といった感じで、貴婦人のひとりがヴァンクレスに確認を求めてくる。
「おお! それだ!」
ヴァンクレスは、大きな声をはりあげた。
「ネレン……なんとか、シャルファ……なんとか、とか、いってた!」
「……ネレンティアス・シャルファフィアナ……皇女殿下……」
という名を口にして、ある貴婦人がそのままふらりと倒れかけ、慌てて周囲にいた者たちがその体を左右から支える。
「……なんだぁ?」
ヴァンクレスは、首を捻った。
「そんなに有名なやつだったのか?」
「有名もなにも……ここしばらく、行方が知れなかったのですが……」
「傭兵に混じって国境紛争にも参加していたという噂は……」
「武侠皇女様が……わが王国に……」
ヴァンクレスそっちのけで、貴婦人たちがしゃべりはじめる。
「それで、ネレンティアス皇女殿下は、今、洞窟衆のお世話になってるのですか!」
貴婦人のひとりが、ヴァンクレスに詰め寄ってきた。
「お、おう」
半ば気圧されながらも、ヴァンクレスは頷く。
「なんていったっけか……確か……ええと。
そう!
客分待遇っていってたっけか。
そんな感じで、配下の女たちといっしょに洞窟衆で面倒を見ている」
「みなさん!」
貴婦人のひとりが宣言した。
「一刻も早く、新領地を……いえ、ハザマ領を目指しましょう!」
「ええ!」
「是非に!」
そして続々と、賛同者が現れる。
その様子をみていたヴァンクレスは、
「……なんで、そうなる?」
と、内心でかなり呆れていた。
背後でヴァンクレスを中心とした一団が盛りあがっているのをよそに、ようやくハザマの手元にトンファーが戻ってきた。
トンファーは何人かの貴族たちに受け渡され、ハザマの手元に帰ってくるまで、しばらく時間を要している。
ヴァンクレスの方も盛りあがっているようだし、リンザの方も、聴衆たちは当初の動揺から立ち直り、今では真剣な表情でリンザの語りに耳を傾けていた。
まあ、うまくいっている方かな……と、ハザマは判断する。
なにかというとハザマがリンザなどの部下にこの手の仕事をおしつけるのは、もちろん第一の目的は自分自身が手を抜くことにあるわけだが、決してそれだけが理由ではない。
自分のような余所者がしたり顔で説明するよりは、同じ現地人の視点から説明する方がなにかとしっくりくるだろうと、そういう配慮があるからだ。
ハザマもそれなりにこちらの世界に馴染んで来ている方だとは思うが、意外なところで価値観のブレが発覚することも少なくはなかった。
初見の聴衆を前にそうした齟齬を披露するのは、お互いにとって都合がよくない。
そういう判断もあって、こうした場では、できるだけ自分以外の者に説明役を譲っていた。
「おい、大将!」
そんなことを考えていると、背後から近寄ってきたヴァンクレスがハザマの肩に手を置いて、そう声をかけてくる。
「なにかいってくれ!
この娘っ子たちが、なんだか知らねーが新領地まで来たがっているんだっ!」
「……物好きな……」
思わず、ハザマは本音を呟いている。
そして、ヴァンクレスの背後にいた貴婦人たちの方にむき直って、声をかけてみた。
「ええ。
皆様方がどうしてそうおっしゃるのか、おれには理解できませんが……。
今の時点では、あそこは、見事になにもない開拓地にすぎませんよ」
「いいか、お前ら!」
ヴァンクレスは、ここぞとばかりに声を張りあげた。
「この大将はなあ。
たったひとり、徒で、馬に乗ったおれと勝負をして、見事におれを倒したやつなんだ!」
「……おまっ……」
こんなところで、余計なことを……と、ハザマがヴァンクレスを制止する前に、
「えええええーっ!」
と、貴婦人たちが黄色い声を張りあげる。




