王都の風景
食用油の調達先も心配ではあったが、それ以外にも長時間、油の温度を一定に保つ方法とか、商売としてこうした揚げ物を扱うためのハードルはいくつか存在した。なにしろこの世界には、当然のことながら業務用のフライヤーなど存在しない。
商売で提供するとなると、一回限りの調理とは違い、毎日長時間、ほぼ同じ品質のものを提供できなければならないわけであり……それもこれもひっくるめて、ハザマは、
「……以上を参考にして、新しいメニューの開発をやってください」
と試食会に参加した面子に告げた。
ハザマには、基本的に核となるアイデアを提供することはあっても、それ以上に細部を詰めていく段階になるとこの世界の人々に任せてしまう傾向がある。
料理については、大学に入学して以来、曲がりなりにも一人暮らしをしていたおかげで貧乏料理程度はなんとかこなせる程度のことはできたが、その他の鍛冶仕事とかは完全にこの世界のプロに任せてしまっている。
下手に素人が口を出すよりは、お任せでやってしまった方がいい結果が出るだろうと判断したからであるわけだが。
特に料理とか嗜好の要素が入ってくるものは、長年親しんだ食文化からして違うのであるから、現地の人に任せてしまった方が受けがいいものができあがる。はずである。
……と、ハザマは考える。
なんにせよ、これでハザマもなにかと忙しいので、新規メニュー開発にばかり時間を割くわけにもいかないわけであるが……。
「ハザマさん。
そろそろ王都から迎えが来る時間になります」
「おお。
そうか」
リンザに注意されたのを契機として、ハザマは厨房に背を向けた。
「……なんでいきなり、試食会なんて開いたんですか?」
会議室がある天幕へ移動しながら、クリフがハザマに訊ねた。
「新規の嗜好品が必要だからだ」
ハザマは短く応えたあと、「これでは少し説明不足か」と思い直し、少し長めに説明をしはじめる。
「……新領地のインフラ整備に金がかかりすぎるってタマルが嘆いていたからな。
少しでもそれを回収しようと思ったら、人夫どもに散財をさせるのに限るわけだ。
そのための一環として、目新しい料理というのはアリなんじゃないかと思ってな」
日常的に肉体労働者の前に、腹持ちがよくそこそこうまい料理を提供すれば、恒常的な売り上げが期待できるのではないのか? そういう思惑で、ハザマは今回の試食会のメニューを決定した。
高カロリーな揚げ物類は、ハザマの世界ではどちらかというとジャンクな食品とされていたが、それは消費カロリーが比較的少ないホワイトカラーにとっては過剰だというだけであって、なにかにつけ人力に頼らねばならないこの世界では、おのずと事情が異なってくるはずだろう。
ましてや、土木や建築などの現場で日々汗を流す連中にとっては、そうしたカロリーが高い食品は、かえって好まれるはずだった。
「……まあ、一番の動機は、おれ自身が自分の国で食ってたものを食べたかったってことなんだが……」
ハザマはそうつけ加えるのも忘れなかった。
この世界の料理は、ハザマが体験した範囲内では、雑というかかなり投げやりなのだった。
味は二の次で、誰でも簡単に作れるような簡便な調理法が主流である。
それでも、素材がそれなりなので、まずい料理というのには滅多に出くわすことはなかったが……全般に、一手間かけてよりよい味を目指す、という発想が、あまりない。
おそらく、生活が厳しくてたかが料理に割くためリソースが不足していることが、一番の原因なのだろうが。
なによりも、自分のため。
その動機が一番ではある、という宣言に嘘はないのだが、これを機に、もっと洗練された料理を広め、普及させてもいいのではないか?
という思惑も、ハザマにはある。
そのためには、うまいものを作る料理人には金が集まるような仕組みを作らなければならない。
見所のある料理人を見いだして洞窟衆が店を持たせる、くらいのことはしてもいいとハザマは思っている。
目下のところ、この土地の者たちは、王国各地から来た者と部族民の集合体である。そうした者たちにむけて、新しい味覚や調理法を提供していけば、いずれそれはもっと広い範囲にまで波及する。
たとえば日本でも、過去の徴兵制が現在普及している各種のメニューを全国区のものにした、という事例があるわけで……。
だが、そうした細々とした思惑は説明するのも面倒くさいし、ハザマひとりの胸に秘めていればいい。
とりあえずは、そうした新しい料理が短期的には洞窟衆の収入になる、という表向きの理由さえ示しておけば、たいていの者は納得してくれるのであった。
会議室に入ると、すでに洞窟衆対策班の三名の魔法使いはハザマたちを待っていた。包帯男と爺さんと三十前後の女性、の三人だった。
「すいません。
待たせましたか?」
ハザマがそう声をかけると、
「いえいえ。
わたしらも今着いたところでして」
三人の魔法使いのうち、包帯男がそう応じる。
「今回行くのは、この三人です」
ハザマはそういって、うしろに控えているリンザとクリフを示した。
「時間がもったいないですし、早く移動しましょう」
「そうですね」
ハザマの言葉に包帯男は頷き、
「それでは、失礼して……」
といって、ハザマの肩に手をかけた。
女性がリンザの、爺さんがクリフの肩に、同じように手をかける。
すると次の瞬間には、ハザマたち六名は、見慣れない室内にいた。
「……これが転移魔法か」
ハザマは、そう呟く。
ハザマは以前、アズラウスト公子と一緒に転移をした経験があるのだが、あのときは戦場でのどさくさまぎれだったから、「いつの間にか、訳も分からないうちに」という印象が強かった。
「ここは……どこだ?」
周囲を見渡して、ハザマが呟く。
王都のどこかには違いないのだろうが……室内には机や書棚があって、数名の人々が働いていた。
なんらかの事務作業をする場所であるというのは、調度や雰囲気で察することができるのだが……。
「洞窟衆対策班の、執務室になります」
室内にいたオルダルト・クロオルデルが立ちあがり、ハザマに挨拶をしてきた。
「ようこそ、王都へ」
本格的に稼働して数日が経過していた洞窟衆対策班は、職員やお茶汲みなどの下働きを含め、今では十名以上の所帯となっている。これでも仕事量に比べれば少人数であったので、人数はもう少し増える予定だった。そのために必要な支度金も十分に支給されていたし、ハザマに爵位と領土を受けるように説得した実績ができつつある現在、遠慮する必要もなかった。
「……早速ですが、仕立屋へご案内します」
オルダルトは早口に、ハザマに告げた。
「できればゆっくりと王都をご案内したいところですが、それは次の機会に譲りましょう」
「そうですね」
オルダルトの言葉に、ハザマも頷く。
「今日は予定が詰まっているそうですし」
ハザマは、今日はじめてこの王都の土を踏む。
その事実を知る者はまだまだ限られているはずだったが、その少数の中にはハザマとの対面を望む者も多かった。
「実は、ハザマ商会の者とも会う約束をしているのですが?」
「……それらしい来訪者は、今のところここには来ていませんね」
一口に王都といっても、広い。
待ち合わせの場所がわからなければ、オルダルトとしても対処のしようがなかった。
「いえ、こちら……対策班の住所は伝えているはずなのですが……」
そういいながらも、ハザマはオルダルトのあとについて階段を降っていく。
「足下が暗いので、気をつけてください」
オルダルトはハザマたちに注意をうながした。
その言葉通り、ほとんど採光というものを考慮されていない階段は、かなり暗かった。踊り場にある灯りだけが、心細い光源である。
壁も床も階段も、すべて石造りだった。
「……歴史がある建物なのですか?」
ハザマは、オルダルトに問いかけてみた。
「われわれも先日入居したばかりですうから、この建物についてしっかりとした来歴を確かめたことはありません」
オルダルトは、そう答える。
「ですが、この手の石造りの建物は、王都が開いた三百年くらい前に一斉に建造されたと聞いています」
「……三百年前、ですか?」
ハザマは、呆れたような声を出した。
夏場は高温多湿になる、日本のような場所とは気象条件からしてまるで違うのだから、単純に比較しても意味はないのだろうが……。
「随分と、古いのですね」
「そうですか?」
オルダルトはそういって、首を捻っていた。
「ここではだいたいそんなものなので、特に古いとも思いませんが……」
オルダルトのはなしによると、王都よりもっと古い歴史を誇る都市はこの大陸にはいくらでもあるということだった。
石造りっていうのは長持ちするもんなんだな、と、ハザマは思った。
この分でいくと、この周辺は、気候だけではなく、地震などの天災も滅多に起こらない場所なのだろう。
暗くて長い階段を降りきると、ようやく外に出ることができた。
ハザマは珍しそうに、周辺を見渡す。
「……これが王都か」
ハザマはそう呟く。
道も、周囲の建物も石造りだった。
それに、どの建物も、想像していた以上に背が高い。
窓の配置から判断して、ここでは十階以上の建物も珍しくはないらしかった。
そのことをオルダルトに訊ねてみると、
「そうですね。
下の階は商店とか倉庫とかに使用され、上の階は住宅として使用されることが多いです」
と答えてくれた。
基本的に、階上に行くほど賃料が安くなる傾向があるという。
エレベーターもエスカレーターもないからなあ、と、ハザマも納得した。
上にいくほど移動コストが増しているわけだから、そうなるのも頷けるところであった。
「……この道を、あちらへむかうと王宮があります。
それと、諸侯の公館が集まっているのもあちらですね」
オルダルトは、ハザマに対してそう説明してくれた。
「反対側にいくと、商人や職人が集まる下町になります。
本日、最初の用事があるのはそちらになりますね」
「仕立屋、ですか?」
ハザマが聞き返した。
「そうです」
オルダルトは、頷きながら説明してくれる。
「腕が良くて、短期間で仕上げてくれる仕立屋があります。
モルデルというのですが……」
「すいません!」
そんなハザマたちに、声をかけてきた者がいた。
「……そこにいるは、洞窟衆のハザマ様のご一行と違いますか?」
小太りの、四十がらみの男だった。
「……そうですが」
ハザマは、簡潔に答える。
別にこの場で嘘をつく必要も感じなかったからだ。
「そうですか。そいつはよかった。なんとか間に合った」
その男は、手にした布で顔の汗を拭いながら、自己紹介をしはじめた。
「ぼく、ハザマ商会のペドロムいいます。
これでも、王都の仕切りを任された者です。
とはいえ、ハザマ商会の支店もまだ開設していないわけですが……」
要するに、この王都にハザマ商会の支店を作るために送り込まれてきた、この王都での責任者であるということだった。
「……ぼく、ようやく今朝にこちらに着いたばかりでしてな。
いや、間に合ってよかった」
「詳しいことはあとに機会を作るとして、今日は先を急がせてください」
ハザマはペドロムにそう告げた。
「今日は対策班のオルダルト様もいらっしゃいますし、予定に余裕もありません」
「聞いています、聞いています」
ペドロムはしきりに汗を拭いながら、ハザマの言葉に頷いてみせる。
「今日のところは顔見せとして、道を行きながらでもちょこっとおなはしさせていただければ十分で御座います。
ぼくのことは、どうかお気になさらずに」
「それでは……いいですか?」
オルダルトはその場に居る全員をうながした。
「仕立屋のモルダルのところまでは、少々歩きますが……」
仕立屋のところまで、洞窟衆対策班が入っている建物から小一時間ほど歩いた。
ドン・デラでもそうだったが、こちらの世界では移動のため歩くことに、あまり抵抗を感じないらしい。
「馬か馬車はないのですか?」
と訊こうかとも思ったが、オルダルトがあえてそうしたものを使っていないところをみると、客を歩かせても別に無礼ということもないのだろう。
法規制の問題か、それとも文化の違いなのかは分からないが……。
この点についてあとで確認してみると、
「王都では、平時の馬車や馬の乗り入れは日の出から正午までに限定されている」
ということだった。




