揚げ物の試食会
決死隊の中に行政の経験者が何名か含まれていたのは幸運だった。
彼らは、あのスセリセスとかいう若い魔法使いの親類にあたり、どうやら政争に破れたおかげで一族総出で戦場送りになったらしかった。今から子細を知ってもどうにもならないので、その辺の事情については、ハザマも詳しく聞き出そうとはしなかったが。
とにかく、この時点で領民ではなく領民を治める側に立っていた者が複数、洞窟衆に参入してくれたことについては……。
「いや、ありがたい」
ハザマは、素直にそう声を出した。
「これらからはうちも、どうもそっち方面の仕事が出てきそうなんで……」
相談相手が居ないよりは居てくれる方が、数倍、心強いのだった。相談を必要とする内容は、いくらでもある。
それに、領地経営についての細かいノウハウも、洞窟衆の者たちに伝授して貰いたかった。
細かいことは機会を改めてじっくりとはなすことにして、この場では「厚遇する」という請け合うだけにとどめた。
実際の待遇については、彼らが持っている知識の多寡、それに、これからそれらがどれだけ役に立ちそうなのかを実地に検分してみないことには算定できないわけだが、できるだけ多くの給金を支払うよう、ハザマは手配するつもりだった。
これはなにも行政方面だけのことではなく、どんな分野でも役に立つ技能や知識を持っていて、洞窟衆の中でそれを役立てようとする者がいたら、その分の報酬はその者が果たす役割に応じてそれなりに色をつけている。
知識や技能の価値を認め、相応の対価を支払うという方針は、これまでにも洞窟衆は一貫していた。
これは逆からみれば、過去に領主の側に居た者でさえ、その知識や経験を売り物にするテクノクラートとしかみなさず、特別扱いはしないということなのだが……。
こうした身分制度を破壊する価値観については、かなり先になるまでその意味について思い当たる者は現れなかった。
この時点では、ハザマ自身も、どこまで自覚的に行っているのか、判然としていない。
それ以外の決死隊、つまりは、ドン・デラから護送されてきた囚人たちの生き残りたちは、他に能がないため、木の伐採や土木作業などに従事する肉体労働の現場に放り込まれることになった。
とはいえ、彼らはそうした境遇を特に悲観することもなく、
「……なに、矢も魔法も飛んでこないだけ、今までよりはずっとマシってもんだ」
とか、
「なにより、働けば働いただけ給金も出るんだからな」
とか嘯いている。
しばらく働いたあと、別の土地に移るのか、それともこのまま洞窟衆に世話になり続けるのか、今の時点ではなんとも判断がつかなかった。
仮にこれから配属される先でなんらかの問題行動を起こすにしたとしても、周囲にはそれなりに身体能力が強化され、場数も踏んでいる洞窟衆の者が居るはずであり、すぐに取り押さえられてしまうだろう。
ある意味では、今の洞窟衆ほど素行の悪い者を行儀良くさせておける環境は、なかなかないのではないか……と、ハザマは思った。
決死隊の当面の身の振り方を決めたあと、ハザマはその中の行政経験者を集め、今後、新領地の統治に必要な相談を、早速はじめることにした。
これまでの経緯と、それに、これからハザマがどのような方針で行くつもりかを説明するだけでもかなりの時間を必要とした。
「……というわけで、どうやらおれが領主となることはかなり本格的に決まりかけているところです。
いや、最後の最後で、王国側と決裂する可能性も、まだ残っているわけですが……」
「……なんとも、複雑な……」
「珍しい、いきさつですな」
そういいあって、聴衆たちは顔を見合わせる。
下賜された爵位や領地を断ろうとするハザマと、なんとかそれらを受領させようとする王国側……という構図だけでも、かなり珍奇なものに感じられた。
別に彼らだけのことではなく、一般的な王国民なら誰もが奇異に感じるはずであった。
だが、ハザマが説明した内容には、そんなことよりも彼らの注意を引いたものが含まれていた。
「……本当に、税収に頼らずに領地経営ができるものなのでしょうか?」
当然、そういう声があがった。
「本当にできるものなのか、あるいは不可能なのか。
これからおれたちとみなさんで計算して、検証していきましょう」
ハザマは、そういった。
「これまで、行政とか金融関係の専門家がいなかったので、詳しい相談する相手がいなかったんです。
人材探しは、それなりにしているんですが……どうも短期間で集めようとするのは無理があるようでして……。
まずは保険制度と、それに、必要とあれば国債の発行まで視野に入れましょう」
「……その、国債とは……いったいなんですか?」
「平たくいえば、国の借金です。
具体的にいうと、未来のある時点で利子をつけて買い戻します、という証書を、国が発行することになります。国が未来に払い戻しをする権利を売る、といういい方もできます。
その期限までに国が利子も含めて払い戻しが可能になるほどの経済成長が見込めるか、あるいはそれ以外の要素で経済的な信用度が高くなければあっという間に紙屑になるわけですが……」
ハザマがざっくりと国債という概念を説明していくと、その場に居た者たちの表情が険しい者となった。
「先ほどの保険制度も、ですが……」
「その国債というのも、なんとも斬新な考え方で……」
「もっと詳細に検討してみないことには、実現か可能かどうか……」
「はっきりとは、断言できませんな……」
ハザマの説明を聞いたあと、彼らは、口々にそんなことをいいあった。
「それでは、その検討をこれからしっかり行ってください。
できるだけ、詳細に……具体的な数字を出して計算してみてください」
ハザマはそういった。
「多少、時間がかかってもかまいません。
なにか必要な数値があったら、そばに控えている洞窟衆の者に請求してください。答えられる範囲のことは、調査して返答します」
契約魔法があるこの世界なら、これらの制度もきちんと機能するのではないのか……と、ハザマは確信に近い予感を持っていた。
ハザマが居た世界では、そんな魔法がなくてもそれなりに機能していたのだ。この世界でも通用しない理由が、ハザマには思いつかなかった。
決死隊の件が一段落つくと、ハザマは日夜兵糧を作っている厨房へと顔を出した。
今頃、近く郷里へ発つことが決定しているガグラダ族と後任との引継作業で忙しいはずだったが、王都とのやり取りが活発になってハザマが忙しくなる前に片づけておきたい用件があった。
「おいっす。
下拵えなんかは、いったとおりにできてるかな?」
ハザマたちが厨房に顔を出すと、ずでにかなりの人数が集まっていた。
事前にドワーフに作らせた新しい調理器具を渡し、用意する食材や細々とした下拵えについても指示を出していたのだった。
「新作の前に、これが前にはなしたことがある、うちの部族の麺料理だ」
ガグラダ族のアジャスが、ハザマの前に皿に盛られた料理をつきだしてきた。
確か、「麺」の定義は練った小麦粉を使った料理、程度の意味合いだったから、これも麺といえば、確かに麺なのではあろう。
ぼってりとした、ハザマが知るうどんよりはよっぽど太い、短冊状の物体が皿に盛られている。
「……これは、手づかみで食べるのか?」
「他にどういう食べ方があるのだ?」
そうしたやりとりのあと、ハザマは控えていたクリフに、
「なんでもいいから一ヒロほどの長さの細い棒を二本、持ってきてくれ」
と指示を出し、おもむろにその麺のうち一本を指で掴み、口に入れた。
「……味付けは、これは酢か?」
「ああ。
薄めた酢だ。夏場とかに、それで涼を取る」
ものすごく太いうどんというかきしめんに、ところてんの汁をかけたような料理だった。
歯ごたえというか、噛みごたえも、かなりある。
ハザマが想像していた麺料理にはほど遠い代物ではあったが、こういう料理だと思えばそれなりに「あり」にも思えた。
練った小麦粉を味わうための調理法だと思えば、なんとかいける。
それが「うまいか?」と聞かれたら、ハザマは首を振るか少なくとも捻るであろうが……。
「……なるほど。
これがこの世界の麺料理か」
口に出しては、ハザマはそういった。
うどんかパスタくらいはハザマの知識でも作れそうな気がした。これも、そのうちに試してみることにしよう。
まずは……。
「今日は、揚げ物の試作と試食を行う」
そのつもりで準備をし、人を集めていたのだった。
これまで、ハザマが触れてきた食べ物によって判断すると、この世界では油を使用した調理法があまり広まっていないらしい。
加熱するときは、直火で焼くかそれとも煮るか。
蒸し料理もあるのだが、こちらの技法は上品というか、どちらかというと上流階級むけのようで、ハザマも数えるほどしか触れていない。
特に庶民の料理は、味は二の次で、衛生のために食べ物に火を通すことを重視している。
素朴というか、技法や調理法に凝るような文化があまり発達していないのだった。
ソテーや炒め物、それに揚げ物。
食用の油の使い方が広まれば、調理法のバリエーションもまた広がってくるだろう。
まず最初は、イモの素揚げからはじめることにした。
鍋にたっぷりとはった油を加熱し、暖まってきたところでぶつ切りにしたイモを放り込む。
この世界にもイモはあった。厳密に、元の世界のジャガイモと同じものなのかどうかはハザマには判断できなかったが、似たような味と食感なので、食材としてはこれで問題がない。
しばらく油に浸したイモを即席の菜箸で引き上げ、油を切ったあとに塩を振って試食に回す。
いわゆる、フライドポテトであった。
調理法としてはごく簡単で、油の温度と油に入れる時間にさえ留意すれば、誰にでも作れる料理である。
そして、単純な調理法の割には……。
「……うまい」
「イモと塩気があって……」
「酒肴にも、よさそうだな」
試食組にも、好評のようだった。
そう。
極端な美味、というわけではないが、普通にうまいのだ。
次は、適当な野菜を水で溶いた小麦粉に浸し、それを揚げる。
いわゆる、天麩羅である。
あまり調理経験のないハザマは火の通し具合がよくわからなかったので、勘を頼ったり普段から料理をしている者たちに意見を聞いたりしながら、次々と揚げては試食に回していった。
これらも、おおむね好評だった。
次は、柄がついた平鍋、ドワーフに作らせたフライパンに油を敷き、薄く削いだ肉にパン粉をまぶしたものを置いて火を通した。
パン粉は古くなった携帯兵糧を摺りおろし、やはり水で溶いた小麦粉をつなぎとして使い、それに肉を潜らせてからそのパン粉をまぶしてカリっと揚げる。肉が薄いから、時間はそんなにかからなかった。
両面をしっかり揚げたあと、フライパンから引き上げて細く切って、試食組に分け与えた。
それから、肉や野菜を串に刺したものにパン粉の衣をつけて揚げたり、厚切りの肉にパン粉をつけてじっくりと揚げたり……その合間に、適当な野菜をフライパンでさっと炒めたものを出したりした。
手順などはあらかじめ説明していたので、試食組も戸惑った様子はなく、できあがってくる料理を口にしてはそれについての感想を述べあっていた。
炒め物が一巡する頃には串揚げができあがり、そして最後に分厚いカツレツができあがる。
それを切って、断面をみて十分に火が通っていることを確認してから、ハザマは細かく刻んで試食班にまわした。
欲をいえばソースが欲しいところであったが、あれはかかなり大量な食材を使い、複雑な製法をした調味料なので、ハザマのおぼつかない知識だけでは再現不可能だろう。
つけ合わせや調味料については、この世界の料理人たちの工夫に期待するしかなかった。
ハザマの手による「揚げ物、炒め物」のデモンストレーションは、こうして好評のうちに終わった。
「食物油についてですが……」
「ラード……動物の脂身を使う場合もあるし、植物性の油を使う場合もありますね。
風味などを考慮して、料理ごとにどういう油を使うのがいいかと判断すべきでしょう」
ちなみに今回は、ラードを使用している。
以前、野営地が襲われたときの獣肉が、まだまだ余っていたからだった。
「脂身はともかく、植物性の、ですか……」
「こちらでは、それは燃料として使われます」
油分を多く含んだ種子を潰して油を絞る……という方法はこの世界でも一般的に行われてはいたが、主として照明を灯すための燃料として使用されているらしい。
匂いがきつくない植物性の油は、動物、あるいは魚類に由来する油よりも高級品だとされていた。
「コストの問題ですか?」
「それもありますが、量の問題の方が切実ですね」
「どこかに植物油用の畑地を確保しないと、安定供給ができないのではないでしょうか?」
「……そこまで考えなけりゃあならないのか……」
ハザマは天井を仰いだ。
なかなか安直に成功するわけではないらしい。
「ま、そういう問題はあとでひとつひとつ解決していきましょう」




