洞窟衆の印刷班
こうして製造業を振興させてることに意味がないとは思わない。それで仕事を得る人々が大勢いる。
しかし、実際の収益的なことを考えるとそれらすべてをひっくるめても新領地の普請代をペイできないんだろうな、と、ハザマは思う。そちらの方は、なんというか必要とされる人の数から考えても、桁がいくつか違ってくるはずだ。
やはりここは、戦争の報奨金と国債、宝くじのコンボでなんとかやりくりをするしかないのか、とも思った。むしろ、そうした財源のあてがあるだけマシなのかも知れない。
ハザマは無理にでもそう思おうとする。
試作班の天幕をあとにすると、ハザマはドワーフたちが居住している場所へと足をむけた。
昨夜説明したもののうち、比較的構造が単純で、したがって実用化もしやすいはずのポンプをまずは形にするつもりであり、そのための説明をムススムの親方にしておきたかったからだ。
「……新製品もいいんだが……」
ハザマの説明を一通り聞いたあと、ムススム親方は渋い顔をした。
「水を扱うとなると、そのポンプってやつはかなり精密に作らなけりゃならねえ。
こんな簡単な図だけでなく、もっとちゃんとした図面を持って来いや」
あくまで鍛冶屋は鍛冶屋であって、技師でも科学者でもない。
いわれたとおりの製品を作ることはできるが、役に立つか立たないかわからない代物のために何度も実験を繰り返せるほど暇でもない。
……と、いうのが、ムススム親方のいい分であった。
「いや……ごもっともで」
ハザマはそういって頭を掻く。
いわれてみれば、水を扱うということはそれなりの気密性が要求されるわけで……今までのようにアバウトな指示だけですぐに作れるものでもなかった。
「それじゃあ、そっちはなんとかそれなりの図面を用意してから、改めて相談させていただきます」
「そうした方が、お互い、手間が省けるな」
ムススム親方は素っ気ない様子で応じる。
「……それでなくても、今は忙しいんだからよ」
それでなくても、最近の鍛冶屋衆は土木や建築の現場で使用するための工具や道具類の制作でてんてこ舞いになっている最中である。
「あと、そろそろ原料も足りなくなってきそうな案配だな。特に、鉄。
どこからでもいいから、どんどん持ち込んできてくれ」
これまでは、部族民が持ち込んできた原料を買ったり、それに、戦争の際に使われた武器をかき集めて鋳つぶしたりして使用していた。刀剣類や槍の穂先などは、基本的に使い捨てである。
特に王国側の技術では耐久力がある代物が製造できないので、戦場周辺のそこここに捨てられ、朽ちるままになっているものがあり、それをかき集めて原料にしていた。
「もうそんなに使いましたか?」
まだまだ膨大なストックがあったような気がするのだが……とか思いつつ、ハザマは確認してみる。
「なに、まだ当分保つとは思うがな」
ムススム親方は鼻に皺を寄せる。
「ただ、本格的に足りなくなってから騒いでもあとの祭りだ。
この分だとまだまだ仕事はなくなりそうにないから、今のうちから手配をしておいた方がいいだろう」
山岳方面の物流は以前と比べるとかなり貧弱になっているので、すぐに補充できそうにない。
となると……。
「王国か、それとも他の国からどうにかして調達するしかない……わけか」
ハザマは、ぽつりと呟く。
ハザマ商会に連絡を取って、屑鉄を買い集めさせるしかないだろうな、とか思いながら、ハザマは、
「ま、そっちは早めに手配をしておきましょう」
と応じておいた。
それと同時に、山岳方面の通商網をできるだけ早く復調させなければならない。そうしないと、物量的な意味で詰む。
鍛冶屋の集落をあとにしたハザマは、今度は発足したばかりの印刷部の方へとむかった。
この印刷部は、一応まだ活字関連の情報は外部には伏せておきたかったので、新領地の森の中に小屋を作ってそこで活動させていた。
少し歩くことになるが、その手の運動も今のハザマにとってはあまり苦にはならなかった。
この頃の野営地周辺はかなり雑然としていた。
単純にこの地から撤退していくために天幕を畳むもの、あるいは、工事のために立ち退きを迫られ、別の場所へと天幕を移そうとする者などでかなり騒がしいことになっている。
洞窟衆の天幕はもともと野営地の中でもかなりはずれに位置していたので、今のところ立ち退き要求は来ていなかった。
だが、どのみち近いうちには新領地内に居を移すことになるだろう。なにしろ、そこがハザマと洞窟衆の新たな本拠地になるわけだから。
などということを考えつつ、ハザマは通信で細かいやり取りをしながら新領地へと移動していった。
浮き橋を渡って新領地に入ると、印刷部のテネリと名乗る女が待ちかまえていて、ハザマたちを案内してくれた。
「あっちこちに罠が仕掛けてありますからね。
案内なしでは森の中には入らないでください」
と、テネリは説明してくれる。
戦時中に対人用兼動物捕獲用として近辺の森の中には無数の罠が仕掛けられていていた。
それらは現在も健在で、毎日少なからぬ人数が定期的に巡回して罠にかかった獲物を集めたり破損した罠を修繕したりしている。
かなり大型の動物用の大がかりな罠も少なくはなく、迂闊にそんな罠にはまったら人間でも命が危ぶまれるから、決して案内なしでは森の中に入らないようにとハザマたちも念を押されていた。
罠によって捕らえられた獲物は野営地にいる人々の食生活を豊かにしてくれたり、毛皮を提供してくれたりするのでそれなりに有用な仕掛けではあるのだが、殺伐としているといえば殺伐としている。
なんでも、このあたりの森の動物たちは数が多く人をあまり恐れないので、普段からある程度間引いておくくらいでちょうどいい……というはなしだった。
森の中をかなり歩き、それも、そうした不整地に慣れていないクリフの速度に合わせていたのでよけいに時間をかけて歩いてきた結果、予想以上に移動に時間かかかってしまった。
そうして目的地に着くと、開口一番、ハザマは、
「……ここが印刷部、ねえ」
と述べた。
見た印象は、かなり粗末な木造の小屋でしかなかった。
一種のログハウスになるのだろうが、ところどころにいかにも急拵えな造作が見受けられて、素人が間に合わせに作ったものだということが一目で理解できる。
「まだ、仮設の段階ですから」
テネリはそう説明してくれる。
「普段の業務と普請を同時にやっていますからね。正直、建物の方ばかりにあまり手をかけられないんですよ。
それに、見かけはボロいけど、中はかなり快適ですよ」
「……帰ったら、ちゃんとした大工をこっちに派遣するよう、いっておこう」
ぽつりと、ハザマは呟く。
「印刷部はこれからかなり大きく発展すると思う。
それがこんな有様では、示しがつかない」
「外側なんかよりも中身の方が肝心ですよ」
テネリは胸を張って断言した。
「今のところ、印刷部はたいした収益をあげてるわけではありませんし……。
それに、特に活字のことについてはもうしばらく外には秘密にしておきたいから、近くに余計な人を近づけたくありません。
将来的に、印刷部が重要な部署に育つようなことがあったら、そのときには再考してください」
「お……おう」
そういわれてしまっては、ハザマも頷くしかなかった。
「そうまでいうんなら……将来の楽しみに取っておくか」
小屋の中は、想像していたよりもかなり広かった。
壁際一面に棚が設えてあり、そこにびっしりと灰色の何かが詰まっている。
近づいてよく見てみると、その灰色の正体は「活字」であった。
「もう、こんなに完成しているのか」
ハザマが、呟く。
「型を作ったら、あとは鉛を流し込むだけですからね。あまり手間はかかりません」
テネリが答える。
「活字を作る作業は、また別の場所で行っているのですが……そちらでは、今、例の宝くじ関連で大量の数字の活字が必要になっているので、そちらの対応で大わらわです」
「あ……はは」
ハザマは乾いた笑い声をあげる。
確かに、宝くじは……通し番号をつける関係上、膨大な数字の活字が必要になるだろうなあ、と納得した。
「活字作りは別のところで……というと、ここではなにをやっているんだ?」
「組み版と、それに、試し刷りとか校正になりますね」
テネリは答えた。
「校正が済んで、ここで版が完成したら、それを印刷所に持って行きます。
少し離れたところにかなり大きな印刷所を建築中です」
今の時点では、野営地の方で間に合わせ的な印刷しかしていませんが……とも、つけ加えた。
「あちらでやっているのは、あくまで実験段階のものです。
本格的なものは、おそらくこちらではじまると思います」
「今、進行中なのは?」
「先ほどの宝くじ。これは、タマルさんから急ぐようにといわれています。
それ以外に、文字表とか各種教本。
これまで木版画で対応していた契約書類の活版へ移行作業など……ですね。
他のはともかく、教本類は著者のみなさんのチェックが厳しくて、なかなか校了まで行き着けません」
「そっちは、気長にやるしかないなあ」
ハザマは呑気な口調で応じる。
「一度校了しちまえば、あとは要るだけ刷ればいいわけだから……。
あ、製本の方の準備はできてるのか?」
「そちらも、手探り状態ではありますが」
テネリは頷いた。
「一応、必要になりそうな物を揃えはじめています。
できるだけ売価を抑えたいので、なかなか苦労しているようですが」
口振りから察するに、原料の調達はまた別の部署が担当しているのだろう。
「少し前に、携帯用の黒板が売れていると聞いたんだけど……」
ハザマは別の話題を口に出した。
「こちらでは、ノートをとる習慣とかないのか?」
「ノート……ですか?」
テネリは首を捻った。
「覚え書きの類なのでしょうか?
もちろん、そうしたものはありますが、それ専用に紙を用意するということはありませんね。
紙……羊皮紙もエルフ紙も、それなりに高価なものですから」
テネリによると、なにか必要がある場合、庶民は安い布や薄い木の板などに書きつけるものらしい。
「……それじゃあ、紙の生産が安定してきたら……」
と前置きして、ハザマは、
「罫線だけを印刷した紙」
の生産を提案した。
「……それだけでもいいんだか、あとで束ねることができるように、紐で綴じるための穴も開けておくといい」
「なるほど」
テネリも頷く。
「書きつけるための紙、ですか。
携帯用の黒板だけでは書ききれる量などたかが知れていますし、なによりあとに残せませんからね」
「ああ。
そういうのを、ルーズリーフっていうんだ」
誰にともなく、ハザマは説明した。
「罫線を印刷した紙をあらかじめ束ねてあるノートも、おれの国では一般的だったんだが……こちらで再現するには、ちょっと手数がかかりすぎるかな……」
将来的にはともかく、今の時点では、普通の紙でさえ、それなりに高価なのだ。
それに加えて加工費まで上乗せしてしまうと、売価はちょいっと割高になってしまうおそれがある。
今の時点では、「ノート」よりも「ルーズリーフ」の方がより売りやすいはずだった。
「そうですね。
その程度のことならたいした手間でもありませんし、そちらも検討してみます」
せっかく川を渡ったのだから……と、ハザマは印刷部の建物から今度はエルシムを訪ねることにした。
途中、道に出るまでテネリに案内してもらい、そこからは通信ごしの案内に従って歩いていくことになる。
道といっても、実際にはまだ完全な道になっておらず、木を伐採したあとの切り株が点々と続いているだけのものだった。
この切り株を始末して、整地して……といった作業を経て、ようやく本当の道らしくなってくるはずであり……今、ハザマたちが歩いているのは、これから道になる予定の不整地とでもいうべき代物だった。
こうして改めてみてみると、人間にとって都合のよい、快適な環境というものは、かなり膨大な労力を注いでようやく実現できる物なんだな、と、不整地を歩きながら、ハザマはそんなことを思った。




