ヴァンクレスの周辺
「ちょいとそこの女の方。
きっちりとした身なりの割に供も連れず、どこへ、なんの用で行くつもりですか?」
その頃、新領地の某所ではある貴婦人が王国軍の兵士に呼び止められていた。
停戦中であるとはいえ、これ見よがしにこんな場所に似つかわしくない格好をしていれば、それなりに好奇の視線に晒されるし、それに周囲を見回っている兵士としても声をかけずにはいられない。
なんといっても森の中の山道をつっきって王国軍の砦を抜けていこうとしていたのだから、怪しいところがあれば誰何もする。
周囲は、荷物を担いで部族民の野営地方面へ行き来する人足と王国軍兵士しかいないような環境であったから、しゃんとした身なりに盛装したその女性は、いかにも場違いであった。
「どこへ行くかといえば、王国軍の野営地にあるという洞窟衆の天幕を目指している。
そこに尋ね人が居ると聞いたのでな」
その女性は、意外に低い声でそう答えた。
「洞窟衆の……ねえ」
女性を呼び止めた兵士は、困惑顔でさらに問いを重ねた。
「あなたのような方が、いったいなんのご用で?
失礼ながら、あなたは部族民の兵士にも、商人にも見えません。
第一、供も連れずにこんな場所に来るなんて……」
「なんの用でと問われるのならば、先ほどもいったように人を訪ねるのが目的だ。このわたしが戦場で見込んだ男だ。
身分はと問われるならば……ふむ。
今は何者でもないな。傭兵稼業は、つい先頃足抜けをしてきたばかりだ。
住所不定無職の浪々の身、浪人としておこうか。
供はいない。もう、長いこといないな。またそれで、特に不都合もない。我が身を守る術くらいは心得ているし、これでも身の回りの雑事くらいは自分で片づけられる。
本国はここから余りに遠く、もう長いこと浮き草のごとく流浪の日々が続いておる。我が身元をあかす術もほとんどない……」
あからさまに、怪しかった。
少なくとも、その女性を呼び止めた兵士はそう判断した。
「……ええ、ちょっとお待ちください。
今、上に問い合わせますので……」
ハザマたちが王都に赴いていたとき、ヴァンクレスは相変わらずアイスクリーム製造器、なるもののハンドルを回していた。
それも、
「……うぉぉぉぉぉっ!」
などと無駄に雄叫びをあげ、渾身の力を込めて回している。
「……ずいぶんと暑苦しい人ですねえ」
「でも、おかげさまで予想以上の速度でアイスクリームができていますから。
助かるといえば助かります」
コキリとそんな会話をしているのは、販売部のイレイサであった。
二人は、アイスクリームの販売方法について詰めている最中だった。
「今作っているのは、身内での自家消費分と、それに外部の影響力のある方々に提供する分になります」
イレイサはそういった。
「器具や材料もだいたい揃いはじめているので、そろそろ本格的な販売方法を決めたいところですなんですが……」
「フラン……チャイズ、とかいいましたっけ?
ハザマっちが提案していた方法」
コキリは首を傾げながら、イレイサにそう問いかけた。
「あれ、本当にやるんですか?」
「理屈からいえば、必要な器具のレンタル料と材料の販売だけでも十分な利益がでるわけですから」
イレイサはそう答えた。
「それに、なにからなにまで洞窟集の者だけで遂行しようとすると無理が出てくる、というハザマさんの意見にも一理あります」
「機材と材料は用意するから、あとの販売は外の人間に……か」
コキリは軽くため息をついた。
「その方が競争意識も出てくるっていうのもわかるんだけどね」
「物珍しさもあって、しばらくはアイスクリームというだけで売れ続けるでしょうけど……飽きられてからのことを考えると、値段や新味でバリエーションを出して積極的に冒険しようという気風は必要になってくるかと思います」
イレイサは冷静に説明をした。
「その際、洞窟衆とかのバックがあって安心感があるのと、材料費も全部自腹で気軽に失敗ができない立場とでは、どうしても真剣さが違ってくるはずですし……。
やはり、この場合、委託制にするのは正解だと思いますよ」
「あとは……氷の供給の問題だねえ」
コキリは天を仰いだ。
「今の程度の量だと、ゼスチャラのおっさん一人が作る量だけでも十分に賄えるけど……」
「そちらは、ゼスチャラさんの講座が成果をあげるのを待つしかないですねえ」
イレイサはのんびりとした口調で答える。
「医療所の講座とこの聞き書きとあわせて、出版部の方で教科書、ですか?
それを出版する準備をしているところだそうですが」
出版関連についてはまだ試作班の管轄なので、イレイサにしてみれば他人事なのであった。
「活字の方がまだできあがっていないので、とりあえずは間に合わせに木版画で作るそうだ」
多少なりとも出版部の事情に通じているコキリは簡単に説明した。
「そっちはそっちで、かなりバタバタしているらしい。
今日か明日には、墨の試作品ができあがるそうだし……そっちについては、実際に使ってみないことにはなんともいえないけど……」
「ドワーフの人たちや厨房の方もかなり賑やかになっていますし、どこもかしこも忙しくなってきましたねえ」
「販売部が一番忙しいんじゃないのか?」
「いえいえ。
こちらは人数も多いですし、忙しければ補充もすぐにできますし……。
基本的に物品の仲介をするだけですから、最初に道筋を作ってしまえば、あとは右から左へ流すだけでそれなりに動いてくれますから……。
むしろ、毎回おかしな思いつきを形にしなければならない試作班の方々の方が苦労が多いかと……」
「……その苦労も、どうやらまだまだこれからが本番みたいな感じなんですけどね」
コキリは、ぼやく。
「とりあえずは、あの人たちをなんとかして欲しい」
コキリの視線の先には、アイスクリーム製造器のハンドルを回し続けるヴァンクレスを幾重にも取り囲む人々がいた。
「あの赤毛の大男がそんなに有名人だとは思わなかった」
「あの……あの人たちは?」
事情をよく知らないイレイサが、なにか聞きたそうな顔でコキリの顔を見つめる。
「あの人たちは……あのヴァンクレスって人をスカウトに来た貴族連中。
なんでも、あの大男はいくさで大活躍したらしい。
うちに仕官しないか、って口説きに来ているんだってさ。
肝心のヴァンクレスがどうしても洞窟衆で働きたいっていっているから、今のところ無駄足になっているけど……」
「……まあ。
貴族の方々ですか」
イレイサは芝居がかった様子で感嘆してみせてから、
「それでは、早速アイスクリームの試食を勧めてみませんと。
これも宣伝のいい機会になります」
と、いった。
「……ほらよ!
もう一丁、できた」
ヴァンクレスはそういって製造機の蓋をあけ、ハンドルを引きあげた。
ハンドルに直結していた羽根に、アイスクリームの固まりが付着している。
それをへらでボウルの中に落としていく。
ヴァンクレスはもう何度かそうしてアイスクリームを作っていたので、慣れた挙動だった。
「溶けないうちに、おひとつどうぞ」
そんなことをいいながら、イレイサたち販売部の者たちはボウルの中身を木皿に盛り、木匙を添えて、周辺に集まった貴族たちに配っていく。
「今度うちで販売する、アイスクリームになります。
ご試食ください」
「あ、ああ」
「それはいいのだが……われらの用件は、そのヴァンクレス殿に……」
アイスクリームを受け取った貴族たちは、戸惑い顔でそういった。
「……だからよぉ!」
ヴァンクレスが、吼えた。
「おれは、あんたたちのところにはいかねーってっ!
もう何度もいっているけどよぉ!」
「ヴァンクレスさん、お静かに」
イレイサはぴしゃりとヴァンクレスを窘める。
「ただでさえ、あなたは体が大きいのですから……もう少し言動を慎みませんと、対面する相手は無駄に威嚇されたと認識します」
「威嚇って、そんなつもりもないんだがな」
ぶつくさと、小声でヴァンクレスは反駁した。
「ただこいつらが、あんまりしつこいから……」
「……なぜだね!」
集まった貴族のひとりが大きな声をあげる。
「うちに来れば、高禄は保証しよう!
君ほどのいくさ働きができれば、報酬は思いのままだ!」
「いや、うちこそ……」
「うちなら、仕官だけではなく領地もつけよう!
そうすれば、平時でも毎年税収が……」
「……やかましいっ!」
にわかに騒がしくなった貴族たちにむかって、ヴァンクレスがまた吼えた。
「高禄とかそんなことはどうでもいいんだよ!
これでおれは、盗賊あがりだぜ? 本当に欲しいもんがあったら力ずくで奪うわっ!
いいか。
まずなにもいわず、そのアイスクリームってやつを食べてみろ。
今までに味わったことがない食いもんのはずだ。
あんたらについていっても、そういうもんは味わえないんだよ!」
ヴァンクレスに気圧された風で、貴族たちは木匙ですくったアイスクリームを口の中に入れた。
「……うむ」
「これは……」
「甘露」
「濃厚な、それでいて冷たく……」
そして、口々にそんな感想を述べあう。
「な、うまいだろ?」
貴族たちの反応をみて、ヴァンクレスは得意げな顔になった。
「これだけじゃねーんだぞ。
あの大将についていくとな、とにかく退屈だけはしねーんだ!
おれがあんたら貴族様の家来になったとして……このおれがそんな風に退屈しないでいられるって、保証できるってのか?
そう保証してくれるやつがこん中にいれば、そいつにならついていってもいいが……どうだい?
誰か、名乗り出て来るものはいねーか?」
「……強引というか、無茶ないい方をしますねえ」
貴族たちをかき分けて、ヴァンクレスに近寄ってきた人影があった。
「ヴァンクレスさんらしいといえばらしいんですが……とにかく、そんないい方ではこの方々には通用しませんよ」
「おう、スセリセス。
もう大将との用事は済んだのか?」
「面談は終わりましたが、どうやらぼくはこれからブラズニア領内まで掃除に行かなければならないようです」
スセリセスは落ち着いた口調でそう応じる。
「その方が、ぼく自身にとっても得るものが多いようですし……」
「ブラズニアの掃除だって?」
ヴァンクレスは大仰に驚いてみせる。
「なんだってお前が、掃除をするためにあんなところまで……」
「本職の魔法兵の手際を盗むいい機会です。
このままだと、近い将来にはヴァンクレスさんの足手まといにしかならないような気もしますし……。
詳しいことはあとで説明しますが……今は、この人たちへの説明するのが先ですね。
この人、ヴァンクレスさんはどうやらこういいたいみたいです。
ヴァンクレスさんは高禄も金銭も求めず。
ただ新しい体験のみを求める。
そのためには、洞窟衆と行動をともにするのが最適である。
ここに集まった方々のうち、洞窟衆以上に刺激に満ちた環境を提供できるお方はいらっしゃるのか、どうか……と」
スセリセスの言葉を聞いた貴族たちは、困惑顔で顔を見合わせた。
「いや……」
「禄よりも、刺激とか体験とか……」
「そんな例は、今までに……」
ぶつくさと、小声でそんなことをいいあっている。
「……ヴァンクレスさんは、こんな大きい体をしているのに、中身は子どもなんですよ。
なによりも、好奇心が優先するのです」
スセリセスは、平然とそういいはなった。
「さて、諸賢におかれましては、この洞窟衆が提供する以上に新鮮な経験をこのヴァンクレスさんに供する自信がおありか、否か」
「おお!
ヴァンクレスか? ヴァンクレスだな! 確かにヴァンクレスだ!」
そのとき、人垣をかき分けていきなり背後からヴァンクレスの首に抱きついて来た女性があった。
「……会いたかったぞ!
今日、傭兵団から籍を抜いてきたばかりなのだが……」
「ちょっ。
なんだ! お前は!」
ヴァンクレスは立ちあがって、その女性を振り払おうともがく。
「誰でもいいから、とにかく、一度離れろっ!」
ヴァンクレスに抱きついた女性は、ヴァンクレスの抵抗にも関わらず首に回した腕を放さず、そのまま体全体を大きく振っていた。
「……えっと……あれ?」
その様子をみていたスセリセスは、ひとりで首を傾げていた。
「ひょっとして……いつぞやの、黒騎士の人?」




