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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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国債の売り先

 国債についての説明はタマルがしてくれたので、ハザマは優雅にコーヒーの香りを楽しみながらその様子を見ていた。

「……ところで、こちらの方はどなたなんですか?」

 一通りの説明を終えたあと、タマルがハザマの方にむき直って訊いてくる。

 そういえばタマルは、ネレンティアス皇女とはこれが初対面だったな、と思いながら、

「ネレンティアス・シャルファフィアナ様だ」

 ハザマは短く答えた。

 するとタマルは、

「えっ!」

 と大声をあげ、その場で腰を折って平伏しはじめた。

「そうとは知らず、とんだご無礼を!」

「おいおい」

 半眼になったハザマが、タマルに訊ねる。

「……今度はいったい、なんの真似だ」

「だって、ご尊名から察するに、この方、あのシャルファフィアナ家に縁のある方でなんでしょう?」

 ほとんど叫ぶような声で平伏したままのタマルがいう。

「いかにも、わらわはシャルファフィアナ家の縁者ではあるのだが……」

 ただならぬタマルの様子に、ネレンティアス皇女も戸惑ったようだった。

「シャルファフィアナといえば手形決済とか複式簿記とか、現代の商人に欠かせない様々な事物を世に広めてくれたお家柄。

 商人の端くれとして敬意をあらわさずにはいられません!」

「……それらを考案されたのがたまたまシャルファフィアナ家の治世下にあった地域であったというだけで、別にわらわのご先祖様が考案したわけでもないのだがの……」

 ネレンティアス皇女はどうにも複雑な表情になる。

「それでも!」

 タマルはさらに頭を下げる。

「手形決済による信用取引などは広大な版図の中を隊商が安心して往き来できる環境でなければ発達しえないシステムです!

 これがあるのとないのとでは、大規模な取引の在り方そのものがかなり違ってきます!

 考案者は別にいるとしても、それが画餅にならずに済んだのはやはりシャルファフィアナ家の安定した統治があったればこそ!」

「と、そのようにいわれても……」

 ネレンティアス皇女は、かなり面食らった表情をしていた。

「……基本的にうちは、昔から属国の内政にはほとんど干渉せぬ方針であるからなあ。

 君臨はすれど統治せず、などといわれている始末であるし……」

「それだから、いいのです!」

 タマルは勢いこんでいった。

「各地域の文化や政体を残したたまま交易の自由化のみを推し進めるシャルファフィアナ家の政策でどれほど取引が活性化したことか!」

「いや、その……」

 このときのネレンティアス皇女は、タマルの態度に少々気圧されているような感さえあった。

「うちの場合、交易の自由化とかいう以前に、うちの場合は些細なことにはあまり介入していなかっただけだと思うのだが……。

 ……面倒くさがって」

 最後にぽつりとつけ加えた一言が、なんだかとってもリアリティがあるな……と、ハザマは思った。

「……あー。

 それで、だな。タマル」

 そろそろ助け船を出しておくか、ハザマは判断した。

「そもそも、お前さんを呼び出した本来の用件なんだが……こちらのネリィ様が出入りの商人を紹介してくださるそうだ」

「ははっー!」

 タマルはその場で土下座でもしかねない勢いでさらに頭を垂れる。

「ありがたき幸せ!」

 かなり芝居がかった挙動であったが……おそらくこれで、本人は本気でやっているんだよなあ……と、ハザマは思う。

「その……洞窟衆というところは、なかなかユニークな人材を登用しているのだな」

 ネレンティアス皇女は、そのような感想を述べるにとどめた。


 それからようやく、タマルとネレンティアス皇女は本題に入った。

 とはいえ、実際には、今後この地に来そうな商人についての情報をタマルに教え、あわせて、ネレンティアス皇女の方からも商人たちに洞窟衆の紹介状を出しておく、と約束しただけに留まるわけだが……。

「いえいえ。

 とっかかりができただけでも十分でございます」

 先ほどよりはずいぶん落ち着いた様子のタマルは、そんなことをいった。

「あとの取引は、直接自分の手で行うべきでしょう。

 なにより、異国から入ってくる荷を直接扱える機会が得られるだけでも、大変にありがたいことです」

「シャルファフィアナ家のお姫様」のお声掛かり、というところからスタートできるだけでも、信用という点でかなり有利なのだ。

 これで文句をいったら、それこそ罰があたる、と、タマルは思う。

「そうした商人というのは、緑の街道直通のあのトンネルから来るのですか?」

 物知らずの異邦人、である強みを生かして、ハザマは誰にともなくそう訊ねた。

「まさか、あの峻厳な山岳部を好んで通りたがる商人もおるまい」

 ネレンティアス皇女が答えてくれる。

「お察しの通り、あのトンネルを経由してくる。

 今までの、あのいくさで通行が遮断されていた状況の方が異常なのであって、通行が再開したら、多くの隊商がどっと来る押し寄せて来るはずだ。

 こうしている今も、多くの隊商があのトンネルを進んでいるでろう」

「……夜も、ですか?」

 ハザマが、重ねて問う。

「トンネルの中は、夜も昼もないからな」

 ネレンティアス皇女は丁寧に説明してくれる。

「一応、トンネルのそこここに休憩できる場所は設けてあるのだが、たいていの商人は休むのも最小限にしてトンネルの中を抜けようとする。

 なにしろ、片道数日から場合によっては十日以上もかかる道のりだ。

 人情として、一刻も早く空の下に出たいと思うのしかたがなかろう」

「そんなに長いトンネルなのか」

「山脈を貫いて走るような代物だからな」

 ネレンティアス皇女によると、中でいくつにも道が分岐していて、山脈で隔てられている国々を繋いでいるのだという。

「中の灯りとか、いったいどうしているんだろう?」

 ハザマは首を捻った。

「それなりに採光は考慮して設計されているし、それに、たいまつを掲げたり魔法で明るくしたりしている」

「明るくする魔法なんてあるんですか?」

 再び、ハザマは訊ねた。

 初耳だった。

「あることはある。

 実際に使う者はあまりいないようだが……」

 ただ周囲を照らすだけとはいえ、そうした魔法でもそれなりに魔力を消耗する。だったら、素直にたいまつとかランプといった道具類に頼った方がいい……というのが、この世界での一般的な考え方らしかった。

 通常、照明の魔法を必要とするのは、火の気が使えない場所で、とか、あるいは燃料を節約したい場合など、ごくごく限られた状況でのみ、ということだった。

「なるほどねえ」

 ハザマは頷く。

 人力に頼ると疲れるから道具を使う、というのは納得ができる理由であった。

 ハザマだって、自転車の足漕ぎ発電器の灯りで読書をしたいとは思わない。

「しかし、そういう魔法があるなら……」

 とも、考えたものだが。

 とにかく、この世界は夜が暗いのだ。

 あくまで、ハザマが元々居た世界と比較して、のことではあるのだが……。

 昼間でも、採光が考えられていない屋内などではかなり暗い。

 ランタンやランプなどの照明も一応、あることはあるのだが、電灯などに慣れたハザマの目にはいかにも頼りない照明にしか思えなかった。

 確か、店内の明るさで購買意欲もかなり変わるんだよな……と、ハザマは以前、元の世界で聞きかじった知識を思い出す。

 コンビニや多くの商店が、これでもかというくらい明るい環境を整えているのは、そうした統計を反映した結果なのである。

 これは、多少無理をしてでも照明魔法を習得させた人員を育成して、洞窟衆やハザマ商会の関連の店舗に配置した方がいいのかも知れない。


「むこうから持ってくる商品は、絹や木綿など反物、切り子や陶磁器、こちらでは珍しい動物や植物の種、ならびにそれらの飼育法や栽培法になるな」

「新しい作物の種ですか」

「トウモロコシという荒れ地でも育成可能な作物が最近、広まっている。

 甘味があって、粉にすればパンも焼ける。つまり、穀物代わりにもなる。家畜の飼料にも適しているという優れものだ。

 もともと高地が原産の植物であるから、おそらく山岳地でも栽培は可能かと思われる」

「よさそうですね、それ。

 山岳地からの輸出物は……」

「豊富な金属資源に、毛織物。それに毛皮や革製品であるな」

「それ以外にも、こちらで加工した金属製品が諸々。

 なにせこちらのハザマさんが次々と変なことを考え出してくれるので、新製品の種は尽きません……」

 ハザマがそんなことを考えている間にも、タマルとネレンティアス皇女は商談を重ねている。

「……それに、エルフ紙と薬品、ですね。

 このふたつについては、安定供給ができる体制を整えている最中です。

 おそらく今後も洞窟衆の収入を支える重要な支柱になるかと……」

「そのふたつの生産状況っていうのは、今、どうなっているんだ?」

 ハザマはタマルに訊ねた。

「これまでから引き続き、この新領地と、それとアルマルニア領の森の中で増産体制を強化しているところです」

 タマルは即答する。

「薬品の方はすぐに増産……というわけにもいきませんが、いくさが終わって需要が少なくなった分を販売に回せます。

 紙の生産は、目下工房を増やして将来の需要増大に備えているところですね」

「そうか」

 ハザマは頷く。

「そいつはよかった」

「全然、よくありません!」

 タマルは大きな声をあげる。

「新領地の土木や建築の費用はどこから出すんですか!

 王国から出る予定の報奨金だってまだ貰っていませんし、今は入ってくるお金よりも出て行くお金の方がずっと大きい金額になっています!

 基本的に人夫の賃金はその日払いっていうことになっていますから……」

「そこは、それ。

 さっきいっていた、国債とやらを発行して凌ぐということなのであろう?」

 勢いづくタマルをなだめるような口調で、ネレンティアス皇女が口を挟んだ。

「なんなら、わらわがいくばくか出資してもよいが」

「ありがとうございます!」

 タマルはまた、ネレンティアス皇女に対して深々と頭をさげた。

「ですが、その国債とやらもまだまだ準備段階で即座に発行できるわけではありません。

 今回は、お気持ちだけいただいておきます!

 なにぶん、国債なんてこんな借金証文を売りに出すのはこれがはじめてのことでして、どこの誰に売り込めばいいのかわれわれも頭を悩ませているところです」

「……そんなもん、貴族やどこぞの商会に売り込めばいいだけじゃないか」

 ぼそりと、ハザマは呟いた。

「おれたち洞窟衆の弱みを握りたいと思っている連中はいくらでもいるし、単純に投資としてみても、それなりに魅力的だと思うんだけどな。

 大貴族の中でもこれからつき合いが深くなっていくものと予想されるベレンティア家、ブラズニア家、アルマヌニア家はいくらかでも買ってくれるだろう。

 この三家は、これから洞窟衆なり新領地なりが潰れると困るはずだから」

 ベレンティア家は、これから居留地普請という大事業を控えて洞窟衆の助けを必要としている。

 ブラズニア家は、なにより次代領主と目されているアズラウスト公子が洞窟衆に好意的だし、すでに少なからぬ負債を洞窟衆に負わせている身でもあった。

 アルマヌニア家は、洞窟衆が全面的に支援している開拓村が多数、領内にあり、これらが今後洞窟衆の支援を受けられなくなると、将来得られるはずの税収が無に帰すことになる。

 理由は異なれど、いずれも、今の時点で洞窟衆が行き詰まることは好ましくないと……そのように考えるはずの立場なのであった。

「ハザマ商会の支店が王都にできたら、そっちでも売りに出せば金を持て余している連中が買ってくれると思うぜ。

 なにせ、王国から貴族の称号を授与されたばかりの新興貴族の領地経営に荷担できるってわけだから、うまく持って行けば貴族どころか利に聡い商人たちも食いついてくる……」

 タマルとネレンティアス皇女は、ハザマの顔を見つめた。

「……国債というのは、そういうものなのですか?」

「基本的には借金の証文ではあるんだが、まあそういうもんだな。

 おれの世界では大国同士がお互いの国債を持ち合って恫喝やら外交やらの駆け引き道具にしていたし……」

「なるほど。

 持ち合い株みたいなものでもあるのだな」

 ネレンティアス皇女は理解が早かった。

 ちなみに、この世界でも複数の出資者が資金を出し合って起業する、いわゆる株式会社的な組織はすでに一般的になっている。

「すると、あまり発行しすぎても……」

「外から内政に介入する口実を与えることになります」

 ハザマはネレンティアス皇女の言葉を引き取り、頷いた。


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