騎馬隊の構想
ヴァンクレス繋がりか、とハザマは納得する。
あいつがどういう経緯で遠い帝国の皇女と知り合ったのか想像もつかないのだが……そこから聞き出すとなるとかなり長いはなしになってしまう気がする。
それに、一方の側からのみ事情を聞くのも不公平な気もするので、ハザマはクリフにむけ「ヴァンクレスを呼んで来るように」と用事を申しつける。それが終わったら、カレニライナとクリフはそのまま休んでいい、ともつけ加えておいた。
なんだかんだいってこの二人は若すぎるし、急用でもないのに夜更かしをさせておくのも体に悪い。
「……わらわはつい先頃まで黒旗傭兵団の世話になっていたのであるが……」
クリフとカレニライナがこの場から去ったのを確認してから、とりあえず、ネレンティアス皇女の側から事情を語って貰うことにした。
「傭兵団に、ですか」
ハザマは疑問に思った部分を指摘した。
「……なんだってまた、皇女様ともあろうお方がわざわざ傭兵なんかに……」
「皇女とはいっても、わらわなぞ末席もいいところだからな。
出奔しても誰も気にとめないし、それに家風というものもある」
「家風……ですか?」
「シャルファフィアナ家はもともと放牧の民に端を発する。
一族の中には放浪癖を持つ者が少なくはない。
むしろ、同世代の中からそうした性癖が比較的少なく、一カ所に落ち着いていても苦にならない者を世継ぎに据え、それ以外の者は各地に四散して、なんらかの縁を作って一族に貢献するという気風がある」
ネレンティアス皇女の説明によると、戦争をふっかけて領地拡大を目指す征服者、財にあかせて気のむくままに放浪のうちに好奇心を満足させようとする学究者、商人として旅を続ける者、あるいはネレンティアス皇女自身がそうであるようにただひたすら強敵を求めて武芸の腕を磨く者……など、内実は多様であるらしい。
とにかく、ネレンティアス皇女の一族は旅好きが多い傾向がある。それも生涯に渡ってなにかを求め続けるような者が多く、ネレンティアス皇女が傭兵団の世話になることも別に驚くほどのことではない、ということであるらしかった。
……ずいぶんとフリーダムな皇室なんだな、と、ハザマは思った。
「よくそれで血筋が絶えませんね」
ハザマはそう口に出した。
「わらわの兄弟だけでも四十人以上いるはずだからな。
むしろ、散らばっているくらいでちょうどよい」
ネレンティアス皇女は素っ気なく答える。
「……四十人以上……ですか?」
呆れたように、ハザマが呟く。
この皇女様の父上も、よくもまあ頑張ったものだ。
「なに、種を蒔く方はさほど苦労しないそうだからな」
ネレンティアス皇女は、あっさりとした口調で説明してくる。
「皇位につけば、後宮入りのための女性は各地から差し出されてくる。
それに手を着けないでいるのも、それはそれで差し障りがある」
皇帝の後宮に誰かを差し出す、ということは、帝国と縁続きになりたいという意志が少なからずあるわけで……色恋沙汰とか生殖行為とかいうよりは、外交としての性格が強く出てくる、ということらしかった。
それだけ兄弟が多ければ、確かに多少は散ってくれた方が後継者争いが緩くなるのか……と、ハザマは納得した。
「お父上の心労が偲ばれますね」
思わず、ハザマはそう呟いていた。
やはり、ハーレムなんざ下手に作るものではないな、と、改めてそう思った。
そんなことを考えながら女を選ばなければならないとしたら……ハザマ自身がそんな立場にあったとしたら、と想像してみると、これはかなりげんなりとしてくる。
「なに。
父上は父上でそうしたお立場を楽しんでいる節があるし、心配するまでもない……と、思うのだが」
ハザマのような反応を示す者が少なくはないのか、ネレンティア皇女は淡々とした口調でそう説明した。
「そもそも、父上に限らずわが一族は、自分の欲するところにはかなり素直であるからな。
どれほど周囲から強要されようとも、やりたくないことはいっさいやらない」
「それはまた、ご立派な心がけで」
この箇所については、ハザマは本心から頷いていた。
「それで、わらわ自身のことに戻るわけだが……わらわが強敵を求めて旅立とうとしていることを知った父上が、傭兵団の団長に紹介状を書いてくださったのだ」
「……ははぁ」
とりあえず、ハザマは相づちをうっておく。
「そういうわけですか」
黒旗傭兵団といえば、確かファンタルが以前所属していた傭兵団だ。ハザマ自身も何度か接触している。
規模もそれなりに大きいそうだし、帝国とコネがあってもおかしくはない。
「実は、黒旗傭兵団にははぐれエルフのファンタル殿という無双の戦士が客分として身を寄せていたそうで、この方に指南を乞うてみたいとも思っていたのだが……皮肉なことにこの方は、わらわが入るのと入れ違いに傭兵団を去ったということでな。
間が悪いと思っていた矢先、戦場で、実にあらあらしい戦い方をする騎士と出会った」
「……まさか、それが……」
「おう。
一戦やらかしたあとでそれとなく周囲に探りをいれてみたが、ヴァンクレスで間違いはない。
あの体格とあの見事な馬。それに、大槌という得物。
あんなご仁は、他には二人と居まい。
鬼気迫る戦いぶりは敵味方に知れ渡っていたし、見間違うわけもない」
以後、延々と身振り手振りを交えての勇猛なヴァンクレスの戦い方の解説と賛辞が続く。
なんでも、最初は騎乗で戦っていたのだがそれだけでは勝負がつかず、二人とも馬を降りて正々堂々とやりあって、それでも勝負がつかずに物別れに終わったそうだ。
ただ、ハザマにいわせればヴァンクレスは戦場などで相手のやり方にあわせてやるような殊勝な性格でもなく、そのときの「正々堂々」とかいうのもなにか別の理由があるのではないか、とも思ったものだが……その点に関してはあとで確認してみるしかない。
などと思っているところに、当のヴァンクレスがやってきた。
「おれだけでもうまく説明できそうもないんで、こいつも連れてきたんだが構わないよな?」
むっつりと不機嫌そうな顔をしたヴァンクレスは、背後に従えてきたスセリセスを指さしてそんなことをいった。スセリセスはハザマと目が合うと、無言のまま軽く頭を下げる。
そして今度は、ヴァンクレスとスセリセスの口からネレンティア皇女とのなれそめについて説明されることとなった。
語られた出来事としてはネレンティア皇女の説明とたいして違いはなかったのだが、当事者の心証はかなり異なる。
ネレンティア皇女は「騎士同士の高潔な決闘」と捕らえていたが、ヴァンクレスの方は「わけがわからんやつに因縁をつけられて延々と絡まれた」と思っている。
……まあ、そんなところだろうな。
ハザマはそう思い、納得もした。
「それでも、ヴァンクレス。
なんだかんだいってお前もつき合ってたわけだから、それなりに楽しかったんだろ?」
一通りの説明を聞き終えたあと、ハザマはそう感想を述べた。
そもそも、この乱暴者のヴァンクレスが本気で嫌がっていたら、そんなに長い時間に渡って相手にするわけもないのだった。
本当に気にくわない相手なら、ぶちのめして終わり。
それが、シンプルなヴァンクレスの方法論のはずだった。
「……そういわれると、なんとも答えようがないんだが……」
ヴァンクレスは顔をしかめながらそういった。
「……おれと正面からやりあったあとも立っていられたやつは、数えるほどしか居ないからなあ」
結局、このヴァンクレスの基準というのは「強さ」という単純なスケールに基づいている。
相手の信条や価値観はどうあれ、ヴァンクレスに匹敵する強さを持つ者にはそれなりに興味を持ち、敬意もあらわす。
「ただ、あのときの黒ずくめは、騎士道だなんだとおかしな綺麗事をほざきやがるから、気に入らねえといえばやっぱり気に入らねえ」
「……と、こいつはこういっていますが?」
ハザマはネレンティア皇女に水をむけてみた。
「そのことは、もう何度も聞いた」
ネレンティア皇女はそういって頷く。
「それはそれで構わないのではないか?
わらわとてこれまでの浪々としいた期間、様々な民草に触れてきている。
それに、これでも価値観の多様さを容認できぬほど狭量でもないつもりだ」
盗賊あがりと皇女様とでは、生まれ育った環境が土台からして違うからなあ、とハザマは心中で考える。
「ネレンティア皇女様は馬をお持ちで?」
一応の事情を聞き出したハザマは、別の話題に移った。
「おう。
わらわの愛馬は凶暴でな。
そのおかげでこたびも専任の世話役を何人かひきつれての旅となった」
「……従者込みの放浪生活、ですか」
ハザマが、訊き返す。
皇女様ともなると、放浪生活もそれなりにゴージャスになるものらしい。
「正確にいうのなら、馬ではなくて一角獣なのだがな」
こともなげに、ネレンティア皇女はそんなことをいい放つ。
「こいつがまた、生娘以外が近づくと暴れ回るという性質を持っているのでな。
これでなかなかに難儀をしておる」
「ははあ。
ユニコーンですか」
ということは、この皇女様も……と不敬なことを考えかけ、ハザマは頭の中でその結論を慌てて打ち消した。
「こちらの世界ではよく居る生物なのですか? その、一角獣というのは。
おれの世界では伝説上の、架空の生物とされていましたが」
口に出して、そう訊いてみた。
「いや、生息数はそんなに多くはない。
伝説……というほどではないにしろ、やはり珍しい生物であることに変わりはない」
ネレンティア皇女はそう答える。
「うちの一族の中に大陸中の獣を集めて飼っている酔狂者が居てな。その大伯父様から分けていただいたものだ。
乗りこなせることができたらくれてやるぞといわれてな。十日ぐらいかけてようやく乗りこなしてみせたものだ……」
そのときのネレンティア皇女は遠い目をしていた。
「……それでは、皇女様はこのヴァンクレスといっしょに騎馬隊ということになりますね。
おそらく、うちの者も同じような判断を下しているものと思われますが……」
ハザマはそういった。
ヴァンクレスが目を剥いて何事かいいたそうな顔をしていたが、ハザマはあえて無視をする。
「ハザマ殿もそういうか」
ネレンティア皇女はそういって胸を張った。
「ファンタル殿もそういう意見であった。
ああ、それからわらわのことは敬称抜きのネリィと呼ぶがよい。親しい者にはみな、そう呼ばせている」
「……光栄なことですね。
もう、ファンタルさんにはお会いになりましたか?」
「ああ、会った。
なんでも、出陣の準備中とかで忙しくしておられたのであまり長い時間、はなすことはできなんだが。
想像していた通りの方だった。
落ち着いたら、様々なことを指南してくださるとおっしゃってくださった」
ネレンティアス皇女によると、ヴァンクレスの所在地を教えてくれたのも、そのファンタルだという。
……あの人、絶対面白がっているんだろうなあ……と、なんとも複雑な表情をしているヴァンクレスを横目に見ながら、ハザマは思った。
「ヴァンクレス」
ハザマはヴァンクレスの肩を軽く叩き、そんなことをいった。
「同じ騎馬隊の仲間として、この……あー、ネリィ様と仲良くしてやってくれ」
そう聞くと、根が単純なヴァンクレスは露骨にいやな顔をする。
「大将までそんなことをいうのか?」
「そら、いうさ。
洞窟衆の騎馬兵は、まだまだほとんどが実戦未経験者だ。
得難い教官役がむこうから飛び込んできたんだから、歓迎しないわけがないだろう。
それとも、ヴァンクレス。
お前さんが指南役なんて器用な真似をできるっていうのか?」
ヴァンクレスはこれまで我流で通してきた。その方法は、ヴァンクレスの体格や膂力があってのものだし、余人にはまず真似できないだろう。
それに、誰かにみっちりと基礎をから教えられて来たわけでもないので、戦い以前の馬術だけでも、ヴァンクレスが誰かに物を教えるという場面がハザマには想像できない。
性格的なことを考えても、ヴァンクレスに教師役が務まるとは思えなかった。




