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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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257/1089

新領地の公式名称 

 翌日はいよいよ儀式の日、つまり授勲式とか国葬とかが行われる予定となっており、ハザマもそのために朝早くから叩き起こされることなった。

 まだ日が昇る前から待機していた床屋によって散髪とひげ剃りを強制され、軽く朝食を摂ったあとに注文していた礼服に着替える。

 そして、リンザ、ヴァンクレスとともに王宮から来た迎えの馬車に乗り込んだ。

 王国首脳部にとってもこの日は行事が目白押しであり、ハザマひとりばかりかまけている余裕もない、というのが本音だろう。

 迎えに来る時間は指定されていたし、ハザマたちにしてみれば、それに異議を唱えるべき根拠も特に持っていなかった。


「……国葬は正午からに予定されております」

 馬車に同乗したオルダルトが早口に説明してくれる。

「午前中は、まず貴族の称号を得るための事務手続き。

 そのあとに、正式な授勲式となります」

 今回、貴族の称号を受けるのはハザマだけではなく、例の紛争において目覚ましい功績を挙げた者ならびにその前後にしかるべき功績をあげた者たちがまとめて授勲される……ということだった。

「とはいえ、今回の授勲者の中ではハザマ様の功績が一番大きいのですが……」

 なにしろ、ハザマは長年周辺国を悩ませていた大ルシアナを討伐し、部族連合に大きな打撃を与えている。

 これは、王国のみならず周辺諸国へも大きな影響を与える偉業であり、王国としてもおざなりにすることは許されないのであった。

「男爵号は、貴族としては決して高い地位ではありません。

 が、そのかわりあれほど広い領地を一度に下賜された例はここ数十年なかったほどに珍しい。

 客観的に見ても、かなり優遇されている、とみてもいいでしょう」

 洞窟衆の取り込みに対して意欲をみせている部族連合や他の周辺諸国へ牽制をする必要もあってのことだろうが……とくかく、王国は、ハザマたち洞窟衆を懐柔する方針を明確にしてきている。

「事務手続きはともかく、その授勲式というのは具体的にはどういうことをするんですか?」

 ハザマはオルダルトに訊ねてみた。

「文字通り、授勲のための儀式。

 この場合は、国王陛下みずから諸侯の前で、新たに貴族の称号を受ける者たちに勲章を授けます」

 面倒くさそうだな……と、ハザマは反射的に思ってしまった。

「……今回、いっしょにその式に出るのは何人でしたっけ?」

「五十余名と聞いております」

 オルダルトは、澄ました顔で答える。


 ハザマたちを乗せた馬車は、そのまま堀を渡り高い防壁を越え王宮の中にまで入った。

「……へえ」

 車窓から外を見て、ハザマは感嘆の声をあげる。

「中は、かなり広いんだな」

 王宮の中にまで入ったのは、ハザマにしてもこれがはじめてのことであった。

 ハザマの言葉通り、広々とした芝生と手入れの行き届いた並木が連なる、王宮内は広大な庭園であった。

「いざというときには、十万以上の兵を抱えて籠城することまで考えて設計されていますからね」

 オルダルトは、静かな声で答える。

「食料や水なども、数年は籠城できるようくらいの備えもしてあるはずです」

 そうか。

 ここは飾りなどではなく、本物の「城」なのだな……と、ハザマは納得する。


 やがて馬車は停まり、ハザマたちは王宮内にある建物の前に降りたつ。

 あまり大きくはないが、歴史を感じさせる建物だった。

「まずは、こちらで手続き関係を行って貰います」

 オルダルルはそういって、ハザマたちを先導する。

「各省庁の官吏たちが待ちかまえているはずですが……詳細な説明はすでに済んでいるはずですし、今日は形式的に説明を聞いたあと、いくつかの書類に署名するだけのはずです」

 先日の説明会で、ハザマは王国の貴族としての地位を受ける意志があると確認されたことになったようだ。

「その説明というのは、長くかかりますか?」

「そんなには、かからないはずです」

 オルダルトは即答する。

「あくまで、形式的なものに過ぎません」


 オルダルトの背中についていくと、すぐにかなり広い部屋に到着する。

 まだ朝も早い時間だというのに、その部屋にはすでに数十名の人間がひしめいていた。

 オルダルトはその部屋の入り口に待機していた係員に、

「洞窟衆のハザマ様、到着しました」

 と告げる。

 すると、室内に静かな動揺が走った。


「おお」

「あれが……」

「なるほど、壮士に見えますな」

「いや、あの赤毛の大男は別人でしょう。

 その前にいる、トカゲを肩に乗せた男が……」

「ああ……。

 失礼ながら、大ルシアナを倒したようには……」

 などという控えめな声が、周囲で囁かれていた。


「……すでに有名人のようなだな、大将」

 ヴァンクレスが、小声でそんなことをハザマにいってくる。

 基本的に、自分の名望などに興味を持たないハザマは、無言のまま肩をすくめるだけだった。


 いくらも経たないうちに、ハザマは別室に呼び出された。

「おれはこちらの文字を読めないので、つき人を同行させても構いませんか?」

 ハザマを呼び出しに来た係員に、ハザマはそう確認をする。

 口頭での問答だけで済むのならいいが、書類に目を通したりするのなら、やはりリンザを連れて行かないとどうにもならない。

「ハザマ様が異邦人であるということは聞いております」

 その係員は、顔色ひとつ変えずに頷く。

「おつきの方もごいっしょに、どうぞ」

 そういわれたので、ハザマとリンザはそのまま係員のあとに従っていった。


 その部屋に待ちかまえていたのは、先日に顔を合わせた各省庁の役人たちであり、顔ぶれはさほど変わっていなかった。

「……洞窟衆のハザマ様」

 役人たちを代表して、儀典局の役人がハザマに書類の束を差し出して、口を開く。

「これより、こちらの書面の内容を口頭で説明します。

 基本的には、先日申しあげた内容と同一のものです。

 なにか疑念を持ちましたら、その場ですぐにお知らせください」

 特に異論もなかったので、ハザマは、

「説明をはじめてください」

 とうながす。

 役人たちは入れ替わり立ち替わり、書類に書いてある文面を読みあげていく。

 基本的に法文であるから、古臭いいい回しや晦渋な表現が多く、ざっと聞いていただけではすぐに意味が取れない箇所が多かった。

 が、ハザマは以前にも同じような説明を受けてだいたいの内容を把握していたのと、それにどうしても理解できない箇所があれば通信を通じて洞窟衆の誰かに解説を求めることができたので、特に問題もなく、したり顔で頷き続けていればそれでよかった。


「……汝、ハザマ・シゲルは王国貴族の一員として通称新領地の領主となることを誓いますか?」

「誓います」

 クライマックスといえば、クライマックスなのだろう。

 細々とした説明の最後に、ようやく宣誓に入る。

「通称新領地の名称は、シゲル領で構いませんね?」

「……へっ?」

 ハザマは、間の抜けた声を出した。

「……なにか、問題が?」

 これまで円滑に進行してきた説明を中断され、ハザマの目前に居た役人は渋い顔をしてハザマを見返す。

「ええっと……」

 ハザマは、落ち着きなく視線をさまよわせた。

「……それって、こちらでは普通のことなんですか?」

「それ、とは?」

 その役人は、首を捻っている。

「なにが問題なのか、理解できないのですが……」

「ええと。

 領地に、個人名をつけることが」

 ハザマは、少し詳しい説明を試みることにした。

「シゲルっていうのは、おれ個人の名前になるんですけど……」

「……個人、の?」

 その役人は目を見開き、次いで左右の役人たちと顔を見合わせる。

「……失礼ながら、ハザマ・シゲル様。

 ハザマ様は、シゲル家のハザマ様ということなのでは……」

「いや。

 ハザマが姓で、シゲルがおれ個人の名前です」

 ハザマは、ゆっくりとした口調で説明する。

「ハザマが、家の名ということになりますね。

 こちらではどうか知りませんが、おれの国は姓を前に、名をあとに名乗ります。

 普段の生活でも、だいたい姓で呼び合っています。

 名前で呼び合うっていうのは、家族同士かかなり親しい間柄意外ではまずやりません。

 ……おれ個人の名前を正式な地名にしちゃって、いいんですか?」

 実害があるかないかといえば、別にないのであるが……。

 公文書に記載される地名が自分の名と同じになる……というのも、なんとなく落ち着かない。

「しょ……少々、お待ちください!」

 役人たちはそう断りを入れたあと、ハザマたちをそっちのけにして役人たち同士でなにやらかたまって打ち合わせをはじめた。


「……失礼しました」

 少し経って、役人たちは元の配置に戻り、仕切り直しをはじめる。

「通称新領地の名称は、ハザマ領に統一させて貰います」

 もともと、広く通用している地名があればそれを使用するのであるが、新領地の場合、王国にとっても部族連合にとっても辺地ということもあり、決まった名称というものが存在していない。

 こうした場合は、新たに領主となる人物の名前を採用することが慣例となっている……といったことを、その役人は説明してくれる。

「……それで、構いません」

 それでもまだまだ一種の気恥ずかしさは拭いがたく存在するのであるが……。

 他に代案が思いつくわけでもなく、ハザマとしては、頷くしかない。 


 この日より、王国から「新領地」と通称されていた土地は「ハザマ領」となり、ハザマは王国から正式に貴族の一員として列せられることになった。


 何十枚かの書類に署名をしたあと、ハザマはようやく役人たちから解放される。

 ハザマと同じように、今回授勲する者たちも順番に呼び出され、同じように説明を受けているようだった。

 もう少しすると、授勲式と国葬というものがはじまるそうであるが……ハザマたちの手は、いったん空くことになる。


「……これから、王様を前にしての儀式か……」

 ハザマは、そうぼやいた。

「……そういう堅苦しいのは、苦手なんだがなあ」

「そう何度も経験するものでもないので……」

 苦笑いを浮かべながら、オルダルトはハザマにそんなことをいった。

「……今回だけのことだと思って、我慢してください」

「今回だけ、ねえ」

 本当にそう願いたいもんだ……と、ハザマは思う。

「それで、授勲式っていうのは、具体的になにをするの?」

「以前にも説明しましたが……」

 オルダルトは済ました顔で説明をする。

「国王陛下みずから、授勲者に対して勲章を授与されます」

「国王陛下、ねえ」

 ハザマは、呟く。

 王子様の方とは、面識があるのだが……。

「どんな方ですか?

 その、国王陛下は?」

「気さくな方だと聞いています」

 オルダルトの返答は、型通りのものだった。

「現在は老齢であるため、政務はほとんど王子殿下にまかせているそうですが……」

 半ば隠居の身、ということなのだろうな。

 と、ハザマは思う。

 ハザマ自身があやかりたくなるほど、気楽な身分だ。

 実権は握ったまま、実際の政務は他人にやらせるとか。

 うん。

 やはり、理想的じゃないか。

「王子殿下が政務をこなしているようなら、王位を譲った方がすっきりするんじゃないかな」

 ハザマは、何の気なしにそんなことを呟く。

「そういうはなしも、以前から出ているようですがね」

 オルダルトは、ハザマの発言を特に咎めることもなく、淡々と説明してくれる。

「禅譲のための準備をはじめると、どうした加減か王国がなんらかの災禍に襲われて、ついつい延び延びになっていまして。

 現状で国政に支障がないから、このままずるずると来てしまったような面もあります」

 国王様の体調が優れないとかいう理由があれば、多少の障害があったとしても、かえって強引に王位の継承を行ってしまうのだが……。

 その、「強引に王位の継承を行うべき理由」が見あたらず、その上、しょっちゅう王国にとって縁起が悪いことが起こるで、なかなか実行には移せないでいる。

 ……ということらしい。


 つまり、小さな問題はいっぱいあるが……。

「この国は、平和なんですね」

 ハザマは、そう感想を述べる。

 縁起の善し悪しを気にする余裕がある、ということは、裏を返せば現体制をひっくり返すような大きな災厄がない、ということでもある。

「まあ、平和なんでしょうね」

 オルダルトも、もっともらしい顔をして頷いた。

「大小の、様々な問題がないとはいいませんが……」

 少なくとも、大過はない……らしい。

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