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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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試作品のその後

「……いつもこんな感じなんですか?」

「おれに聞くな!」

 すっかり話題に乗り損ねた形であるスセリセスとヴァンクレスは、そんな風に囁き合っていた。

「聞いたところでは、もっと破天荒な人だと思っていましたが……」

 とは、スセリセスによるハザマ評であった。

 意外に理性的……というか、奇妙な知識や意見を持った人物であるようだ。

 一連のやりとりを見聞したあとのスセリセスは、そんな感慨を抱く。

 異邦人。

 ここではない、まったく別の天地からやってきた人である、ということだった。

 だとすれば、その異邦の人々は、みんなこのハザマのよう知識を持ち、知恵が働く者ばかりなのだろうか?

 そんな場所とは、いったいどのような様子になっているのか……と、魔法使いであるスセリセスはそんな興味を持った。


 ハザマたちはひとしきり意見を交換したあと、

「もう遅い時間だし、詳しいことはまた明日にでも改めて……」

 とかいいだす。

「ハザマさん。

 明日の予定は?」

「朝イチで、試作班の方に顔を出す予定だ。

 なんでも、墨の試作品ができたとかいっていたし……。

 それと、このポンプについての相談もついでにしてくるつもりだ」

「それでは、明日の朝、ここを立つ前に……」

 ファンタルはそんなことをいいだした。

「……ブラズニア領派遣隊について、なにかいっておくことはないか?」

「くれぐれも、命を大事に」

 ハザマは即答する。

「さっきもいったけど、こんな他人事で命を落とすなんて馬鹿馬鹿しすぎる。

 失敗しても別に構わないから、くれぐれも安全第一でいってください」

 今回の出兵にあまり重い意味を見いだしていないハザマとしては、そういうしかなかった。

 それからハザマは、

「……スセリセスくん、っていたっか」

 と、不意にスセリセスの方にむき直る。

「君も、あまり張り切りすぎないように。

 今の洞窟衆にとって、使える魔法使いは貴重だ。

 生きて知識と経験を持ち帰ってくることを最優先に考えて行動してくれ」

 意外に真摯な表情だった。

「なあ、大将」

 ここぞとばかりにヴァンクレスが身を乗り出して、ハザマに訴えはじめた。

「こいつがよくて、なんでおれが居残りなんだ?

 おれが行けば、こう、派手に暴れて……」

「くどいな」

 ハザマは露骨に顔をしかめてみせた。

「不平分子の鎮圧ってことだから、そんな派手な戦闘になる可能性は薄いぞ。

 おそらく、正規軍が数を揃えて近づいたらだいたい帰順するんじゃないかな?

 それに……しつこく抵抗するようだったら、かえって泥沼になることもあり得るし……。

 とにかく、今回の戦いは敵と味方がすっぱりと割り切れる性質のもんじゃないだ。

 おおよそ、お前むきの案件じゃない」

 ハザマは一気にそうまくし立てて、それから小声で、

「……イリーナたちも、どうなることやら……」

 とつけ加える。

「とにかく、ヴァンクレス。

 お前は明日一日かけて、自分の武器や装備品の手入れ。必要ならば、新品の補充をしておけ。費用は洞窟衆で持つ。

 それから、ムムリムさんのところにいって、自分の体も一度よく点検してもらえ」

 といいわたした。


 翌朝、ハザマは遠目にブラズニア領にむけて出立する洞窟衆の騎兵を見送った。

 とはいえ、この頃になると野営地を後にする兵たちもかなり増えていたので、目を凝らして旗印を確認しなくては誰だ誰だか見分けがつかない。

 とにかく、続々と引き上げていく兵の中に洞窟衆の者たち、それにネレンティアス皇女の私兵も紛れ込んでいるはずだった。ネレンティアス皇女の方は、私兵といっても一角獣の世話をする数名が騎乗でついて行く程度で、残りの取り巻きはこの地に置いておき、洞窟衆と行動をともにしてくれるということだった。

 その中には本国との連絡用に転移魔法が使える者が何名か居るそうで、こちらの人たちも洞窟衆の動きに協力してくれるという。早速、近い国に居る心当たりの商会に洞窟衆の紹介状を持たせて巡回してくれる、といっていた。

 もちろん、そうした手間をかけてくれる以上、それなりの仲介料は要求されるわけであるが、それでも洞窟衆にしてみればありがたかった。

 帝国は昔から一貫して交易を推奨する政策を進めているということだったが、各地に散っているとかいうネレンティアス皇女など皇帝の血統も、こうして市場を活性化する役割を自然に担ってきたのだろう。

 ほぼ同時に、ブラズニアの魔法兵たちによってスセリセスを含む数十名が先に目的地へと転移し、即座に斥候活動を開始しているはずなのだが、こちらはなにしろ姿を消すだけで地味だし、特に注目されることもなかったし、ハザマも特に見送る必要もなかった。

 ベレンティア軍が駐留していたあたりの野営地では空いた天幕の片づけ、ならびに、それで空いた土地になにやら簡素な小屋が建築されはじめている。

 一目で安普請とわかるようなそれらは、しばらくここで作業に従事する労働者向けの宿舎であった。

 仕事を終えれば寝に帰るだけの、いわゆる飯場として、とりあえず雨露をしのげる程度の建物を急拵えで作っているらしい。

 住環境的にも天幕よりはいくらかマシであろうし、数万単位の人間がしばらくこの地で働くわけだから、それなりの設備も必要になるのだろう。機械の力に期待できないこの世界では、どんな工事も人海戦術頼りになるわけだから、とにかく膨大な人手がしばらくこの地に集中するはずであった。


「……墨と硯が用意できたって?」

 試作班の天幕に入ったハザマは、挨拶もそこそこにそう声をかけた。

「いわれた通りに作ってみたのはいいですけど……」

 コキリは、戸惑ったような顔で出迎えてくる。

「……これが、本当にインクになるんですか?」

「ものは試しだ。

 早速実証してみよう」

 ハザマは硯に用意させた水を差し、墨を摺りはじめる。

「墨はともかく、この硯もよく作れたもんだなあ」

 墨を摺りながら、ハザマはそんなことをいった。

「石工の経験者を捜し出して、無理をいって作って貰いました」

 コキリは澄ました顔をしてそう応じる。

「ハザマさんの直属だと、急な求人に慣れてきます。

 ……そうやると、その墨の成分が水に溶けるわけですか?」

「そう。

 中身は、ススと油だ。

 そいつが水分に溶けだして、ある程度濃くなったら使える。

 これで何かに書きつければ、水分だけが蒸発してあとにはススの色素を包み込んだ油が付着して残るってわけ。

 その辺の原理は、他のインクと変わらないな」

「……摺るの、結構時間がかかるんですね」

「まあ、なあ」

 五分か十分か……それくらいは、かかるはずだった。

「印刷に使うんだったら、大量に必要となるだろう。

 本番のとにきは、これの作業専任の人を何名か雇った方がいいかも知れない」

「そういう手配については、こちらで考えます」

 コキリはきっぱりとした口調でそう答える。

「幸い、先のいくさの負傷兵とか、まだ本格的な肉体労働はできないけど働きたいという人もそれなりに居ますので……」

 この程度の軽い労働をする層も、この土地にはそれなりに居る……ということだった。

 そうした負傷兵たちの中で志願する者たちに、洞窟衆はこれまでも袋貼りなどの内職的な手仕事を回しているという。


「……こんなもんでいいかな?」

 しばらくして、ハザマはいった。

「十分な濃さになったと思うけど……。

 なにか、試しに書いてみるか?」

「そうですね」

 コキリはペン先を硯の中につけ、取り出した紙に線を引いてみる。

「……濃さは、十分だと思います。

 前準備に時間と手数がかかるのが難点ですが、どうやら普通のインクとして使えそうですね」

「水分が飛ばなければそのまま使えるはずだから、なんだったらある程度溜めて密閉容器にでも保存しておいてもいい」

 ハザマはそういった。

「その辺の使い方については、現場で工夫をしてくれ」

「それでは、この墨と硯についても量産に回します」

 コキリはそう宣言した。

「木炭の粉で作った墨とススで作った墨の比較とかは、こちらでやります」

「予想なんだが……木炭の粉の方は、ひょっとしたらペンで使用すると引っかかるかも知れない」

 一応、ハザマは指摘しておいた。

「粉の粒がどれくらいの大きさなのかによるんだよな」

「逆にいうと、印刷用途だと問題にはならない……ということですね」

 コキリも、頷く。

「うちで使う場合は、大半は印刷用なので、あまり問題はないかと。

 ススで作ったものは、できるだけ外売り用に回しましょう」

「他の商品はどんな感じで動いているんだ?」

 ハザマはコキリに訊ねた。

「おおむね堅調……というよりは、好評なものが多いですね」

 コキリは真面目な顔で答える。

「印刷の方は、現在は木版画が主に使われていますが……薬品類に使用する袋や説明書、洞窟衆内部で使用される各種契約書などで多用されています。活版の方は、活字の試作品がぼちぼちそろいはじめています。しばらく試用してみて問題がないようだったら、いよいよ実用化ですね。

 こちらは半ば実用段階に入っていますし、現状でもかなりの規模になっているので、すでに試作班の手を放れています。

 それから、黒板とチョークの方も、予想以上に売れています」

「……チョークはともかく、黒板もか?」

「紙がまだまだ高価なので、試しに携帯用の黒板というのを作ってみたら、飛ぶように売れました」

 コキリは生真面目な顔で説明する。

「それに引っ張られる形で、チョークの売り上げも急上昇しています」

 一辺が三十センチ前後大の黒板をノート代わりに使用している、ということだった。

「……あくまで、学習用ということか……」

 ハザマは、そういって低く唸った。

 書いたものをあとに残す、ということさえ考えなければ、それでも十分なのだった。

「読み書きを教える人の中には、携帯用の黒板とチョークを自前で買い揃え、授業に参加した人たちに貸し与えるという使い方をしているようです。

 そうすると、その真似をする人が多く現れるようになって……」

「読み書き程度のことなら、競争相手が多そうだからな」

 ハザマは、それなりに感心していた。

「その競争相手を出し抜くために、売りを作ったっていうことだろう」

 ハザマが想定していなかった使われ方をしているらしかった。

「でも、もう少し高度な内容になると、やはり紙に残しておきたくなるはずだけど……」

 医術、薬学、あるいは魔法……などは、単純な読み書きなんかよりも複雑な内容になる。

 その場でその場で習ったことを書き留めておかないと、とてもではないが内容をおぼえられるわけがない。

「それで……教本作りを急がせているのですが……。

 なにぶん、著述という作業に慣れていない者がほとんどですので、校定に時間がかかっています」

 医療関係の、あるいはゼスチャラが行った講義の内容を速記して清書したものをそれぞれの専門家に渡して校正して貰ったところ、大量に修正が来てそれをまた清書して……の繰り返しになって、どうにも際限がないらしい。

 専門用語がうまく聞き取れなかった、というレベルではなく、校正の最中に数十枚にもわたる詳細な加筆が来たりして、作業が遅れがちになっている……ということだった。

「……ま、まだはじめてから数日だし、そんなに成果を焦る必要もないさ」

 ハザマは気のない調子でそう答えた。

「活版自体がまだまだ本調子になっていないんだから、そちらの方は長い目で見ていこうや」

 活字については、それらの教本類よりも、宝くじ関連の仕事の方が先に実用化されるのではないか?

 ……と、ハザマはそんなことを考える。

「ま、印刷関係については、おれも気になることがあるし、あとで寄ってみよう」

「それで、あとはゲーム関連になるのですが……」

 コキリは説明を続ける。

「……リバーシに続いて、将棋とチェスについても生産ラインが整いました。

 あとは量産をしながら、効果的な売り方を考えることになります。

 特に将棋とチェスについては、それなりに複雑なルールをどうやって広めていくかというところが今後の焦点になってくるかと……」


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