王子との問答
「……画策、とおっしゃられましてもねえ」
ハザマは言葉を濁した。
別にとぼけているわけではなく、現在進行している事業が多岐に渡っているため、一気に説明するのが難しかったのだ。
「一口にご説明するのは難しいですね。
なにしろうちは多方面に手を広げている最中ですし、各事業の進捗状況もばらばら。そもそも、計画通りに物になるのかどうか今の時点では判然としないものも多くございます。
それらをすべてあげつらうのは時間がかかる上、お耳汚しになるかと……」
結局、そんな説明をした。
「これは、訊き方が悪かったな」
そういってゼレタリウス王子は頭を掻いた。
こうして改めて見てみると、どちらかといえば風采があがらない外見の中年男である。それこそ、道ですれ違ったとしても特に目を引く特徴がないような。
あ、いや。
頭頂部の頭髪が薄くて、肌色が透けて見えている……などと考えると、不敬罪になるのかな?
ハザマはそんな埒のあかないことを考えはじている。
まあ、見た目的にはどうということのない、普通のおっさんだった。
「君は、なにを考えてそうした事業を行っているのか?
その根本にある動機を知りたいのだ」
ゼレタリウス王子は、まじめな表情をしてそういった。
「今までの経緯を確認してみたところ、君の方針がわが王国に害をもたらすものではないらしい……ということはわかっている。
だが、どうも……君がなんのためにそれらの事業に着手したのか、どうもそれがわからない。
そこにいるオルダルトくんの対策班からあがってきた報告によると、今はゲームや菓子を製造しているとか……」
アイスクリームのことまで伝わっているらしい。
オルダルト率いる洞窟衆対策班は、ハザマに面会をしてこなかったここ数日中も情報収集はしていたらしかった。役割を考えれば、それで当たり前なのかも知れなかったが。
「そうした動きとこれまでの洞窟衆の働きが、わたしの中でどうにもうまく結びつかないんだよ」
ゼレタリウス王子はハザマにむかってそういった。
「なんだって洞窟衆が、今、菓子造りをしなけりゃならないんだ?」
「それはですねえ……」
さて、どう回答したものか、と考えながら、ハザマはそれ前置きをする。
確かに外から見れば、洞窟衆はなにがやりたいんだかわけがわからない集団だろうな、と、ハザマも納得した。
「正直にいいますと、特に一定方向の目的があってのことではありません。
それらはだいたい、おれの趣味というかわがままというか……。
余裕ができたら、おれの故郷にあったものをこちらでも再現したいなと以前から思っていて、最近ようやく戦争の方が一段落してきたんで、手を着けはじめたというだけのことです」
より正確にいうのなら、ゲーム関係はハメラダス師の要望によるところが大きいのだが……いずれにせよ、特に大きな目的があってのことではない。
「ほう。
郷里の……」
ゼレタリウス王子は、感慨深げな表情になった。
「それは、郷愁の念からなのか?」
「そういう想いがまったくないといえば嘘になりますが、それ以上に、自分の身の回りだけでも快適で豊かな状態にしておきたいという動機の方が強いと思いますね」
ハザマは一気にそう答える。
なにせ大量消費社会で生まれ育ってきた身である。
一概にこの世界の方が「遅れている」とまでは思わないが、少なくとも衛生や娯楽は元の世界とは雲泥の差があった。
ハザマにしてみれば、少しでもそのギャップを埋めたいところなのである。
「快適で豊かに、か」
ハザマの説明を受けて、ゼレタリウス王子は少し考え込む。
「君の故郷とやらは、そんなに住みよいところだったのかね?」
「さて、それはどうですかね」
そういわれて、今度はハザマが考え込む表情になる。
「まず、大きな違いとして、おれの世界には魔法というものがいっさいありませんでした。
魔法というのは、子どもむけのお伽噺の中だけの存在する、というのがおれの世界の常識です。
そのかわり物質を大量生産する技術は進んでいて、庶民でも比較的安価に様々な商品を購入できるようになっています。
物質的には恵まれている一方、おれの国はおれが生まれる前から慢性的な不景気状態にありました。
おれの国はいわゆる先進国のうちに数えられていたのですが、経済的に先行している分、おおくの業種内では飽和状態になっており、競争が大変に激しい。
それに加えて、人件費が安い新興国からは追いあげを食らっている状態で……先行きは、決して明るくはなかった。
現に、おれも長らく就職活動をしていたときにこちらの世界へ飛ばされてきたわけでして……さて、あのままあの世界に居たとしても、将来のおれがどこまで快適な生活をできていたのやら……」
「物質的には豊かな社会であっても、それだけでは民は満足しないのかね?」
「欲望には、際限がありませんから」
ゼレタリウス王子の問いかけに、ハザマはあっさりと答える。
「上を見ればキリがないというか……。
仮に、社会全体が豊かになったとしても、今度はその社会の中で格差というものが生じます。
これはもう、必然的に」
そのハザマの言葉に思い当たることがあるのか、ゼレタリウス王子は大きく頷いた。
「ひょっとしたら、おれの郷里のホームレスの方が、こちらの庶民よりも豊かな生活をしているのかも知れません。
ですが、その境遇に本人は満足しているのかどうかは、また別のはなしでございましょう。
物質的には貧しくても家族を養い、子の世代に望みをかけられる境遇の者と、食うには困らないが天涯孤独で将来に不安しかない者とでは、心理的には雲泥の差があるかと思います」
「物質的な豊かさがすべてではないともうすか?」
「すべて……ではないでしょうね」
ハザマは、頷く。
「万事自分の境遇を受け入れている貧者も居れば、有り余る富を持ちながらも後悔と孤独に苛まれ続ける者もおります。
それは、どんな世界であろうが変わらないのではないですか?」
「そうはいうが……」
ゼレタリウス王子は、渋い表情をした。
「……為政者としては、より豊かな社会を構築することを目指さねばならん。
個々人の内面に関することまでは、どんな王でも干渉のしようがない」
「それは……そうでございましょうなあ」
ハザマは他人事のようにいった。
「確かに、民の内面のことまでは、上の方々の責任にしようがない。
為政者の仕事というのは、結局のところ、せいぜい目に見える部分だけを整えるところまでなのではないでしょうか?」
「せいぜい、目に見える部分まで、か」
ゼレタリウス王子は、自嘲するように薄く笑った。
「それを十全にやれるだけでも、十分な名君といえような」
「いうほどには、容易くはやれないでしょうね」
またハザマは、他人事のような表情になる。
「なにを他人事のようにいっている」
ゼレタリウス王子はしたり顔でハザマに指摘した。
「数日後からは、君自身も領主になるのだぞ」
「そういえば、そうでしたっけ」
そういってハザマは天井をあおいだ。
「ですが……おれは、別にいい領主になることを目指すつもりもないですしね。
なにしろ森しかない土地ですから、最初のうちこそ道とか建物とかを作ってやらなければなりませんが……あとは、他人に迷惑をかけない限りは、領民にも好き勝手にやらせておく予定です」
「……それで領地がうまく経営できるといいがな」
呆れたような感心したような、複雑な面もちをして、ゼレタリウス王子はハザマにそういった。
「なに、これでなんとでもなるもんですよ」
ハザマはことなげに答える。
「最低限のお膳立てさえ整えてやれば、あとは勝手にそれぞれの好むところへむかって行く。
おれなんかが手助けできるのは、自分の足で立って歩けるようになるまでの最初の段階までです」
「その、通信と印刷やらはそんなに画期的な事業なのか?」
「情報伝達の速度向上と、蓄積。こいつは、なかなか馬鹿にできません。
うちの方でもまだまだ手を着けはじめたばかりで、本格的な影響が出てくるのはまだまだ先になって来るはずですが、まずは医療所関係からはじめて……」
その後も、ハザマとゼレタリウス王子はおのおのの杯を何度か空にしながら、長いこと語り合っていた。話題は多岐に渡っていたのだが、ゼレタリウス王子にしてみれば物怖じしないハザマの態度が珍しかったらしい。
「……そんなに重要なことならば、わが王国でも研究させなければならんな」
「どうぞ、ご自由に。
おれは魔法の知識はからきしなんですが、通信術式とやらは原理さえ理解できれば簡単に再現できるもののようです。
印刷技術については……うちの方でもまだま試行錯誤の段階ですからね。
なんともいえません」
「ちょっ!」
ペドロムが、口を挟んでくる。
「いいんですか? そんなことをいって!
わざわざ商売がたきを作るような真似をしなくても……」
「いいんだよ、別に」
ハザマは目を細めてペドロムの顔を見返す。
「通信設備の架設だって、タダでできるもんじゃない。課金体制を整えて利益があがってくるようになるまでは、相応の準備期間も必要となる。
今のうちの状態は……」
「国境からドン・デラまでは開通。
ドン・デラから沿海州まで、ならびにドン・デラからこの王都までは近日中に開通予定……です」
「で、それ以外の場所にもどんどん延ばしていく……予定なんだろう?」
「ええ、まあ」
ペドロムは、ぶんぶんと音をたててかぶりを振った。
「今後のハザマ商会の有力な資金源になるかと期待されています」
「まだまだ、線の段階じゃないか。面にも網にもなっていない。
今のペースで架設を急いだとしても、王国中を覆う網に育つまでどれくらいの時間が必要になる?」
「ええっと……それは……」
ハザマに問われて、ペドロムは目に見えて動揺した。
「なにぶん、先立つものが……。
そんなにすぐには……」
「通信網というのは、通信可能な範囲が広くなればなるほど利便性が増す。
洞窟衆やハザマ商会だけでは通信網を整備できないんだったら、国なり別の商会なりが設備投資して、必要とあれば回線を相互乗り入れすればいい。
あとは、公正な条件で競争して顧客を増やして、勝った方が周囲の通信網を買収したりすることもあり得るだろうな。
とにかく、最初から独占することだけを考えるよなセコい稼ぎ方はすんなよ。
一時的に競争相手を出し抜いたり先行したりするのはいいけど、それが永遠に続くもんだとは思うな。
商売は商売なんだから、なにがよいかは客に判断させろ」
「は……はぁ」
ハザマにそういわれたペドロムは、うめいて額の汗を拭うばかりだった。
「……そいや、紙の量産体制は、今、どうなってんの?」
そんなペドロムを半眼で睨みながら、ハザマは訊いてみた。
「それはですね」
ペドロムは顔を明るくし、勢い込んで答えた。
「将来的にかなりの需要が見込めるので、目下、森の中に製紙工場を増やしている最中です。
これからはどんどん市場に送り出せるかと……」
「そいつはよかった」
ハザマは頷いた。
「印刷の方が本格的に回りはじめると、紙はもっと必要になってくるからな。
いくら作っても余るってことは、まずない」
「そうですね。
王都での需要もありますし、それに、輸出むけの商品としても有望ですし……」
「その、エルフ紙の製造方法は公開してくれないのか?」
ゼレタリウス王子が口を挟んできた。
「足りないのなら、国をあげて作らせてもいいのだが……」
「あれに関しては、おれの発案というわけでもないですからねえ」
ハザマはのんびりとした口調で応じる。
「紙の製法は、うちに居るエルフの人たちの知識から学んだものです。
なので、おれの一存では勝手にお教えすることができません」
それが、義理というか筋というか、とにかくそういうものだろう。そう、ハザマは思っている。
「そうか」
ゼレタリウス王子は得心した様子で頷いた。
「それでは、一度そのエルフとやらに確認してくれ。
許しを得られるようだったら、王国をあげた産業に育てよう」
「……帰ったら一応相談はしてみますが、色よい返答はあまり期待しないでください」
ハザマとしては、そう答えるしかなかった。
「おれ自身も、どういう答えが返ってくるのか予想できませんので……」




