人災の始末
天井の大穴から次々と魔法兵たちが瓦礫の上に飛び降りてきて、周囲にむけて炎を放った。
炎に炙られて、無数の召喚獣がキィキィ鳴きながら何処かへと逃げていく。
「深追いはするな!」
地上から、ファンタルの声が降ってきた。
「ハザマからの報告によると、そいつらは仲間の体を吸収することもあるようだ。
単独での対決は避け、必ず隊列を組んで相手をしろ。
焦ることはない。周囲はすでに包囲されている。
落ち着いて、虱潰しに殲滅していけ!」
的確な指示だな、と、聞いていたスセリセスは思った。
被害を最小限に押さえるには、事実上、そうするしか方法がないだろう。
なにせ、相手の召喚獣の生態など、不透明な部分が大きすぎる。
大勢の魔法兵が降りたったあとに、ようやくファンタルが飛び降りてきた。
「姐さん。
それでおれは、どうすりゃいいんで?」
ヴァンクレスがファンタルに声をかける。
「姐さんはよせ」
ファンタルはそう前置きしたあと、短く答えた。
「お前はしばらく待機。
わたしの傍に居ろ」
隊列を組んだ魔法兵たちは、炎で前を焼き払いながら慎重な足取りで瓦礫の前後に進んでいく。
「……ひょっとしらら、またお前の出番があるかも知れない」
ファンタルは、小声でつけ加える。
そして、周囲を見渡してからニ、三歩歩いたところで腰をかがめ、なにかを拾いあげた。
「……それは?」
ファンタルの手元を覗きこみながら、スセリセスが訊ねる。
「召喚獣の死体。
そのかけらだな」
答えて、ファンタルはスセリセスにその焼け焦げた断片を示した。
「みてみろ。
足らしきものが何本も生えている。
そして、その足の形が一定していない」
スセリセスは、その焼け焦げた肉片をまじまじと見つめた。
確かに、その肉片の一面にびっしりと生えた足、らしきもの形は一定しておらず、不揃いに並んでいる。
その歪さに……スセリセスはいいようのない不安を感じてしまう。
まるで、この世のものではないような……。
「……まるで、地を這う必要が生じたので慌てて足を作りました、とでもいいたげじゃあないか。
こいつは」
ファンタルは、誰にともなくそう呟いた。
「……おお」
前方に迫る船。
その船のすぐそばに鎌首をもたげて起立している透明な蛇体を見て、ハザマは小さく歓声をあげていた。
「まさか、こんな光景をこの目で見ることになるとはなあ……」
その蛇体は、別にその場に出現すること自体を目的としているわけではない。
水面上に起立した姿から大きく身を撓めて船体に巻きついた。
甲板上に居た船員たちが、悲鳴をあげながら川へ飛び込んでいく。
「……ドゥ!
あのデカいのをやっつけろ!」
「やっちゃうのー!」
ハザマがけしかけるとドゥは即座に水妖使いとしての能力を解き放つ。
蛇体の表面が大きく波打ち、そして、内側から破裂した。
「やったのー!」
ドゥが得意げに大声を出す。
「……もっと念入りに、やっつけておけ」
ハザマは、そんなドゥを窘めた。
「たいがい、原始的な生物ほど強い生命力を持っているもんだ。
胴体を分断されたくらいじゃあ、死なない可能性もある」
ハザマはその召喚獣を、無脊椎動物の一種であると仮定していた。
もっとも、別の世界から魔法によってお取り寄せされた召喚獣が、ハザマが持つ知識の範疇に収まる存在であるという保証もなかったのであるが……。
いずれにせよ、この場は念には念をいれるくらいの慎重さがあってもよい場面であった。
「もっとやっつけるの?」
ドゥは首を捻る。
「やっつけろ、やっつけろ」
ハザマは頷く。
「それこと、ぎったんぎったんに、細切れなるまでやっつけてやれ」
「ぎったんぎったんなのー!」
叫んで、ドゥはハザマに指示された通りのことをした。
分断された召喚獣の亡骸、その中の水分を操作して、無茶苦茶に動かす。
召喚獣の亡骸はそこここで大小の破裂を起こしながら、すぐに形を崩壊させていった。
それこそ、一片の肉片も残さないような、徹底的な破壊であった。
「……これは……」
転移魔法により、ハザマをこの小舟まで運んできた魔法兵が、ドゥの能力の威力の絶大さに顔色を無くして絶句している。
召喚獣であろうが、体内に水分を含有している以上、ドゥたち水妖使いの敵ではなかった。
「……こいつで片がつけば、いいんだがなあ」
ハザマは誰にともなく呟く。
「……まだなにか、あるというんですか?」
縁起でもないことをいうな、とでもいいたげな顔つきで、魔法兵がハザマに訊ねた。
「この程度で抑えられるような存在なら、はじめから大騒ぎはしないでしょう」
ハザマは、そんな風に答えておく。
ハザマは、アズラウスト公子の様子から考えても、召喚獣とやらがこの程度で始末がつく存在だとは思えなかったのだ。
「あれが最後の一匹かどうかも不明ですし、それに今は、いくら警戒をしていてもそれだけでは足りないくらいです。
この場は下手に気を抜かないで、気を引き締めていきましょう」
ハザマの心配は杞憂には終わらなかった。
ドゥの攻撃により、寸断されあたりに飛び散った召喚獣の肉片。
そのうち、船の甲板上に残っていたものがもぞもぞと蠢きはじめる。
それらは、それぞれの容積に応じた細長い形状となって、それぞれ勝手に動きはじめた。
いつの間にか、先端に口らしきものまで形成している。
キィ。
キィキィキィ。
と鳴きながら、それら、小さな召喚獣は群となって獲物を求めて甲板上を移動しはじめた。
そして、ついには甲板から下層へと降りる階段をみつけ、蛇のように身をくねらせながら集団でその中へと流れ込んでいく。
しかし、その光景は誰にも目撃されていなかったので、その船に残っていた船員たちは実際に襲われるまでその小さな召喚獣の存在を知らされることもなかった。
魔法兵たちは交替で炎を吐きながら、慎重に進み続けた。
相手は得体が知れない召喚獣。いつ、どのような攻撃を受けるのかかわからない。
常に周囲を警戒し、手の空いてる者を何名か確保して、非常事態にも対応できるように心がけながら進んでいる。
アズラウスト公子は日頃から魔法兵の訓練は念入りに行っていたから、魔法兵たちはそれなりに優秀でもあった。
少なくとも、状況を理解してさえいれば、遅滞なく動ける程度には。
魔法兵たちが警戒していた「不測の事態」は、そんなに待つまでもなく現実のものとなった。
あるとき、魔法による炎の壁を突き破っていくつかの塊が魔法兵の方に飛んできた。
その塊の大きさは、小型犬程度のものが多かった。
そのうちいくつかは抜き身のまま手にしていた剣や武器によって即座に叩き落とされる。
残りのいくつかは、魔法兵の衣服や腕、顔などに取りついた。
その塊……召喚獣には、いつの間にか手足、つまり腕らしきものが生えていて、しっかりと取りついた魔法兵にしがみついている。
キィ。
キィキィキィ。
と鳴き声をあげながら、魔法兵たちに取りついた召喚獣は新鮮な獲物に牙を立てた。
魔法兵たちの悲鳴があがる。
ハザマが乗る小舟がその船に近づくと、中から悲鳴らしき絶叫が響いてきた。
……やっぱりか。
と、ハザマは歯噛みをする。
なんとなく、あの程度では召喚獣を倒せないような予感はしていたのだ。
「ドゥ!
中にいるやつらをやっつけられないか!」
ハザマは、そう叫んでいる。
「……見えないと、できない」
ドゥは、しょんぼりとした顔をして首を左右に振った。
「……中の様子が分からないので、一度甲板に出ます」
同乗していた魔法兵はそういってハザマとドゥの体に手を当てる。
そして、次の瞬間には、三人は甲板の上に立ってた。
「行くぞ!」
叫ぶと同時に、ハザマは駆けだして居る。
その船も旗艦と同じ構造だったので、階下へと降り口がある場所は想像がついた。
魔法兵とドゥも、そのあとに続いた。
急な階段を、ハザマは駆けおりる。
それだけで、小さな召喚獣なら動きを止めるはずだったが、悲鳴やうめき声は止まらなかった。
そこに居た船員たちはほぼ例外なく小さな召喚獣によって生きたまま体内を食い破られている。
「……あ、あんたら」
ハザマたちの存在に気づいた船員が、あえぐ合間に声をかけてきた。
「助けてくれ!」
その船員の腹部から、何本もの透明な、細長いホース状の物体が垂れ下がっていた。
もちろん、召喚獣だ。
「……あ、あ」
ハザマは目を見開いてその男の様子を確認し、狼狽した様子で首を振る。
「救援の要請は!」
しばらくして、ハザマは魔法兵にむかって、怒鳴るようにいった。
「今、しています!」
ここまでの出来事を逐一司令部に報告していた魔法兵は、そう怒鳴り返した。
「手配がつき次第、ここに来るはずです!」
……くそっ!
と、ハザマは心中で悪態をつく。
小さな召喚獣の動きを止めることは、バジルの能力で可能だった。
召喚獣を粉砕するのは、ドゥら水妖使いがいれば容易だ。
しかし……こんな状態になった人間を救うのは、ハザマや水妖使いが何人居ても無駄なのだ。
こうなった人々を救えるのは、いや、救えるとすれば、それはかなり腕のいい医者や治癒魔法の使い手だけだろう。
「……せめて、この人たちを別の、安全な場所まで運ぶことはできないのか?」
低い声で、ハザマは魔法兵に確認をした。
「無理です」
魔法兵は口惜しそうな表情をしながら、押し出すように答えた。
「人数が、多すぎます」
その魔法兵も、忸怩たる思いを抱えているのだろう。
そんなハザマと魔法兵を、ドゥが心配そうな顔をして見あげている。
「……来たぞ!」
通信魔法により救援要請を受けたファンタルは、そう叫んで駆けだした。
「ヴァンクレス、ついて来い!
お前むきの敵のようだ!」
「おう!」
大鎚を抱えたヴァンクレスが威勢良く返事をしてあとに続く。
スセリセスも、さらにそのあとに続いた。
その地下の空間は、そんなに広いわけではなかった。
そのため、ファンタルたちはいくらもしないうちに救援要請を発した者たちと合流した。
「魔法兵に張りついているやつらを片っ端から引き剥がせ!」
ファンタルは自分でも両手に剣を抜き放ちながら、そう命じる。
「ただし、魔法兵の方はできるだけ傷つけるな!」
ファンタルは無駄のない挙動で双剣を振るい、手近なところから順番に、魔法兵に張りついた召喚獣を切り刻んでいく。
「他の者たちはさらなる襲撃を警戒せよ!」
そうして召喚獣に対処しながらも、ファンタルは声を張りあげて周囲に指示を伝えている。
「焦るな! 仲間を見捨てるな!
落ち着いて対処すれば、なんとかなる相手だ!
手強いのと遭遇したら、身を守りながら救援要請を出せ!」
「……これくらいの大きさの方が……」
ファンタルの動きから少し遅れて、ヴァンクレスも大槌を振るいはじめた。
「狙いやすい!」
ぶん、と空気を裂いてヴァンクレスが大鎚を振りおろすと、鎚頭が命中した衝撃だけで召喚獣が破裂した。
その召喚獣が取りついていた魔法兵の鼻先すれすれを大槌の鎚頭が通過した形になるが、召喚獣によって眼球を喰われる寸前だった魔法兵はそのことに文句をいう気はなかった。
ヴァンクレスは長大な大槌を軽々と操って、手当たり次第に召喚獣を潰していく。
負傷者の救助と救援の手配。
召喚獣への対処。
いまだ継続中の捕虜の移送と尋問。
やるべきことはいくらでもあり、司令部は相変わらず慌ただしかった。
洞窟衆から来た人々も、司令部の人員を手伝いはじめている。
特に通信術式に慣れている彼らは、報告や指示の通達に熟練していた。
そうした洞窟衆の助力のおかげで、司令部の人員の何割かをほかの仕事に振り分けることができた。
アズラウスト公子は、現場の変化に対応しながら、同時に王都と他の大貴族の元へ簡単な現状報告とさらなる支援の要請をしている。
洞窟衆からも、さらに医療班を派遣してくれるという申し出があり、そちらはハメラダス師が迎えに行ってくれることを申し出てくれた。
真っ先に洞窟衆に声をかけたのは、正解だったようだな。
と、アズラウスト公子は思う。
召喚魔法、などいうあまり例のない人災に対して、的確に対応できる集団はそんなに多くはないのだった。
今のところ、彼ら洞窟衆は、こちらが期待した以上の働きをしてくれている。
しかし……。
……この程度で済んでくれると、有り難いのですが。
この場の最高責任者であるアズラウスト公子は、どうしても楽観的な気分にはなれなかった。




